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岩佐徹のOFF-MIKE

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Archives 「サッカーの実況をやめた~周囲へのレクイエム~」       11/06/12

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BSやCSでチャンネルが増えた結果、健康と能力があれば、
60歳を超えても実況を続ける環境はあります。
問題は“やめどき”でしょうか。ベテランになればなるほど、
スタッフを初め、周りは何も言ってくれなくなります。
“いい”とも“悪い”とも。
ジェネレーション・ギャップもあって楽しくなくなるときが
やってきます。

…2004年のユーロでサッカーの実況をやめることにしました。


「わかれ唄」2004.07.26

サッカー実況からの引退、ギャラクシー月間賞の受賞以来、たくさんの方からメールを
いただき、BBSにも温かい言葉を書き込んでいただきました。ありがとうございました。
サッカーについては、まだ書けないこと、書いてはいけないことがたくさんありますが、
いろいろな事情がありました。精神的に疲れ果てた、もうこれ以上はカンベンしてくれと
いうところでしょうか。

2chなどでのバッシングそのものは、我慢の範囲内でした。
母が生前よく言っていました。「見んこときよし」。
ラーメン屋のオヤジがどんぶりをよこす時にその指が汁に浸かっていても、「見なければ
きれいじゃない?」ということです。ハハハ。
私がバッシングを受けるのは、ある程度仕方がないでしょう。しかし、“道連れ”として、
解説の皆さんや、ほかの実況アナまでが非難の対象になり、それがそのまま、無神経に
WOWOWのBBSに残されているのを見るのはつらいことでした。

ほかにもさまざまなことがあり、最後の引きがねになったのは二つの出来事です。
ひとつは、年齢からくる衰えが隠せなくなってきたこと。もうひとつは、私の胸に収めて
おきましょう。これで、私も結構成長したようです。ハハハ。

以下は、私なりのサッカーへの“レクイエム”です。

ミラン・ダービー

91年から9シーズンにわたって放送してきたことで慢心があったのでしょうか、セリエの
放映権を失なったのは99年夏でした。あの、虚脱感は今でもときどき思い出します。
ミラン・ダービーは現地から9回、スタジオで2回 実況し、イタリア・ダービー(ユーベ対
インテル)も現地から2回お伝えしました。私の中では、凡戦は1試合もありません。
どれも、満員の観衆を興奮させる、緊張感に満ちた好試合だったと思います。
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セリエは私にとってはサッカーのルーツですから今でも愛着があります。
風土、食べ物、国民性など、サッカーを取り巻く環境が私にピッタリ来たようです。
歴史や文化の押し売りもありませんしね。ハハハ。
チャンピンズ・リーグの最後がダービーだったのも、やはり縁があったのでしょう。
サンシーロの放送席には、もう一度 座ってみたいものです。

ユーロ2000

かかわった3回のユーロの中でも、多くの方がおっしゃるとおり、この2000年のユーロは
最高に面白い大会でした。いつもは「はずれ」が多い私ですが、このときだけは別でした。
グループ・リーグ/スペイン4-3ユーゴに始まり、QF/フランス2-1スペイン、SF/フランス
2-1ポルトガルと、いい試合が続きました。
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そして、決勝も、トレゼゲのゴールデン・ゴールでフランスがイタリアをうっちゃっての
“サヨナラ勝ち”と、中身の濃い試合でした。
本格的なサッカーへの取り組みは93-94シーズンからでしたが、このころが私の“ピーク”
だったような気がします。少なくとも、サッカーに関しては。ハハハ。

2002ワールド・カップ

最初で最後のワールド・カップでしょう。
まさか、定年を過ぎてWCの実況をやれるなどとは夢にも思っていませんでした。
ハイビジョンとはいえ、それが現実のものになったとき、不思議な感覚でした。
一種の達成感があって、「これでいつやめてもいい」と思えるかと予想していたのですが、
むしろ、「これは通過点」という感じでした。
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精神的、肉体的に充実感があって、「まだやれる」と思えたからです。
GL/韓国ーイタリア、3位決定戦/韓国ートルコ、ともに面白い試合でした。しかし、今でも
鮮やかに思い出すのは、試合の内容より、真っ赤に染まった韓国のスタジアムと深夜まで
聞こえた「テー・ハー・ミン・グック(大韓民国)」の大合唱です。

奥寺康彦さん
91年のミラン・ダービーでした。予定通り日本を出たものの フランクフルトでの乗継ぎが
うまく行かず、放送を終えた私たちが打ち上げをしているレストランに姿を現したときも、
2年ぐらい前、スケジュール表を見間違え、出演予定のない深夜の控え室に登場したときも
悠然としていましたね。そう、どんなときでもあわてない、いやな顔を見せない…のが
奥寺さんでした。“つくられた”余裕ではなく、身についたものでした。
「こう、ありたいよなあ」と、気が小さい私にはうらやましい限りでした。
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そして、私が何かを間違えたとき、指摘して傷つけてはいけないと黙ってしまう優しい
心の持ち主でした。同じことでしたよ、奥寺さん。あなたが黙ったことで、「あっ、何か
やったな」と私には分かったのですから。ハハハ。
WOWOWのサッカーはリーガだけになりましたが、解説はどうされるのでしょうか?
味のあるお話は捨てがたいものがあります。ぜひ、続けてください。

早野宏史さん

ヒロシとトオルの“ビーバップ”は解散しましたが、2002年11月27日を忘れませんよ。
チャンピオンズ・リーグ第2節、ローマ対アーセナルの担当でした。この日を手ぐすね
引いて待っていました。胸のポケットに手作りのイエロー・カードを仕込んでスタジオに
出かけました。ハハハ。
会心作であっても、駄作であっても、あなたのギャグが出たら、スタジオに戻ったときに
出そうと決めていたのです。
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「ギグーがぎぐっとしたでしょう」が出たときには、思わずほくそ笑んでしまいました。
カードの提示はしました。しかし、芸人ではない悲しさで、“パフォーマンス”としては
あまりうまくできなかったのですが、仲間内では結構受けました。アナウンサー生活で
私が最も楽しめた瞬間でした。

「お湯だと思ってフロに飛び込んだら水だったときぐらいびっくりしたでしょう」など、
ひねった表現が私は好きでした。

一度でいいですから、レイソルのベンチで赤いジャケットを着てください。ハハハ。

信藤健仁さん
99年5月と2000年9月、かなり厳しいスケジュールを喜んで引き受けました。99年は、
全仏開幕直前のパリからローマ経由で現地に入り、最終節、残留がかかるペルージャと
優勝をかけたミランの対戦。
2000年は全米が終わった翌日、ニューヨークからハンブルクに入ってチャンピオンズ・
リーグのユーベの開幕戦でした。
二度とも、信藤さんは、準備が万全にできない私のためにメモを作ってくれていました。
なかなかできないことです。
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解説で楽しみだったのは、「予測」です。早いときは、キックオフから30秒ぐらいで、
試合の展開を読んだことがありました。「どこを見れば、何がわかる」というキッチリした
物差しをお持ちだからでしょう。それが当たっているかどうかは関係ありません。
「言ったとおりになるのか」と視聴者や私の関心をひきつけるだけで意味があるのです。
おかげさまで、いいコンビだと言われていました。私の知識がもう少し高ければ、もっと
いい評価を得られただろうにと、申し訳ない気持ちです。

野口幸司さん
帰国の日、リスボンのホテル出発が朝5時なのに、ベルマ-レ時代の先輩・信藤さんに
4時半まで付き合わされたそうですが、無事だったのでしょうか?
人がいいのもいい加減にして、どうか“NOと言える野口”に早くなってください。ハハハ。
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私たちの間では、ある試合のことがよく話題になりましたね。
01-02シーズンのチャンピオンズ・リーグ/QF、レバークーゼン対リバプールです。
繰り返し「あの試合は楽しかったですねえ。面白かったですねえ。すごかったですねえ」
とおっしゃいました。そのたびに、プロがそこまで喜ぶ試合をご一緒できてよかったと
思います。
「面白おかしく」ではなく、お人柄を感じさせる誠実な解説には、私を含めて、多くの
ファンがついています。今のままの路線で行ってください。そして、夢だとおっしゃる
スペイン留学の実現を祈っています。

柄沢晃弘アナ
ある意味“とほほ”な顔合わせになってしまったファイナル(POR vs GRE)もあれだけ
盛り上がって、“いいとこどりの柄沢”はユーロでも健在だったね。ハハハ。
何より、私が厳しい西日を浴びるバックスタンドで観戦したポルトガル対イングランドは、
同じ実況者としてよだれが出るほどしゃべりたい気持ちになる試合でした。
収録してあった君の実況は、帰国後、見ないまま消去しました。悔しいもの!! ハハハ。
これからが円熟期です。君自身の成長とともに、若手アナウンサーを引っ張ってくれる
ことを期待しています。
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田中大士アナ
今度のユーロはいい試合に恵まれたみたいだね?「あんなにノリノリの彼は初めて見た」
という声をずいぶん聞きました。「“はずれた”試合がないぐらいです」と、思わず背中で
こぶしを握りたくなるようなことを“ぬけぬけと”言っていたほどだから相当でしょう。
ハハハ。
テニスの全豪で、急に担当試合が変わって、君がほとんど資料なしに実況をやったとき、
島村アナと「今日の彼はいいね」で意見が一致したことがありました。
サッカーでは、クラシコでレベルが一段上がったと感じています。
アドバイスは一言。プレーの描写はぴか一なんだから、「ハンドルに遊び」を。
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制作陣

プロテックスさん

リーガの今後2シーズンの制作担当に決まったのは、努力が認められたのでしょう。
おめでとうございます。自己満足の追求ではなく、視聴者が求めている放送を提供して
あげてください。そして、番組に愛を!

ウッドさん
テニス班を含め、長い付き合いだっただけに今回のことは残念です。
年寄りの感傷にすぎないかもしれないけど、この先何があっても、君らは僕の仲間。
気持ちの入れ替えが済んだら、新しい分野の仕事に向けて元気に歩き出してください。

WOWOWさん
現場の人たちとの年齢差がどんどん開いていくのが気になっていました。
聞けば、僕の実況を評価してくれる若手もいたそうだけど、残念ながら、その声は僕の
ところまで届きませんでした。分かっていれば、サッカー実況も、もう少しがんばれたと
思うのだけどね。
今回君たちが出した結論はプロフェッショナルとしてのものです。あるスタッフからの
メールにもあったように、この結論が間違っていなかったことを証明する責任があります。
仕事はこれからです。がんばってください。

世の中すべてのことに、「しおどき」があります。変化、進歩、発展への節目。
今が、まさにそのしおどきなのだと思います。
私は、また、別のところでがんばりましょう。
ありがとうございました。

意味が通じない部分もあるでしょうが、“そのまま“読み流して下さい。
読み返してみると、どれほどサッカーの実況を愛していたかが分かります。
7年前の話ですが、昨日のことのようにも思えます。


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by toruiwa2010 | 2011-06-12 14:25 | サッカー | Comments(6)
Commented by shin555 at 2011-06-12 19:45 x
この記事はよく覚えています。
私がWOWOWを見始めたのはセリエが無くなってからですので
岩佐さんのサッカー実況はユーロ2000だけでした。
この記事を読んだ時に、もっと早くWOWOW契約すればよかったと思いました。
後悔先に立たず・・・
Commented by toruiwa2010 at 2011-06-12 20:27
shin55サン、こんばんは。
恐れ入ります。

後悔するほどのものじゃありませんから
ご安心を。逃がした魚は… ハハハ。
Commented by ヒナギク at 2011-06-13 09:22 x
岩佐さん、おはようございます。

>> 本格的なサッカーへの取り組みは93-94シーズンからでしたが、このころが私の“ピーク”だったような気がします。

なるほど。
自分が本格的に見始めたのもズバリその年からでした。
もう食い入るようにWOWOWの中継を見てました。
「ピーク時の岩佐さんでスタート」した自分のワールドサッカーなので、未だに「騒々しいだけの最近の実況」が苦痛です・・・(苦笑)
Commented by toruiwa2010 at 2011-06-13 10:59
ヒナギクさん、こんにちは。

それは、もしかすると“不幸な出会い”だったかも。
ハハハ。
Commented by 一夫 at 2013-07-28 15:12 x
金子達仁について
彼の好きサッカーはバルサのクライフのサッカーのようです。CSで解説していますが技術論はなく叫び声が頻繁に出てきます。毎回、クライフ、マラドーナ、メッシの昔話と比較をしています。岩佐さんも視聴されたら驚きますよ。
前回のW杯でも監督批判してました。今回もすると思ったら案の定、書きました。素人が考えても外国人監督しかないでしょう。ヒディンクがロシアのクラブ辞任しました。日本の監督は無理でしょう。
Commented by toruiwa2010 at 2013-07-28 16:05
一夫さん、こんにちは。

随分古い記事を読んでいただいて・・・。
金子達仁についてはもうゲップが出そうです。
いまだにメディアが有難がる理由が分からん。
ハハハ。
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