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岩佐徹のOFF-MIKE

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コートを去る2人~クライシュテルス&ロディック~12/09/04

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09/01のツイート

クライシュテルスが去った。
ツアーで最も「普通」の女性だった。
彼女にグラフやセレナのメンタリティが
あったらすごい選手になったはずだが
今の幸せはつかめなかったかも。
いい母親になるだろう。
ロディックも今大会限りだ。精神面が
ダメだったね。
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“普通”の女性だった


2001年全仏で初のグランドスラム決勝進出を果たしたクライシュテルスの試合を
実況した。柳恵誌郎さんと組んで男子の試合を担当することが多く、女子の決勝は
制作者の“胸三寸”で(ハハハ)やったりやらなかったりだった。
1995から99年全豪までは担当していたが、99年の全仏は“お休み”した。
2人解説にするのが納得できなかったのだ。理由が分からないし、いい放送にする
自信がなかったので、プロデューサーと話し合って降ろしてもらった。
言い分はあったにしても、陰で“天皇”と呼ばれたわけだ。ハハハ。

グラフとセレスの準決勝はプロデューサーに泣きつかれたのでやったが、決勝が
グラフvsヒンギスになったときは、こちらが泣きたい思いで断った。2人解説は
変わらないと言うし、「決勝を担当してもらう」と言われて準備をしてきた後輩の
体面・プライドも考えたのだ。天皇が後輩を思う…この矛盾。ハハハ。
…ヒンギスの振る舞いとグラフの逆転優勝で歴史に残る試合になった。
年末に“テニス・スペシャル”として再放送する際には、一人実況で録り直した。
そんな経緯もあって、その年の全米から再び、男女とも決勝は私が担当した。
おかげで、このクライシュテルスの初のGS決勝も実況できたのだ。

これもいい試合だった。たぶん、今でも全仏決勝の最長時間試合だと思う。
相手は、この年がキャリアの中でもベスト・シーズンになったカプリアティだった。

Capriati d.Clijsters 16/64/12-10

クライシュテルスにも勝機はあったが、ものにできず、カプリアティに敗れ去った。
さぞかし悔しい思いをしていることだろうと思いつつのぞいた会見でずっこけた。
「もちろんガッカリしてるけど、どちらかが負けるわけで、たまたま今日はそれが
私だったってこと。まだチャンスはあるし、それが来年のローランギャロスかも
知れないし、他のグランスラムかもしれないわ」

よく言えば 潔いのだが、プロとしてはいかがなものか?という意見も多かった。
しかし、その後少しずつ変化を見せていった。2005全仏4回戦でダベンポートに
敗れたあとの会見ではかなり感情をむき出しにしているのを見て「よしっ」と思った。
人柄のよさにほれ込んで、ひそかに応援していたからだ。ハハハ。
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勝負にこだわるようになった彼女はこの年の全米でついに初めてのビッグ・タイトルを
手にしたのだった。
結婚し、引退したあと母としてコートに戻り、グランドスラムでさらに3勝した。
驚きのスプリットと強烈なフォア…それ以前に、女性としての魅力があった。

可愛いさかりの子どもさんといかにも優しそうな旦那さんに囲まれて幸多い人生を
送ってほしいと思う。好きだったスポーツ選手には感謝とともに、常にそう願う。


One Slam Wonder

クライシュテルスが初めてのグランドスラム決勝に進出した2001年、小生意気な
アメリカ少年がローランギャロスに登場した。アンディ・ロディックだ。
サンプラス、アガシ、クーリエ、チャン、マーチン…と、実力選手を輩出したあと、
しばらく空白の時代が続いていたアメリカにひさしぶりで出てきた有望選手として
話題が先行していた。
強力なサーブを武器に“ネクスト・サンプラス”と呼ばれていた。

これは紹介すべきだろうとWOWOWも彼に独占インタビューを申し込んだ。
本人は言われるままだったのだろうが、周りがOKをくれた。
しかし、カメラのスタンバイをする間、イスにだらしなく腰を下ろした彼は帽子の
ひさしを深く下げ、頭の後ろで両手を組んで、自分のスタッフに「ねえ、なんで、
こんな(日本のテレビの)インタビューを受けなきゃいけないの?」と話しかけて
いたのを、我々の女性コーディネーターは聞き逃さなかった。ハハハ。
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「絶対に応援するもんか、あんな奴」…控室に戻ってもまだ怒りがおさまらない
彼女の話を聞いて、「たしかに、小生意気なガキだ」と思った。
しかし、まだ18歳だった。それでなくても、行く先々で大きな期待をかけられ、
負ければ負けたで言いたいことを言われていた。ふてぶてしい態度はその大きな
プレッシャーをはねのけるための、精いっぱいのゼスチャーなのかもしれないと
考え直したことを思い出す。

久しぶりに現れた、スケールの大きな新鋭のプレーは粗削りだが、魅力があった。
アメリカ・メディアさえ、彼を語るとき、「生意気」を意味するいくつかの単語を
つけていた。しかし、アメリカのテニス界にとってはまさに“救世主”だったから、
ロディックは大事に扱われた。
全米オープンのオーダー・オブ・プレー(試合日程)にもそれは露骨に表れていた。
彼の試合はほとんどすべてがナイト・マッチとして組まれたのだ。
8月末のニューヨークはまだ暑い。男子の試合は3時間、4時間に及ぶが、真昼の
30度を超える中と、日が落ちたあととでは消耗度が違う。3試合、4試合と続けば
フェアとは言えない。もちろん、クレームもついたが、テレビの強い要望もあって
トーナメント側が、それを変えることはなかった。結果として、私の記憶の中に、
日差しがいっぱいに差し込むセンターコートでプレーするロディックの姿はない。

期待の大きさにくらべて成長は遅かった。根拠がないとしか思えない自信ばかりが
先行していたが、2003年の夏に大きな転機が訪れた。
全仏敗退のあと、「このままじゃいけない、変わらなければ」と考えたロディックは
自らブラッド・ギルバートに電話をして、コーチのオファーをした。ギルバートは
かつて、アガシをいくつものGSタイトルに導いた男だ。

どんな魔法をギルバートが使ったのか分からないが、安定しなかったロディックの
テニスを変え、直後のウィンブルドンでベスト4のあと、アメリカのハードコート・
シーズンを快進撃させ、全米オープンの優勝にも導いた。ロディックは、念願の
グランドスラムのタイトルを手に入れただけでなく、年間最終ランキングで1位に
輝いたのだった。

しかし、“蜜月”は長く続かず、2人は袂を分かつことになる。
たしかではないが、ギルバートの報酬をめぐって決裂したのではないかと想像する。
希望する額を払えばよかったのだと強く思う。ロディックの“急成長”は明らかに
ギルバートの手腕だった。彼が持っているものをすべて吸収し尽くして自分の力が
確立するまでは“投資”だと考えればよかったのだ。
取り巻きも悪かったのだろうが、ギルバートを切ったロディックはその後 二度と
グランドスラムのタイトルに手が届かなかった。チャンスはあったが、そのとき
関係者席にギルバートはいなかった。

マイケル・チャン、リカルド・クライチェク、ゴラン・イバニセビッチ…男子で
生涯に一つしかグランドスラムを獲れなかった選手をOne Slam Wonderと呼ぶが、
このままだと、ロディックもその系譜に名前を連ねることになる。
最大の理由はフェデラーの存在だと思う。通算対戦成績は3勝21敗だが、特に、
グランドスラムでは8戦全敗、ウィンブルドン決勝では3度も邪魔をされた。

「こっちはキッチンの流し台を投げつけたつもりだったけど、
相手はバスルームに行って戻ってきたら浴槽を投げ返してきたよ」

…2004年ウィンブルドン決勝で敗れたあと、ロディックは絶望的にそう言った。
「精一杯やったけど、どうにもならなかった」という空気が伝わるコメントだった。

リベンジの機会はあと一度だけ残されている。
アンディ、積年の恨みを晴らしたければ、決勝まで行くしかないぜ。
by toruiwa2010 | 2012-09-04 07:54 | テニス | Comments(8)
Commented by tom☆ at 2012-09-04 13:09 x
4年前彼目当てに有明まで出掛けて、サインを頂いちゃいました♪
生意気だけど憎めない・好きな選手のひとりでした、引退は寂しいです。
リベンジまでの道のりも相当険しいですね。。

クライシュテルスの方は本人が幸せそうなので、素直に祝福するのみです☆

Commented by toruiwa2010 at 2012-09-04 13:48
tom☆さん、こんにちは。

ロディック・・・
「生意気」は必ずしもも悪いことではないんですが、
あのサーブを生かしきれませんでした。
もったいない話だと思います。
Commented by ケイ at 2012-09-04 20:28 x
今朝は2002年全豪の準決勝、セレスとヒンギスの試合を
岩佐さんの実況で落ち着いて楽しめました。
なつかしい~。
やっぱり岩佐さんの間がとてもいいですよね。
知的なおしゃべりで解説をされていたのは
どなただったのでしょうか?
最近、プレゼンターでグランドスラムに姿を見せた
セレスさんがとてもエレガントで綺麗だったのが
嬉しかった私です。
Commented by toruiwa2010 at 2012-09-04 20:31
ケイさん、こんばんは。

知的なおしゃべりで解説を・・・
それはおそらく遠藤愛さんだと思います。
私も彼女と組むのが好きでした。
Commented by しょう at 2012-09-05 09:25 x
岩佐さん、こんにちは。
ロディックには良いイメージがありませんでした。
相手を威嚇するような場面を何度が目にしたことがあります。
あれは、精神面の弱さの裏返しだったのでしょうか。

デルポトロとの対戦が今行われています。
弱さの裏返し的な行動は見られませんし、プレー内容も素晴らしいです。
もう一度優勝したい、という気迫が伝わってきます。
Commented by toruiwa2010 at 2012-09-05 10:18
しょうサン、こんにちは。

精神面の弱さの裏返し・・・
私にもそう見えます。

闘争あいんの示し方を間違って
学んでしまった気も・・・。
Commented by N at 2013-08-18 11:12 x
こんにちは。
ロディックはもう去年引退してたんですね・・・
知っていれば絶対に試合を観たんですけど。残念です。
それにしても「One Slam Wonder」なんてメディアって冷酷!!
一度栄冠を掴み取るだけでもどんなにか大変でしょうし、素晴らしいことだと思うのに。
それに、あのときの震えるような感動は今も覚えています。

独特のユーモアとなんといってもあのサーブは大好きでした。顔もかっこよかったし(笑)
キッチンの流し台と浴槽なんて!!
絶望的だったのかもしれませんが、表現のユニークさにパソコンの前で声を上げて笑ってしまいました(笑)

ご紹介ありがとうございます。
私、岩佐さんのアラカルトも大好きでした。
Commented by toruiwa2010 at 2013-08-18 13:20
Nさん、こんにちは。

デビューしたころは小生意気な奴でしたけどね。ハハハ。
ウィンブルドンは一度勝たせたやりたかったですね。
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