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岩佐徹のOFF-MIKE

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「知ってたらビックリだぜ~to be Wally Pipped というフレーズ~」           11/06/08

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「最低でも体重ぐらいは打っておきたいもの」…メジャーの選手はそう思っているはずです。
あちらは“ポンド”であることをお忘れなく。日本なら「身長ぐらいは…」ですかね。ハハハ。
体重215ポンドのホルへ・ポサダ(ヤンキース)が、今シーズンは苦しんでいます。
ジーター、リベラ、ペティットと並んで、長くヤンキースを支えてきた選手の一人ですが、
今シーズンはキャッチャーのポジションを失い、DHに甘んじています。
しかも、打撃不振で打率2割を超えたのは開幕直後の数日だけです。レギュラーなのに、
打率が“体重に”届いていないのです。(6/7 現在 1割7分8厘)

そのポサダが、先月14日のレッドソックス戦を欠場しました。
本人は腰の張りがあったためだと話していますが、チームの受け止め方は違ったようです。
なぜならば、初めは先発としてメンバー表にも名前があったのに、試合開始1時間前になって
ジラルディ監督に欠場したいと申し出ているからです。
この日の打順が今シーズン初めて“9番”に下げられていたことがポイントかもしれません。
少なくとも、私はそう思っています。ハハハ。

この日、「休みたい」との申し出でを受けたときに、ジラルディ監督がこう言ったかどうかは
定かではありません。
“You’re not going to get Wally Pipp-ed,are you?”
…「君は、ウォーリー・ピップになりたいわけじゃないよね?」
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1925年6月2日、試合前のダグアウトでミラー・ハギンス監督が記者と談笑しているところに
ウォーリー・ピップがやってきて言いました。「監督、少し頭が痛むので休みたいんですが」。
ハギンスは「ああ、そうかい。いいよ。あの若いのを使ってみたいと思ってたところなんだ。
アスピリンを2錠 飲んどくといいよ」と応じました。

ハギンスが“若いの”と呼んだのはメジャーに昇格して3シーズン目、過去2年はマイナーの
試合数のほうが多かった22歳の若者でした。
一方のピップは、シュアなバッティングと堅い守備のベテラン1塁手…1915年からの10年、
ヤンキースのレギュラーの座を守っている選手です。チームの中に、この10年間で彼以上に
試合に出た選手はいないほどです。

…先発した若者は6打数で3安打を放ち、破たんのない守備を見せ、以後、そのシーズン、
ピップに先発の座を譲ることはありませんでした。
いや、“そのシーズン”どころか、1939年4月30日までの足掛け16年(2130試合)、彼が
休むことはなかったのです。1995年 カール・リプケンJrに抜かれるまで、この記録は
メジャーで”untouchable”と呼ばれました。
そう、若者の名はルー・ゲーリッグ。
ベーブ・ルースらとヤンキースの第1期黄金時代(後半)に大きく貢献した名プレーヤーです。
難病に取りつかれて選手生活に別れを告げたドラマチックな生涯は映画にもなり、多くの人が
ゲーリッグについては知っています。
しかし、ピップはどうでしょう?

頭痛を理由にたった1試合休んだためにレギュラーの座を失った彼は、翌年、シンシナティ・
レッズにトレードされました。その年の彼は2割9分1厘を打ち99打点をたたき出しています。
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            ピップの移籍に関する公式文書

ちなみに、ゲーリッグの連続試合出場記録は“問題の日”に始まったのではありません。
前日の試合で代打に起用されているからです。ショートのワニンガーに代わったものですが、
おもしろい因縁があります。
ワニンガーがヤンキースのレギュラーのショートになったのはほんの数週間前のことでした。
それまでのレギュラー、エベレット・スコットはベーブ・ルースを追ってレッドソックスから
移ってきた選手ですが、ワニンガーに先発を譲るまで1307試合連続出場中だったのです!
当時のメジャー記録です。

本人の意思に関係なく、スコットの記録を止めたワニンガー。
そのワニンガーの代打として“不滅の”記録をスタートさせたゲーリッグ…

ウソかまことか、ピップとゲーリッグの間にも、さらに、こんなエピソードがあるそうです。

引退後、セールスマンになったピップはある日、デトロイトのホテルでゲーリッグにばったり
出会いました。ゲーリッグは「体調が思わしくないんだ。今日の試合は休むかもしれない」と
話しました。そして、言葉通り、その日 彼の名前はラインナップになく、代打などで登場する
こともありませんでした。
“ある日”とは、1939年5月2日…ゲーリッグの偉大な記録にピリオドが打たれた日です。
何たる偶然!

いずれにしても、ピップが頭痛を理由に試合を休みたいと監督に申し出たこの“事件”は、
以後、ベテランの監督たちによって、怠けたがりのレギュラーに対する警告として“便利”に
利用されるようになりました。
「いいんだな。ピップみたいになっても知らんぞ」…。ハハハ。
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とっくに亡くなっていますが、“Wally Pipp”は固有名詞としてだけでなく“動詞”としても
使われ、アメリカのスポーツ・シーンに時々顔を見せます。
プレー以外のことで引退後も名前を残している例としては、引退の原因になった“筋萎縮性
側索硬化症の“別名”としてのルー・ゲーリッグ病や、松坂が受けることになりそうなひじの
じん帯移植手術を意味する トミー・ジョン手術があります。
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ドジャース時代のトミー・ジョン:ヤンキースでも投げ、通算288勝を挙げています。

なお、ピップが休みたかった理由にはいくつかの説があって、当日の打撃練習で投球を頭に
受けたから…というのもありますが、私は、その後の“流れ”から見ても、“ずる休み”が
正解だと思っています。
第一、そのほうがずっと人間味があって面白いじゃないですか。ハハハ。


以上は、私の大好きなエピソードです。
先日のアーカイブで“いずれ書く予定の記事とかぶるので”とカットしたのがこの話です。
つまり、テニス放送で好評だった“アラカルト”の出発点になっていたのです。

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by toruiwa2010 | 2011-06-08 10:46 | メジャー&野球全般 | Comments(1)
Commented by マオパパ at 2011-06-08 12:22 x
岩佐さん、こんにちは。貧打の代名詞としてメンドーサ・ラインというのもありますね。ゲーリッグの話で思い出しましたが、確かジャイアンツの川上さんもレギュラーの1塁手(永沢選手だったでしょうか。不確かです)
が病気で休んだため代わりに守り、そのままレギュラー座を獲得した
という話を思い出しました。それにしても、ゲーリッグとピップの繋がりは面白いですね。
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