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岩佐徹のOFF-MIKE

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フジテレビ受験・同期生~岩佐徹的アナウンス論36~12/04/29

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・・・つづき

フジテレビ入社


1962年6月のある日、放送研究会の仲間だった西橋正泰君と 河田町にあった
フジテレビに向かいました。この日、アナウンサーの願書受付が始まったのです。
土砂降りの雨の中 到着すると、まだ受付の準備が整っていませんでした。
いまほどではなくても、“アナウンサーの試験”ですから、当然、行列ができていて
10番目か20番目だろうねと話しながら行っただけに、いささか拍子抜けでしたが、
譲り合った末に、私が1番、西橋が2番で受け付けを終えました。

数日後におこなわれたのは簡単な原稿を読むだけの1次音声テストでした。
控え室で目を通すと、「只管」という文字がありました。どう読むのかまったく判らず
あせりました。部屋に呼び込まれ、画面で見覚えのある先輩アナウンサーの顔が
目に入った途端、ひざががくがくと震え出す始末です。ハハハ。
なんとか度胸をすえて、「只管」も「ただただ」と読んで終わらせました。
帰宅してから調べた結果、この字は「ひたすら」と読むことが分かりました。ただし、
私の人生でこの文字に出会ったのは、あとにも先にもこのときだけです。

この年の試験は、役員面接まで含めると7次ぐらいまでありました。
そのたびに、フジテレビの玄関ホールに張り出される結果の発表を見に行くのですが、
受験番号“1番”ですから、模造紙の左上隅に“1”がなければそれで終わりです。
分かりやすいといえばこれほど分かりやすいこともありません。ハハハ。
逆に、「なかったらどうしよう」と、毎回怖い思いもしました。
そして3次が終わった段階での合格者は、間がゴッソリぬけて1、2、147、235…と、
なっていました。147は露木君、235は能村庸一…2番の西橋をのぞくと、結果的に
同期になった顔ぶれです。
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入社もあと、先輩たちから、「1次音声の1番、2番が終わったとき、審査員みんなで、
今年はレベルが高いという話になったよ」と言われました。 
西橋君は役員面接の段階で受験を辞退して商社を目指しましたが失敗し、最終的には
NHKに入りました。地方と東京を行ったり来たりしつつ、やわらかい声とたくみな
読みとで活躍し、最後はアナウンス室次長までつとめた優秀なアナウンサーでした。

口はばったいですが、私もそれなりのアナになったのですから、先輩たちが“今年は
レベルが高い”と感じたのも無理はなかったと思います。ハハハ。
「あのとき、西橋が辞退してなかったらオレが危なかったね」…かなりあとになって、
言ったことがあります。露木が「いや、彼は報道系だったし、岩佐はスポーツだから、
落とされるとしたらむしろオレだったんじゃない?」と、応じました。
思えば、「もし西橋が辞退してなかったら」、露木か私のどちらかの、その後の人生は
大きく変わっていたかも知れません。思えば 人生の“分岐点”は実に微妙なところに
あったのだと実感します。

同期生

結局、男女あわせて700人が受けて合格したのは7人、倍率は100倍でした。
女性4人は残念ながら長続きせず、結婚などを機にあいついで辞めてしまいました。
当時のフジテレビの女性アナには2年契約という“前近代的な縛り”がありました。
最長でも4年でアナウンサーをやめることになっていましたから、やる気を起こせと
言っても無理があったと思います。

露木は早稲田、能村は青山学院のそれぞれ放送研究会の出身でした。
両校のクラブ同士が仲良しだったこともあって、入学間もないころから、「早稲田に
露木あり」という噂は聞いていました。
入社後の養成(アナウンサーの訓練)でも上司の評判がよく、能村と私とは明らかに
扱いが違いました。ハハハ。
順調にのびて、志望通り報道畑で花を咲かせて行き、長い間フジの顔として大きな
足跡を残しました。
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能村も多才な男でしたが、緊張するタイプだったようで、最終の健康診断でも血圧が
異常に高く出て、「緊張性のモノだろうから、しばらく横になってなさい」と医者に
言われて、「これで落とされたらワヤだなあ」とボッソリ、ぼやいていました。
映画や芝居が好きで、特に歌舞伎役者の声色をやらせたら専門家もうなるほどでした。
早々とアナウンサーから足を洗い、「鬼平犯科帳」など時代劇のプロデューサーとして
大きな実績を残し、テレビ時代劇の歴史をベテランの専門家から聞き書きした大著、
「実録 テレビ時代劇史」があります。

つづく・・・
by toruiwa2010 | 2012-04-29 06:12 | 岩佐徹的アナウンス論 | Comments(4)
Commented by S_NISHIKAWA at 2012-04-29 09:31 x
能村さんには、私が大学卒業時=能村さんが調査部長をされていた時に、大変お世話になりました。
Commented by 老・ましゃこ at 2012-04-29 12:02 x
桜を背に、アップのお写真ですね(^^)
ワタクシ的に外国人の風貌ありと…(@@)
頬骨のあたりから口元まで…
ジャックレモンの感じに思われますが…
歯を見せるほどにニコッとしてみてください…なんちゃって(@@)
メガネで雰囲気が変わりますね(^^)失礼しました~。
Commented by toruiwa2010 at 2012-04-29 17:39
S_NISHIKAWAさん、こんばんは・

アナウンス部に来てぶつぶつ言っていたのは
ちょうどそのころかと。ハハハ。
Commented by toruiwa2010 at 2012-04-29 17:41
老・ましゃこ サン、こんばんは。

そのうち、アナウンス論でも触れる予定ですが、
私はよほど大笑いしないと歯が見えないんです。
画面に顔を出すものとしてはハンデでした。ハハハ。
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