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岩佐徹のOFF-MIKE

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「ユーベ&ミランが首位並走!~楽しかったセリエAの日々~」11/12/26

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1999年6月23日、WOWOWのサッカー班は解説者数人とともに、西麻布のイタリアン・
レストランに集まっていました。長かった98~99シーズンの打ち上げのためです。
中田英寿がペルージャで初めてプレーしたシーズンでした。彼の活躍のおかげで視聴者の
手ごたえも上々でしたから、集まった面々の気分は高揚していました。
会が始まってしばらくすると、編集局長が姿を現してあいさつに立ちました。
「みなさん、喜んでください。心配かけましたが、18チームのうち14チームと契約が
できることになりました」…店内に歓声が響きました。
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実は次のシーズンからセリエの契約形態が変わって、チームごとに契約交渉をしなければ
いけないようになり、スカパーとの間で激しい戦いが続いていたのです。
14/18チームが確保できれば、放送を続けることができるし、視聴者に納得してもらえる
カードの提供が可能になりますから、誰もが喜びいっぱいだったわけです。

しかし、それから1ヶ月もたたないうちだったと思いますが、出社すると、デスクの上に
メモが置かれていて、セリエの放映権がスカパーに渡ったことを知りました!
93~94シーズンから実況にかかわっていました。特に、98~99シーズンは 相性が悪かった
プロデューサーが交代したこともあっって全34節で27試合を担当しました。
自分で言うのもおかしいですが、脂が乗っていたのです。
テレビで仕事をしていると、イベントの権利を獲得したり失ったりは日常茶飯事ですから、
何度も経験していますが、このときに覚えた“喪失感”は2002~2003シーズンを最後に
チャンピオンズ・リーグの権利を失ったときと並んで忘れられない記憶です。
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木曜日の朝日の夕刊で嬉しい記事を読みました。
ユベントスが久々に優勝争いをしていることを伝えていたのです。
ミーハーっぽくて恐縮ですが、実況する機会が多かったこともあって ミラン、インテルと
ユーベは常に関心があり大好きなチームです。イタリアNo1の名門でありながら、審判の
買収などでセリエBに降格された苦い経験からユーベが立ち直りの気配を見せているのは
とてもうれしいニュースです。

監督がアントニオ・コンテなんですね。
現役時代はファイターでした。しつこい選手でした。髪が薄くなりかけていました。
あるとき、“変化”に気づいて増毛疑惑をしゃべった記憶があります。ハハハ。
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ためしにメンバーを見ると、私が実況していたころにプレーをしていた選手の中で今でも
現役なのは、ブッフォンとデルピエロだけのようです。
ミランのメンバー表を見ると、ネスタ(!)を初め、インザーギ、ガットゥーゾ、セードルフ、
アンブロジーニ、ザンブロッタ…レギュラーではない選手が多いようですが、懐かしさが
こみ上げる顔ぶれが残っています。

WOWOWで初めてJAPANの試合を実況したのはユベントスが来日したときです。
6シーズンぶりに監督に復帰したトラパットーニが率いて1992年に来日しました。
日本選抜(監督:オフト)と2試合やったのですが、神戸のユニバー記念競技場での試合を
実況しました。解説は奥寺さんと加茂周さんでした。奥寺さんはミラン・ダービーで一度
お手合わせがすんでいますが、加茂さんとは初対面…なのに、放送席に腰を下ろしたのは
選手が入場する5分前というあわただしさでした。

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リーグ“前夜”で、サッカー熱が盛り上がりを見せていていました。
WOWOWが放送する予定もなく、私もあまり関心がなかったのですが、その“たたり”で、
日本選抜のメンバーを伝えるとき、チーム名を「日産浦和マリノス」などと とんでもない
ミスをしています。「どこにそんなチームあんねん」と突っ込まれたことでしょう。ハハハ。

このときのユーベは、ロベルト・バッジョがキャプテンを務め、ビアッリがセンター・
フォワード、ほかに ドイツ代表のメラーやコーラーがいて、若き日のコンテが左サイドで
プレーしていました。日本選抜は 三浦知良、福田、井原、都並、キーパーは松永でした。
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試合は、吉田光範のゴールで前半に先制した日本選抜が後半16分にも福田の
スルーパスに反応した三浦知良が 追いすがるジュリオ・セザールをかわして
ゴール右隅に決めて2-0とリードを広げ、加茂・奥寺のご両人のテンションは
最高潮でした。ハハハ。
ヨーロッパの強豪・ユベントスのイレブンがカッカする場面がみられて面白い試合でした。
“本気”になったユーベは34分にバッジョのPKで1点差にすると、ロスタイムに入って
ドイツ代表のメラーのヘディング・シュートでとうとう同点に持ち込みました。
直後に試合終了の笛。
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「さすがはユベントス、インジャリータイムで追いつきました」と声を張り上げる私とは
対照的に、2人の解説者の口が思い切り重くなってしまい、何を聞いても“はかばかしい”
答えが返ってこなくなったのです。ハハハ。

あのころが心身ともに一番充実していたかもしれません。懐かしいなあ、セリエ。

坂の上には何もなかった…

12/25
女子フリーに3時間枠・・・どう考えたって、7時から
演技を見せるわけはないから6時~7時半はBSで
「坂の上の雲」最終回を視聴する。
これが正しいテレビの見方。w。みんながこうすれば
苛立つこともないのに。


…そんなわけで、昨日は6時からNHK-BS「坂の上の雲」、終わってからフジテレビの
「全日本フィギュア」を楽しませてもらいました。

「坂の上の雲」は最終回でした。
沖ノ島沖での東郷平八郎率いる日本海軍とロシアのバルチック艦隊との長い海戦シーンが
冒頭から実に30分近く続きました。迫力はありましたが、CGが多かったのは事実です。
それよりも疑問に思ったのは、この海戦を100年以上たった今描くことにどんな意味が
あるのか、ということです。

日露開戦あたりからは“戦争映画”を見ているようでした。
司馬遼太郎の原作はともかく、NHKのドラマはこれだけの大金を使って今の時代の我々…
特に若い世代に何を伝えたかったのでしょうか?
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結局、このドラマは何を描きたかったのか。
人間は秋山兄弟と子規までが限界だった。つまり、
人間は描ききれず、戦争は描いたが、歴史全体を
描こうとしてナレーションでのごまかし。
そして、随分素っ頓狂な終わり方をしてくれたもんだ。
「これから一人で逝きますから」…か。


全体の4話目ぐらいまでは、毎週、次の日曜日が待ち遠しいと思うほど引き込まれました。
“松山時代”です。律(菅野美穂)を含めて秋山兄弟、正岡子規たちの豊かな個性や強い絆が
丁寧に描かれ、魅力ある“人間ドラマ”になっていました。
最終回で唯一ぐっときたのは、帰宅した真之(元木雅弘)が母親の遺体と対面して語りかける
シーンでした。人間・真之がせまってきたからです。
ドラマ全体を通して、元木と菅野、香川の演技には胸を打たれました。

たぶん、このドラマへの世間の評価は高いのでしょう。ただし、その根拠は何でしょう?
「俳優陣が豪華だった」「さすがはNHK」「会戦・海戦シーンに迫力があった」…まさかね。

私には不満が残りました。
3年も引っ張っておきながら、“坂の上”に何が見えたのか?
司馬遼太郎の原作にもその部分は書かれていなかったのでしょうか?
自分で考えろ?
いやあ、あの作り方・終わり方では考える手がかりもないわ。ハハハ。

浅田真央については、素直にほめる…それに尽きます。

今日見ないかもしれませんが、週末の視聴率です。

フィギア(土)   22.7%
     (日)   26.7%

すべらない話  12.9%

NHK  坂の上の雲  11.4%


            
by toruiwa2010 | 2011-12-26 10:02 | サッカー | Comments(2)
Commented by マオパパ at 2011-12-26 17:29 x
岩佐さん、こんにちは。お怪我は回復基調のようですね。よかたよかった。さて、坂の上の雲は期待が大きかっただけにがっかりでした。視聴時間と受信料を返せと言いたいです。本当にラストは?でしたね。あとダンカンが気になって仕方ありませんでした。無名の俳優の方がよかったのでは。
Commented by toruiwa2010 at 2011-12-26 18:22
マオパパさん、こんばんは。

たしかに、ダンカンは三笠に掲げた旗を降ろす
命令を伝えるとき、声が出ていませんでしたね。
思わず笑いました。
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