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岩佐徹のOFF-MIKE

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「ホテルの11階が揺れた !~ワイキキで遭遇した地震~」              11/03/20

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母は18歳だった1923年に東京・深川で関東大震災を経験しました。お腹には長兄が
いました。列車の窓から押し込まれ、夜汽車で九州の親戚の所に向かったそうです。
72年後、90歳だった1995年には、芦屋で阪神・淡路大震災に遭遇しています。
そのとき私は全豪オープン・テニスの中継のためメルボルンにいました。
東京の家に電話をすると、妻が「何度もかけてるけど、つながらない」と訴えました。
やっと電話がつながり、様子が分かったのは数日後でした。マンション住まいでしたが、
食器類が全部落ちて割れたり冷蔵庫が倒れたりしたものの、母と、同居していた長兄に
ケガはありませんでした。不眠症に悩んでいた母は、薬を飲んでぐっすりと眠っていて
全く気付かなかったそうです。

我が家の地震経験はすべて母が背負い込んでいる形です。
私は、幸いなことに恐怖を覚えるほどの地震に出会ったことがありません。
一度だけ、本当にこわいものだ、と思わされたのはハワイで起きた地震のときです。

2006年10月14日…
ワイキキでの友人の結婚式に出席し、ハイアット・リージェンシーに滞在していました。
朝7時過ぎ、うつらうつらしているといきなりベッドが揺れ始めました。地震です。
寝ていると強く感じるものでしょうから、震度はせいぜい「2」程度だったでしょう。
それでも、旅先の、しかも高層ホテルに滞在している私にとっては、歓迎すべき
ものではありません。
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不思議なもので、「逃げなければ」とは思いませんでした。
「えーと、何階だっけ。11階か、じゃあ、逃げたってしょうがないな」…そんな風に
考えていました。
こんな建物が倒れるような地震じゃ、助かるわけもないだろう、と思ったのです。

10分後ぐらいに再び同じようなゆれがありましたが、すぐに収まりました。
地震に関してはそれで終わりだったのですが、厄介だったのは、地震の結果としての
“停電”です。外はもう明るくなっていましたから、カーテンを開ければ部屋の中を
動き回るのに不便さは感じませんが、ホテル暮らしでは何かと困ることが分かりました。
小規模の自家発電で、非常灯などはついていますが、エレベーターがストップです。
フロントも、レストランも3階ですから行きはともかく帰りが大変です。

「停電ということはモーターで屋上に上げている水も止まるんだ」と気づいたのは、
しばらくぼーっとしたあとのことです。あせりました。
顔は洗えたものの、時間の経過とともに、水は止まってしまいました。
30分ほど待って、早朝から営業しているレストランに下りて行くと、普段は24ドルも
とられるビュッフェが無料で提供されていました。

食事をしている間に館内放送が「空港は閉鎖されている」とアナウンスしていました。
一緒に出席した人の中には帰国を予定している人もいましたが、きっと、大変な思いを
したことでしょう。
全島が停電しているとかで、「こんなことは初めてさ」とウエイターが話していました。
地震は時々あるのだそうです。

もともと、結婚式に出るだけが目的の旅で、何もする予定がありませんから、ゆっくりと
時間をかけて食事を楽しんでから、部屋に戻りました。
“老いの身”には階段が厳しく、ゆっくりと、休み休み、上がりました。
雨も降っていたため、午前中は部屋を出ませんでしたが、雨が上がったお昼過ぎ、街を
歩いてみようと思い再び、階段を下りていきました。
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考えてみるまでもなく、停電ですから信号が働かず、車はすべてゆっくりと動いています。
ほとんどの店が閉まったままで、スナック類を売っている店には長い列が出来ていました。
地震慣れしている日本人はそれほど心配しませんでしたが、大半は旅先で天災に遭遇した
旅行者たちですから、相当あわてたことでしょう。

ランチが食べられそうな店もなく、ホテルに戻ると一つだけレストランが開いていて、
宿泊客にはビュッフェを無料で提供していました。メニューは朝とほとんど同じですが、
それとは別に、簡易燃料を使ってオムレツを作っていましたので、長い列に並びました。
順番が来るまで、流れてくるにおいがたまりませんでした。
“非常時”という環境下で食べるなんでもないオムレツがことのほかおいしかったです!

今回の災害はレベルがまるで違いますから、比較の対象にもならないでしょうが、いま、
被災者は、毛布一枚、水のボトル一本、おにぎり一つ、温かい言葉ひとつ…些細なことが
大きな力になっていると思います。
ハワイのホテルでは、数時間後に従業員が部屋に来て、ミニバーの水は無料にしたので
自由に飲んでくださいと告げました。そんなことでも嬉しかったのです。

こんなときに略奪が起きないなんて、と海外では日本の評価が上がっているそうです。
しかし、実際には、この状況を悪用した詐欺や窃盗は横行しているといいます。
風評を信じて福島・いわき市への支援物資を積んだトラックが街の手前で引き返したなど、
世界には知られたくない話です。

それにくらべ、厳しい環境で避難生活を強いられている被災者の皆さんは、ストレスが
たまり、いらいらすることも多いはずなのに、もめ事らしい話は一切伝わってきません。
何十万という人々が秩序を守って日々を送っていらっしゃることに敬服します。

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…ハワイで遭遇した地震ですが、夜になっても停電は続き、部屋は真っ暗でした。
やることもないのでベッドに入っていると、いつの間にかうとうとしていたようです。
どれぐらいの時間が経過したか分かりませんが、11フロアー下の路上から聞こえてくる
ざわめきで目が覚め、直後に部屋の明かりがつきました!
カラカウア通りから大きな歓声が上がりました。
午後9時32分です。明かりのありがたさを痛切に感じました。

政府のだらしなさ、行政の対応のまずさ、原発の状態、将来の生活設計…
被災者にとって不安・不満の材料は山ほどあるでしょう。
災害に見舞われた地域に暮らす人々の目に、なにがしかの“明るさ”が
見える日が一日でも早く来ることを祈ってやみません。

by toruiwa2010 | 2011-03-20 10:07 | 岩佐徹的考察 | Comments(7)
Commented by 遊び人の優さん♪  at 2011-03-20 11:51 x
岩佐さん、こんにちは!

自分もかつて渡航先のホテルで長時間の停電に遭い、彼らの
「せめてものもてなし…。」に感謝した事が御座いまして、
彼らは水が困る事を想定して、ホテルのプールに貯めた水を
巨大ポリバケツ一杯に(部屋毎に!)用意してくれて
一晩問題無く過ごせたのです…。(以来、常連なのですが…。)

災害に遭遇した時、人の助け合いやもてなしの心がどれだけ励ましになるのか?それを感じた旅でしたね!

太字で綴った事もそうですが、我々も出来る事は率先して行なう気持ちが大切ですね!(今朝はそんな事を感じつつ…。)

仙台方面で被災された友人や福島の病院でER状態の最中、
頑張ってる友人の奥さん(医者です。)から裏で繰り広げられてる略奪の惨状なども伺ってますが…。なにかしらの“明るさ”が
見える日が一日でも早く来ることを祈ってやみませんね…。
Commented by ひろ☆はっぴ at 2011-03-20 17:45 x
岩佐さんが召し上がったオムレツにあたるのが、16年前の私にとっての「焼き芋」です。
当時住んでいた神戸市垂水区は震度6強でしたが他の地域より落ち着いていました。とはいえ水道とガスが止まり、テレビで惨状を見て呆然とする以外何もできないまま夕方を迎えました。突然焼き芋屋さんの軽トラックが近所にやって来たのです。すぐに買いに走りました。早く今回の被災者の皆さんにもあたたかい食事が届く日が来るように…。

頼むから菅政権一同、しっかりしてくれ!!byひろ☆はっぴ
Commented by shin555 at 2011-03-20 18:31 x
私にはさしたる被災の経験がなく、知識はあっても実感できていないと思います。
仙台で被災した友人が毎日状況をmixiに綴ってくれていますので
それを読んで思いを馳せるのが精一杯・・・
せめて自分の出来ることをしっかり、と思っています。
Commented by toruiwa2010 at 2011-03-20 19:14
ひろ☆はっぴ サン、こんばんは。

焼き芋ねえ。あの匂いもたまりませんね。
特に非常時には…
Commented by toruiwa2010 at 2011-03-20 19:15
shin555 さん、こんばんは。

人それぞれに、できることをするしかありませんね。
Commented by skylafe at 2011-03-20 23:17 x
岩佐さん、こんばんは! ツイッターでは絡んでいただき、楽しませていたいています。

ハワイでそういうご経験がおありになったのですね~
震度2ぐらいでそんなに大騒ぎになったことを思うと、日本の対応や大作は、いい方ですね。
ただ、私的には、どうみても、政府にはリーダーシップとそれを裏付ける大局観がないと思います。
被災者の方は、今は、直近のことしか考えられないでしょうが、当面の避難所生活が落ち着いてくると、思うのは、これからのことだと思います。

政府は、5年後、3年後、1年後・・・・と、きっとこういうふうに復興させてみせる!!という、強い意志と方向性を示すことだと思います。
それが、少し嘘(笑)がはいっていてもいいのです。

「もう5年間はあの土地では復興できないから、みなさん、悲しいでしょうけど、西日本に移ってもらえませんか?」 など・・・・ そういう具体的なことを考えている人はいるのでしょうか?

今だからこそ、そういう大局観で物事を見ている人が、少なからず、政府にはいてくれると信じています。

長々とすいません!! 
Commented by toruiwa2010 at 2011-03-21 11:15
skylafe さん、こんばんは。
11階の震度2、しかもべ度にいると結構な揺れに感じます。
大局観は常に求められていると思ってほしいですね。
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