ブログトップ | ログイン

岩佐徹のOFF-MIKE

toruiwa.exblog.jp

実況、ドラマなど放送全般、映画、スポーツ全般、 旅、食、友 etc

「Nステ」の功罪~岩佐徹的アナウンス論80~12/10/06

d0164636_9574448.jpg
2004年3月末、久米宏さんの「ニュースステーション」が終了しました。
古舘伊知郎の「報道ステーション」も視聴率が好調のようですが、「Nステ」は
一種の社会現象でした。“見ないと一日が終わらない”人が大勢いました。
“司会者”がニュース番組を切り回すという手法はそれまで日本のテレビ界には
なかったと言っていいでしょう。その司会者、久米宏が発する圧倒的なオーラ、
斬新なセット…どれをとっても、注目を集める要素を十分に持っていました。

話題になっていましたので、ライバル局の番組ではありましたが、初めのころは
よく見ていたものです。しかし、しばらくすると見なくなってしまいました。
理由のひとつは、番組の“売り”である久米個人のキャラクターや、彼が自分を
“演出する”、そのやり方に辟易してしまったからです。

才能のすばらしさは素直に認めなければいけません。
思い出すのは、今から40年近く前の若き日の彼です。たまたま乗ったタクシーの
ラジオで、名前だけは聞いていた 売り出し中の彼の声を初めて耳にしました。
永六輔司会の番組、「TBS土曜ワイド」で外回りのレポーターをやっていたのです。
短い持ち時間の中に、独特の視点からしっかり自分らしさを出したレポートでした。

この“視点”を持っていることこそ、最後まで久米宏の強さだったと思います。
レポートの原点は「その場にいなくては分からないことを伝える」です。
このことひとつをとっても、ほかのレポーターとは違っていました。
とことん研ぎ澄まされた感覚で、感じたことをそのまま自分の言葉に置き換え、
明るくテンポのいいしゃべり口でリスナーに伝えていました。
ほめすぎかも知れませんが、「こんなやつがいるんだ」と、同業他社の後輩アナに
びっくりしたのは事実です。

初めはラジオ中心に活躍していました。そこで、彼の基礎は出来上がったのだと
思います。テレビに登場すると「ぴったしかんかん」で軽妙な司会ぶりをみせ、
歌番組、「ベストテン」でも大人気でした。
その後フリーになって日テレでやった生番組「ニューススクランブル」はかなり
面白い番組でした。“リスキーな”漫才師・横山やすしとの間にうまれる緊張感と
スリルがたまらなかったのです。ハハハ。

世の中の出来事を二人がアドリブで切っていくのですが、キャラクターの見事な
コントラストと、いつ何を言い出すか分からないやすしを巧みにコントロールする
久米のワザが冴えていました。

そうした経験を集大成したものが「ニュースステーション」だったのでしょう。
ただし、はじめは、「さすがだなあ」と感じ入りました。しかし、やがて、やり方が
気になり始めました。
何よりも、「これはずるい、フェアじゃない」と思ったのは、CMに行く直前に放つ
“捨てゼリフ”でした。
d0164636_8432993.jpg
申し子といってもいいほど、「放送」を熟知しています。
CM前の10秒のカウントダウンに合わせて、ゲストの発言を否定するような一言を
“放りこむ”、あるいは、そのコーナーで話し合ったテーマについての自分の考えを
結論であるかのようにコメントすることなど、彼にとってはいとも簡単です。
海千山千の国会議員でも、口達者な評論家でも、放送の仕組みまでは分かりません。
反論しようとしてもそのときにはもうコマーシャルに入っていて、戻ったときには
別の話に移っています。
「10,9,8・・・」フロア・ディレクターが両手の指で残りの秒数を示すのに合わせて、
反論の余地を与えない絶妙のタイミングで発言するのはタチが悪いです。ハハハ。
結果として、視聴者には彼の言葉が印象深く残ることになるのです。

このことは多くの人が指摘し、批判しました。しかし、本人はいわば“確信犯”、
すべて承知の上でやっているのですから、やめる気配はありませんでした。
田英夫、筑紫哲也、俵孝太郎、木村太郎…彼以前の“大物”キャスターたちにも
見られなかったことです。
だからこそ、お茶の間の目には新鮮に映り、“アンチ久米”を上回る、熱烈な
久米ファンが生まれたのでしょう。

“ニュースの送り手は事実を伝えることに徹し、判断は視聴者に任せるべきだ”と
考えている私にとって「Nステ」の最終評価は「NO」でした。
しかし、テレビの世界にまったく新しいニュースの伝え方を示し、確立した功績は
大きなものがあります。その意味で、日本のテレビ史に久米宏の名前がしっかりと
刻まれるのは間違いありません。

大きな功績に比べればとるに足りないことですが、陰で見過ごされていることに
触れておきます。功罪の「罪」の部分です。

それは「亜流」を作ってしまったことです。
それほど影響力が大きいということですが。ハハハ。
当時のテレビ朝日には、久米とよく似たしゃべり方をするアナウンサーが何人も
いたような気がします。女性にもいましたから驚きです。
残念ながら、形は似ていても、内容もキレもまるで違います。

亜流を作ったという点では 代わって登場した古舘伊知郎にも同じことが言えます。、
偶然の一致でしょうか?二人とも、きわめつきのアクの強さが持ち味です。
だからこそ、視聴者の神経が反応するのでしょう。
今までにないスタイルを編み出して、それを「個性」にまで結晶させたところに
値打ちがあります。そして、それが人気になったり、一定の評価を受けたりすると、
若いひとが同じ方向を目指すようになるのはどの世界にも見られる現象です。

ある局で、大人気のアナウンサーが生まれると、必ずといっていいほど、それを
真似る後輩アナが現れます。なぜ、先輩、上司が注意しないのでしょうか。
形だけ真似しても、実力が伴わなければ、所詮“久米もどき”“ミニ古舘”以上には
なりえないはずなのに。

「罪」とは言っても本人にはまったく責任のない話でしたね。ハハハ。
by toruiwa2010 | 2012-10-06 08:51 | 岩佐徹的アナウンス論 | Comments(9)
Commented by S_NISHIKAWA at 2012-10-06 09:37 x
岩佐さん、御意!御意!と読みながら。
ところで、#数が1つ「先祖返り」しております。
Commented by toruiwa2010 at 2012-10-06 09:59
S_NISHIKAWAさん、有難うございます。

二つ戻っていたようです。
Commented by ローンスター at 2012-10-06 10:13 x
あるアナウンサーのフォロワーが生まれるという意味では、最近のサッカー中継で「なにかこのー」というつなぎ言葉というか間投詞というか、特段意味のないこの言葉が様々な実況者に多用されているような気がします。

これ、WOWOW時代の八塚氏が始祖ではないかと私は認識しているのですが、岩佐さんはどうお考えですか?
Commented by toruiwa2010 at 2012-10-06 10:24
ローンスターさん、こんにちは。

八塚君、確かに多かったかも。

話すこと、聞くことを探してるときですね。ハハハ。
Commented by まるーべり at 2012-10-06 20:13 x
このようにして、久米宏は語り継がれます。
Commented by うん at 2012-10-06 22:56 x
…初めのころは見ていましたが、今は全く見ていません『報ステ』。
申し訳ありませんが、この番組の古館さんが苦手です(^^;)。
Commented by toruiwa2010 at 2012-10-07 07:35
うんサン、おはようございます。

私もよほど、全ニュース番組を見たいと
思うとき以外は見ません。生理的にダメです。
Commented by ローンスター at 2012-10-07 11:25 x
そういえば、フジでF1中継を始めた当初のメイン実況者は古舘氏でした。

一番嫌だったのは、自分が安っぽく考え出したフレーズのくせに、たとえば中嶋悟のことを「納豆走法と『言われている』~」なんて描写していたことです。

そうしたセリフを聞くたび、〈誰にも「言われて」ないって。あんたが己の自己顕示欲を満たすため、いの一番に言い出したんでしょ〉と、鼻白んでおりました。

考えてみれば、テレ朝のプロレス実況時代から彼はあのスタイルでしたね。プロレスのような外連味たっぷりの対象には同じく外連味たっぷりの喋りがうまくハマッたのでしょうけど、純然たるスポーツであれをやられたのではたまりません。確か彼はマラソン中継でも古舘節全開でやって、ほどなく降ろされてしまいました。

私は、冷静なトーンの中にじわっと人間味が感じられる三宅アナの実況の時しか、F1中継を見ませんでした。
Commented by toruiwa2010 at 2012-10-07 14:41
ローンスターさん、こんにちは。

1年目は大川と野崎。
2年目は大川と関西テレビの馬場で、
古舘は3年目からです。私が反対しなければ、
2年目からやっていたはずです。ハハハ。
名前
URL
画像認証
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。