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岩佐徹のOFF-MIKE

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松平康隆さん 逝く~日本バレーボール界の恩人~ 12/01/05

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01/05松平康隆さんが亡くなった。最近はほとんど会うことはなかったが、
70年代初めから知っている。
ワールドカップも春高バレーも彼が協会専務理事だったときだ。
大松博文と並んで日本バレーを世界のレベルに押し上げた最大の
功労者だ。不死身とも思えるエネルギッシュな人だったが。


年齢を考えたら亡くなってもおかしくないのですが、松平さんは“エネルギッシュ”を
絵にかいたような人でしたから、記事を読んでビックリしました。
男子監督として見事な実績を残したあと協会幹部になり、バレー人気を盛り上げる努力を
惜しまない人でした。幼いときに一人息子を事故で亡くしたことがいつも心のどこかに
あったはずですが、それを隠し、明るくふるまっていました。
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分かりやすく歯切れのいい解説はバレー中継には、なくてはならない存在でした。
土・日に声を聞かない日はないというぐらいテレビで解説をしていました。
私もいったい何試合ぐらいコンビを組んだか分からないほどです。

なじみの薄い外国人選手に「バルカンの大砲」などファンに親しみやすいニックネームを
つけたり、Aクイック・Bクイック、時間差攻撃などの戦術に覚えやすい造語を考えたり…
バレーの面白さを伝えることに一生懸命だった松平康隆さんをオールド・ファンは決して
忘れません。

松平さんの死を伝える記事の中に奥さんのことが書かれていないのが気になります。
息子さんを亡くしたことはご夫婦にとって痛恨の出来事だったのでしょう。ことのほか
奥さんを大事にしていました。ご健在ならいいのですが。
猫田、中村祐造は亡くなりましたが、彼が育てた選手の中には大古、横田、森田、島岡・・・
兄とも、父とも慕う大男がたくさんいます。男泣きしている彼らの姿が目に浮かびます。

ツイッターで呟くだけのつもりでしたが思いなおしてまとめました。

友人から情報があり、奥さまはお元気だと分かりました。
お力落としのないようにしてほしいです。きっと、かつてコートを走り回った男たちが
力になると思います。
by toruiwa2010 | 2012-01-05 17:00 | スポーツ全般 | Comments(9)
Commented by レニ at 2012-01-05 19:23 x
こんばんは。

松平氏の解説は常に前向きで、こちらまで鼓舞されました。大いに元気付けられました。訃報は残念です。

Commented by toruiwa2010 at 2012-01-05 19:28
レニさん、こんばんは。

最後の2年ほどは酸素ボンベをひいていらしたそうです。
あんなに元気な人だったのに・・・
Commented by デルボンバー at 2012-01-05 21:12 x
私も男子は松平、女子は生沼スミエがバレー解説の定番だった頃の世代ですので、これでまたひとつの時代が終わったなぁという感じがしてなりません。ま、最大の功労者であるのは間違いないでしょうが、やはり功と罪、といいましょうか、裏と表は必ずあって、「松平天皇」と皮肉られた時期があった通り、存在が大きくなりすぎて、バレー界の発展や改革の障害になっていたのも事実ではないでしょうか…。
亡くなられた方に対して少しキツい言い方だったでしょうか?
Commented by toruiwa2010 at 2012-01-05 21:49
デルボンバーサン、こんばんは。

功と罪・・・あったかもしれません。
しかし、幸か不幸か、罪の部分をあまり知りません。
私は多少強引なところはあっても圧倒的に功のほうが
多かったと思います。

“天皇”の話が、20年近く前だったでしょうか、
バレー協会に“巣食う”老害役員を一掃したときのことを
指しているのなら私は、拍手を贈りましたが。ハハハ。
Commented by バレーボールファン at 2012-01-10 23:14 x
先ほど偶然ここにたどりつきました。私は松平さんの解説を知ってる世代ではないのですが、ニックネームを当時からつけてたのですか。だったら、今、バレーから陸上までやたらと聞くニックネーム放送は前からあったんですか。
Commented by toruiwa2010 at 2012-01-11 08:02
バレーボールファンさん、
「暁の超特急」「フジヤマのとびうお」・・・
選手にニックネームをつけるのはマスコミの
”仕事”でしたが、松平さんにはその方面の感覚が
備わっていたようです。古舘や世界陸上のように
無理矢理感がないのがよかったと思います。
Commented by ヒロリン at 2012-01-21 16:44 x
お二人のバレーボール中継、思い出します。当時、ビデオがなかったので、音声だけを録音したバレーの試合のテープが何本もあります。記憶は確かではないですが、77年のW杯の男子決勝リーグのキューバ戦もそうだったのでは?
キューバのタッチネットが多く、「また、タッチネット」のアナの方の言葉が記憶に残ってます。あとで、テープを確認しますが・・・。
私のもっとも尊敬する方が、松平氏です。
自分の考え方の基本をつくってくれた方です。
これからも、松平氏ポリシーを胸に、自分自身を奮い立たせます。
「負けてたまるか」氏の座右の銘ですね。
この言葉が書かれた色紙が、私の携帯の待ち受け画面で、
つねに意識しています。
Commented by toruiwa2010 at 2012-01-21 17:01
ヒロリンさん、こんばんは。

私はワールドカップはおろか、春高バレーさえ
決勝をしゃべらせてもらってません。
めぐりあわせが悪かったのです。
・・・ということにしましょう。ハハハ。
Commented by ヒロリン at 2012-01-21 23:38 x
大変失礼しました。

テープ、聴きなおします。

「今からでも、ぜひ・・・」と言わせていただきたいのが、本音です。

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