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岩佐徹のOFF-MIKE

toruiwa.exblog.jp

実況、ドラマなど放送全般、映画、スポーツ全般、 旅、食、友 etc


7月17日午後0時42分、
兄が息を引き取りました。
危ないという連絡を受けて
すぐに芦屋に向かいましたが、
間に合いませんでした。
病院の霊安室で顔を見ましたが、
兄らしい穏やかな表情でした。
93歳でした。頑張ったと思います。

*8月中旬まで休みます。

# by toruiwa2010 | 2017-07-18 08:15 | blog | Comments(15)

変わった・変わらない…

~メジャーの周辺から 3 ( 2011.06.03初出 )

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メジャーから日本に戻って日ハムでプレーしていた新庄が

襟付きアンダーシャツを着てホークスの王監督からクレームを

つけられたことがありました。

「ルール違反ではないが、マナー違反」…わけの分からない

結論になったと記憶しています。ハハハ。

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同一チームの選手は同じように見えるウエアで身を包みなさい、

とされているのですが、アンダーシャツは長袖と半袖の混在が

認められています。タートル・ネックとそうでないもの

ありますね。細かいことを言っている割りに、同じチームでも

ソックスの見え方が選手によって、あれだけ違うのにお咎めが

ないのはおかしいじゃありませんか?ネック・ウォーマーだって、

つけたりつけなかったりバラバラじゃないですか?

この統一のなさ! 笑っちゃいますよね。ハハハ。

襟付きが禁止されたあと、それならば、と今度はカットした

襟を立てて登場した新庄にかげながら拍手を送ったものです。

よく言えば“知恵比べ”、悪く言えば“いたちごっこ”。


久しぶりに日本のプロ野球を見て、驚きの発見がありました。

数年前からのようですが、スパイク・シューズのメーカーが

バラバラです。

たとえば巨人。

大多数の選手がミズノのシューズを履いていますが、坂本は

アディダス、外国人選手はナイキが多いようです。

昔は、球団が契約した会社のシューズを履いていました。

たしか、張本は独自の契約を持っていましたが、デザインを

合わせていました。

日本プロ野球として“シューズのデザインを同一に”だったのか、

球団のビジネスを優先させた結果だったのか、今となっては

分かりません。いずれにしても、現在は、メジャーと同じように

完全に“自由化”されているようです。

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現地からメジャーを実況していたころ(1978-1981)、使われる

野球用具と言えばバットは有名なルイビルかアディロンダック、

グラブはローリングスかウィルソンでした。

特に、グラブは、ピッチャーがアップになると、グラブの手首の

ところに捺された“R”や“W”の文字が目に入ったものです。

最近は、まれに“M”を見るようになりました。ミズノです。

血のにじむような“企業努力”のたまものでしょう。

ミズノからは一円たりとももらっていませんが。ハハハ。


80歳を超えているはずのジョー・ガラジオラ元気だろうか。

カージナルスのキャッチャーだった彼は、引退後 解説者として

人気者になり、テレビのクイズ番組でホストをしていました。

あるとき、彼の解説を聞いていると「内角のまっすぐだな」、

「外角のカーブのようだ」と“予測”をしていました。

アナウンサーが「なぜ分かるんだい?」と聞くと、彼の答えは

「だって、僕らのころと変わってないんだもの」でした。


彼の説明によると、ランナーがセカンドにいないとき、指1本は

ストレート、2本はカーブ、3本はそれ以外の変化球などと

決っていたそうです。

そして、指先が左の腿のほうに向けばインコース(右打者)

右ならアウトコースです。

注意して見ていると、今も、それは変わっていないようです。

次の機会には、ぜひ、注目してみてください。

このことを知らない友人を前にガラジオラにならって“予測”を

してみたらどうでしょう。2,3球 続けて的中させたら周りから

リスペクトされるかも。ハハハ。

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サインは「外角へのストレート」


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サインを出した後構えたミットはまさに「外角」


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投球は構えより少し高かったが、「外角のストレート」


“最悪の誤訳”:お詫びと訂正


先週、映画「ナチュラル」(NHK-BS1)の終盤でファームから

上がってきたとすべきところを“農場育ち”と間違って字幕が

表示されたと書きました。ツイッターでも…

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最悪の誤訳:昨夜のBS1「ナチュラル」

メジャー・リーグが舞台。

投手交代が告げられラジオのアナウンサーの

声に合わせて字幕。

「農場で育った速球派…」爆笑。

このfarmは農場ではなく3Aなど

球団の下部組織。誰一人気付かないとは。

今朝、メールを送った。


…とつぶやきましたが、逆に、私のミスだと判明しました。


きっかけは、2日後になって@toruiwaで書かれたツイートでした。


"A Nebraska farm boy, blazing left-handedspeed. "

という場所でしたら字幕が正しいです。


スクリプトを読んだ“らしい”方からのものでした。

あわてて検索すると、ネット上に、スクリプトらしきものが

ありました。完璧ではないようですが、問題の投手交代の場面、

アナウンサーの言葉はこうなっています。


Young John Rhoades strides to the mound.

(若いジョン・ローズがマウンドに向かいます)

A Nebraska farm boy, blazing left-handedspeed.

(ネブラスカの農家出身で素晴らしい速球を投げる左腕です)

The Pirate organization expects greatthings for him.

(パイレーツは球団として彼の将来を大いに期待しています)


ネブラスカのファーム・チーム…と言い張ることも可能ですが、

当時のメジャーの本拠地は、たしかセントルイスが“最も西”

だったはずですから、ピッツバーグのファームがネブラスカ、

というのは考えにくく、これはもうギブアップです。

“農場育ち”は正解です。ハハハ。


ブログやツイッターを読んで、そのまま信じてしまった方も

多いと思います。間違った情報を広めてしまい申し訳ありません。

お詫びして訂正します。


読売新聞は東電の次期社長について“スクープ”として名前を

出した人物が間違っていてほかの人物が社長に決まったとき、

20日朝刊で『東電社長に築舘氏』との記事を掲載しましたが、

誤りでした。おわびします」と簡単に詫びただけだそうですが、

私は、きちんと謝ります。ハハハ。


一言だけ、言いわけさせていただくなら、字幕に“ネブラスカ”の

文字が入っていれば、こんなことにはならなかったのです。

文字数の関係で省いたのでしょうが、NHKも罪作りです。


なお、NHKからは自動応答以外に何の反応もありませんでした。

こちらのミスが分かっているので無視しているのでしょうかね。

“みなさまのNHK”は口先だけのような。ハハハ。


私の間違いで字幕は正解でした。お騒がせしました…とした上、

こう書きました。


ただし、この間、自動応答以外にNHKからは何の

応答もありませんでした。

すでに、私の間違いだとお気づきでしたか?

その場合は、無視する、というのがNHK

対応マニュアルなのでしょうか?


翌日、窓口から釈明のメール、さらに月曜日(30)には映画

担当者から懇切丁寧なメールが送られてきました。決して

ほったらかし”ではなかったことを報告しておきます。

“モンスター・リスナー”と思われたのかもしれません。ハハハ。


# by toruiwa2010 | 2017-07-17 08:12 | アーカイブから | Comments(0)

変わった・変わらない

~メジャーの周辺から 2(2011.05.24 初出 )

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大リーグを追いかけていた1978年から81年まで、現地で見た

テレビ中継の画面を思い出してみるととても“クリーン”でした。

テレビの世界で“クリーン”は、画面にスーパー(字幕)が出て

いないことを意味します。

映像の配信を受けるときに「ダーティー(字幕付き)で」とか

「クリーン(なし)でお願いします」などと依頼するのです。

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1978 ワールド・シリーズ:R・ギドリーvsR・スミス


野球中継ですから、完全に字幕なしではありません。しかし、

SBO(ストライク、ボール、アウト)の表示も思い出したように

しか出ていませんでした。ハハハ。

日本で 得点やボール・カウントが常に表示されている画面に

慣れていましたから、初めは違和感がありましたが、“余計な

もの”を一切 省略した画面はすっきりしていて、心地よさを

覚えるようになりました。


新しいバッターが打席に入ったときに表示される打撃成績も、

前日までの数字が最後まで更新されることなく出ていました。

送り手も受け手も大雑把だったのでしょう。

打席ごとに更新するようになったのは数年後のことです。

1981年シーズンにストライキによる中断があり、アメリカの

テレビが日本のプロ野球を放送したことがありましたが、日本の

放送を見たスタッフが導入したのだと思います。

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また、197879年ごろは球速の表示もまだありませんでした。

現地から実況する立場としては“パワー”と“スピード”の象徴の

ひとつ、ピッチャーが投げるボールの速さはぜひとも伝えたい

ところですから“歯がゆい”思いをしたものです。


…ドジャー・スタジアムだけは、それが“ある程度”可能でした。

ネット裏の最前列に、必ず“彼”…ドジャースで中南米担当の

スカウトをしていたマイク・ブリトがいたからです。

古いMLBファンなら、大きく割れるスクリュー・ボールを

武器に大活躍したフェルナンド・バレンズエラを覚えている

はずです。日本人には“金太郎さん”のニックネームで知られる

バレンズエラを発掘し、ドジャースに入団させたのが彼です。


彼はスカウトのほかに“副業”を持っていました。

ドジャースのホームゲームのときは、ネット裏の“定位置”に

陣取り、スピード・ガンで1球ごとに球速を測定していました。

当時は“90 mile-par-hour fastball”(90マイル=145キロの速球)

という言葉があって、メジャーでも、90マイルのストレートは

目立っていました。


投球が90マイルを超えると、彼はスタンド中段にある放送席に

指の本数で知らせていたのです。

“グー”ならちょうど90マイル、1本なら91マイル、そして、

指が3本立てば93マイル、つまり、150キロというわけです。

換算表を作って“彼”のシグナルを活用させてもらいました。

ハハハ。


2年前のWBCを見ていて、サンディエゴのペトコ・パークの

ネット裏に懐かしい顔をみつけました。かなりの年齢になって

いるはずですが、どう見てもです!!

ストローハットをかぶってガンを構える姿はあの頃とまったく

変わっていませんでした。

変わったのは、どこにも結果を知らせていないことと、いつも

左手に持っていた葉巻がなくなったことです。ふむ、いつから

“健康志向”になったのでしょうか。ハハハ。

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キャッチャーの真後ろでガンを構えるのが“彼”です。


このときは彼の名前が思い出せなかったのですが、この記事を

書くにあたって検索したところ一発で出てきました。PC

入力したのは4語でした。“dodgerscigar speed gunまあ、

便利な世の中になったものですねえ。ハハハ。


便利…と言えば、ブリトのハンド・シグナルは球場備えつけの

レーダー・ガンにとって代わられました。今では、日米ともに、

投球と同時に画面に出るようになっています。

NHKは現地がマイルで計測したものを自動的にキロに

換算するプログラムを使って表示しているのでしょう。


先週、24 man-roster について書きました。

“上がり”がいないメジャーでは一人少ないだけでもいろいろ

考えなければいけません。


まず、ピッチャーを何人 入れるかが大問題になります。

30年前は10 manpitching staff とか11 man…という言い方が

普通にされていました。

つまり、投手陣を10人で編成することが多かったのです。

先発要員が5人、クローザーが1人、そして、中継ぎ4

(11 man なら5)で構成します。

セットアッパーという考え方は少しあとに出てきたものです。

現在のロースターを見てみると、12人で編成しているところが

多いようです。必然的に野手の数が減ります。

ただし、開幕時は日程に余裕があるので、10人、11人にして、

その分、野手を増やしていたチームもあったはずです。


キャッチャーについても難しい判断を迫られます。

昔も今も、キャッチャーは2人のチームが多いですね。ケガの

多いポジションですからリスクは大きいです。打撃不振でも

先発キャッチャーをなかなか代えないのは控えが一人しか

いないからだと思って間違いありません。

代打・代走を出して2人目のキャッチャーを使ってけがでも

したら目も当てられません。


…たぶん、どのチームにも“emergency catcher”がいるはずです。

“正規”のキャッチャーが出払ったときにマスクをかぶれそうな

内外野手のことです。

キャンプのとき、監督・コーチは野手の中でキャッチャーを

やれそうな選手をそれとなく探しているものだと聞きました。


キャッチャーの数は同じでも、ピッチャーは30年前にくらべ

増えていますからしわ寄せは当然、野手のところに行きます。

25人のうち12(投手)+2(捕手)が確定すると、残る枠は11しか

ありません。先発(内外野)7人ですから控えは4人です。

一方、延長回数・時間制限+“28人登録・25人ベンチ入りと、

選手に優しいシステムの日本では、試合ごとにベンチ入りする

ピッチャーは8~9人でしょう。メジャーにくらべて、野手に

大きなゆとりがあります。


メジャーはこの厳しい条件の中で162試合を戦います。しかも、

182日間(2011)で!!

休みはたった20日しかありません。ここで言う“休み”とは

“試合がない”という意味です。飛行時間だけで5~6時間かかる

大陸間を含む移動に当てることもありますから“完全休養”は

ほんの数日でしょう。


少しでも体を休めるようにと球団も考えます。

試合が終わるとすぐに、バスが外野グラウンドに入る。

簡単にシャワーを浴びただけの選手たちが私服に着替えて

乗り込み空港へ。待ち構えたチャーター機で次の試合地へ。

ホテルのチェックインが午前2時、3時ということもザラです。


「サンデーモーニング」で能天気なH本が「メジャーなんて

こんなもんよ」と言うたびに、「知りもせんで、黙っとれ!」と

一喝したくなる72歳の私。ハハハ。


FARM=農場:ああ、驚いた*


昨日は久しぶりのマージャンで帰宅が午前0時近くでした。

寝ていると思った妻がまだ起きていて、映画「ナチュラル」を

見ていました。ロバート・レッドフォード主演のメジャーを

舞台にした物語です。

残り15分ぐらいを見ましたが、ドラマのクライマックスで

それは起きました。

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最終回に逆転のチャンスをつかんだニューヨーク・ナイツは

打席にレッドフォード扮するロイ・ホブスが立ちました。

カウントが0-2になったところで相手チームの監督が出てきて

投手交代を告げました。左打者のホブスに対して左ピッチャーを

起用したのです。

盛り上がるスタンドの歓声をバックにラジオのアナウンサーの

興奮した声が聞こえます。

そして、画面の下に日本語の字幕が出ました。

「農場で育った速球派…」

野球ファンならこの場合のfarm3A2Aなどの下部組織を

指していることを知っていますね。

つまり、アナウンサーは「ファームから上がってきた…」と

言ったのです。野球音痴の訳者が“farm=農場と決め込んで

しまったのでしょう。わあ、恥ずかしい!ハハハ。


この映画は、テレビ初放送ではないと思います。

日本語訳を担当した人は知らないのだから仕方がないですが、

周りにいた関係者の誰もチェックしなかったのでしょうか?

視聴者からクレームはなかったのでしょうか?


再放送もあるでしょうし、私が見始める前の部分に間違いが

ある可能性も否定できません。

今朝、NHKにメールを送っておきました。ハハハ。


*この部分をどう受け止めるか…

明日も読んでから判断してください。


# by toruiwa2010 | 2017-07-16 08:17 | アーカイブから | Comments(0)

MLBの公式戦が日常的に生中継されるようになって、

さまざまな情報がファンに提供されてきたと思う。

現地の音声を聞くことが多いのでNHKJスポの

アナが触れたかどうかわからないが、私が知っている

いくつかの“ネタ”を3日連続でまとめて提供する。


変わった・変わらない

~メジャーの周辺から~( 2011.05.19 初出 )

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少し前、ドジャースの試合を見ていると、翌日 先発予定の黒田が

ガムを噛みながらチームメイトに声援を送る姿が映りました。

おかしいな、と思いました。


私がメジャーを取材していた当時(30年前)、翌日の先発投手は

ダグアウトの一番キャッチャー寄りの場所でスコアをつけて

いたものです。相手ピッチャーの攻め方やバッターの弱点などを

記録し、翌日の試合に役立てていたのです。

黒田は明らかにこの作業をやっていませんでした。システムが

変わったのだと思いました。

…だとすると、今は誰がスコアをつけているのだろうか?

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こういう疑問はそのままにしておけない性格なので さっそく、

問い合わせてみることにしました。

今回は3球団にメールを出しましたが、回答をもらえたのは

アストロズだけでした。とても丁寧に、私が問い合わせたこと

すべてに答えてくれました。


私が黒田を見て抱いた最初の疑問はあっさり解決しました。

30年前とは段違いのレベルにあるコンピューターの存在を

すっかり忘れていました。

必要とするすべてのデータは“スカウティング・リポート”が

提供しているようです。

くわしいことは分かりませんが、たぶん、30球団が出資して

作った組織が全試合の1球ごとの分析を行い、データ化して

いるのだと思います。

日本と違って国土が広いアメリカでは、ドラフト用の情報・

データの収集なども各球団が個別にやっていたのでは経費が

果てしなく膨らみます。一つの組織が一括して情報を集め、

それを一律に分配することで経費を抑える…合理的です。


このやりかたなら、黒田がスコアをつける必要はありませんし、

得られる情報もはるかに詳しいものになりますね。


メールでは、ついでに、二つの質問をぶつけました。


一つは、ロースターの登録人数についてです。

25人に決まってるじゃないかですか?まあ、そうですけど、

そうでもないんです。ハハハ。


私が取材した1970年代後半はやっと100万ドル・プレーヤーが

生まれ始めたころです。それでも球団経営を圧迫していました。

すくなくとも、球団はそう主張していました。ハハハ。

そこでオーナーたちが考え出した妙案は “メジャーの登録枠

(25)24人にでした。1人減らすと、旅費・宿泊代などで、

年間で相当の金額が節約できるという説明でした。

日本より一人少なかったんだ…と思いますか?違うんですよ。


確かに日本は25人ですが、1軍登録は28人まで許されています。

28人登録の25人ベンチ入りが日本プロ野球のやり方です。

普通は、前日と翌日、翌々日の先発ピッチャーがベンチから

外れます。“上がり”と呼んでします。


メジャーには、“上がり”はいません。翌日の先発ピッチャーが

試合予定地に先乗りすることはたまにありますが、基本的に、

メジャー登録の25人は毎日ベンチに入ります。

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先日、松坂がリリーフ登板して話題になりましたが、限られた

人数で延長回数無制限の試合を戦うのですから、ピッチャーと

いえども、いろいろな役割で駆り出されます。

「慣れないリリーフで気の毒だった」とおバカなコメントを

する解説者やキャスターがいましたが、冗談もほどほどにして

ほしいものです。長い試合になれば、代走に出ることもあるし、

外野を守ることだってあります。松坂は“ピッチャーとして”

試合に出たのですから、まだいいほうです。ハハハ。


メジャーの選手会の何代目かの会長にマービン・ミラーという

弁護士がいました。選手会を世界でも1,2位と言われるほど

強力な労働組合にした男ですが、

彼のリーダーシップのもと、1990年以後は特別のときを除いて

“25-man roster”は不動のものとなっているそうです。


1979年7月13日のアナハイム・スタジアム。

地元エンゼルスのエース、ノーラン・ライアンがヤンキースを

相手に5回目のノーヒット・ノーランをめざして力投していた。

しかし、8回、ヤンキースのスペンサーの打球はセンターを襲い、

リック・ミラーが地上寸前で捕り損ね、はじいてしまった。

記者席で見ていた私にはヒットに見えた。

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しかし、この日 公式記録員だったヘラルド・エグザミナー紙の

ミラー記者は“E, eight”(センターのエラー)と記者席に告げ、

スコアボードにも「E-8」と表示された。

打ったスペンサーはベース上で記者席をにらみ、ヤンキースの

ダグアウトからは数人の選手やコーチがとびだして抗議の

ゼスチャーを見せた。


ミラー記者は全く動じる気配を見せなかった。

「ルールブックには確かに、疑わしいときは打者に有利にと

書いてあるが、 “記録”がかかっている場合は投手有利である

べきだし、記録を破るにはクリーンヒットが望ましいのだ」と。


9回にジャクソンがそのクリーンヒットを打って、ライアンは

7回目の1安打ピッチングに終わった。翌日のニューヨークの

新聞は「あんなことで記録を達成できたとして、ライアンは

喜んだろうか?」という論調だったし、それを転載したロスの

新聞はその横に「なに、ニューヨークでギドリー(ヤンキースの

エース)が投げていたらやっぱりエラーと記録されるさ」という

エンゼルス監督の談話をのせていた。

誰にも言い分はあるものだと苦笑するばかりだった。

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実は、この騒ぎには一ヶ月ほど前に逆のケースで伏線があった。

63日、ピッツバーグのスリーリバー・スタジアムだった。

パイレーツのキーソン投手は82死まで相手のパドレスに

ヒットを許さなかったが、とうとうエバンスにサードの

ガーナーを強襲された。


スコアラー、ピッツバーグ・プレスのダン・ドノバン記者は、

迷うことなく“ヒット”と判定した。試合後のロッカールームで

ドノバン記者をみつけたキーソンは「オレにとっては一生に

一度のチャンスだった。エラーにも見えただろう。地元なのに、

あの判定はなんだ」とかみついた。

翌日のプレス紙は、スポーツ面に社としての見解を記した上で、

「以後、本紙の記者は公式記録員を引き受けない」と声明した。


1979年、ベースボール・マガジン誌に書いた記事の一部です。


当ブログにはこのときの経験も踏まえつつ、「メジャーには

公式記録員がいない。記者が代行している」と何度か書きました。

30年前のことだから、これも変わっているかもしれないと思い、

質問の中に加えました。

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…変わっていないそうです。

3~4人の記者が交代でやっているようです。

MLBを代表しているから地元びいきになることはない」と

担当者は書いていましたが、イチローの“内野安打”を見ていると、

こればかりは、言葉通りに受け取るわけにはいきません。

ていねいな回答には感謝していますが。ハハハ。


30年を経て、変わったものも変わらないものもあります。

少しずつ書いて行こうと思います。「大した情報ではない」と

言う人もいるでしょうが、知った上で見ると楽しみが増えるかも

しれません。参考になれば幸いです。


# by toruiwa2010 | 2017-07-15 08:16 | アーカイブから | Comments(0)

数年前から始めたものの、思うようにはかどらない“断捨離”の

一環として、DVDの大掃除を試みている。かなり難航中だ。

遅々として進まない。えーい面倒だから全部 捨ててしまえ…

とは、当然ならない。どうしても、これも残そう、あれも、と

なってしまう。これ、断捨離あるあるかな。ハハハ。


実は、芦屋に向かうとき、時間があるだろうから、帰るまでに

処分すべきものは処分しようと考えていたのだが、ローラー

コースター状態だったから、段ボールを開けないままだった。


で、今回は腹をくくってとりかかったつもりだが、段ボールを

開けた瞬間に気持ちが萎えた。あまりにも量が多いんだもの。

ハハハ。

そりゃそうだ。新人のころに実況したものは家庭用録画機器が

普及する前だったから残っていないが、70年代の半ばからは

せっせと残してきたからその量ははんぱじゃないのだ。

ただし、初めは場所をとるVHSテープだったから、一定量を

超えるとどんどん捨てたり上書きしたりしていた。


しかも、保存の環境が悪いせいか経年劣化がひどかった。

CD,DVDの出現で保存は容易になったが、ダビングすると

どうしても質が落ちてしまう。手元にある古いものはどれも

“憐れな”状態だ。ハハハ。

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1000枚ぐらいあったCDを思い切って処分したつもりだが、

それでも、ざっと800枚ぐらいが残った。中でも多いのは

やはりテニスのCDだ。自然に試合内容がよくなる準決勝、

決勝のものを多く残した。顔合わせを見ただけで、どんな

内容だったか、15年、20年が過ぎても見当がつく。


自分が実況したものについては、処分する前に聞くことになる。

まず、ブワーッと懐かしさが込みあげてくる。

最も古いのは1974年、国立競技場で日本リーグ(Jリーグ)

藤和vs三菱を放送したときのものだ。ゲストのペレを迎えて

握手するところだ。左は伝説の左ウイング・杉山隆一さんだが、

書かないと、誰が誰だか分からないなあ。

(私が座ったままなのは失礼な話だが、放送中だからだ)

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懐かしさの次に、「なかなかいいじゃない」と思ってしまう。

これほど自己愛が強いとは思わなかった。ハハハ。

整理をしながら、流していたのは2002年、猛列な暑さの中で

行われた全豪の女子決勝、カプリアティvsヒンギスだった。

実況していて、二人とも勝たせたいと思った試合はいくつも

あるが、これもその一つだ。


作業をしながらだったが、ちょっとしたことを描写したときや

解説の遠藤愛さんの言葉に相槌を打ったときの自分の気持ちが

鮮やかによみがえった。

WOWOWでテニスの放送に関わったのは14年だ。実況した

膨大な数の試合の中からおよそ250枚のDVDが残った。

こりゃ、ずいぶん、楽しめるわ。ハハハ。


# by toruiwa2010 | 2017-07-13 08:13 | 岩佐徹的考察 | Comments(4)

週末、慌ただしい旅をした。

行った先は芦屋だ。当面、芦屋以外に出かける予定はない。

そして、慌ただしくない旅も、たぶん、ない。ハハハ。

主たる用件は胃と腸の内視鏡検査の結果を聞くことだった。

検査当日に話してくれればいいのに…とだれもが思うが、

麻酔が残った状態で話しても頭に入らないからだそうな。

たしかにそうだね。前の記事を読めば合点がいくと思う。


予約の前日に東京を出た。遅れると厄介だもの。

まず、兄を見舞った。一週間ぶりだ。

看護師さんが微熱があると言っていたが、握手をすると

たしかに温かかった。

“熱”という単語を聞くとどうしても肺炎を連想する。

体力が落ちていると分かっているだけに怖い。


芦屋に行き、兄のマンションに寄ってポストのチェック。

郵便は私の住所に転送するように手配済みだが、芦屋に

来たときは念のためにポストをのぞくことにしている。

溜まったチラシの処理もしないといけないし。

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そのマンションには早くも引き合いがあったようだ。

売却を頼んだ不動産屋が、業者関係に情報を流したところ

食いついて来たそうだ。かなりのリフォームが必要だから

高くは売れまいと覚悟していたが、業者が売り出した価格は

私の想像を超えていた。そんな値段じゃ売れっこないよ…と

思っていたが、“蛇の道は蛇”と言うべきか、“餅は餅屋”と

言うべきか。ハハハ。


2社が下見に来たと言う。幸先がいい。


元町にホテルをとつていた。

東京を出るときは2泊の予定だったが、フロントで一泊に

変えてもらった。その後も胃の調子があまりよくないからだ。

いつまでもしつこいやつだ。たちの悪いものなのか?


チェックインをすませ、すぐに食事に出た。ホテルから近い

中華街には美味しそうなものが並んでいたが、重いものは

無理そうなので敬遠し、アーケードの中ほどのレストランで

コーンスープとビーフシチューを食べた。

デザートにショコラも。小さいやつだ。ハハハ。

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翌日、予約時間よりかなり早めに病院について待っていると

不動産屋から電話が入った。早くも1社からオファーがあり

その額は“言い値”から50万円引いたものだという。なぜ、

50万値切るのか、私には分からん。リフォーム代を加えたら

かなりの売り出し価格になる。で、それでも儲けが出るわけだ。


あとで知ったのだが、もう1社は「言い値通りで買いたい」と

言ってきたそうだ。

待てよ。それなら、もう100万円高くても売れたんじゃない?

素人はそう考えがちだ。しかし、この価格を提示したたから

買い手の“アンテナ”に引っかかったのだとも考えられる。

そこが“プロの勘”だろう。そういうことにしておこう。

ハハハ。


検査の結果は上々だった。

診察室に招かれてすぐ、「なーんにもありませんでしたよ」と、

医師はむしろ残念そうな口調で告げた。たくさんの写真を見せ、

どこにも問題はないと話してくれた。「大腸は5年、胃の方も

3年はカメラをやらなくて大丈夫」とも…。

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医師は“事実”を告げているだけだから、患者が有難がることは

ないのだが、思わず、「有難うございます」と言ってしまった。

ほっとした。絶対に何かあるはずだと思っていたもの。


駅前の市役所出張所で兄の印鑑証明をとって不動産屋に向かった。

「帰りに寄ってほしい」と言われていたからだ。

ほぼ“言い値通り”のオファーをしてきた2社から1社に決めた。


兄を見舞って帰京したあとも、不動産屋とのやり取りがあったが、

兄のマンションの売却にメドがついた。やれやれだ。

逆に、“消化器系に問題なし”も含め、あまりにもいいことづくめで

少し不安も感じていた。こんなにうまくいっていいのか?


ビンゴ!


# by toruiwa2010 | 2017-07-12 08:19 | 芦屋から | Comments(3)

イチローが6日のカージナルス戦でヒットを打った。

メジャーでの通算安打が 3054本となり、これまで並んでいた

ロッド・カルーをかわして歴代24位になった。

パナマ国籍だったカルーの数字は外国生まれの選手としては

1位だったわけだが、イチローはそれを抜いたことになる。

当分、抜かれる心配はないのではないか。

イチローはまた一つ、大きな勲章を手に入れたね。

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ロッド・カルー・・・、懐かしい選手だ。

シングル・ヒッターだった。ともに新人王をとり、MVPにも

一度なっているなどイチローとの共通点が多い。リーグ優勝の

経験がなく、ワールド・シリーズに出ていない点も同じだ。


カルーはミネソタ・ツインズとカリフォルニア・エンゼルスで

19年間プレーして、4年連続を含む7回の首位打者に輝いたが、

私がメジャーリーグを実況し始めた1978年が7回目だった。

前年の1977年にもタイトルをとっているが、このときは

打率.388を残した。背中を丸めたクラウチング・スタイルから

みごとなバット・コントロールでヒットの山を築いていた。

専門家ではないから、技術的な比較はできないが、バットと

腕が一体化したミートのうまさはイチローより上だったと思う。

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エンゼルスの同僚、快速球のノーラン・ライアンと

ヒット・マシーンのカルーは家が近所だった。

ライアンは、登板日には必ずカルーを車に乗せて

球場入りした。

「だって、彼には間違いなくラインアップに

入っていてほしいからね」


私の大好きなMLBジョークの一つだ。ハハハ。


# by toruiwa2010 | 2017-07-11 08:06 | メジャー&野球全般 | Comments(0)

7月期のドラマのうちすでに何本かがスタートしている。

展望・中間報告・総括…という形で書くことをやめているが、

折に触れて感想を書くことにしている。

今回は、7月期の作品の中で“とりあえず見る”ものについて。

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21 コード・ブルー フジテレビ 7/19

山下智久、新垣結衣、戸田恵梨香、比嘉愛未、浅利陽介


7年半ぶりに帰ってくるこのドラマが今季一番の楽しみだ。

平日の昼に前シリーズを再放送しているのを見ると、脚本に

かなりの“無理”があるが、山下、新垣を初め好きな俳優が

揃っているからしっかり見ることになる。

初期のシリーズではそれほど有名じゃなかった人も含めて、

みんな大きくなった。それが魅力でもあった“初々しさ”は

薄れたかもしれないが、彼らの成長を見たいと思う。


前シリーズでは同じ場所で働いていた医師や看護師たちも、

今はそれぞれの道を歩んでいるが、救命センターには新たに

フライト・ドクターを目指す若者たちが入ってくる。今回は

そこから話が始まるようだ。

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21 刑事7人 テレビ朝日 7/12

東山紀之、髙嶋 政宏、片岡愛之助、倉科カナ、塚本高史


シリーズとしては201516年に次いで3回目になる。毎年、

7月期に放送している。テレ朝はなかなか戦略的だね。

個性的なスペシャリストをそろえた“最強の別動捜査隊”が

難事件の解決に挑む刑事ものだ。

俳優陣の平均年齢が高いのが特徴で、このほかに吉田鋼太郎や

北大路欣也が存在感を発揮する。


実は、第1シリーズは1回目を見ただけでやめてしまった。

まとまりがなくて「こりゃダメだ」と思ったからだ。ハハハ。

しかし、第2シリーズでは“キャラの濃い”メンバーの間の

調和がとれてドラマとしての完成度が高くなったと記憶する。

今回は東山扮する天樹の“衝撃の過去”も明かされるとか。

この作品には「コード・ブルー」と同じぐらい期待している。

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20 遺留捜査 テレビ朝日 7/13

上川隆也、栗山千明、段田安則、戸田恵子、永井大、甲本雅裕


テレ朝のドラマにはシリーズものが多い。このドラマもすっかり

おなじみになったシリーズだ。飽きられないように、少しずつ

設定や背景を変えている。今回は舞台を京都に移すそうだ。

ただし、糸川刑事(上川)が被害者の遺留品の中からわずかな

手がかりを見つけて周囲をイライラさせながら事件の解決に

導く物語の流れはこれまでと変わらないはずだ。マンネリに

陥りやすい手法だが、すでにクセになっている。ハハハ。

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21 黒革の手帖 テレビ朝日 7/20

武井咲、江口洋介、仲里依紗、高嶋政伸、真矢ミキ、奥田瑛二


ドラマが好調なテレ朝だが、これはどうだろう?

なにしろ、原作が人間のどす黒い欲望に根差した犯罪を描く

ことが得意だった松本清張だし、主人公は“最強悪女”、“銀座の

女王”と呼ばれてしたたかに生きるオンナだ。イメージ的にも

年齢的にも、武井がこの役をこなせるとは思えない。

とりあえず見てみるが、どんなに周りを達者な役者で固めても

無理だという気がするなあ。

決して武井をディスってるわけではない。彼女の役どころは

もっと他にあると思う。オスカーは路線を間違えていないか?


ちなみに、高畑淳子が出るそうだ。

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22 セシルのもくろみ フジテレビ 7/13

真木よう子、吉瀬美智子、伊藤歩、板谷由夏、徳井義実


いやいや、見ようと思って書き出したわけじゃない。

ずいぶん“おとな”な女優を集めたなあと興味を持っただけだ。

しかも、この顔ぶれに絡むのがチュートリアルの徳井だという。

芸人としては好きだが、俳優としての力がそれほどとも思えん。

まして、この女優陣に太刀打ちできるとは…


そうか、そこんとこを見極めるために見てみるか。ハハハ。


22 ハロー針ねずみ TBS 7/14

瑛太、深田恭子、森田剛、山口智子、蒼井優、リリー・フランキー


瑛太、山口、蒼井…好きな俳優が揃ってるんだが、探偵事務所が

舞台だというし、ヒロインが深田かあ。別に嫌いじゃないが、

彼女には“生身”の女性というイメージがないんだよなあ。

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21 ごめん、愛してる TBS 7/9

長瀬智也、吉岡里帆、坂口健太郎、六角精児、大竹しのぶ


幼いころ母親に捨てられた男(長瀬)が、ある日事件に巻き込まれ、

いつ死ぬか分からない状態に陥った。最期に、せめてもの孝行を

したいと、母親探しを始める。

すると、貧しさゆえに彼を捨てたのだと勝手に思い込んでいた

母親は息子に精いっぱいの愛情を注いでいた!


最近 好調が続くTBSの日曜劇場だが、これ、大丈夫か?

長瀬は好きだけどなあ。早々に“失礼”することになりそうだ。

ハハハ。


・・・と、ここまで書いて、昨日の1回目を見た。

全体に脚本が荒っぽくないか?特に、前半の韓国を舞台にした

部分の設定や物語がひどく、登場しているのがどういう人物か、

相関関係はどうなっているのかが分からなかった。

ドラマの完成度は最近好調なこの枠の作品としてはかなり低い。

まあ、もう一回は見ようかな。録画して。


ここに書かなかったドラマは、タイトルやイントロダクションを

見ただけで“食欲”を失った。許されよ。ハハハ。


# by toruiwa2010 | 2017-07-10 08:15 | ドラマ | Comments(4)

・・・つづき


断続的に“たちのわるい”胸焼けが起きることで不安になった。

本当は7月中旬まで1ヶ月ぐらいは兄の様子を見定めてから

東京に戻ろうと決めていたが、身体に何かが起きているなら

東京のかかりつけのドクターと相談するのが得策だと思った。

妻と話し合い、急だったが、30日に引っ越すことにした。

とたんに慌ただしくなった。


兄との間で、残念ながらもう戻ることがないマンションを

売ることになっていた。兄の思い入れの強いものについては

私の家で預かることにしたが、私も断捨離&終活中だから

量はごくわずかだ。残りは業者に引き取ってもらうしかない。

家一軒のクリーニング…初めての経験なので、どうなるのか、

費用がどうなるのかは まったく分からなかった。

引っ越しと合わせて、3軒に見積もりをしてもらって決めた。

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70万円から22万円まで、業者によってとんでもない差が

出ることが分かった。若いカップルの業者が、3日をかけて、

びっくりするほどきれいにしてくれた。

同時に、兄が最愛の母と暮らした思い出の場所は消えた。


見積もりに立ち会う合間を縫って、私は兄の施設にでかけた。

担当医師に会って、近く芦屋を去ること、見舞いに来る回数・

頻度が減ること、連絡があればいつでも駆けつけること…

などを話した。兄の“病状”に対応した治療の仕方については

入院時に十分な説明を受け、同意書にサインしてある。

“事情”を知っている医師は「心得ました」と応じてくれた。


27日、“大掃除”が行われているころ、私は病院にいた。

28日に上部・下部消化管内視鏡検査(胃と腸のカメラ)

やるのだが、大腸内視鏡の検査を受けるときには前夜から

入院することにしているのだ。まさか、兄と同じ病院に入り、

同じ病衣を着ることになるとは思いもしなかった。ハハハ。

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28日は早朝から下剤の入った薬液と水をたらふく飲まされた。

8時半ごろには私のおなかはすっかり空っぽになっていた。

それからの“待ち”の時間の長かったこと。

「お待たせしましたあ。岩佐さん、さあ、行きましょう」と

看護師さんが迎えに来たのは4時近くだった!


検査は麻酔?をかけて行われたため、まったく覚えていない。

深い眠りから目が覚めたとき、看護師さんが会計の仕方などを

説明中だった。麻酔が残っている状態で退院したみたいだ。

金を払った記憶がはっきりしないため、翌日、病院に行った。

東京都民として“跡を濁す”わけにはいかないもの。ハハハ。


「すでに払われている」と言われた。

精算するとき 請求書のバーコード部分を機械にかざすのだが

その記憶がない。聞くと、カードで払われていると言う。

しかも、すでに会計の窓口が閉じたあとだったから、地下の

救急の窓口で払っていると!


霧の向こうから、記憶が少し蘇ったが、全体はぼやけている。

怖いなあ。検査の結果は77日の診察のときまで分からないし、

いろいろ、不安が残った。


29日は銀行、不動産屋と会って今後のことを話し合った。

妻と一緒に兄の見舞に行った。マンション売却に伴う作業を私に

任せる委任状にサインをもらう必要もあった。字を書くことは

負担になるので気が気ではなかったが、頑張って書いてくれた。

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30日の引っ越し作業は順調に終わり、1時半の新幹線に乗れた。

新大阪を離れたのぞみの小さなテーブルには母の遺骨が載って

東京への旅を共にした。妻は“ふさわしい”袋を用意していたが、

今回は慌ただしく家を出たために持ってきていなかったので

遺骨が納まったのは成城石井のショッピングバッグだった。

父が亡くなったあと、1989年に芦屋に移った母にとっては

28年ぶりの帰京になった。


遺骨を東京に持って帰ることについては一度 話してあったが、

前日、兄を見舞ったときにこの話をすると、安心したような

顔をしていた。

近く、父と、幼くして失った娘が眠る多磨墓地に埋葬する。


地元駅について簡単な買い物を済ませたあと、口実を作って

妻を先に帰らせた。“寄り道”をして、東京に戻るときには

そうしようと、ずっと考えていたことを実行するためだ。

精神的に厳しいことの多かった単身赴任生活を支えてくれた

妻に感謝とねぎらいの花を贈る…50年を超える結婚生活で

一度もやったことがないので照れ臭かったが。ハハハ。

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心身ともにかなり疲れました。

しばらく(とりあえず、9日まで)休みます。


# by toruiwa2010 | 2017-07-05 08:17 | 芦屋から | Comments(4)

6月30日、東京に帰ってきた。

そう、5ヶ月暮らした芦屋のマンションを引き払った。

予期せぬ出来事があって、予定を繰り上げた。

いろいろなことが起き、ローラーコースターのような“激動”の

芦屋暮らしだったが、最後の3週間もめまぐるしかった。


613日の深夜、強烈な胸焼けで目が覚めた。「初めて行った

焼肉がいけなかったんだ」と直感した。そうではなかったが。

翌日から3日連続で大事な用件が控えていたので焦った。

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14日、司法書士が兄の病室に来て、マンション売却の意志と

事務的な手続きを私に任せることを最終的に確認。

15日、兄は2ヶ月の入院を終えて施設へ転院。

16日、3月末に購入したが、一度も住むことなく売却した

マンションの“決裁”。

…体調が悪いまま、なんとか乗り切った。


17,18日は兄の見舞いに行かなかった。体調のこともあったが、

いずれ、私が東京に帰ったら、1ヶ月か1ヶ月半に一度しか

来られなくなると思うので“見舞いがない”状態に慣れてもらう

必要があると考えたからだ。

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19日は少し緊張して新しい施設に赴いた。

保証人を二人求められていたが、“二人目”に苦労し、妻の妹に

頼み込んで何とか体裁を整えてあった。

ここには書かないが、もう“一件”あって、兄の入所については

すべての条件を満たしていない状態だった。

「これではお兄さまを預かれない」と言われるかもしれないと

覚悟していた。その場合は、費用は高いが、施設が整っている

企業系の施設に再転院になるなあと。


さいわい、病院側に事情を説明し「何かあったら、私が責任を

持つから」と約束することで了解してもらうことができた。

見学のときから、病院と私の間に信頼関係があったからだ。


…やれやれと思ったその夜、ふたたび、胸やけに見舞われた。

前回よりひどかった。

0時を回っていたが、タクシーを呼んで救急外来に行った。

いろいろ検査してくれたが、結論は「朝一番で消化器内科を

受診してほしい」だった。

帰宅は午前2時だったが、横になっても眠れなかった。

一睡もできないまま、4時になるのを待って妻に電話をし、

来てくれるよう 頼んだ。


21日、指示通り、朝一番で病院に行くと、予約されていた。

あ、病院は つい先日まで兄が世話になっていた芦屋病院だ。

世間は狭い…という話じゃないか。ハハハ。

採血され、腹部のCTを撮られた。その結果、肝臓に小さな

影があると告げられた。か、か、肝臓!?

予想しない角度からボールが飛んできた気分だった。


肝臓の件は早く結論を得た方がいいと医師が言うので、翌日

造影CTをやってもらうことにして帰宅した。

このとき、翌週に胃と腸の内視鏡検査をやることも決めた。

胸やけの方は、妻の手料理のせいか、処方された薬のせいか、

その夜はよく眠れた。


しかし・・・。

22日の深夜、みたび 胸やけが襲ってきた。

23日、病院に行った。予約がないのでずいぶん待たされた。

しかし、クスリを変えてもらったことで この日から胸やけは

おとなしくしてくれているし、なによりうれしかったのは、

前日撮った肝臓の造影CTの結果が問題なしだったことだ。

いまさら、“肝臓”と言われたって、困るし。ハハハ。


*プロフィル用の写真を変えました。

 後ろのマンションに5ヶ月住んだ。


つづく・・・


# by toruiwa2010 | 2017-07-04 08:17 | 芦屋から | Comments(2)

小池百合子都知事が率いる都民ファーストが圧勝した。

告示のころは小差だったと記憶するが、終わってみれば、

とんでもない大差になった。国政レベルでの不祥事が

大量の“チルドレン”を生み出した。

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いいんじゃないか。

そろそろ、“ゆるみ”が顕著な一強・安倍政権に有権者が

喝を入れてもいいころだ。ただし、「この結果は国政にも

大きな影響を与える」という声もあるが、そうだろうか?

もう一つ、二つ、大きな問題が起きれば別だが、民進党の

体たらくを見れば、この段階で国民が自民党に決定的な

“No”を突きつけることはないと思う。


いいんじゃないか…のもう一つの理由は、東京は首都だが、

都議会はあくまで“地方議会”という点だ。どこが勝っても、

仕事さえきちんとしてくれれば文句はないんだ。圧倒的な

議席数を獲得した小池支持勢力があれば、都政はそれほど

大きな間違いを犯さずに進んでいくのではないか。そして

その“方向”は自民党の真反対ではないと思う。


そうは言っても、これだけ大勝するとどこかでおごりが

生まれる可能性はある。特に 小池百合子その人の言動には

厳しい目を向けておく必要がある。私はそうするつもりだ。

大多数の人が支持するもの・人には厳しいのさ。ハハハ。


これまでの彼女を支えてきたのは“人気”だったが、今回、

圧倒的な“数”が加わった。どこに向かうか?

まさか、いきなり“独裁”に向かうとは思わないが、少し前、

いやな“兆候”を見てしまった。620日のことだ。


“築地は守る・豊洲は活かす”というスローガンを掲げた

会見が始まったのは3時半だったが、「“公務の都合”で

会見は4時まで」と進行係が予告した。豊洲or築地は

都民にとっての関心事なのに、たった30分できちんと

説明をし、十分な質疑ができるはずがない!


…小池の説明が終わったとき、残り時間は4分足らず、

質問は3人で終わり、「知事、大事な問題だからもう少し

続けましょうよ」と声をかけた記者をひとにらみして

知事は会見場を後にした。何も言わないほかの記者たちに

呆れてしまった。「文句はないでしょ」と言わんばかりの

彼女の態度にはおごりの兆しが見えた。今のうちに芽を

摘んでおくべきなんだけどなあ。

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小池百合子にはもっと危険な“資質”があると思っている。

知事選中のテレビで見せた“顔”を忘れない。

主だった候補者が揃って出演したテレビで鳥越俊太郎が

「僕を“病み上がり”と呼んだ」と切り出したとき 言下に

「言ってないです」と否定した。


2日前、秋葉原での演説で「この人なら勝てると言って、

政策も何にもない人、病み上がりの人をただただ連れて

くればいいというものではないんです」と言った場面が

テープに残っているにもかかわらず…。


鉄面皮ぶりにあきれた。

増田を応援しつつ、「小池でもいい」と思っていたのだが、

その“しれっとした”顔を見て一気に評価が下がった。


人気なのは結構だが、この人は平気でうそをつく。

私は“嘘つき”を信用しないことにしてるんだ。ハハハ。


# by toruiwa2010 | 2017-07-03 08:00 | 岩佐徹的考察 | Comments(2)

渇望 ウインブルドン実況

~やり残したグランド・スラム~

( 2011.06.22 初出 )

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「やり残したことはないのか?」

「はい、ありません」


…フジテレビでアナウンサーを辞めるとき、総務局長と交わした

会話です。もちろん、やりたいことはたくさんありました。

しかし、辞めたいと思っているときに、「いえ、実はいろいろ

ありまして…」と言えば、「それなら、辞めるなんて言うな」と

説得されるに決まっていますから、言わなかっただけです。

ハハハ。


「思い残したことはない」と言いきれる人生なんてごくごく

まれな人しか送れないでしょう。

私のような“煩悩”が多い人間にはとても望めません。

テニス・アナとして“やり残した”ことの一つは、“グランド・

スラム達成“です。

1992年に初めて3大会を実況し、最後の全米が終わったとき、

アナウンサーとしての“グランド・スラマー”になりたいものだと

思いました。

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それには、ウインブルドンの実況をしなければいけません。

しかし、とてつもなく“高い壁”でした。

放映権は長くNHKが持っていて、手放す気配はありません。

オール・イングランド側も“国営”放送・NHKのステータスが

お気に入りだったようです。一度、プレゼンにまでこぎつけた

ことがありますが、権料アップの“ダシ”に使われた感じでした。

ハハハ。


WOWOWが「伝説は甦る」というシリーズを企画し、歴史に

残る名勝負を放送したとき、テニスを2本頼まれました。

どちらもウインブルドンの決勝です。

1本は1980年のボルグvsマッケンロー、もう1本は1982年の

コナーズvsマッケンロー。

解説をつけない“一人喋り”でした。資料はほとんどありません。

苦肉の策で、現地アナの実況を懸命に聴き、情報らしきものを

引き出しました。苦しいけど楽しい作業でした。


しかし、私の夢はコートを見下ろす放送席に座っての実況です。

果たせないまま、現役を終えました。“やり残した”のです。


一人のファンとして、今もときどき「実況したかったなあ」と

思い出す試合が男女1試合ずつあります。


1992 Wimbledon Gentlemen’s Singles Final

Andre Agassi d.Goran Ivanisevic67/64/64/16/64


男子では1992年のアガシvsイバニセビッチです。

12シードだったアガシは QFでフルセットの末ベッカーを、

SFではマッケンローをストレートで下して決勝に進出しました。

一方、第8シードのイバニセビッチは4回戦でレンドル、QF

2シードのエドバーグ、SFではサンプラスに勝っていました。

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強力サーブが売り物のレフティ、イバニセビッチと“史上最高の

リターナー”と呼ばれたアガシの対戦はプレー・スタイルも

対照的でしたから、関心はきわめて高いものがありました。

大歓声に迎えられてコートに登場した2人はウインブルドンの

ドレス・コードに従って上下とも白一色、アガシがかぶった

帽子ももちろん、白でした。ハハハ。

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アガシがシャツを着替えるたび女性客の嬌声が…


アガシは1987年に一度出た(1回戦敗退)あと、ウインブルドンを

敬遠していました。まさか、“コートの上を舞う蝶さえ白い”と

からかわれるウインブルドンでは、白以外のウエアを認めない

というドレス・コードに腹を立てたわけではないでしょうが。

ハハハ。


当時はサーブ&ボレヤーに圧倒的に有利と言われていたことが

大きな理由だと思います。性格的にも、勝ち目のない勝負は

しないのでしょう。しかし、前年、1991年、久しぶりに出場して

QFまで進んでいました。


世界中のテニス・ファンの熱い期待にこたえて、決勝に進んだ

22歳のアガシと20歳のイバニセビッチ

2人の若者の対決は見ごたえがあるものになりました。

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当時のコーチ ニック・ボロッテリ()

GF ウエンディ・スチュアート


サーブからネットへの流れで主導権を握りたいイバニセビッチに

対して、アガシは得意のリターンから厳しい攻めで対抗しました。

特に、高くキックする彼のセカンド・サーブがかなり効果的

だったと思います。

1セットをタイブレークの末に先取したイバニセビッチが

優位に立ったかに見えましたが、第2セットの第1ゲームを

ブレークしたアガシは、勢いに乗って2セットを連取して、

形勢を逆転します。


いつものイバニセビッチなら精神的に崩れる展開でしたが、

この日の彼は違いました。何に対しても決して腹を立てまい…

と誓ったかのように、冷静さを保っていました。

ただし、途中でこんな場面がありました。


4セット第1ゲームが終わってインタバルに入ったところで

主審がイバニセビッチに何かを話し始めると、アシスタント・

レフェリーも加わって説明をしています。

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実は、試合中のどこかでフラストレーションを解放するために

彼が発したexpletive…(悪態)BBCのマイクが拾い、全世界に

流れたのです。彼の国籍は複雑な民族・宗教の問題を抱える

ユーゴから独立したばかりのクロアチアです。

公用語はクロアチア語ですが、ほかの、例えばセルビア語とも

よく似ているようです。


審判席に着くとき、主審はある“メモ”をポケットに忍ばせて

いると言われています。主だった国の言語で“行儀の悪い言葉”、

“放送禁止用語”が書かれているそうです。たとえば、英語なら

f**kほか実に多数。ハハハ。

しかし、この試合の主審が持っていたメモにクロアチア語は

なかったのでしょう。ですから、警告は出ませんでした。


しかし、天網恢恢…

地球上のどこかで聴いていた、イバニセビッチの言葉を理解する

人が主催者のところに国際電話をかけてきたのです!

クロアチア人は国を挙げて応援していたはずですから、分離・

独立に至る過程で摩擦があった“旧ユーゴ”のどこか…でしょう。

ハハハ。


動揺はあったと思いますが、持ちこたえたイバニセビッチが

4セットを取り返して、ついに2セット・オール、勝敗の

決着はファイナル・セットに持ち越されます。

グランド・スラムの決勝は常にこうありたいですね。ハハハ。

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試合は、アガシがイバニセビッチを振り切ってウインブルドン

初優勝を果たしました。

勝利の瞬間、ガールフレンドやコーチがいる陣営を振り返って

信じられないという表情を見せたアガシは、両手で顔を覆い、

そのまま、芝の上にうつ伏せになりました。

アメリカではこの一連のアクションが話題になりました。


当時のアガシは “Image is everything”(イメージがすべてさ)

キャッチフレーズとするキャノンのキャラクターに起用されて

いました。

口の悪い人たちからは「あれは、CMで効果的に使えるように

演技をしたに違いない」と揶揄する声が上がったのです。

まさかね。ハハハ。

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ちなみに、アガシのロン毛は2年後の1994年で終わりました。

1995年、全豪に初出場するためメルボルンにやってきたアガシは

坊主頭だったのです!

ずっと、新年早々、南半球まで出かけることを嫌がっていた

アガシを「なに言ってるんだ。君が一番やりやすいサーフェス

なんだから」と説得したのはクーリエやサンプラスでした。


1993 Wimbledon Ladies Singles Final

Stefi Graf d.Jana Novotna 76/16/64


女子では、1993年のグラフvsノボトナが勝負の怖さとともに

記憶に残っています。アーカイブで再録したばかりですから、

簡単に記すことにします。


1セット・オールからの第3セット・第5ゲームでグラフの

サーブをブレークしたとき、ノボトナは67/61/41 とすっかり

流れをつかんでいました。いたはずです。ハハハ。

もちろん、スタンドの空気もテレビの前の我々も、ノボトナが

勝つのだと思っていました。

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ダブルフォルトでサーブを落として呆然とするグラフと勝利を

確信した?ノボトナ


…しかし、25分後、ヴィーナス・ローズウォーター・ディッシュ

(女子優勝のトロフィー)を手に微笑んでいたのはシュテフィ・

グラフだったのです!!!

ケント公夫人の肩に顔を埋めてむせび泣く敗者・ノボトナの

姿をテニス・ファンが忘れることはないでしょう。

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持っているDVDは、ともにBBCの実況を同録したものです。

日本人の実況なんか聴くもんか! 悔しいじゃないですか。

ハハハ。


うーん、それにしてもやりたかった、ウインブルドンの実況…。

あとからテニスの実況を始めた若いアナが、私の生涯の願望を

何の苦もなく達成するのを目にするのは精神衛生上、とても

よくないことです。ハハハ。


# by toruiwa2010 | 2017-07-02 08:15 | アーカイブから | Comments(2)

LIXILって知ってる?

~近頃テレビCM考~

( 2011.06.21 初出 )

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モバゲーや新青森駅開業のテレビ・コマーシャルはシリーズで

物語が展開する作りでなかなか面白かったと思います。

最近、もうひとひねりした連続コマーシャルがありますね。

LIXILです。


部長が課長に「リクシルって知ってるかい?」と聞いている。

B「リクシルサッカー選手か何かですか?」

A「いや、人ではなかったなあ人だったかな?」

B「どちらですか?」

A「どっちかなんだよ」

B「どちらでしょうね」

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気になる課長は 数時間後、ランチタイムの食堂で、連れ出した

若い部下に「リクシルって知ってるか?」と尋ねる。

キツネにつままれたような表情のC

その夜、Cはなじみのバーで女性バーテンダーDに問いかける。

「リクシルって知ってる?」

翌日の昼、 Dは行きつけの美容室で係のEに「リクシルって

知ってる?」と尋ねる


…登場人物が一人ずつずれながら、話題は「リクシルって何?」。


トステムやイナックスが統合されてできた会社のようですが、

詳しいことは知りません。日本中にそんな人が大勢いるでしょう。

このCM認知度を上げるために流されているようです。


起用されている俳優陣が豪華です。

まず、登場したのは岸部一徳“部長”と堤真一“課長”、さらに、

大森南朋“係長”…

この2本は、役者同士の間の取り合いが絶妙でした。

続いて、松下奈緒、矢作兼(おぎ・やはぎ)…満島ひかる。


台本がよくできています。その場の会話だけでなく、人物の

キャラクター、背景までが透けて見えるようで、いろいろと

想像をめぐらせながら楽しめます。


“連続&リレー形式”か。考えましたね。すっかりやられてます。

まだ、リクシルとは何かの答えを知りませんが。ハハハ。

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ラジオを聴いていると、ぼそぼそと女性の声が流れてきました。


エー、私、キンチョーのCMに出てる者です。

「これ見よがしに」とか言うてるやつなんですけど。

エー、その男の人の隣で、まー、ただ座ってるだけの乗客ですね。

「とにかく、自然にしてくれ」とだけ言われてるんですけど、

自然にするというのが一番難しいことなので、苦労しましたね。

(“想像という言葉にかぶって)思ったより顔が隠れているので、

まー、もうちょっと、顔が出ててもよかったんちゃうのかと

思うんですけど…プーン(蚊の羽音) 

(男の声で)“殺虫剤はキンチョール


音声だけの“メーキング”を、出演した女性の関西なまりの

“ぼやき”だけで構成したこのディレクターの手腕に拍手を

送りたいと思います。

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大和証券のCMにはいつも感心します。

最近ではギタリストのチャーも出演している“ネクスト銀行編”が

気に入っています。

私が若かったころの大ヒット曲「Sittin on the Dock of theBay」が

フィーチャーされているからかもしれません。ハハハ。


東京、ニューオーリーンズ、リオ・デジャネイロで、現地の

ミュージシャンがそれぞれの楽器を演奏するのですが、何よりも

ニューオーリーンズの“グランパ・エリオット”という年配の

シンガーの歌がしびれます。“ストリート・パフォーマー”だと

言うことですが、いかにも“ブルースそのもの”という感じです。

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このところ、夏の電力不足に向けて家電製品を中心に“節電”を

テーマにしたコマーシャルが目につきます。まるでこの状況を

前もって予知していたかのような対応の素早さにはビックリです。

ハハハ。


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白戸家の“お父さん”が登場するソフトバンクの「これがホントの

“うちわもめ”」編もその流れに乗ったCMですが、面白さは

もう一つですね。

妙に気に入ったのは、“お父さん”と“お兄ちゃん”が連れだって

屋台のラーメン屋を訪れる1本です。


小林旭が演じるオヤジがとんでもなく不器用です。

“湯きり”をするために麺が入ったザルを振り回すと飛び散った

熱湯が“お父さん”にも降りかかります。演技ではなく、マジで

あわててよけるお父さんがよかったなあ。

上戸彩“不在”が残念ですが。ハハハ。

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もうひとつ、意外な“企業”が災害への関心を見せていることに

ハッとさせられます。美容整形の高須クリニック…です。


かべに貼られた模造紙に大きく「希望」の文字があり、周りの

スペースにたくさんのメッセージが書き込まれています。

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いったい何ができるのでしょう。

何もできないと思っていました。

あなたの気持ちで何かができます。

何かをすることで誰かが助かります。


最後に画面中央に「みなさまの復興を心よりお祈り申し上げます」

の文字と、右下に小さく「高須クリニック」…。


コメントを確認しようとネット検索すると、「心がこもっていない」、

「わざとらしい」とかなり悪評だったので驚きました。


私は、“メッセージ”を感じました。

人それぞれだから、それでいいと思っています。

少なくとも、CM料を払った上で、企業の宣伝はごく控えめです。

中東の空を飛ぶヘリコプターを、久しく見ていませんね。

私は評価します。Yes,Takasu Clinic! ハハハ。


# by toruiwa2010 | 2017-07-01 08:17 | アーカイブから | Comments(0)

・・・つづき


翌日、銀行に行って話をしました。

窓口の若い行員は誠実に耳を傾けてくれました。ほかの用事を

済ませてから銀行に回ったため、話の途中で3時を回りました。

銀行の中にいて正面のシャッターが下りるのを初めて見ました。

彼はそのあとも本社の法務部ともやり取りをしていましたが、

この日は結論が出ず「行内で検討課題とさせてほしい」という

ことになりました。


数日後、電話がありました。最初の行員ではなく、数年前から

兄の“担当者”になっている人でした。

会話の中に思いがけない言葉がありました。“弁護士ではなく

私が兄の代理人になる”可能性をにおわせていました!

確認すると、その通りでした。


突然、道が開けました。…は正確ではないかもしれません。

この“道”は初めからそこにあったのですから。

高齢だったり、身体が不自由だったり、理由はともかく 本人が

銀行の窓口にいけないとき、誰かを代理人に選任する制度です。

私は銀行の窓口で何度も「方法はないか?」と尋ねましたが、

この話は一度も出ませんでした。行内で情報が共有されていない、

簡単には教えないというポリシーがある…どちらか不明ですが、

優しくないですね。超高齢者はこれから増えるばかりなのに。

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どちらにしても、トンネルの出口が見えたのですが、手放しでは

喜べません。超えなければいけない“壁”があるのです。

行員が兄の病室に来て私を代理人と認めるのを確認したうえで

書類に必要事項を記入してもらわなければなりません。

目が不自由な兄は書くことが苦手です。しかも、住所氏名は

いいとして、口座番号を小さい枠内に書くのは“至難”です。


祈るような気持ちでその場に立ち会いました。

幸いなことに途中から加わった彼の女性上司の判断もあって

残りの部分は私が書きこむことでOKになりました。

2日後、行内の審査を経て私は正式に兄の代理人になりました。

兄の口座にある預金を私が動かせるようになりました。

この日飲んだビールのうまかったこと!


その後、転居を予定して購入したばかりのマンションを売った

代金が振り込まれ、兄が施設に入るための費用、さまざまな

場面で生じる支払いなどに対応する資金面は万全になりました。

このときを含め、芦屋病院に入院中の兄のもとには、3組の

訪問者がありました。見舞いではなく“ビジネス”のためです。

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まず、証券会社の担当者。

兄が施設で過ごす期間は超長期になる可能性もあります。

備えとして、動かせる金を“最大限”にしておこうと考えました。

兄の同意を受け、証券を売って銀行口座に移すことにしました。

この“作業”にも、担当者が立ち会ってはっきりと意思表示を

しなければならないのです。


しかも、病室での面談中に本社のしかるべきセクションから

かかってくる電話に出て「第○○回の○○債権・○○口を

売ります」と言わなければいけないのです。記録に残すためだと

言われました。

耳が不自由な兄には とても難しいだろうと思いましたが、

「やってみる」と言うので実行に移しました。

このときも、担当者に同行した上司が、目の前で兄の意志を

聞いたからということで“電話”での確認は免除されました。


最後は司法書士の来訪でした。マンションを売ったときです。

購入したのは3月末でしたから、兄はまだ自力で歩き、面倒な

書類にもなんとか書きこんでいました。

しかし、転売したのは入院後でしたから、手続き的なことは

私が代行しました。5月末、売買契約書にサインする前日に、

司法書士は買い手に頼まれて“売る意志”と“弟を代理人とする”

ことを確認しに来たのです。

兄は明快に意思表示をしました。しかし・・・


これで終わらないのです。

それからおよそ3週間後の614日、ふたたび、司法書士が

やってきました。翌日には兄の転院、翌々日には売買の決裁が

予定されていました。用件は“最終的な意志確認”です。

あきれました。


たった3週間で売る意志がなくなったり、私を代理人にさせる

気がなくなったりするもんか。それとも何か。

あんたは、遺言書を作ったら死ぬ間際に意思を確認するのか!

…と毒づきたくなりました。もちろん、豊田真由子じゃないから

口には出しませんでしたが。ハハハ。


担当者は仕事としてやるべきことをやっているにすぎません。

多額の金銭が絡んでいるのですから念には念を入れ…というのも

理解できます。

しかし、相手をさせられたこの数カ月で、私の神経はすっかり、

すり減ってしまいました。トホホ。


# by toruiwa2010 | 2017-06-30 08:15 | 芦屋から | Comments(0)

兄が急性肺炎で入院したのが417日です。

そのあと、実にさまざまなことがありました。

まず、入院が長引きました。その結果、足の筋肉が失われ、

自力で歩くところまで回復できないだろうと告げられました。

加えて、食べものを呑み込むのが困難になり“誤嚥”の可能性が

高くなった…などの理由で一人暮らしが絶望的になりました。


私はその“対策”に追われました。

24時間の介護が必要…となると 施設に入れる必要があります。

安心して任せる施設を探すのですが、兄の場合は“介護認定”の

申請から始めなければなりませんでした。入院した芦屋病院の

看護師長からはこれまで申請していなかったことが不思議だと

言われてしまいました。(1ヶ月後、“要介護5”と認定)


そして、同じ経験をされた方は多いと思いますが、兄のような

“超高齢者”たちに共通する大きな問題は資産の管理です。

私が2月に芦屋暮らしを始めてからいろいろ話をするうちに、

兄がかなりの資産を持っていることが分かりました。

「それだけあるなら、ちゃんとした施設に入ればいいのに」と

訴えましたが、このときは 首を縦に振りませんでした。

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しかし、入院し、厳しい現実を知って 兄も覚悟を決めました。

施設に入るためには金がかかることも理解しました。

3月ごろから私が通帳と印鑑を預かっていましたが、「それなら

難しいことなどないじゃないか」などと言わないでください。

そんなに簡単な話じゃないんです。ハハハ。


キャッシュカードはあるのですが、暗証番号が分かりません。

そんなはずはないのに「登録していない」と言い張ります。

暗証番号の登録なしにカードが発行されることはありません。

使う機会がないまま忘れてしまったのでしょう。

本人の誕生日や両親の誕生日など、考えられる4桁の数字を

いくつか紙に書いて 見せましたが、思い出せないのです。


そうなると、本人が窓口に行かなければお金は動かせません。

何度も銀行に通い、事情を説明し、「本人不在で動かす方法は

ありませんか?」と尋ねましたが、答えはいつも同じでした。

困り果てました。これでは、資金はあるのに、しかるべき施設に

入れることができません。当初 考えていた施設は莫大な費用が

かかります。当面は私が立て替えることも可能ですが、期間が

長引けば対応できません。私たち夫婦の“今後”も考えなければ

ならないからです。

冷たいようですが、私には妻に対する責任もあります。


“成年後見人制度”を思い出し、弁護士事務所に相談に行きました。

…私が兄の後見人になることを考えていましたが、無理でした。

そのためには、兄が認知症などのために判断能力がないことが

“条件”になります。目はほとんど見えず、耳もとても遠いですが、

判断力は正常です。家庭裁判所の目をごまかす自信はありません。

ハハハ。


次に、兄が弁護士と契約を交わして、弁護士に兄の財産を管理する

“代理権”を持ってもらう…という方法がうかび、その方向で銀行と

話してみることにしました。


つづく・・・


# by toruiwa2010 | 2017-06-29 08:20 | 芦屋から | Comments(0)