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岩佐徹のOFF-MIKE

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Archives 「前立腺がん闘病記~そういう言い方、嫌いですが…~」11/06/18

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乳がんや子宮がんが女性に特有の病気だとすれば、
前立腺がんは男性だけがかかる厄介な病気です。
昔はあまり聞かなかったような気がしますが、戦後、
食生活が変わったせいか、最近は、あちらこちらで
よく耳にするようになりました。

“最近増えた”のではなく、たぶん、見つけやすく
なったのでしょう。
カギは“PSA検査”です。
私のがんも、この検査の結果見つかりました。

「がんを飼う?」2004.10.09


「いやあ、やっぱり出ちゃってますねえ」
ドクターの、そのあっけらかんとした一言が、私への「がん告知」でした。もっと沈痛な
表情で、ひそやかに告げられるものだと思っていましたが。ハハハ。
2004年2月14日、某医大病院でのことです。
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平成14年、天皇陛下が前立腺がんの告知を受けました。
発見のきっかけになったのは“PSA”と呼ばれる血液検査でした。
そう、このがんについては、血液検査をすることでかなりのことが分かるのです。
関西に住む次兄がこれを知って検査したところ、やはりがんが見つかって、去年の6月に
手術を受けたそうです。12月、母の葬儀で久しぶりに会った兄との雑談の中で、初めて
そのことを聞かされました。

数年前まで大学病院の事務局に勤めていた兄が“PSA”を知らなかったくらいですから、
天皇陛下のご病気のときも記事を斜め読みした私が知るわけはありません。ハハハ。
兄の話を聞いてはじめて知った私も、帰郷してから検査を受けました。ビンゴ!
「これは、がんがある可能性が高いので、専門医の診察を受けなさい」と、かかりつけの
ドクターに勧められました。 
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年末年始と全豪テニスがあったため、最後の精密検査は全豪から帰国後の2月4日でした。
入院して、前立腺の8箇所から検査のための組織を採取しました。次の外来は14日…
その10日間が長かったこと!
そして、「クロ」の判定でした。2箇所からがん細胞が見つかったというのです。
PSA検査はかなり確度が高いと聞いていましたから、12月の時点で覚悟はしていましたが、
さすがに体から力が抜けるような感覚がありました。「いくつかの検査で、ほかへの転移が
なければ手術ということになります」との説明も受けました。

PSA値が悪いと分かったときから、いつWOWOWに報告するかでだいぶ迷いました。
私たちの仕事は、簡単に代わってもらうことが出来ませんので、自分のことだけを考えて
いるわけにはいかないところがあります。
契約しているサッカーとテニスだけでも、進行中のドイツとスペインのサッカーに加え、
全仏オープン、ユーロ2004、全米オープンとビッグ・イベントが待っていました。 
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私も、実況陣の一員として、それなりの役割を期待されていたはずです。しかし、無用の
心配をさせたくないと思えば、はっきりしないうちに話すことは出来ませんでした。
とは言え、WOWOWはすでに「ユーロ」の体制に入り、しっかりとした放送計画を立てる
時期になっていました。解説者と実況アナの組み合わせ、準決勝は誰と誰、決勝の担当を
誰にするかなどを決めていかなければなりません。事情を知らないまま、どんどん計画が
進むと、先に行って迷惑をかける可能性があり、それは避けたいと思いました。

そこで「いずれ近いうちに入院・手術が必要」と告げられた2月中旬、主なスタッフに
カミング・アウトしました。
その時点では、転移があるのか、術後の経過が順調に行くかどうかは、医師にも予測が
つかないことでした。そこで、「全仏とユーロについては僕抜きの体制を考えてほしい。
すべてがうまく行けば、東京のスタジオなど、手伝えることがあるかもしれないけど、
それはあくまでオマケと考えたほうがいいと思う」と伝えました。

2004年は「ユーロがピークになるように体調を持っていこう」と考えていたのです。
その矢先の”がん告知”。しかも、そのユーロや、最初からかかわり、13年目に入っていた
テニスのグランド・スラムの実況について自分からギブアップしなければならないという
現実に直面して 少なからず動揺しました。

しかし、それから9日後、がんに関しては日本一と思われる大きな病院で私は「セカンド・
オピニオン」を聞かされていました。 
「がんは確かにある。しかし、おとなしいタイプのものなので、すくなくとも、今すぐ
手術をする必要はまったくない」という嬉しい話でした。
さらに、私のスケジュールを聞いたドクターは「それなら、ホルモン注射で進行を抑えて、
手術は全米テニスのあとにしましょう。それで、何の問題もありませんよ」とまで言って
くれました。大急ぎでWOWOWに行き“前言修正”を申し入れました。ハハハ。

手術後どうなるかは別にして、とりあえずは予定通りに仕事ができることになった喜びは
格別のものがありました。

3月に最初の注射をうちました。女性ホルモンです。
「即手術」ではなく先に延ばしてホルモンで進行を抑えるという選択をするにあたっては、
もちろんドクターから説明がありました。
「女性ホルモンの注射による副作用は人によって違うが、体が“女性化”したり、更年期
障害のような症状が出ることがある。おなかに脂肪がつく可能性もある」とのことでした。
トホホ。

だいぶ髪が薄くなっている私には“がんを抑えるホルモン注射=脱毛”が心配でしたが、
「イヤ、逆に増えますよ」の一言で迷わずこの方法を選ぶことに決めたのです。ハハハ。

診断の前もあとも、自覚症状はまったくありませんでした。
ただし、ユーロから帰国後のウォーキングでスピードが上がらなくなったのはホルモン
注射の影響だろうと思っています。つまり、体力が落ちたのでしょう。

ホルモンの副作用で、もっと厄介なのは“異様な汗”です。
女性の更年期障害の症状にもあるようですが、何の前触れもなく、10-15秒ぐらいの間に、
があーっと体温が上がり、汗が噴き出すのです。
普段はまだいいのですが、全仏のころから、実況中にもこの“発作”が出て困りました。
ヘッド・セット・マイクをつけたままでも着ているものを減らせるようにするために、
頭からかぶる形のものは禁止にし、下着以外はすべて前ボタン式のものにしました。
起きている時はこのように対応できますが、寝ているときが怖いのです。
「対応」ができませんから。
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全米の後半に入ったところで、夜中に汗をかいて風邪気味になってしまいました。
しかも、その状態でも体温が上がり始めたらすぐにパジャマを脱がないと、特に上半身は
汗だらけになってしまうのですから、厄介でした。
しかし、一時は全仏~ユーロの実況あきらめたことを思えば、贅沢は言えません。
その意味で、セカンド・オピニオンを求めたのは正解でした。

明快な説明をした上で「まず、仕事をやりなさい」と言っていただき、その結果として、
「ギャラクシー月間賞」受賞という、思っても見ない喜びまで手にすることができました。
全米のあと、受賞発表を伝える雑誌のコピーを持参すると、ドクターはにやにやしながら、
「つまり、私はいいコトをしたわけですね?」とおっしゃいました。私は、「まさに!」と
深く深くうなずいたのでした。ハハハ。

自覚症状がなくても 体内にがん細胞が巣食っている、つまり“がんを飼っている”状況は、
あまり嬉しいものではありませんでした。
その点、私の仕事が、ほかの事を忘れて集中しなければいけないタイプのものだったのは
幸いだったかもしれませんね。帰国後すぐに入院・手術を控えていた全米オープンでも、
抱えている病気を思い出したのは、たまたま眠れなかった夜ぐらいでしたから。

若いころから胃腸が弱かった私は、がんにやられるとすれば、そちらだろうと決め込んで
いました。思いもかけぬ方角からやってきたがんを歓迎する気持はありません。ハハハ。
2002年12月に、アナウンサーとしての自分のキャリアを振り返った本を出しました。
最後の部分に、「神様は、帳尻を合わせてくださった」と書きました。フジテレビ時代は、
アナとして不完全燃焼でしたが、WOWOWに来てからはいいことずくめだったからです。
しかし、「リーガ・ゲッツ!」以後は、おかしな具合になっています。
よき家庭人である自負はあるし、仕事もまじめにやっているというのに…。
神様、またバランスが悪くなってますよ。

病気の話に戻りますが、がんはがんですから、軽く考えるのは危険です。ただ、転移が
なければ、完治の確率は高いと聞いていますので、それほど落ち込んではいません。
もっとも、全豪のころは、すぐに命まで取られるとは思わないまでも、まだ、確定した
わけでもないのに「もしかして、最後の仕事になるかもしれない」という気持で放送席に
座っていました。

悲壮感ではなく、「もしそうなっても、悔いが残らないようにしよう」と思ったのです。
その意味では、つい先日の全米オープンでもいい試合にたくさん恵まれましたし、実況の
出来もまずまずでしたから満足しています。だからといって、これが最後でいいと思って
いるわけではありません。病気に負けるつもりもありません。 
「負けないぞ」の気持を強く持って、これからの過程を進んで行きたいと考えています。
そして、また元気を取戻して皆さんの前に帰って来ることをお約束します。
それまで、もうしばらくの間、お休みをください。
では。

なお、もう少し詳しい闘病記は次回に書く予定です。

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by toruiwa2010 | 2011-06-18 09:14 | 岩佐徹的考察 | Comments(4)
Commented by masa at 2011-06-18 09:59 x
岩佐さん、おはようございます。
私は女性ですので子宮頸がん検査は毎年、乳がん検査は2年に1回受けています。
特に子宮頸がんも進行がゆるやかで、がんになる前の状態・異形成の段階で発見できれば確実に治療ができがんに進行することを食い止めることができます。
2年前に子宮頸部異形成の検査報告を受けた時はかなりショックでしたが、先生の大丈夫!という言葉に励まされて治療を受け今もその先生にはお世話になっています。
検査を受けることは本当に大切だということを実感しています。

そういえば、がん告知といえば本人には知らせないようなイメージを持っていたのですが今は本人に告知するようになってるみたいですね。
私の友人も今、卵巣がんで闘病中です。
Commented by toruiwa2010 at 2011-06-18 10:50
masaさん、こんにちは。
この記事はあまり読まれないと思いつつ更新したのですが、
きちんと読んでいただいたようでうれしいです。
おっしゃる通り、きちんと検査をすれば防げる命があるのですから
皆さんに勧めたいですね。
Commented by しょう at 2011-06-18 11:00 x
おはようございます。

私も3年前に子宮体がんで闘病しました。
抗がん剤辛かったな…。
検診など必要ないと思いスルーしていたツケが回って来たのか、
と後悔しきりでした。
幸い転移がなく経過も良好で元気にやっています。
定期検診は本当に必要だなと痛感しましたよー。
Commented by toruiwa2010 at 2011-06-18 11:09
しょうサン、こんにちは。
スルーはねえ。気持ちは分かりますが、
絶対、ということはないですものね。
転移がなくてよかったですね。
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