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岩佐徹のOFF-MIKE

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「気仙沼に消えた…」&「風の子守唄」~3.11:1冊の本と1曲~12/03/12

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地震発生後から数十分の間、五十七歳の姉は間違いなく生きていた。私の家にも電話が
かかってきたからだ。しかし津波が気仙沼を襲った時間を境に、誰も姉の消息を知らない。
           (生島淳著「気仙沼に消えた姉を追って」プロローグ:文芸春秋社刊)

2月に友人から贈られていた著書をようやく読み終えました。
津波に流されて行方不明になった姉の消息を求めて 気仙沼に何度も足を運びますが、
旅の中でふるさとへの強い愛着がよみがえります。友人たちに会って話をしていくうちに 
突き動かされるように、水産業に支えられた町、気仙沼の成り立ちを書き残す気持ちに
なったようです。お姉さんの思い出のほかに、取材した人の話がふるさとの歴史と絡めて
つづられています。
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若い友人・生島さんはノンフィクション・ライターですが、専門はスポーツです。
その彼が、深い悲しみの中、8ヶ月足らずで書きあげたこの本は、被災地を故郷に持ち、
愛する者を失った人だけが書ける言葉に満ちています。
抜き出したプロローグの中の2行で早くも万感の思いを感じ取って胸が詰まりました。

淡々と書かれています。誰にでも似たような文章が書けるでしょう。
しかし、どんな名文家が同じことを書いても、あくまで第三者が事実を記述しただけの
ものになるでしょう。
当事者が書いた文章には言葉の一つ一つに感情がこもっていて 重みを感じます。
読む前は気持ちが重く、なかなかページを開けませんでしたが、読んでよかったです。
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あれから1年が過ぎました。
長かったか短かったか、感じ方は人それぞれでしょう。
家族や財産を失った人にとっても、負けないでほしい、頑張ってと願いつつ見守ってきた
私たちにしても、それは“一様”ではないはずです。

間違いないのは、政府・行政の動きがとんでもなく鈍かったことです。
“未曽有”&“想定外”の震災・津波でしたから、難しいことがたくさんあったでしょう。
しかし、それを考慮してもなお、多くの人が同じ思いではないでしょうか。
以前にも書きましたが、何よりも胸が痛むのは かろうじて震災や津波を逃れた命が
その後の“人災”と呼びたい要因で多数失われたことです。

現在でも「えっ、今頃そんなことを言っているの?」と思うような民主党政権の情けない
対応ぶりに腹が立ちます。自民党だったらどうだったか、などと言っても始まりません。
“何も決められない”民主党より少しはマシだったかもしれないと思う部分はありますが、
それは第三者だからでしょう。今月初め視察に訪れた自民党の谷垣総裁に被災地の人が
厳しい言葉を浴びせている場面を見ました。それがすべてではないでしょうが、被災者が
政治全体に向ける“失望の深さ”を感じました。
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当然だと思います。
厳しい冬を暖房もままならない仮設住宅で過ごした人が大勢いる。
不慣れな土地で望郷の念を抑え、ストレスのたまる生活を強いられる人もいる。
住宅着工率は上がっているらしいが、本格的な“復興への槌音”はまだ聞こえてこない。
放射能の恐怖は福島だけでなく全国を覆っている。
ある調査によると、復興の道筋が見えないと感じている福島県民は92%に及ぶそうだ。
それが、何の責任もない被災者の実感というものだろう。

原発事故原因調査委員会…的なものが全部で4つもあるそうです。
2月末に 民間の調査結果が真っ先に発表されました。しかし、事故発生直後に開かれた
政府関係者の会議記録が残されていないというとんでもない事実がある以上、おそらく
言った言わないの水掛け論になってしまうのでしょう。
最高責任者だった菅直人は、初動の対応に問題があったと指摘されたことには触れずに、
東電の現場からの“撤退”を阻止した点を限定的ながら評価されたのは「ありがたい」と
言ったそうです。“人災”が生まれるはずです。

嫌韓ならぬ、“嫌菅”ゆえにもう一言。
先日、東松島を訪れた彼に、フジテレビの「スーパーニュース」が密着していました。
首相どころか衆議院議員だってあるはずの緊張感が一切感じられず、ゆるんでいました。
君一人の責任じゃないけど、君の政権がドタバタしたおかげで、どれだけの人が今もまだ
苦しみの中で生活していると思っているんだ、と言ってやりたくなりました。

もちろん、これだけの大災害・事故の責任を一個人に負わせることに意味はないでしょう。
長い検証が必要でしょうし、歴史の判断を待たなければいけないのだと思います。
しかし、多数の被災者・被害者がいるという現実から目をそむけることはできません。
事故原因の調査でその人たちの“いたみ”が和らぐわけではありませんが、責任ありと
言われた人がきちんと責任を取らなければ、国民は納得しません。

昨日は、朝からたくさんの特別番組が放送されました。テレビ局で仕事をした人間として、
後輩たちがこの1年をどう総括して、明日へつなげる番組を作るか注目しながら…。
残念ですが、納得できるものはほとんどありませんでした。
ツイッターでもつぶやきましたが、被災地の“どこで”“誰を”取り上げても、その1年を
回顧するだけで、見る者の胸を打つドキュメンタリー番組になるでしょう。
“この人たちはこんなに苦しんだ”、“こんなにつらい1年を送った”と、視聴者を泣かせ、
悲しませても それだけでは報道の使命は果たせません。作り手の“甘え”が見えるものが
多かったように思います。将来に向けて何を訴えるかが大事ですが、私が見た限りでは、
どの番組からもその視点を感じることはできませんでした。
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この一年、例えば、がれき処理受け入れについての報道を見るにつけ、“絆”や“ひとつ”という言葉はむなしいなと思いつつ、なにかできることはないかと考え続けてきましたが、
結局、何も見つかりませんでした。
逃げるようで心苦しいのですが、老いの身にできることは限られています。
若いころ点字図書館で週刊誌の記事をテープに吹き込むようなボランティアをしたことが
ありますが、気持ちはあっても、声がすっかり衰えてしまった“現実”を見れば、行動に
移すことは難しいのです。
ひたすら、被災された皆さんの心が少しでも安らかであってほしいと願うばかりです。

ある日の「大竹まこと ゴールデンラジオ」に谷村新司と石井竜也が出演していました。
珍しい顔合わせだと思いながら聴いていると、胸をつかれる曲が流れてきました。
2人が3.11を受けて作った「風の子守歌 ~あしたの君へ~」です。
石井が作曲したテープを送ると、すぐに歌詞が谷村の頭に浮かんだと話していました。

作詞:谷村新司
作曲:石井竜也

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サビの美しさと2番にある「夜明け前の闇には 大切な意味がある」というフレーズが
心に響きました。被災地は、今も闇の中で夜明けを待っています。

もう一つ・・・

大津波 みんな流して バカヤロー

宮城県南三陸町ので“川柳の女王”と呼ばれる女性が詠んだ17文字が
グサッと胸に突き刺さります。
by toruiwa2010 | 2012-03-12 07:52 | 岩佐徹的考察 | Comments(9)
Commented by masa at 2012-03-12 08:58 x
岩佐さん、おはようございます。
私にとって阪神・淡路大震災は17年たった今でも心の中に
刻まれていて、それが消えることは一生ないと思います。
ある時、別の方のブログで1.17に震災関係の書き込みをしたところ
東京の方(これは忘れもしません)から、「こちらではもう震災のことなんて誰も気になんてしませんよ」
というコメントをしているのを見て愕然としました。
そんなものなんですね。関西においても地震に対する備えが
おそろかになってきているのは事実ですし…

震災から「まだ1年」です。着実に前を向いて確実に進んで欲しいです。
Commented by toruiwa2010 at 2012-03-12 09:12
masaサン、おはようございます。

私の古傷にも触れる話です。ハハハ。

冷たい…ということではなく、基本的、全般的に
関東人は関西のことに、関西人は関東のことに
あまり大きな関心を持たない、と思っています。
箱根の山は天下の剣・・・

想像でしかありませんが、関東の人間にとっては
阪神・淡路大震災より東日本大震災のほうが
遥かに身近に感じるのではないかと思います。
地続き、という感じがあるからでしょうか?

母と長兄が芦屋に住んで被災しましたから
個人的には他人事じゃありませんが。

ああ、出先でコメントを読んで、大慌てで帰宅したことを
思い出したじゃありませんか。ハハハ。
Commented by masa at 2012-03-12 09:28 x
> 大慌てで帰宅したことを…

そういうこともありましたね(^^;;;
ついこの間のことのように思い出してしまいました。

震災から1年が経ちこれから年数が経っていくつれて
関西・関東という括りではなく、やはり個人に返っていくのだと思います。
ただ今回の震災のキズはあまりに大きすぎます。つらいです。
Commented by toruiwa2010 at 2012-03-12 09:37
masaさん、そうですね。

最後は個人ということになります。
そして、そこにはどうしてもギャップがあります。
どう感じなければいけないということはなく、
その人なりの受け止め方しかできないのかなと。
Commented by ハッピーカムカム at 2012-03-12 16:00 x
いつも拝見しております。
3.11の各局番組についての御意見に深く同意致します。
ですが私的には1つだけ、胸に響いたつくりのTV番組がありました。
土曜21時から東京MXや千葉TVで放送されたドキュメンタリーでしたが、
阪神大震災を体験した神戸のボランティア隊が
今回の大震災直後に東北の被災地に入った直後からを追跡した番組で
どうやってどん底の被災地を「立ち直らせて前を向かせるか」に焦点を絞って、
ボランティアのリーダー(おばちゃん)の視点から追い続けた番組でした。
まさに「将来に向けて」にテーマが絞られていましたし、余計な演出やナレーションや効果音は無し。
途中で神戸サンテレビの制作と気付き、やっぱり
被災地の放送局だからこその「視点」なのかなと思ってしまいました。
東北の各局では3.11関連で色々なローカル番組が放送されたようですが、それを見たかったです。
Commented by toruiwa2010 at 2012-03-12 16:17
ハッピーカムカムさん、こんにちは。

その番組は見ていませんが、いいものもいくつかは
あったのだろうと思います。
特に、被災地の局の目線はキー局とは全く違うでしょう。
1年間、フルに地元で見つめてきた目と、トータルしても
せいぜい1カ月程度現地を訪れただけの取材者の目では
違って当然ですね。
Commented by えそらいろ at 2012-03-12 17:41 x
こんにちは

心のふさぐ1年でした。
大切な子どもを失った人、親のいなくなった子どもたち、
突然家族と連絡が取れなくなり、未だ行方がわからない人、
ふるさとから追われ、いつ帰れるとも知れない人、
家は無事で仕事もできるのに、放射能のために作っても獲っても捨てるしかない、という人、
阪神大震災とはまた違った大きな苦しみに、
そのことを考えると度々涙ぐんでしまう日々でした。

わずかながらの寄付とか、瓦礫受け入れには賛成するとか、
被災した方々の心に、小さくても希望が見えていますようにと
祈ることくらいしか私にはできないのですが…
Commented by toruiwa2010 at 2012-03-12 18:05
えそらいろ サン、こんばんは。

阪神・淡路のときは、復興計画も立てやすかった、
今回は、原発の行く末、再建の前に都市計画を
画定しなければならないですから、大変なことは
分かりますけど、だからこそ、最優先で集中的に
やるべきですよね。こういうときは、感情的になるやつは
ダメですが、“剛腕”タイプじゃないと前に進まないですね。

Commented by えそらいろ at 2012-03-12 18:43 x
ほんとうに、菅も菅でしたが、
存在感薄い今の首相も消費税上げることばっかり考えていないで
もうちょっと、と言いたくなります。
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