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岩佐徹のOFF-MIKE

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ゴルフ中継&勘三郎~懐かしさと気がかりと~12/06/19

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USオープンを見た

06/18朝のツイート
USオープン最終日:放送開始前に公式HPを見ると
タイガーは前半で+5を叩いていた!
チャージを期待したがそんなに簡単ではないんだね。w。
昨日爆発しなかったからなあ。トップを争っていれば
こんなゴルフはしないのだろうに、まったく恐ろしい
スポーツだ。


ゴルフの取材は懐かしい。“中継”じゃなくて“取材”だ。
1960年代には関東に所属する選手たちの月例会などを取材しに行っていた。まだ
中村寅吉や小野光一、林由郎たちが現役だったころ、つまり、日本プロゴルフの
黎明期と言ってもいい大昔の話だ。千葉、埼玉、栃木あたりの中学を出てそのまま
地元のゴルフ場にキャディとして入り、働きながらプレーを覚えた人が多かった。
記者の囲み取材では方言丸出しだから分かりづらかったが、人間味丸出しで笑いが
絶えなかった。

広大なゴルフ場に選手たちが散らばってプレーする競技だから、なかなか、実際に
プレーを見ながら取材することは難しい。いまも、おそらく同じだろうが、当時の
ゴルフ担当記者は試合の間、コースに出ることは少なかった。
スポーツ紙や専門誌の記者は、それでもざっと一回りしてピン・ポジションなどを
確認していたようだが、テレビの記者は取材するホールをカメラマンに指示すると
あとはクラブハウスで雑誌やテレビを見て過ごしていた。上位の選手が上がって
くると、ロビーの一角にあるソファに呼びだして話を聞く、というスタイルだった。
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たとえば、70年代になって、尾崎将司と並んで頭角を現してきた青木功の場合は
こんな具合だった。
そのころの青木は強い我孫子なまりで話すやんちゃ坊主で頭も丸刈りだった。
古参の記者が、「じゃあ、まず、ホールごとに使用クラブからお願いします」と
声をかけるとおもむろに青木が話し出す。

「オッケー、1番はドライバー、スプーンで左奥3メートル半。2パット。2番は
ドライバーが左ラフ、4番アイアンでピンの真下2メートル、スライスを1パット、
バーディ。3番ショート。アゲインストだったから5番で打って右のバンカー。
1メートルに寄せて1パット…」と、各ホールを説明するのだった。
メモなどはいっさい見ずにスラスラとよどみなく、18ホールを振り返る彼に舌を
巻いたものだ。もっとも、こちらは、終わったばかりのホールのストローク数さえ
思い出すのに苦労するヘボ・プレーヤーだから参考にはならないが。ハハハ。

ゴルフの中継は朝が早い。終わったあとの会見を取材し、翌日のスケジュールが
出るのを待ち、ホテルに戻る途中で食事をするとすぐ9時、10時になってしまう。
それから、翌日の準備だから、ベッドに入るのが遅くなって連日寝不足状態だ。
スポーツの中でもっともスタミナが求められる中継種目かもしれない。

三鷹にあった9ホールのICUのゴルフ場で何度となくプレーした経験があるほど
キャリアは古いが、練習嫌いだし、なにしろ下手だったから競技の“肝”がどこに
あるのかがよく理解できず、ゴルフ実況は一番自信がなかった。
それでも、PGA(全米プロゴルフ選手権)でタイガー・ウッズが2度優勝した試合や
ライダー・カップ(USAvsヨーロッパ)などを実況できたのはラッキーだった。
何より、気の合う仲間が多かったスタッフや解説者たちとの旅は楽しいものだった。

今回、USオープンを見たが、実況の森下アナ、解説の青木、羽川豊、戸張捷…
彼らの賑やかな旅の様子が透けて見えた。ハハハ。


中村勘三郎が…

06/18午後のツイート
難聴・・・で長く休んでいた中村勘三郎が今度は
食道がんで入院したという。手術をするのかどうか
不明だが、素人考えでは声帯への影響が心配だ。
歌舞伎というジャンルにとらわれずに活躍し、
それゆえに幅広い人気を得ていた役者だ。
なんとかこのピンチを乗り越えてほしい。


30代の半ばぐらいから右の耳が難聴だ。風邪をひいた状態で北陸の街に飛行機で
飛んだとき、気圧の変化で鼓膜が中に押し込まれてしまった。腕時計を近づけても
秒を刻む音が聞こえない。アナウンサーの試験を受けている最中だったら大きな
マイナス材料になったと思う。
声を使う仕事をしていて よく聞こえない…というのは、不安なものだ。

去年、突発性の難聴で長く休んだとき、勘三郎は将来に大きな不安を感じたはずだ。
なんとか、舞台に復帰したかと思ったら、今度は食道がんが見つかったという。
明るく親しみやすいキャラクターの持ち主でジャンルを超えて好きな役者の一人だ。
華があり、歌舞伎を身近なものにすることに大きな貢献をしている男だから、万一、
長期にわたって舞台から遠ざかることになったら、その損失は計り知れない。
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声を使う人が食道がん…と聞いたとき、真っ先に頭に浮かぶのは「手術をした場合、
声帯葉影響を受けないだろうか」という点だ。立川談志や桑田佳祐のように見事に
復活する人もいるが、多くはそのまま表舞台から姿を消してしまう。
息子の中村勘九郎襲名披露公演もあるし、来年の春には歌舞伎座がリニューアル・
オープンの予定だから、ゆっくり療養をと言ってもそんな気分ではないだろう。

いずれ手術ということになったようだ。その成功と好漢の自重を切に望みたい。
by toruiwa2010 | 2012-06-19 09:07 | 岩佐徹的考察 | Comments(2)
Commented by カズちゃん at 2012-06-20 09:08 x
ユーロ2004では、スウェーデン代表ラーションのヘディングゴールもすばらしかったですね。一度、代表を引退したものの、大会前に復帰して、しかもゴール。岩佐さんがその試合を実況していたと思いますが、今も鮮明に覚えています。
Commented by toruiwa2010 at 2012-06-20 09:13
カズちゃんさん、こんにちは。

あのゴールは実況した中でトップ10に入ります。
クロスが入った瞬間にゴールの予感がありました。
ウソつけ。ハハハ。
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