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岩佐徹のOFF-MIKE

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外国人の名前の読み方~岩佐徹的アナウンス論57~07/15

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・・・つづき

WOWOW営業放送開始


1991年4月から本放送が始まりました。
局の愛称も“WOWOW”と決まりました。
いまではかなり広く認知されていますが、はじめは「なに、それ?」という反応が
多かったのは事実です。社内でもそうでしたから。
しかし、開局する2年ほど前から30才代を中心に多数の若者が中途採用されて、
社内の雰囲気もずいぶん変わり、劇的に若返っていました。
それまでは株主からの出向者が多く、平均年齢も高かったですから、そのままの
社員構成だったら“WOWOW”は採用されなかったでしょう。ハハハ。

私はといえば、本放送直前の3月中旬から“長い旅”に出ました。
まず マイク・タイソンとドノバン・ラドックのヘビー級ボクシングを実況するため
アメリカ・ラスベガスへ。
終わると、ロサンゼルスからパリ経由でオーストリアのウイーンに飛びました。
アイスホッケー世界選手権Bプールに出場する日本チームに合流するためでした。
そこから、チームとともにユーゴのリュブリアナ(今はスロベニアの首都)に行き、
およそ2週間で日本戦7試合を収録、さらにフィンランドのヘルシンキに移って、
ひとつ上のランクのAプールを、やはり2週間で10試合収録しました。
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旅は、3月13日出発、5月7日帰国で、トータル56日間でした。
フジテレビ時代の'79年に打ち立てた大リーグ中継のための100日&80日間には
遠く及びませんが、私の長期出張記録の3位にランクされています。

アイスホッケー世界選手権

アイスホッケーの実況にはだいぶ慣れてきてはいても、見慣れた日本リーグなら
選手も大体頭に入っているから問題ないのですが、いざ、海外のチームが集まる
こういう大きなトーナメントでは、選手名を覚えるのもかなり大変です。
まず、読み方です。
'90年の時は収録まで時間がたっぷりありましたから、帰国後、在京の大使館の
協力で解決できました。しかし、91年はメンバーが分かるのが現地に入ってから
ですから、この手は通用しません。
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アイスホッケーは北欧や東欧圏が強く、アルファベットだけ見ても、どう読めば
いいのかさっぱり分からない名前が並んでいます。ハハハ。
練習場やホテルに押しかけて、そのチームの関係者と思われる人たちを探し出し、
「Anybody speaks English?」と話しかけました。
「どなたか、英語を話す方はいませんか?」のつもりで、長く言っているんですが、
正しいでしょうかね。今さら、違うと言われても遅いですが。ハハハ。

北欧には英語がぺらぺらの人が多いですから、簡単に見つかりますが、そのころの
東欧の人たちは英語を話すのが悪いことのように、目をそむけるので困りました。
なんとか“話が通じる”程度に話せる人を見つけると、メンバー表を見せて発音を
確かめる作業に移ります。相手が言うことをカタカナに置き換えるのです。
しかし、確かに「レズニチェク」と聞こえるのに「レズニチェク?」と聞き返すと、
彼らにはまったく別の音に聞こえるのでしょう、首を振って「レズニチェク」…。
その繰り返しで、22人の選手名をチェックするのには時間と忍耐が必要でした。
ハハハ。

覚え込む作業

こうして出来上がったメンバー表を、今度は頭の中に叩き込みます。
この競技は選手がフェース・マスクつきのヘルメットをかぶってプレーしますから、
顔で選手を見分けることはできません、ゼッケン番号がたよりです。
試合の前日は、時間さえあれば、番号とセットで「2番カールソン、3番ヨンソン、
4番リドストロム、5番スティルマン、6番ヨハンソン、7番セダーストロム、
8番ケンホルト、9番ルンドクイスト、11番エクルンド、12番ルーブ、13番…と
ホテルの部屋を歩き回りながら、繰り返し繰り返し、呪文のように唱えて行って
覚えこむのです。

Bプールで収録するときは、一方が必ず日本チームでした。これは全部頭に入って
いますから、まだよかったのですが、外国チーム同士が戦うAプールではこれを
2チーム分やらなければならず、大変なプレッシャーがありました。
しかし、何度目かのチャレンジで見事に両チームの選手名がミスなく口に出して
言えたときには、「やったぜ」と、一人ガッツポーズをしてしまうほどの満足感が
ありました。ハハハ。
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この競技でさらに厄介なのは、メンバーチェンジです。
まず、GK(ゴーリー)以外の20人が 3人のフォワードと2人のディフェンスで
4組ずつの“ライン”を作ります。力が上の方から 第1ライン、第2ライン…と
呼ばれ、試合の中でいつ交代してもかまわないルールです。
監督は先手をとったり、相手の動きに合わせたりしながら 次々にラインをリンクに
送り出していくのです。

普通は、第1ライン同士、第2ライン同士が対戦しますが、ときには 戦略的に
相手の「第1ライン」にあえて「第2ライン」を当てたり、あるいは、ラインを
構成する選手を組み変えたりすることがあって、気を許せません。
しかも、あらゆる競技の中で最もスピーディーな動きでプレーは続いていますから、
試合中はまったく神経が休まるときがありませんでした。

しかし、鮮やかにパスがつながってゴールが生まれたときは、ゲットした選手と
同じような快感があります。たぶん…ですが。
ただし、ゴールの描写を失敗すると「やっちゃったよ」となってしまいますけどね。
ハハハ。

つづく・・・
by toruiwa2010 | 2012-07-15 07:41 | 岩佐徹的アナウンス論 | Comments(5)
Commented by 赤ぽん at 2012-07-15 10:14 x
岩佐さん、こんにちは。

スポーツ担当アナの仕事で、相当難易度の高い種目でしょうね?アイスホッケーは。
文面からも相当なご苦労が偲ばれます。

現地の方との発音の確認…私も昔ギリシャで少し英語のできる人をつかまえては
現地の「謎の表記文字」であるギリシャ語の発音を学習したことがあります。
コチラの発音が悪いのか?!確かに同じ発音をしているつもりでも答えは必ず
「NO! 〇〇」 これにはもう苦笑いしかありませんでした。

そしてなにより人名を覚える記憶力!私が世界史が嫌いだった理由は
人名が長く、しかもなじみがなかったからですがw  
やはりさすが岩佐さんですね!(少しヨイショ?!w)
Commented by toruiwa2010 at 2012-07-15 10:35
赤ぽんサン、こんにちは。

選手名以外で苦労したのは大好きな歌手、
Anne Murrayです。NYのタワーレコードで
どんなにそれっぽく言っても通じませんでした。
紙に書いてようやく分かってもらいましたが。

テニスの選手のように「マリー」と言えば
案外通じたのでしょうかね。ハハハ。
Commented by ヤップンヤン at 2012-07-15 20:12 x
私にとってのアイスホッケーは、NHKの西田善夫氏のだったのですが、岩佐さんの実況をぜひ聞いてみたかったです。
Commented by toruiwa2010 at 2012-07-15 20:22
ヤップンヤンさん、こんばんは。

日本リーグ、国土計画と王子製紙の
試合には興奮しましたが、世界のレベルは
はるかに上でした。ハハハ。
Commented by ヤップンヤン at 2012-07-15 20:32 x
はるか上、そう思います。
90年代初頭ですと、日本ではグレツキーやルミューのプレーを見る機会すらないですから、日本のレベルが世界的にどの位置にあるのかなんて知る由もありませんでした。
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