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岩佐徹のOFF-MIKE

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憧れのアナウンサー~岩佐徹的アナウンス論66~12/08/12

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・・・つづき

73回:1358日間の海外出張


[9]は、記憶していることが少ないです。
カールスバーグ・カップは組織・運営が悪くて苦労したことは覚えていますが。
参加国がどこで何時から練習しているかがまったく分からず、取材はできない、
かと言って、大会から提供される資料も不十分なもので汗をかきました。
あとは、真夏のメルボルンから寒いホンコンに移って、風邪を引かないように気を
使ったことと、食通で香港にも詳しい信藤さんの案内で、毎日のようにおいしい
ものをたくさん食べたことぐらいしか記憶がありません。ある意味、贅沢な旅。
ハハハ。

10位にランクイン?しているゴルフ~テニス~サッカーは、日数は短い代わりに、
このリストの中で、唯一の3種目を中継する“満腹”の旅になりました。
ゴルフからテニスは間が1週間あったし、長くやっているテニスがあとですから
どうということはないのですが、問題はテニスからサッカーでした。

8月12日、ゴルフ中継のためにケンタッキー州ルイビルに向けて日本を出発する
段階ではユベントスのチャンピオンズ・リーグ開幕戦を現地からやることだけは
決まっていましたが、ドローの前ですから相手がどこになるかは分かりません。
出発の段階で持参できるのはユベントスの資料だけでした。
「(相手が)分かりやすいチームになりますように」と祈りながらドローを待つと、
そううまく行くはずもなく相手はハンブルガーSV、一度も見たことがなかった
ドイツのチームと決まりました。

「なんとか試合のテープを入手してアメリカに送ってほしい」と東京に頼む一方で、
紙の資料も集め始めました。そのために、安いプリンターも手に入れて、せっせと
インターネットを探し回りました。
…ご想像通り、ハンブルガーSVの試合のビデオは入手できず、資料もいいものが
集まりません。さらに悪いことにテニスの終盤で風邪を引いてしまいました。

私は風邪を引くと、ノドをやられる傾向があるため、急遽、これまた安い加湿器を
買ってホテルの部屋と放送席で使いました。テニス中継で仕事が終わるのなら、
それで十分でしたが、あとにテニス以上にノドを使うサッカーが控えていたため、
プロデユーサーに頼んで終盤の負担をいつもより軽くしてもらいました。
結果として、若いアナウンサーの負担が増えてしまい、申し訳なかったのですが、
私は「WOWOWとしてのベストは何か」を考えてそうしてもらったのです。

周りに迷惑をかけつつ、なんとかテニスを乗り切ってニューヨークを出発したのは、
最終日の翌日の夜でした。テニスは天候の影響を受けるので、もし決勝が月曜日に
ずれ込んだ場合、それをしゃべり終えてからでも乗れる便を選んでおいたのです。
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アムステルダム経由でハンブルクに着き、ホテルで 先行していたクルーや解説の
信藤さんと合流したのは火曜日の昼ごろでした。試合は翌日の夜です。
その日の夜、食事をしながら「テープは見られなかったし、たいした資料がなくて
ちょっと不安だなあ」と話しつつ、内心は「スタンドでしゃべるわけだから」と、
そう心配はしていなかったのです。

翌朝、食事をしようと部屋を出た時、ドアノブにはさんであった紙が落ちました。
新聞かなと思いましたが、違います。拾い上げて確かめると、ホテル備え付けの
便箋7、8枚にHSVのフォーメーションや練習を見た感想などが書かれていました。
字は、明らかに信藤さんのものでした。前夜、相当召し上がっていたはずなのに、
部屋に戻ってからかなりの時間をかけて書いて下さったのです。
とても感激したことは言うまでもありません。しかも、あとで聞くと、私が朝食を
とりながら、ありがたくそのメモを読んでいた午前7時すぎにはもうホテル周辺を
走っていたというのです。カッコよさに呆然でした。ハハハ。

切れ目なしに3種目をこなすのは 特に海外の場合、準備の面で厳しいです。
同時にアナウンサーでないと分からないかもしれない大きな楽しみもあります。
それは、1種目の中継が終わる度に、不要になった資料をゴミ箱に叩き込む快感が
味わえることです。
一般の人には想像もつかないでしょうが、その爽快感たるや…。ハハハ。

…2005年、全米オープン・テニスの実況を終えて帰国したとき、WOWOWでの
海外出張は73回を数え、延べ日数は1358日間に及びました。世話になったのは
17年間ですが、そのうちの丸4年近くを海外で過ごしたことになります。
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憧れのアナウンサー

現役のころは、目標にしたアナウンサーや憧れたアナウンサーについてよく質問を
受けました。突っ張っていた若いころは「特にいません」と答えたものです。
年齢を重ね、スポーツ・アナウンサーとしての経験を積んでからは、「ああ、オレは
意識しないまま、この人を目標にしていたんだなあ」と気づいた先輩はいました。

現在もおそらくそうだと思いますが、私が育ったフジテレビのアナウンス部には、
アナウンサーを“型にはめない”伝統がありました。
私も、先輩たちからああしろ、こうしろと細かく言われた記憶がまったくありません。
あとになって言い方が悪かったと反省しましたが、正直に「これまで、誰の影響も
受けていない」と言って、ネット局の先輩たちから「生意気だ」と顰蹙を買った
ことがあります。
思い返せば、むやみに興奮せず、事実を伝えていく小篠菊雄先輩のスタイルが、
無意識のうちに私の実況のベースになっていたとは思います。

テレビ放送も60年近い歴史を重ねてくると、完全にオリジナルな実況スタイルは、
そう簡単には作れませんし、誰もが知らず知らずに先輩のいいところを少しずつ
取り入れているのです。
しかし、私の場合、少なくとも、「この人のここがいいから、マネをしよう」と、
意識してやったことはありませんでした。意地もあるし、「マネはマネで終わって
しまうから」という気持ちもあったでしょう。

岡田実(元NHK)&深沢弘(元ニッポン放送)

そんな私が「うまいなあ」とほとほと感心し、強く憧れたアナウンサーの一人は
元NHKの岡田実さんです。明るくて歯切れのいい声質、正確な描写、ゲームの
ポイントに迫る分析力、どれをとっても一級品でした。
野球、ラグビー、テニスの放送がとくに好きでしたが、私がプロになったあとも
目標になる大先輩でした。NHKを辞められたあとは、テレビ神奈川などで仕事を
続けておられた関係で顔が合うことも多く、そのたびにアドバイスをいただいたり、
はげましていただいたりしました。
あれだけ実況に風格があって、しかも、“大NHKの看板”がなくなっても十分に
通用するアナウンサーはもう出ないだろうと思うほどの見事なアナウンサーでした。

もう一人は元ニッポン放送の深沢弘先輩です。
私は、いいスポーツ・アナの条件はさわやかさ、テンポ、スピード感、正確さ、
そして、“ちょっとしたユーモア”があることだと思い、自分もでそういう実況を
目指して努力して来ましたが、深沢アナはこれを見事にクリアーしていました。

最も難しいのは“ちょっとしたユーモア”でしょう。
思わず、くすっと笑ってしまうような、そんなユーモアが実況のスパイスとして
いい効果をあげると思うのです。この点、深沢さんは見事でした。
プロ野球には、長く、深くかかわっていただけに、古い面白話もよくご存知ですし、
実況を聞いていて、思わず笑ってしまうことが何度もありました。
活躍の舞台がほとんどラジオだったのは残念です。テレビで実況されるのを聞いて
みたかったと思います。

スカリー&コッセル

「おまけ」として、ヴィン・スカリーさんをあげておきましょう。
83歳ですが、今でもドジャースの専属アナウンサーです。
野球についての知識は抜群、ドジャースは勿論、メジャー全体の歴史にも詳しく、
その豊富な“ひきだし”から、TPOを心得た話題が、明るい声と軽妙なしゃべりで
提供されるのですから、ファンの間での人気は絶大です。
あるとき、ベンチのラソーダ監督が横を向いて何かを言ったところが映ったとき、
「今、トミーはブルペンに準備をさせるよう、コーチに命じました」と言うのを
聞いてビックリしました。
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彼は読唇術(唇の動きで何を言っているかを読み取る術)ができるのだそうです。
彼のアナウンサーとしての能力とは関係がないでしょうが、とにかくこの人は別格、
私にとっては岡田さんと深沢さんを合わせたような存在で、副音声で彼の柔らかく
ベルベットのような声を聞くのはメジャーを見る楽しみの一つです。

オマケついでにもう一人、70-80年代にアメリカに滞在されたことがある人なら、
ハワード・コッセルを覚えていらっしゃるかもしれません。
“名アナ”というより“名物アナ”と呼ぶべきでしょう。
若いころからそうだったのかどうか分かりませんが、初めて彼を知った70年代の
終わりには、“歯に衣着せぬ”毒舌で有名でした。

ボクシング実況で鳴らしたころには、モハメド・アリの絶大な信頼を得ていました。
兵役を拒否したアリが孤立したときにも単独インタビューができた男です。
発言に遠慮がないために喝采と怒りを同時に買う傾向があって、当時アメリカでは、
「もっとも好かれ、かつ最も嫌われているアナウンサー」と、言われていました。

残念なことに、私が彼の存在を知ったころはすでに晩年で、野球、フットボールの
放送では実況を若手に任せ、折を見てごく短い、しかし、とても印象的・効果的な
フレーズで試合の状況や経過を総括する役割を果たしていました。
これまでの日本のスポーツ中継にはない“ポジション”でしたから、WOWOWで
“晩年”に差しかかったころには「第一号を目指してみようか」と思わないでも
ありませんでした。そのためには、広い知識とボキャブラリーが必要ですから、
口で言うほど簡単なことではありませんが。ハハハ。

好かれることの難しさ

このように、憧れのアナウンサーはいました。
しかし、多くの同業者がおそらく「同感」と言うと思いますが、アナウンサーは、
なかなか「彼にはかなわない」とは言わない“人種”です。
「いいけど、自分には自分のやり方があって、その点では決して負けない」と思う、
あるいは思いたいものなのです。その負けん気こそが私たちを支えていると考えて
もらってもいいと思います。ハハハ。

どちらにしても、野球で首位打者やホームラン王を決めるようにアナウンサーの
ランクを決めることは不可能です。数字に置き換えることが出来ないからです。
特にスポーツの場合、たとえばAチームを応援している人は、仮にそれが事実でも、
Aチームについてネガティブなことを言うアナにはいい点を与えないでしょう。

どちらのチームについてもいいことしか言わない放送など無理ですし、やれても
面白い放送にはならないはずです。つまり、“万人”から共感を得るアナウンスは
きわめて難しく、結局は見る人個々の好みが、大きなウェイトを占めます。
そして、視聴者の6割か7割がいいと思うか、不満を感じなければ、それはいい
アナウンサーと呼んでいいのだと私は考えています。

それでも合格点が取れるアナウンサーは、そうたくさんはいないと思います。
だらだらとメリハリのないしゃべり、声を聞いていると疲れる、解説者の領域に
踏み込んでしまう、集めた資料をしゃべりたがる、知識をひけらかす、正確だが
面白くない、今回のオリンピックの実況陣にも何人かいる、自分が納得できれば
それでいいと思っている…理由はいろいろですが、どこかで視聴者の不満を招き、
どうしても合格点がもらえない。いやいやいや、因果で難しい商売です。ハハハ。

「アナウンス論」を続けるには、少し整理しなければいけません。
しばらく、週末は”原則”休みます。ご了承ください。

by toruiwa2010 | 2012-08-12 07:31 | 岩佐徹的アナウンス論 | Comments(4)
Commented by S_NISHIKAWA at 2012-08-12 08:53 x
深沢弘さんのお名前が出てくるとは思っていなかったので、思わず、コメントをさせていただいています。
深沢さんには1998年から2000年までの3年間、CS衛星放送のDIRECTV(既に会社清算されてしまいましたが)で、大変お世話になりました。
YOKOHAMAベイサイドTVというテレビ神奈川の番組を中心に放送するチャンネルの中で、ベイスターズ戦の実況(tvkの音声差し替え)をお願いしておりました。
当時私は編成で「営報システム」の管理者という完全にバックヤードだったのですが、会社がなくなるという発表があった数日後、深沢さんに道でばったりお会いしたときに暖かい言葉をかけていただいたことを今でも覚えています。
先日、スポーツニュースの映像で、後ろに映り込んでおられる深沢さんを拝見し、今どうしておられるのかなー、と思っていたところでした。
Commented by toruiwa2010 at 2012-08-12 09:40
S_NISHIKAWAさん、こんにちは。

毎年、プロ野球の新人選手を集めたセミナーで
インタビュうーへの対応などをレクチャーしているようですね。
底抜けに明るい声のアナでした。
Commented by デルボンバー at 2012-08-12 10:21 x
やはりラジオよりテレビの方がステイタスが上、となるんでしょうね。でも深沢さんはラジオのほうが“はまって”らしたのでは?特に江本さんとの掛け合いが個人的には大好きでしたが。ご本人はどう思ってらっしゃるんでしょうね。
Commented by toruiwa2010 at 2012-08-12 10:35
デルボンバーさん、こんにちは。

クオリティは別ですが、世間的には触れるチャンスが多い
テレビの方を評価してしまう傾向にありますね。海外でも同じかと。
深沢さんはあえてテレビには近づかなかった・・・かもしれません。
自分には自分の世界があると。
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