ブログトップ | ログイン

岩佐徹のOFF-MIKE

toruiwa.exblog.jp

実況、ドラマなど放送全般、映画、スポーツ全般、 旅、食、友 etc

「シーズン中に操縦免許 !~メジャーならではの悲劇も…~」               11/07/13

d0164636_9592156.jpg
開幕以後、毎週、何かしらメジャーの面白さが伝わる話を書いてきました。
アメリカについて話をするとき、国土がひろいことは外せません。そこに、移籍の多さが
加わると、メジャーならではの悲劇が起きることもあります。


1979年の私は、ちょうど今の時期だけ日本にいました。3月のキャンプ取材とペナント・
レース開幕から100日間をアメリカで過ごしたあと、一度日本に戻って英気を養い、再び
渡米してワールド・シリーズ終了までの80日間、各地を“転戦”して実況を続けました。
日本に帰って体を休めているときもFEN(駐留米軍向けラジオ)を聞いていました。
夏になると、8月3日の朝、耳に飛び込んできたニュースに愕然としたことを思い出します。
d0164636_1002563.jpg
“The New York Yankees captain,Thurman Munson was killed
in an airplane crash.”

…この通りだったかどうか定かではありませんが、「ヤンキースのキャプテン、マンソンが
飛行機の事故で死亡した」というのです!
マンソンが小型飛行機の免許を取得するための訓練を受けていることは知っていました。

メジャー・リーガーには免許を取ろうとする選手が大勢います。国土の広さが理由です。
…と言っても、皆さんはその正確な意味までは分からないと思います。
トレードが日常茶飯事のメジャーでは、所属チームが変わっても、子供のいる家庭では
簡単に引っ越しをしません。テキサスからニューヨークへ、シカゴからロサンゼルスへ…
日本で考えるほど容易ではありませんし、半年後にはまた、どこかにトレードされるかも
しれないのです。多くの場合は、選手だけがチームの本拠とにマンションなどを借りて
“単身赴任”するのだと聞きます。
d0164636_1011713.jpg
子煩悩な選手は、厳しい日程の中で、機会あるごとに家族のもとに行こうとします。
マンソンが考えたのも、自家用機を持ち、自分で操縦できれな、妻や子供やちが暮らす
オハイオ州までほんのひとっ飛びだから、チームの休養日に家族に会えるじゃないか…
ということだったのでしょう。それがアダとなりました。
この日、訓練の一環としてタッチ・アンド・ゴー(着地した後すぐ離陸して上昇に移る)の
練習をしているうちに操縦ミスをして帰らぬ人になりました。

シーズン中に飛行機の操縦訓練など、日本ではちょっと考えにくいですね。
ヤンキースは2006年にもピッチャーのライドルが小型機を操縦中にマンハッタンのビルに
激突して亡くなっています。フリーウエーでの交通事故も多いです。
すべてがそうだとは言いませんが、こうした事故の裏に、少しでもチャンスがあれば、無理を
してでも家族に会いたい…と思わせる“過酷な日々”があるのでしょう。

余談ですが、マンソンの死を伝えるアナウンサーが“Thurman Munson was killed”と
言ったときには「えっ、殺された?!」と思いました。事故などで亡くなったとき、英語では
こういう表現をするのだと初めて学びました。

ちなみに、過密スケジュールで世界を転戦するテニスやゴルフの選手の中にも自家用機を
移動手段にしているトップ・プロが多いようです。
1999年ライダー・カップではアメリカ・チームが劇的な逆転勝ちしましたが、数ヵ月後に
メンバーの一人だったペイン・スチュアートが急死したのも、友人と共同で保有していた
自家用機での事故によるものでした。シーズン最終戦の試合地に乗り込むところでした。
d0164636_1014070.jpg
所有している場合もありますが、単独、または数人でリースしていることが多いようです。
アガシはプライベート機を所有していた時期があって、サンプラスとエキシビションを
やるときには同乗して転戦していました。
今はどうしているか知りませんが、フェデラーもジェット機をリースし 身重の妻のために
看護師付きで移動していたことがあります。

コマーシャル収入を含めて億単位の稼ぎがないと無理ですが、限られたエリートだけは
試合を終えたあと、“ばたばた”することなく、ゆったりと、次の試合地に向かいます。
そして、そのゆとりがまた次の収入につながるのです。ハハハ。

人気ブログランキングへ

d0164636_1032692.jpg
by toruiwa2010 | 2011-07-13 10:08 | メジャー&野球全般 | Comments(2)
Commented by マオパパ at 2011-07-13 10:35 x
マンソンの事故、懐かしいと言ったら語弊がありますが、79年にタイムトリップしました。あの頃のヤンキースは強かったですね。確か、マンソンが亡くなった後はリック・セローンが後釜を勤めたのではなかったでしょうか。今日はオールスターを観ることができず残念です。
Commented by toruiwa2010 at 2011-07-13 10:58
マオパパさん、こんにちは。

マンソンの後はセローンでした。カリスマ性のあるマンソンのあとで
やりにくかったでしょうがよく頑張りました。
マンソンは、私が見た中では、当時430フィート(131メートル!)あった
左中間に一番深く打った男でした。ホームランは見たことがありません。
先日、ジーターが3000安打目として打ち込んだ新球場の左中間は
116メートルでした。
名前
URL
画像認証
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。