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岩佐徹のOFF-MIKE

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突然、襲った“スランプ”~岩佐徹的アナウンス論72~09/09

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古い話になりますが、2010ワールド・カップのオランダ戦…
誰もが認める実力の差を考えると、完膚なきまでにやられると思いながら見ました。
しかし、サムライ・ブルー…じゃなかった、日本はよくやりました。
善戦、健闘。一般紙の代表ともいえる朝日新聞が一面トップで“惜敗”と見出しを
つけたのも納得です。

開始から10分ごろ、データを見ると、ボール支配率が83-17!!
いくら力が違っても、いくら立ち上がりの短い時間だと言っても、こんな数字は
めったに出てくるものではありません。繰り返し“オレンジ軍団”が日本ゴールに
襲いかかりました。
ハーフタイムでアムステルダム市民が「日本はよく組織されていた」と喝破して
いました。日本らしい組織的な守備があったからこその“0-1”だったのでしょう。
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試合中、オランダのコーチ、フランク・デブールが画面に映るたびに落ち着かない
気分になりました。40数年に及ぶ私の実況人生の中でたった一度の“スランプ”に
おちいらせた男だからです。

フランク・デブールの思い出

2000年5月、UCL-SF、バルセロナvsバレンシアの現地からの中継でした。
1998-99シーズンを最後に 看板のセリエAの放映権を失った WOWOWにとって
残されたサッカーのコンテンツはチャンピオンズ・リーグだけでした。しかし、
私は番組のプロデューサーと折り合いが悪く、実況には加わっていませんでした。
またかよ。ハハハ。

99年5月下旬にセリエA最終節をペルージャで実況して全仏の開幕日にパリに
滑りこんだ“カッコイイ”(ハハハ)話は先日書いたばかりですが、その日を最後に
サッカーの実況からは遠ざかっていました。スポーツ部長から「ユーロ2000は
やってほしい」という話があったとき、「分かった。それならUCLもやらせろ」と
ねじ込んで、この年の3月からしゃべり始めていたのです。

UCLも準々決勝まではoff tubeでの実況でしたが、準決勝からは現地からです。
しかも、このとき私に割り当てられたのはバルセロナvsバレンシアでした。
憧れのカンプノウに行けるのです!胸が躍りました。
「あそこの放送席は、結構、厳しいですよー」…後輩アナのアドバイス兼脅しを
背中に出かけました。
現地について放送席に行ってみると、確かにセンターラインからかなりずれていて、
しかも、経験したことがないほど高い位置にありました。

そして、この試合で私は今思い出しても悔しい大きなミスをすることになります。
バルセロナの得点者、3人のうち2人(デブール、コクー)を間違えたのです!
1点目はともかく、2点目のゴールのあと、チームメイトに祝福されるコクーの
アップが画面に現れたときには、イヤーな汗が出たことを思い出します。ハハハ。
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それからしばらくはサッカーの実況に自信が持てませんでした。
「また、やるのではないか?」と思うと“こわい”のです。
ブルペンでストレートのコントロールがままならないピッチャーや、練習で得意の
位置からのフリー・キックが狙ったところに飛ばないときのサッカー選手はやはり
不安だろうと思いますが、それと同じです。レベルはだいぶ違いますが。ハハハ。

WOWOWは1995年1月から 衛星で送られてくる映像だけが頼りのoff tube で
セリエAのナマ中継をスタートさせました。VTRでさえ 選手を識別するのが
大変でしたから、初めは「それは無茶だ」と思いましたが、すぐに慣れました。
50代の後半だった私は、記憶力はよくないのにボール・タッチする選手を言うのは
比較的 得意でした。そして、実況では、意識的に選手名を連呼していました。

テレビのスポーツ中継を構成するのは映像と音声です。そして、音声はプレーの
描写、つまりいわゆる実況のほかに、解説者の話や場内の歓声・拍手を含みます。
解説者とのやり取りが長くなったり、情報を長々と紹介したりすると、音声部分が
単調になります。そこで、テンポを変えるために、あえて選手名を連呼したのです。
放送に変化を持たせるための一つのテクニックです。

プレート描写の時差

ところが、60歳を過ぎた(1998年)ころから、私自身に変化が出てきました。
特にサッカーなどスピーディーに展開する競技で、目が認識したプレーや選手の
名前を言葉にするまでに時間がかかるようになりました。
名前を言ったときには、次の選手にボールが渡っていたり、それをカバーしようと
急ぎすぎて間違えたりすることが増え、視聴者からお叱りを受ける事が増えました。
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ファーサイドでフリーだった選手にボールが渡ってシュート、そのままゴールなら
間違えることも少ないのですが、ペナルティ・エリアの中で混戦になり“誰か”の
頭や足でゴールが生まれたときが問題です。バルセロナでの痛恨のミスもそういう
“混沌”の中で起きました。カンプノウの悲劇。ハハハ。

その時点で35年も実況していたのですから、“ごまかし方”は知っていました。
とりあえず「ゴール、バルセロナ先制!」と言っておいて、手元のモニター画面に
ゴールゲッターの顔がアップになるのを待てばいいのです。せいぜい10秒待てば
分かることです。頭では、分かっているのです。
しかし、プロとしてのプライドが邪魔をします。少しでも早く言いたい、という
気持ちを抑えられないのです。その結果、確信もないままに「*#@%&!!」と、
違う選手の名前を叫んでしまったのです。ハハハ。

ヘッドセットをつけて、実況席につくのが怖い…私の“スランプ”は、しばらく
続きました。最初で最後の経験でした。

「岩佐爺は衰えた」とネット上で指摘されるようになったのはそのころです。
否定はできませんでした。若いころは、苦労せずに、自分で納得できるフレーズが
頭に浮かんだり、プレーの描写や、ボールを持つ選手の名前を言えたりしたのに、
すべてが少しずつ遅れ始めました。頭の中ではどう表現すべきか分かっていても、
言葉にするのに時間がかかるようになったのです。その事実をつきつけられるのは
かなりつらいことでした。ほかのことは努力で補えますが、年齢による“劣化”は
どうあがいても、いかんともしがたいからです。

どんな仕事にもその仕事ならではの“スランプ”があるはずです。
いきなり襲ってきて、解決法は簡単に見つからない、厄介なシチュエーションです。

ベンチで腕組みするデブール(中央)を見ながら、思いは15年前に飛んでいました。
by toruiwa2010 | 2012-09-09 07:22 | 岩佐徹的アナウンス論 | Comments(0)
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