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岩佐徹のOFF-MIKE

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実況、ドラマなど放送全般、映画、スポーツ全般、 旅、食、友 etc

Archives「スポーツがらみ…~とりとめもなく~」11/07/09

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当ブログの記事の大きな柱は放送とスポーツです。
どちらも、6年前まで“専門分野”でした。なによりも
この二つは話し出すと止まらないほど好きな分野です。
放送については、常にまとまった量の記事になりますが、
スポーツの方は、ワード 1ページ分にもならないことが
たまにあって、それでは物足りない感じになります。
そこで、適当な量になるまでいくつかの話を貯め込んで
更新することがありました。

今日のアーカイブは2004年10月、前立腺がん手術から
“生還後”に書いたものです。
長くてすみませんねえ。ハハハ。



「スポーツ・近事片々」2004.10.25

さて、病気のことは忘れて、少しスポーツの話をしましょうか?ハハハ。
古い話も多いのですが、その都度、書きたかったことがだいぶたまっています。

確信犯?
全米・オープンのため、大会の途中からニューヨークに移動した関係で、オリンピックは
NBCで見ることになりました。高い権料と引き換えに、自前のカメラをたくさん持ち込み、
当然、アメリカ勢を中心にした放送です。
しかも、彼らはほとんどの種目で金メダル争いをするのですから、画面から伝わる迫力も
十分で、とても楽しめました。

基本的には競技中心で、絶叫アナはいませんし(ハハハ)、芸能人を起用したり、しつこく
家族を絡めたりしない“オトナの放送”は好感が持てました。
スポーツを見て感動してもらうのに余分な演出は無用だと、テレビ“先進国”アメリカの
制作者たちは、よく分かっているのではないでしょうか。

日本のオリンピック放送は、逆に途中までしか見ることができませんでした。
見た範囲では、少なくとも民放側では、テレビ朝日の森下、フジテレビの三宅両アナが
安定していてよかったと思います。
三宅アナについては、柔道の決めワザを間違えていたとの批判もあるようですが、私が
アナウンサーの良し悪しを判断するときに、そういうことはほとんど材料になりません。

そして、これはいつものことですが、NHKのアナたちに、落第点の人はいませんね。
粒がそろっているのは確かで、凄いことだと思います。
ただ、申し訳ないのですが、好みから言えば、ミスをしないことばかりに気をとられて
いるような放送は面白味に欠けます。オリンピックそのものが持っているマグニチュードの
大きさに救われていますが、放送に入る第一声で視聴者をぐっとひきつける雰囲気作りを
したり、試合を伝え、選手を紹介する場合のスパイスのきかせ方などに不満が残ります。
何よりも「さあ楽しもうか」とテレビの前に座った私たちにワクワク感が生まれにくいと
思うのです。もちろん、これには個人差があるのはいうまでもありませんが。
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このオリンピックで最も注目を浴びたのは、なんといっても、「…栄光への架け橋だ」の
刈屋富士雄アナでしょう。私は「用意したコメントは趣味ではないし、あそこはむしろ
黙って見せるところ」と書きました。彼の実況にも、私のコラムにも賛否両論でしたね。
ハハハ。
NHK内での評価を知りたいものと思っていましたが、大相撲9月場所の千秋楽で正面の
実況を任されていたところを見ると、きっと、評価はよかったのでしょう。 しかし、
結びの一番、朝青龍と魁皇戦で立会いの一言を聞いた時には思わず笑ってしまいました。 

12勝をあげ、すでに優勝を決めていた魁皇でしたが、次の場所で横綱をねらうためには、
もう一番勝っておきたいところでした。それを踏まえて、これも事前に用意されていたに
違いない一言が立会いの一瞬にあわせて放たれました。
「13勝での優勝は、ツナ取りへの架け橋だ」!!

…見事な確信犯。ハハハ。
同時に、これで彼は、登場するたびに何か気のきいたことを言わなければいけないという
ラビリンス(迷宮)に踏みこんでしまいました。あーあ大変だ。
サッカーの山本アナは立派な後継者を持ったことになりますけどね。

USオープン・テニス
「えっ、こんなにいい顔あわせがこんなラウンドで?」と驚くようなカードも多く、結構
面白い大会でした。
一番驚いたのは、女子の決勝でした。
SFの第1試合クズネツォワ対ダベンポートの第1セットが一方的なスコアになったとき、
私は「ファイナルはダベンポートとカプリアティーになるなあ」と、担当する田中アナを
羨ましく思ったものです。 
しかし、朝の練習で脚の故障が発生していたダベンポートが逆転負けしたところから、
ドラマの筋書きが変わっていきました。
続くカプリアティーも勝機がありながらデメンティエワに敗れて、ロシア勢同士の決勝に
なりました。

「田中も、もうひとつツキがないなあ」と思ったのですが、私の目は節穴だったようです。
クズネツォワが日本ではまだあまり知られていないことや、デメンティエワのサーブの
イメージなどからそう思ったのですが、二人の試合は周囲の思惑とは関係なしに、最初の
ポイントから息をのむようなすばらしいものでした。
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ずっと、女子の“パワー時代”はせめて「グラフやセレスが最強」でとどまって欲しいと
思っていました。ウイリアムズ姉妹のレベルまで行ってしまうと、女子テニスらしさが
なくなってしまうと思ったからです。
しかし、この日の二人は、体もそれほど大きいわけでもないのに、テクニック、スピード、
タイミングのよさで見る者を圧倒する強打戦を演じてくれました。
私にとってこの試合は、フェデラーvsアガシと並んで、今大会のベスト・マッチでした。

浅越の健闘も、大会を盛り上げました。
ホスト・ステーションはセンター・コートへの入り口のところで、マイケル・バーカンという
多才な男が、コートに出る直前の選手をつかまえてインタビューをしています。
浅越のQFの相手がダベンポートに決まり、センター・コートで行われると分かったとき、
あるアイデアが浮かびました。
バーカンに「日本語で『こんにちは』は『儲かりまっか?』だ」と伝えることです。
緊張しているに違いないウォーク・オン直前の浅越がこれでリラックスすればもうけもの、
ひょうきんさを取り戻して「ぼちぼちでんなあ」とでも答えたら最高だと思ったのですが。
ハハハ。
天候の影響で、試合そのものがほとんどお客の入っていないコートにかわってしまい、
実現することはありませんでした。

ストライキ
日本プロ野球の選手会がストを決行したことには少々驚きました。
あれほど整然とストが打てるとは予想していなかったからです。ことの性質からいって
脱落者が出るとは思いませんでしたが、きっと どこからか、あるいは誰からか不協和音が
聞こえてくるだろうと思っていたのです。予想通りだったのは古田のリーダー・シップ、
実に見事でしたね。
芯の強さを持ちつつ、関西人独特の“柔らかさ”で、世論を味方につけてしまいました。

ただ、球界の古い体質は何も変わっていませんから、選手たちと機構側の考え方の違いは
今後も、あちこちで顔を出し、ごたごたは続くでしょうね。その場合に、常に選手自らが
交渉の矢面に立たなくてはいけない今の仕組みでは負担が大きすぎます。 メジャーの
ように、実際の交渉は腕利きの専務理事がやるようにならないと厳しいでしょう。

今回のストライキは近鉄・オリックスの合併問題から始まりましたが、その後の流れは、
ライブドア、楽天の参入希望、ソフト・バンクのダイエー球団買収の動きと続きました。
球界再編の動きが最終的にどう決着するのか今の段階では予想もつきませんが、IT企業の
参入は歓迎すべきだと思います。
プロ野球最盛期には 新聞、映画、鉄道が購読者、観客、乗客の増加を狙って球団を持って
いましたが、時代の変化とともにまったく違った分野からの参入があってもいいはずです。
三木谷、堀、孫…若いオーナーたちが、球団経営についての新しいアイディア・発想を
もちこんでくれることを大いに期待したいですね。

ちなみに、楽天のGM、マーティー・キーナートは、かつて一緒に仕事をした仲間です。
1978年から始まったフジテレビのメジャー・リーグ中継で、番組のナビゲーターとして
起用されたのが彼でした。チームや、試合が行われる街の紹介が主な仕事でした。
慶応大学への留学から、すでに10年以上の滞在で、日本語はほぼ完璧でした。

お付き合いはその1シーズン限りで、その後、私の方は、時々テレビに出てくる彼を
見ていましたが、会ったことは一度もありませんでした。ところが、2年前の夏、パンチョ
伊東さんの葬儀のときに、向こうから声をかけられました。
私が「よく、覚えていましたね」と驚くと、「テニスを、全部見てますから」とのことで
納得しました。

彼なら、日本式のビジネスのやり方も心得ているでしょうし、オーナーはかなりの部分を
任せそうですから、きっと、手腕を発揮することでしょう。
アメリカのスポーツに詳しい人にどうしても聞きたいことがあって、全米オープンの頃、
かなり聞き回ったのですが思わしい答えが見つからず「そうだ、入院・手術が終わったら
マーティーのところに行ってみよう」と考えていたのです。行ったことはないのですが、
彼が六本木にアメリカン・スタイルのスポーツ・バーを開いているからです。 
しかし、もし楽天の参入が認められることになったりしたら、忙しくてそれどころでは
なくなるでしょうね。ハハハ。

イチローと松井
最悪なことに、シーズン最多安打の大記録に向かってイチローが“カウント・ダウン”に
入った時期と入院がたまたま重なって気が気ではありませんでした。結局、テレビを見る
時間がなかったのは手術の当日と翌日だけでしたから、十分プロセスを楽しめました。 
先生が回診を始めるタイミングが、明らかにイチローの打席終了“直後”だったときには
思わず笑ってしまいましたが。ハハハ。

それにしても、やってくれました。お見事!としか言いようがありませんね。
トータルは結局262安打。
162試合すべてにヒットを打った上で、そのうちの100試合では、2本ずつ打たなければ
届かないのですから、考えるまでもなく、とんでもない数字といっていいでしょう。
新記録となる258本目を打ったあとの光景には胸が熱くなりました。
普通、試合中に攻撃側の選手でグラウンドに出ることが許されるのは、打者、走者と次の
打者だけです。劇的な逆転ホームランが出ても、それが「サヨナラ」でない限り、控えの
選手が飛び出すことはありません。試合の進行が遅れるのと、相手を刺激するのは互いに
避けようという考え方からです。選手たちが喜びを分かち合うのは、グラウンドを離れ、
ダグアウトに入ってからのことなのです。
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一塁に達し ベース・コーチや相手の一塁手から祝福を受けてふりかえったイチローの顔に
「えっ、そこまでしてくれるの?」という嬉しさと驚きが入り混じった表情が浮かんで
いたのはそのためです。1998年にマーク・マグワイアがロジャー・マリスを抜く史上最多、
62本目のホームランを打ったあと、マリスの息子を抱きしめたり、ライトの守備位置から
祝福に来たライバルのソーサとハグしたりしていたシーンを思い出しました。
それほど、めったに見られない光景です。後に、イチロー自身も「特別のものだった」と
語っています。

試合直後のインタビューでは、たくさんの、彼らしい語録を残しました。
NHKの関係者だろうという以外の情報はないのですが、日本語のインタビュアーに大きな
拍手を送りたいです。間違いなく、イチローとの間に信頼関係があるはずです。
彼のおかげで普段は表に出てこない、イチローの深いところにある考え方が聞けたことを
感謝したいと思います。

松井の活躍も見事でした。
まず、レギュラー・シーズンの終盤でどっかりと4番に座って、その責任をしっかりと
果たしました。私がよく見るサイトには、打順ごとの成績も出ていますが、今シーズンの
松井が4番を打ったのが23試合。打率は、打順別では最高の.345、6ホーマー、17打点と
堂々たるものでした。
ヤンキース以上に「常勝」を義務付けられている巨人の4番を打った男には、世界最大の
街のファンが寄せる期待もたいしたプレッシャーではないようですね。

プレー以外でも、この男には驚かされます。それは、マスコミへの対応です。
よほどのことがない限り、試合後必ず日本報道陣の前に姿を見せて、コメントしています。
リーグ・チャンピオンシップ・シリーズ第4戦は、延長の末さよなら負けでした。
試合終了時間が午前1時22分ですから、シャワーを浴び、着替えをして会見に応じたのは
2時過ぎでしょう。スケジュールの関係で15時間後には第5戦が始まろうという時間です。
そこまでやらなくても、と思いますが、彼には記者やカメラの向こうにいるファンが見え、
コメントがないと記者たちが困ることをよく知っているために断れなかったのでしょう。

ひとつには、10分ほど時間をさけば、あとは追いかけられなくてすむのだから、という
割り切りもあると思います。いずれにしても、イチローとくらべると、マスコミに対する
“スタンス”がずいぶん違いますね。

思い出すのは、90-91年、夏の甲子園です。  
WOWOWは大阪の朝日放送と協力してハイビジョンの実験放送に取り組んでいて、私も
アナウンサーとして参加しました。
毎日一試合ずつ担当しました。甲子園での野球実況は夢でしたから大いに楽しみましたが、
あいている時間にも楽しみがありました。

すでに50歳を過ぎていましたから、まったく風の通らないスタンド下の猛烈な蒸し暑さは
体にこたえましたが、ここで球児たちの話を聞くのは少しも苦になりませんでした。 
そして、そんな中に星陵高校の4番、松井秀喜がいたのです。 顔中二キビだらけの彼は、
連日、独特のユーモアをまじえて、取り囲んだオジサン記者たちに物怖じすることなく、
翌日の紙面に絶好のネタを提供していました。彼の“骨惜しみしない”サービス精神は
何も今に始まったものではないのです。
3連勝のあと4連敗でワールド・シリーズ進出が果たせず、念願のチャンピオン・リングは
今年も夢に終わりましたが、アメリカの野球ファンにも“Hideki Matsui”の名前は深く
刻み込まれたことでしょう。

余談ですが、リーグ優勝のトロフィーの贈呈はロッカー・ルームでおこなわれます。
シャンパン・ファイトも一段落したころ、ヤンキースのトーリ監督と何人かの主力選手が
スタンド下の通路をレッド・ソックスのロッカー・ルームに向かっていたはずです。
敗者が勝者にお祝いを言いに行くのです。 しばらくすると、今度はレッド・ソックスが
「お返し」に行くでしょう。

私は25,6年前に何度かこの光景を目にしました。
戦いが終わったら敗者は潔く相手を祝福し、勝者は相手の健闘を讃えるという、関係者
以外の目には触れることのない、この“アメリカ式セレモニー”に感動したものです。

堤 義明氏
西武王国の総大将、堤さんの周辺が騒然としています。
記者会見などで見る姿から、私の思いは遠く26年前に飛んでいきました。
1978年秋、ワールド・シリーズの現地中継を終えて帰国した私が出社すると、デスクから
「岩佐、社長が会いたいといっているから、秘書室に連絡するように」と言われました。
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早速、段取りをつけて最上階の社長室に行くと、「西武の堤さんが『一度、大リーグの話を
聞きたい』とおっしゃってるから、君、行ってくれ」という話でした。
当時のフジテレビは、大スポンサーである西武との関係を密接なものにしたいと考え、
社を挙げて“全面協力”だったのです。
「当面、何もありませんから、いつでも」と話すとすぐに、相手の秘書室と連絡をつけ
日時が決められました。

いささか、緊張しながら原宿の国土本社に出かけました。 
広い社長室に通されて2,3分、後ろに人の気配がして振り返ると、そこに堤義明その人が
立っていました。私がソファから立ち上がると、堤さんは体をふたつに折るように深々と
頭を下げたのです。
その姿にも驚きましたが、名刺を交換して腰を下ろすなり「で、今日はなんですか?」と
言われて、さらにビックリでした。ハハハ。
この辺は、お辞儀とあわせてある種のテクニックなのでしょうね。

大リーグの話と分かってからは、次から次に質問が繰り出されて来ました。
まずは、当時、シンシナティー・レッズの人気選手だった安打製造機、ピート・ローズを
獲得できないかという“とんでもない”話でした。
「ローズとレッズの契約は今シーズン限りで切れること、レッズがまもなく来日するので、
そのときに接触は可能だということ、報道によれば、ローズはどこでプレーするにしても
年俸50万ドル程度を条件にしていること」などを説明した上で、「ただし、いまの彼は
通算安打記録で史上1位になるチャンスがあり、そういった名誉を大事にするメジャー・
リーガーが大きなチャンスを放り出して日本に来ることは考えにくい」と話しました。 

しかし、堤さんは全く動ずることなく「50万ドルねえ、1年1億(当時1ドル=約200円)、
2年で2億か、高くないなあ」と言ったあと、控えていた秘書に「レッズが来たら、彼に、
ウチがどういう企業であるかを必ず見てもらうようにしなさい」と指示を出しました!

続いて「キューバの選手は取れませんか」という質問です。 
予想もしない話の連続に、かなり面食らいましたが、知っている範囲で答えました。
「キューバ選手はドラフトの対象外だから可能性はあるかもしれません。しかし、国交が
ないはずですから、難しい問題があるでしょう」…。
これも全く意に介せず、別の秘書たちを呼びつけては、「外務省に電話して、キューバとの
関係はどうなっているか確認しなさい」、「アマチュア野球連盟の山本会長に電話して、
キューバにどんな選手がいるかを調べるように」と矢継ぎ早に指示を出すのでした。

指示を受ける間、直立不動だった秘書たち、カーペットに片ひざをついてお茶を出した
女性秘書…取り巻く人たちのかもし出す雰囲気もふくめて、カリスマ性、貫禄、オーラに
圧倒されっぱなしの40分間の訪問でした。

伝えられる話から考えると「インサイダー取引」の疑いが濃厚ですからこのあとの展開は
厳しいものになるのでしょうね。
堤さん個人がどうなるかも気になるところですが、求心力を失ってしまった王国の今後は、
破綻したダイエーの再生とともに、影響が大きいだけに注目しなければいけないでしょう。

たった7年前なのに、懐かしい思い出読み返しました。
アテネ・オリンピックにまつわる話、イチローの最多安打、
日本プロ野球初のストライキ、堤義明…
すっかり忘れていたこともありますが、当時のスポーツ・
シーンに関心があった人にも懐かしい話かもしれません。



ジーター、球宴を辞退
ふくらはぎのけがから復帰し、3000本安打まであと2本に迫っている
ヤンキースのデレク・ジーターがファン投票で選ばれたオールスター・
ゲームの出場を辞退したそうです。復帰後18打数4安打…本調子には
程遠いと判断したのでしょう。
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今日(アメリカ時間8日)の試合は雨で流れてしまいました。
レイズの先発はヘリクソンの予定でしたが、スライドしないようです。
今回はジーターとの対戦はなくなりました。
飼っている犬の名前を“ジーター”とするほど、子供のころからの
ファンだったそうです。ヤンキース初の3000本安打を打たれた
投手として名前が残ることも歓迎したかもしれませんが、残念。
ハハハ。

球場で起きた悲劇
木曜日の夜、シャノン・ストーンさんは3時間かけてレンジャーズ・
ボールパークに来ていました。消防士の彼は白いレンジャーズTシャツ、
6歳の息子は赤いレンジャーズTシャツを着てとレフト・スタンドで
応援していました。

2回表、アスレチックスのジャクソンが放ったファウルボールを拾った
レフトのハミルトンがスタンドに投げ入れたのはいつものことでした。
しかし、薬物中毒から復帰して去年のMVPに輝いた地元のヒーロー、
ハミルトンが投げたボールは少しだけ短かったようです。
息子を喜ばせようとしたシャノンさんはこのボールをしっかりキャッチ
したのですが、バランスを失ってしまいました。隣りの席の男性が脚を
掴もうとしましたが及ばず、シャノンさんは6メートル下のグラウンドに
落ちました。
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ブルペンにいたアスレチックスのピッチャーはシャノンさんが救急隊員に
「子供をよろしく」と言っているのを聞いたそうです。

誰にとってもやり切れない悲劇になりました。

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by toruiwa2010 | 2011-07-09 10:28 | スポーツ全般 | Comments(5)
Commented by ふぇでらーが好きなふぇでらー at 2011-07-09 19:33 x
岩佐さんこんばんわ。

うーん、なかなかのボリュームで、コメントのポイントが絞れませんでしたが、イチローの打撃終了後に回診は「クスっ!」って感じでした。

堤さんのカリスマ性はいろんな方から耳にしていましたが、残念な終わり方でした。カリスマ性を維持するのも大変なんでしょうね。

そういえば、メジャーで事故が有ったようですね。お亡くなりになった方はお気の毒ですが、選手はもっとお気の毒。せっかくのボールが悲劇を招くとは・・・で、やはり球場が訴えられちゃうんですかね?安全策が不十分だったとかで?以前もアナハイムかどこかでありましたっけ?
Commented by toruiwa2010 at 2011-07-09 20:47
ふぇでらーサン、こんばんは。
日本なら、怖がってすぐに投げ入れ禁止になる
かもしれませんね。メジャーでは、ほしがる
子供たちのために続けるようです。
Commented by コシェ at 2011-07-09 22:12 x
昨日、10年前の手紙をFBに送らせてもらいました。 ここには、初めてのコメントです。 たまたまか偶然か! アナウンサーのお話が載っていたので、ビックリしました。 2004年の松井は打ってたんですよねー。 いよいよ正念場を迎えました。
Commented by toruiwa2010 at 2011-07-09 22:44
コシェさん、FBとはフェースブックのことですよね。
なにも届いていませんが。
Commented by コシェ at 2011-07-09 23:09 x
そうですか。 長文と固有名詞を使ってるので、FBにしました。 こちらには送信済みになっていますので、もう一度確認して送ります。
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