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岩佐徹のOFF-MIKE

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野球実況:一歩、また一歩~岩佐徹的アナウンス論78~09/29

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1979年2月のある日、私は豊田泰光さんと並んで
ホノルル・スタジアムの放送席にいました。
この年から新たにスタートした西武ライオンズが
ブラデントンでのキャンプを打ち上げて日本に帰る
途中、ここでメジャーのサンディエゴ・パドレスと
オープン戦を戦ったのです。
私はそのあとメジャーのキャンプを取材するために
アメリカ本土に向かう途中でした。
西武グループがクラウンライターから球団を買収し
本拠地も九州から所沢に移したライオンズは親会社の
豊富な資金を使って、多くのチームがほしがっていた
松沼博久・雅之の兄弟をセットで獲得していました。
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その試合で松沼兄弟が投げたことは覚えていますが、「どちらが先だったかな?」と
記憶をたどっても思い出せません。70年代終盤の話ですから、私には無理です。
2008年の春先、幕張のマリンスタジアムで解説者の“兄やん”こと松沼博久さんに
会いました。29年ぶりです。野球実況“復活途上”の私は、翌日初めてコンビを
組んで実況する予定でした。名刺を渡して挨拶をすると、「名前は聞いていましたが、
プロ野球ニュースで接点がありましたっけ?」と聞かれました。
「なかったと思います。でも、松沼さんがホノルルでのオープン戦で投げたのを
実況しました。そういう接点はあります」と答えました。

翌日もその話になり、ラジオの解説で来ていた弟の雅之さんも加わってしばらく
思い出話に花が咲きました。少しでも会話が途切れると誰かが「30年かあ」という
言葉を口にしました。感慨をこめて。
当時の私はアナウンサー生活17年目を迎えるところでした。分野は違いますが、
立派な実績を残してすでに現役を退き、今は解説者として仕事をしている彼らと、
ブランクをはさみながら、まだ現役を続ける私…「思えば遠くに来たもんだ」です。

誕生したばかりの球団に入団し、プロとして第1歩を踏み出した記念の試合なのに、
どちらが先発だったかをハッキリとは思い出せませんでした。2人とも…。
私が覚えていないのは当然でしょう。ハハハ。
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オープン戦3試合で“肩(舌?)慣らし”をしたあと、3月28日のオリックス戦、
4月16日の楽天戦、23日の西武戦までテレビの実況を3試合“消化”しました。
ペースがつかめないまま終わった1回目、自分では70点と採点した2回目…
3回目は、もう少しいい放送をしたかったのですが、やはり、70点を上回る実況は
できていませんでした。

話の合間に入る“まあ”をもっと減らすこと。
文章の切れ目で、母音を引きずらないこと。(「○○ですから あー」など)
テンポとテンションを前回までより10%アップすること。

“気をつけること”として、この3点を小さなメモ用紙に書いて持参しました。
録画を見て気になったからです。放送中も目につくところにおいておきました。
よちよち歩きの子供と同じですから体裁を構ってなどいられません。ハハハ。
初めの二つは実況の部分ではなく、解説者との会話のときなどに多く見られます。
考えがまとまらないまましゃべり出すからです。
聞きづらいので、訓練を受けたアナウンサーとしては出来るだけ減らしたいのです。
少しは改善されたと思いますが、もっと減らさなければいけません。

そして、がっくり来たのは 相変わらず、つまらない間違いが多いことです。
ネット中継の部分だったので気がゆるんでいたのか、ランナーは一人だったのに
二人いたかのようにしゃべっていました。気がついたとき、愕然としました。
バッターのスイングにだまされてストレートなのに「すとーんと落ちました」と
描写しました。スローが出たとき、穴があったら入りたい気分でした。ハハハ。

栗山がボテボテのゴロで塁に出たとき、ヒットかエラーかを知ろうと、放送席に
やがて流れてくるはずの公式記録員の声を待ちながら「さあ、ヒットでしょうか、
エラーでしょうか」とつないでいたのですが、ビデオを見ると、すでにカメラは
スコアボードの“H”(ヒット)を映し出していました。穴があったら…。ハハハ。

ベンチの中でバレンタイン監督と話しているコーチの名前も間違えました。
モニターを見るタイミングが遅く、すぐに画面が切り替わったのが原因でしたが、
言い訳にはなりません。言わなければいいのですから。ハハハ。
一度、“オリオンズ”と、昔の球団名を言いそうになったこともあります。
気づけばいいのですが、この種類の間違いは気づかないことが多いので困ります。

こんな具合で、すべてが“手の内”に収まっている感覚だったテニスにくらべると、
「去年のマリーンズがどうだったか?」も分かっていない状況は不安でした。
常に「どこかで収拾がつかないようなミスをやるのではないか」という“恐怖”と
背中合わせなのです。こわいでっせ。ハハハ。
この気持ちは同業者ならともかく、一般の方にはたぶん、ご理解願えないでしょう。

たとえば、試合のあとのダイジェストを見ながら話すところで、ゴロをバントと
間違えて松沼さんを困らせるミスもありました。重なると、解説者の信頼をいます。
MLB解説のT田だったら返事をしてくれなくなったでしょう。ハハハ。

そんな状態でも、このころは、いずれ“調子”は元に戻ると思っていました。
関係者が時間をも与えてくれれば、「何とかなるかな」と感じていました。
“時間”がどれぐらいかが問題ですが。ハハハ。
by toruiwa2010 | 2012-09-29 07:23 | 岩佐徹的アナウンス論 | Comments(0)
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