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岩佐徹のOFF-MIKE

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実況、ドラマなど放送全般、映画、スポーツ全般、 旅、食、友 etc

私のカルチョが消えてゆく~デルピッポ、ネスタ、ガットゥーゾ~

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右足でキックしたボールがゴール左隅のネットを揺らした瞬間、ドログバはこの日 
2度目のヒーローになりました。もちろん 個人の喜びはどうでもよかったでしょう。
チーム競技のよさは、何があっても最後は仲間全員で喜び、全員で悲しむところに
あるのですから。チェルシーにとって初めてのビッグ・イヤーですか。
オイル・マネーにものを言わせて、手当たり次第にいい選手を獲得しまくっていた
時期があって、とっくに優勝しているように錯覚してましたが。ハハハ。
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前夜、横になってからこの日が決勝だったことを知りました。
リビングに戻ってビデオをセットするのも面倒なので“間に合えば見る”という
スタンスで臨んだのですが、起きたら延長が始まるところでした。ハハハ。
あまり積極的ではなかった理由は実況です。
ボリュームを下げて見ましたが、この人独特のテンションとリズムが、試合を見て
私が持つフィーリングと大きくかけ離れているのです。

ゲーム中ほとんどしゃべりっぱなしのサッカーはプレーを描写する時間が長いので
この二つが合わないと見ていて“苦痛”です。
彼には、競馬でもサッカーでもファンがいるようですから、ぴったり合う人もいる
のでしょうが、私はダメです。

これで、ヨーロッパのサッカー・シーズンは終わったことになるんですかね。
以前は、UCL決勝のあとも、スペインのリーグが続いていたような気もしますが…。
最近は、こまかいことまったく分からなくて。ハハハ。
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WOWOWでセリエAの放送が始まったのは1991年9月でした。
初めはほとんど無関心でした。よほど熱心なファンでなければ「それ 何?」という
存在だったと思います。
プロデューサーは私がフジテレビ時代にサッカー実況の実績があることを知らずに、
ラジオのアナウンサーたちを起用していました。頭にきて余計興味を持つ気持ちに
なれませんでした。ショート・テンパー。ハハハ。

しかし、10月の半ばごろ、そのプロデューサーが私のところにやってきました。
「11月にダービーというビッグ・マッチを現地から放送することになった。ぜひ
WOWOWのアナウンサーでやりたいのだがどうか?」ということでした。
すぐにOKしました。待ってましたから。ハハハ。
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意気揚々とミラノに乗り込みましたが、「やれるさ」と見得を切って引受けた手前、
下手な実況をしたら笑いものになると、内心は不安だらけでした。
そのときのミラン、インテル、両チームの先発メンバーがこれです。
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お分かりのように、ミランにはファン・バステン、フリット、ライカールトという
オランダ・トリオがいて、対するインテルは マテウス、クリンスマン、ブレーメの
ドイツ・トリオです。当時、世界最高のリーグと言われたセリエの中でもひときわ
華やかな顔ぶれがそろっていました。
ファン・バステンのゴールでミランが先制し、クリンスマンのボレーでインテルが
追いつくという素晴らしい展開でサンシーロは大いに盛り上がりました。

その後も ダービーは毎回、行っていました。カルチョは私のサッカーの原点です。

中でも、ACミランは私の好みのチームでした。
このときのメンバーは布陣まで鮮やかに目に浮かびます。
GKロッシ、DFは右からタソッティ、コスタクルタ、バレージ、マルディーニ。
中盤は中央にアルベルティーニ、サイドにドナドニとライカールトで、フリットは
自由自在にポジションを変えていました。トップはファン・バステン、下がり目に
マッサーロです。そして、この年、前任者のアリゴ・サッキからバトンを託された
ファビオ・カッペッロが指揮をとっていました。いや、懐かしい!
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数年前にマルディーニが引退、ネスタ、インザーギ、ガットゥーゾも今シーズンが
最後になると聞きました。
ネスタはスマートな選手でした。足が遅くなってからは厳しかったですが。
何度オフサイドを取られても、繰り返しDFの裏に飛び出して行くインザーギは
実況しがいのあるFWでしたし、一発レッドをとられてもおかしくないタックルで
相手を威嚇するファイトむき出しのガットゥーゾも好きなタイプの選手でした。
「漢字にすると“根性”」の早野語録とともに。ハハハ。

ミランの次に好きだったのはユベントスでした。
スキャンダルでセリエBに落ちていた時期もありましたが、2011-12シーズンは
6シーズンぶりにスクデットを獲得しました。見事な復活優勝です。“トリプル
増毛疑惑”のコンテ監督1年目の快挙にビックリです。ハハハ。
メンバー表を見ると、知っている選手はデル・ピエロ、ブッフォンとピルロしか
残っていません。一時、引退かと噂されていたデル・ピエロは「まだやめない」と
言っているらしいですが、もう、かつてのプレーは期待できないでしょう。
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プラチニの名を挙げる人がいるかもしれませんが、あの華やかさ、プレーした長さ、
Bに落ちたときも留まったことを考えるとユベントスと言えばデル・ピエロです。
セリエやCLで何度も実況しましたが、ゴールラインが近付き左45度でボールを
持ったときは期待して呼吸を止めたものです。ハハハ。

私がセリエのレギュラー・シーズンの実況陣に加わった93-94シーズンは 彼の
プリンスとしての華々しいデビューと重なるだけに思い入れが強いのです。
“当たり”には強くなかったものの、ひと目見たときから、その美しいプレー・
スタイルにはすっかり魅せられました。
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ここ数年は、セリエを見る機会がありません。
Twellvでミランの試合を放送しているのは知っているのですが、なかなか、食指が
動きません。サッカー自体、代表の試合ぐらいしか見なくなりました。

私が愛したカルチョがどんどん遠くなります。トホホ。

ネット上でこんなものを見つけました。
98-98シーズンのペルージャvsカリアリです。 http://bit.ly/KDpXvy
いいところばかり編集してありますから、自分で言うのもなんですが、
なかなかGJです。ハハハ。
このシーズンは中田がセリエ入りしました。
私のサッカー実況ではこのころがピークだったかもしれません。
たいしたことねえな…などと言わないように。ハハハ。

by toruiwa2010 | 2012-05-22 07:52 | サッカー | Comments(11)
Commented by ねぎこ@ミラニスタ at 2012-05-22 09:37 x
カルチョは遠くなりにけり、ですね。当時のダービーのメンバー表を見ただけで胸が熱くなりました。今は残念ながら…(笑)
好きだった選手たちの引退、私も寂しいです。岩佐さんの文を読んで、懐かしさが募りました。 「漢字にすると根性」、早野さんさすが!
Commented by toruiwa2010 at 2012-05-22 09:42
ねぎこ@ミラニスタさん、こんにちは。

当時を知る人は少なくなったのでしょうね。
私はたくさんのDVDのおかげで、いつでも
あのころに戻れます。なかなか機会がないですが。ハハハ。
Commented by 赤ぽん at 2012-05-22 11:40 x
岩佐さん、こんにちは。

岩佐さんはシアトル対テキサスをご覧になっている頃でしょうか?w
ミランのまさに黄金期を観ていらしたのは本当にうらやましいかぎりです!
私もミランは国立でトヨタカップを観ましたが、本当に強かったですよね!
そのミランが2007年、横浜でアジア王者の浦和レッズと対戦し、1対0という
点差以上の、遥かなる実力的な距離感を感じ、絶望的になったのも思い出ですw
デルピエロもw杯や親善試合で何度か観ましたが、あの頃の名選手達の引退、
淋しい事ですが、逆に言えば本当に息の長い名選手達でしたね。

Commented by toruiwa2010 at 2012-05-22 12:04
赤ぽんサン、こんにちは。

SEAvsTEX見てます。
メジャーにしてもさっかーにしても
どうしても「ノスタルジア」が影響して
冷静な判断ができませんね。
Commented by 赤ぽん at 2012-05-22 12:21 x
日本におけるメジャーの放送のパイオニアであるばかりか、カルチョでも実況に立ち会われた岩佐さんならではの「ノスタルジア」…
冷静でいられないのも当然の事でしょうね。
本当にすごいことだし「深い」コメントだと思います!

ダルビッシュはイチローに打たれているようですが…(あー観たいw)
Commented by toruiwa2010 at 2012-05-22 12:37
赤ぽんサン、恐縮です。
常連さんにはいいように見られてますが、
そうは思わない人たちも大勢いて…。ハハハ。

ダルビッシュはイチローに3-2,2打点です。
最初の1塁線を破るヒットはさすがでしたが、
2本目は詰まってました。
4回でもう100球近く投げてますから、そろそろ
ではないでしょうか。ブルペンを休ませる意味で
もう少し投げるかもしれませんが。志願して。
Commented by デルボンバー at 2012-05-22 14:04 x
チャンピオンズリーグ決勝を実況した、かのAアナとは、フジTV時代まったく被ってなかったのですか?
Commented by toruiwa2010 at 2012-05-22 14:16
デルボンバーさん、こんにちは。

かぶっていません。
私がアナウンス部から報道に移った年に入社したのが
山中秀樹(どこに行ったんだ?)で、すれ違いです。
Aの入社は私がWOWOWに出向した年です。
八木・河野・有賀と同期ですね。中井美穂や
塩原がその前年です。
Commented by chibita at 2012-05-22 23:51 x
岩佐さんこんばんは。
何故か急に思い出した事がありまして、メールいたします。
高校生の時の友達がサッカー選手の「マリオ・ケンぺス」の大ファンでした。私はあの頃はロックしか興味なくて「誰?」と思っていましたが、今、も顔もどの国の選手かも知りません。
でも岩佐さんの日記を読み、何故かいきなり「マリオケンペス」という名前を思い出しました。これも日食の影響かしら???
Commented by toruiwa2010 at 2012-05-23 06:49
chibitaさん、おはようございます。

ケンペス・・・アルゼンチンの、ですね。
名選手だったことは知っていますが、
プレーを見た記憶はありません。
チームメイトか選手名とか覚えるのは苦手で。
ハハハ。
Commented by 赤ぽん at 2012-05-23 09:45 x
chibitaさんのコメントにあるマリオ・ケンペス、私も多分同世代ですがw
非常に懐かしい名前です。
1978年w杯アルゼンチン大会の地元アルゼンチン代表のエースFW
長い髪をなびかせながら次々と得点を奪って地元大会を制した立役者。
足も長くかっこよかったですね!

クライフが当時のアルゼンチン軍事政権下のw杯に反対したか、遠い南米まで
行くのを嫌がったかでw不参加、オランダは決勝で敗れました。その確か2年後、クライフが
来日し、岩佐さんがご覧になったワシントンの試合に繋がる…そんな時代でしたね。
日本ではワールドユース大会(U-20)が開かれ若きマラドーナが活躍し、やはり
若き風間・水沼らが予選リーグで敗退した時代でした…隔世の感があります。
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