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岩佐徹のOFF-MIKE

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20年が過ぎたんだ~全米オープン開幕~12/08/28

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全米オープンが開幕しています。
ナダルの欠場は私だけでなく多くのファンが残念がっていることでしょう。
しかし、膝の故障ですからハードコートは敬遠するのが賢明だと思います。
逆に、ウインブルドンで優勝し、オリンピックでも元気なところを見せ、さらに
前哨戦のシンシナティでも決勝でジョコビッチを破って優勝しているフェデラーは
目が離せません。
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個人的には、もう1人、オリンピックで金メダルをとったマレーに注目しています。
長い間、期待にこたえられず、苦しんだ挙句に、地元開催のオリンピックという
ビッグステージで優勝したことは大きな意味を持つはずです。
ただし、この優勝だけではダメです。次の期待は本当に“化ける”かどうかです。
注文は厳しいのです。ハハハ。

舞台はニューヨーク。世界中で一番好きな街ですから、WOWOWを離れたあとも
毎年この時期になると落ち着きません。いろいろなことが思い出されるからです。

私がいた頃は マンハッタンのほぼ真ん中、レキシントン通りと48丁目の角にある
インター・コンチネンタルによく泊まりました。オフィシャル・ホテルでしたから、
アガシなどのビッグネームも泊まっていました。運がよければ、食事に出かける
クルニコワやシャラポワとエレベーターで一緒になることもあって、そんなときは
テンションが上がったものです。ハハハ。
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街なかにあって、5番街などに出かけたり、なじみの本屋や日本食の店に行ったり
するのにも便利でしたから、このホテルはお気に入りでした。
ただし、大きな欠点がありました。
まず、レストランが高すぎること。これは、周辺に総菜屋がたくさんありますから
大した問題ではなかったのですが、もう一つの電話代が高いことは頭痛の種でした。

1995年、50代のなかばを過ぎて初めて、コンピューターと向かい合いましたが、
ノートパソコンを持ち歩くようになったのは1990年代の終盤でした。
そのころは、どんなホテルでもネットができるという時代ではありませんでした。
プロデューサーが海外出張の滞在先を探すとき、“ネット接続可能”を必須条件に
してもらっていたほどです。今では想像もつかない話でしょう。

そして、電話代が高いことはそのままネット料金が高いことを意味していました。
実況アナウンサーにとって情報収集のためのネットは不可欠になっていましたから、
接続する時間がどうしても長くなってチェックアウトで 目の球が飛び出すほどの
金額を請求されたものです。会社持ちですけどね。ハハハ。

このホテルの料金システムでは 最初の10分が1ドル、それを過ぎると1分につき
10セントずつ加算されることになっていました。初めのころは“20分まで1ドル”
でしたから、ほんの数年で2倍になったわけです。私のように、仕事をするときは
インターネットに長くつなぐのが癖になっている者にとっては厳しい環境でした。
頭にきて 最後のころは、ストップ・ウォッチと“にらめっこ”でやっていました。
19分を過ぎると一度切って、またつなぐのです。マシンの調子によっては切断が
間に合わないこともあって、さらに頭に来たりしました。ハハハ。

待ち合わせの時間にはうるさいほうですが、ぎりぎりまでネットを見ているので
テニスのときは、集合時間にやっと間に合うということがしばしばでした。
今なら、おそらく放送席に持ち込むアナもいるでしょう。私なら そうします。
最新の情報を見逃したくないですもの。

WOWOWが初めて全米オープンを中継したのは1992年です。
柳さんの推薦で解説に加わった坂本真一さんが、初日にIDを忘れ、気づいたのが
大渋滞の中を出発して角を二つ曲がったあとでした。車ごとホテルに戻っていると
スタッフの会場入りが遅れてしまいます。「申し訳ないけど、IDを持って自分で
会場まで来て下さい」と言い渡して、放り出しました。お話はゆったりしてますが、
ああ見えて“そそっかしい”のです。今回は大丈夫でしょうね。ハハハ。
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              坂本さんのフェースブックから拝借:伊藤竜馬と

思い出は尽きません。いろいろありました。

全豪は、たぶん買い手がいなくてWOWOWに持ち込まれたのでしょう。全仏は
テレビ東京が“持ちぐされ”状態の衛星の権利を譲ってくれました。同じように、
全米もWOWOWがTBSから 彼らには用がない衛星の権利を買ったのです。
私の印象では、当時のTBSは全米オープン・テニスを“持て余して”いました。
もともと、彼らが中継を続けていたのも、ゴルフのマスターズと“抱き合わせ”
だったからです。身も蓋もない話ですが。ハハハ。

両方の権利を持っていた代理店から「マスターズをやりたければテニスも買え。
そのかわり、スポンサーは見つけてくるから」と言われていたようです。
“スポンサー持ち込み”は有難かったでしょうが、ゲストまで連れてきていました。
私が初めて行った1992年は前年に続いて長嶋茂雄さんでした。
失礼ですが、長嶋さんはテニスをほとんど知りません。かなり”とんちんかん”な
発言をして実況アナを困らせていたようです。ハハハ。

私は、会うのが数年ぶりでしたから嬉しかったです。ただし、TBSと棟続きの
WOWOWの控室に入ってきた長嶋さんが右手を差し出しながら「やあやあやあ、
お久しぶり、イワサキさん」と言ったときにはずっこけそうになりました。
挨拶するときに相手の名前を言うのは長嶋さん流の“優しさ”ですが、このときは
ちょっと残念でした。ハハハ。

ホテルは、たしか改装したばかりのヒルトンでしたが、えらい目に会いました。
ダニに食われたのです。それも、上半身を何箇所も…。一番タチが悪かったのは、
ワイシャツの襟でも隠れない首筋に、三つ並んだ“痕跡”でした。それはまるで、
オリオン座のようでした。ハハハ。

専門医に診てもらい、処方された薬を塗ると劇的にかゆみは収まりました。
その軟膏“Temovate”は私の強力な味方になりました。なにしろ、蚊に刺されると
何日もかゆかったのに、この薬を塗るとすぐに消えるのですから。
数年がたち、“使用期限”が気になり始めました。全米オープンのたびに探しました。
Temovateそのものは処方箋がなければ買えませんから、NYのドラッグストアで
効用の似たものを教えてもらって手に入れましたが、効き目がまるで違いました。
風邪薬、痛み止め、下痢や嘔吐の薬…アメリカの薬品は効き目が強烈です。本当は、
その分、副作用も警戒する必要があるのですが、“背に腹はかえられない”のです。
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…結果として、Temovateは今もまだ、岩佐家の“薬局”にあって活躍しています。
購入から20年が過ぎましたが、“死ぬまで大丈夫な”量が残っています。ハハハ。

*Temovateの件はArchiveで1年前にも書いていました。すみません。
 だいぶ前だったと思っていました。記憶が・・・。ハハハ。

by toruiwa2010 | 2012-08-28 07:57 | テニス | Comments(0)
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