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岩佐徹のOFF-MIKE

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「長友、出場ならず!~街を二分するダービー~」11/04/07

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5年前の今頃、テレビから八塚アナの甲高い声が聞こえてきました。
「いやー、ミラノ・ダービーがデー・ゲームというのも違和感がありますけども…」
私より前からセリエAに関わっていた彼の言葉とは思えませんでした。
かつては、ダービーを含めた全試合がデー・マッチだったのですから。

WOWOWでセリエAの放送が始まったのは1991年9月です。
日本では、一部の熱狂的なファンには知られていても、そのレベルの高さまでは、広く
認知されていませんでした。熱心な交渉の結果、放送権を獲得してきたプロデューサーは
大した奴なんですが、放送を始めるにあたって、「実況を司会役の川平慈英にやらせる」と
聞いたときには「お前、素人か?」と思いました。ハハハ。

案の定、無謀な試みは大失敗で、慈英さんの実況は一回だけで終わりました。
以後、実況は元文化放送の二人のアナに依頼して、サッカーの実況をしたことがないと
思ったのか、年上で扱いにくいと思ったのか、私には頼んできませんでした。
しかし、10月の半ばごろ、プロデユーサーが私のところにやってきました。
「11月にダービーというビッグ・マッチを現地から放送することになった。
特別の試合なので、ぜひWOWOWのアナウンサーでやりたいのだがどうか?」
…すぐにOKを出しました。待ってたんですから。ハハハ。
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“ミラン・ダービー”(WOWOWでの呼びかた)は、イタリア北部の街、ミラノに
本拠を置くインテルとミランが年2回、街を二分して戦われるビッグ・ゲームです。
とにかく、当日は、朝から何となく雰囲気が違います。
たしか、労働者はミランを、中産階級はインテルを応援すると聞いたことがありますが、
私が取材した限りでは逆でした。ホテルのレストランでウエイターたちに話を聞くと、
いつもインテリスタ(インテル・サポーター)がミラ二スタ(ミラン・サポーター)を少しだけ
上回っていたという記憶があります。

10試合ほど実況しましたが、最初の試合の印象が強烈です。
この時のインテルには、マテウス、クリンスマン、ブレーメのドイツトリオがいました。
対するミランには、ファン・バステン、フリット、ライカールトのオランダ・トリオ。
このダービーは、こうしスーパースターたちの競演という意味でも世界中のサッカー・
ファンが注目していました。
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舞台になるサンシーロはもう一度訪ねてみたいスタジアムです。建物としての美しさは
ありませんし、毎年、春のダービーのころは芝の状態がよくないのですが、大きくて
独特の雰囲気を持っています。2階席に陣取ったウルトラスのリーダーが始まる何時間も
前からサポーターたちをあおりたて、場内は最高の盛り上がりです。待っている時間が
長いと感じたことは一度もありません。

ファン・バステンのスライディングシュートでミランが先制して、スタンドは大爆発。
クリンスマンのボレーでインテルが追いつくと、そのボルテージは頂点に達しました。
サンシーロという舞台で、豪華メンバーが力いっぱいのプレーを見せてくれて、しかも、
エース同士がゴールを決める…放送する側として、これ以上望むことはない展開でした。
サッカーの実況は17年ぶりでしたから、出来はお恥ずかしい限りですが、私にとって
この試合は、思い出すたびに懐かしさがよみがえる最高の思い出の一つです。

…タイミングを合わせて更新する予定だったのですが、大災害に気を取られているうちに
ミラン・ダービーが終わってしまいました。長友の出番がなかったのは気の毒でした。
あの、スタンドにいるだけで体が震えるような興奮が味わえる最高の舞台・サンシーロの
ピッチを走り回る日本人選手…90年代には夢のまた夢でしたから。

この時期のダービーは、北イタリアでもちょうど花々が咲き始める、とてもいい季節です。
アリタリア航空が予告なしでストライキに入ることさえ気をつければ、4月のミラノを
訪ねる旅は大きな楽しみでした。
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イタリアに行ったのは1991年が初めてでした。
地理も言葉も全く分からないまま、出かけましたが、2度目からは少しずつ言葉を覚えて
行ったものです。
ボンジョルノ(こんにちは)などの挨拶や、グラツィエ(ありがとう)、スクーザ(失礼)以外で
最初に覚えたのは「アクアミネラーレ センザ ガス」でした。私にとってガス抜きの水は
チェックインのあとまず買わなければいけないものですから。ハハハ。

私たちの定宿のフロントにはクラウディオという英語が堪能な男(インテリスタ)がいて
サッカー・ネタをかなり提供してくれました。アンテナはできる限り広く張りめぐらす…
スポーツ実況に携わる者の鉄則です。
それはよかったのですが、買い物の“名所”モンテナポレオーネまで歩いても15分ぐらい
だったのは非常に“まずい”ことでした。
ここだけの話、サッカー中継の出張は自由時間がかなり多いので、ついつい、ちょっと
行ってみるか、ということになりがちです。ハハハ。
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日本では2回ぐらいしか買い物をしたことがないジョルジオ・アルマーニの店にも毎回
足を運びました。明らかに“おねえ”系と分かる、なよなよした店員やテキパキ仕事する
日本人のケンちゃんとも親しくなって、円高のときなどは、かなりの買い物をしました。
もっとも、それほど値が張らないネクタイが多かったですが。ハハハ。

ミラノか。ミラノ、そしてミラノから車でトリノまで、もう一度行ってみたいと思います。
放送席があったあたりに座ったら、きっと、こみ上げるものがあるだろうなあ。

*3月11日の発生から31日まで、このブログにせっせと書いた記事をまとめて
PDFにしました。“紙質”がいい本みたいで中身がグレードアップされたような
気分になるから妙なものです。ハハハ。
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by toruiwa2010 | 2011-04-07 08:34 | サッカー | Comments(6)
Commented by ヒナギク at 2011-04-07 10:09 x
初めまして、岩佐さん。
いつも拝見させていただいております。

私が初めてセリエAに出会ったのがWOWOWでした。
当時は岩佐さんの実況で、スーパースターではないイタリア人選手のちょっとした情報がとても楽しくて、ゲーム進行と共に楽しみに聞いておりました。
あの頃に比べるとサッカー情勢もずいぶん変わりましたね。
私も、今よくある「感情を強制的に押し付けられるような実況」が苦手なので、今でも岩佐さんの実況を望んでいる1人ですが・・・。

セリエAのおかげですっかりイタリア贔屓になってしまったのですが、残念ながらまだ行った事がありません。
もう若くはない年頃ではありますが、サンシーロは死ぬまでに一度は行ってみたい場所です。
あの地響きするようなサポーターの声援を生で感じてみたいです。
Commented by toruiwa2010 at 2011-04-07 11:30
ヒナギクさん、こんにちは。
古き良き時代…でしたね。
いまじゃ、ネット上にセリエに関する
“英語”の情報があふれてますもん。w
サンシーロは早くいかないとそのうち
改修なんてことに。
Commented by kanada at 2011-04-07 11:50 x
岩佐さんおはようございます。
8年前に一度だけサンシーロで観戦したことがあります。あの臨場感は今思い出しても心が躍ります!またミラノはとても魅力的な街ですよね。ちなみに僕もガス抜きの水を常に探してました(笑)
Commented by toruiwa2010 at 2011-04-07 12:05
kanadaさん、こんにちは。
スタッフはどちらかと言えば
con gas(ガス入り)派が多かったです。
ミラノにはかなり行きましたが、空港、
ホテル、サンシーロ、ナポレオーネ通り、
スピーガ通り、レストラン数軒…ぐらいしか
知りません。ハハハ。
Commented by shin555 at 2011-04-07 12:24 x
私はアメリカかぶれでヨーロッパには行ったことが無いのですが
ミラノとバルセロナへは是非とも行ってみたいです!
もちろん目当てはサッカーと旨いもんです♪
Commented by toruiwa2010 at 2011-04-07 13:43
shin555 さん、こんにちは。

ヨーロッパでは建物や文化に
アメリカに行くと人に目が行きますね。
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