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岩佐徹のOFF-MIKE

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「3時のあなた」出演~岩佐徹的アナウンス論42~12/05/25

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・・・つづき

「3時のあなた」


フジテレビのアナウンサーとしては、春高バレー、ワールドカップ・バレーなどの
バレーボールやフジサンケイクラシック、全米プロなどのゴルフも担当しました。
しかし、番組で忘れられないのは72年からリポーター、アシスタントで出演した
ワイドショー「3時のあなた」と佐々木信也さんの司会で1976年から再開された
「プロ野球ニュース」、78年から4年間、最ものめり込んだ「大リーグ中継」です。

60年代から70年代にかけて、いわゆる“ワイドショー”が花盛りでした。
テレビ朝日が元NHKの木島則夫さんの司会でモーニングショーを成功させたのに
刺激されて、フジテレビでも65年から、やはり元NHKの小川宏さんを引き抜いて
朝のワイドショーをスタートさせました。このときアシスタントに抜擢されたのが
入社3年目の同期、露木茂です。
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続いて、68年には「3時のあなた」が始まりました。
野間脩平、永島信道、須田哲夫、逸見政孝、浪久圭司…が高峰三枝子、山口淑子、
森光子、扇千景、久我美子といった女優さんとコンビを組んで活躍しました。
若い方には想像できないでしょうが、かつては放送休止、その後も古い映画などで
“お茶をにごしていた”時間帯に登場したこの番組は、視聴者に受けました。
大女優たちがスクリーンとは違う一面を見せたからです。

同時に、“当時としては”イケメンを起用したアシスタントのアナウンサーたちも
人気者になりました。
人気はともかく、会社の内外で“画面に多く登場するのがいいアナウンサー”だと
見られているように思えて、“10年でやっと一人前”と言われるスポーツ・アナを
目指していた私の気持ちは微妙にゆれました。ハハハ。
そんなとき、「3時…」の水曜日のアシスタントだったタレントがケガをしたので、
その代役として出ろという指示がありました。1972年3月のことです。

代打は2回で終わりでしたが、なぜか司会の芳村真理さんやスタッフの受けがよく、
間もなく私をリポーターとするコーナーがスタートし、翌73年4月からは正式に
アシスタント昇格となりました。
その1年前、グアム島で28年ぶりに発見された“旧日本兵”、横井庄一さん帰国の
模様をリポートしました。到着した病院前から「あ、来ました、来ました!」と
実況風にしゃべったのが受けたそうです。何が幸いするか分かりません。ハハハ。
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モデル、女優を経験したあと 小川さん、露木とトリオで「小川宏ショー」の司会を
つとめたこともある芳村さんは頭の回転が速く カンは鋭く、一緒に仕事をしていて
気持ちのいい女性でしたが、残念ながら1年で交代になってしまいました。

芳村さんの場合に限らず、一緒に仕事をしていた人が番組から外れるのを見るのは
つらいものですが、作り手の側は常に新しい素材を求めているために、司会者や
解説者の交代が周期的に行われるのは避けられません。しかも、必ず 噂が先行して
流れるため、気持ちが顔に出やすい私はそういう方たちと目を合わせるのがとても
苦痛でした。ごまかせないからです。ハハハ。

74年春、まだ寒かったころです。プロデユーサーから「今度は藤純子さんが司会を
することになった。君には引き続き手伝ってもらうが、これからお父上のところへ
挨拶に行くので一緒に来てくれ」との話がありました。
お父上とは、ご主人、尾上菊之助(現菊五郎)の父、尾上梅幸さんのことです。 
大阪歌舞伎座に出演中だったため、私たちは大阪に向いました。
前後のことはあまり覚えていないのに、ふたつのことはとてもよく覚えています。

まず、歌舞伎座近くの果物屋で桐箱に入った最高級メロンを二つ買い、ひとつずつ、
手にして「まるで討ち入りに成功した四十七士みたいだな」とひそかに苦笑いながら
歌舞伎座に向ったこと。
もう一つは、楽屋に通され、鏡の前で化粧中だった尾上梅幸さんの背中に向かって、
畳にこすりつけんばかりに頭を下げたプロデューサーが、出演を認めていただいた
お礼を述べたあと口にした一言でした。
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「ご家名を傷つけるようなことは、決して致しません」
…ななめ後ろで同じように頭を下げながら 頭の中に「!」がいくつも浮かびました。
歌舞伎界での梅幸丈の偉大さを知りませんでしたし、たしかに、“藤純子”は当時の
スーパースターでしたが、「緋牡丹…」などの東映映画は見たことがなかったのです。
おおげさなプロデューサーの言葉を聞いて「これはエライことになったぞ」。ハハハ。

つづく・・・
by toruiwa2010 | 2012-05-26 11:01 | 岩佐徹的アナウンス論 | Comments(4)
Commented by ヤップンヤン at 2012-05-26 15:05 x
当時、気持ちの揺れた岩佐さんは、そのアシスタントの仕事をしてみて「俺に向いてるかもしれない」、もしくは「やっぱりスポーツ実況がいいなぁ」のどちらだったのでしょうか?
Commented by toruiwa2010 at 2012-05-26 15:50
ヤップンヤンさん、こんにちは。

それはいずれ・・・ハハハ。
アナウンサーもサラリーマンですから
やれと言われたことを拒むことはできないのです。
Commented by shin555 at 2012-05-26 17:23 x
桐箱入りメロンと「ご家名」のお話
何度拝見しても私の頭の中にも、!が浮かびます♪
もしも、ななめ後ろで頭を下げているのが私だったら
ああ、芳村さん、なんて思ったかも(笑)
藤純子さんの武勇伝(?)もお聞かせいただけるのでしょうか♪
Commented by toruiwa2010 at 2012-05-26 19:29
shin555さん、こんばんは。

芳村さんも懐かしいです。
純子さんの武勇伝・・・と言えるかどうか、
明日の記事に少し出てきます。
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