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岩佐徹のOFF-MIKE

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MLB通信簿 2012 その4~イチロー・ファンにはきついかも~12/11/13 

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B イチロー(Seattle Mariners→New York Yankees:通算12年目)
162試合  .283 (629-178) 9HR 55打点
Mariners  95試合 .261 (402-105) 4HR
Yankees  67試合 .322 (227- 73) 5HR


今シーズンのイチローは選手生活で最もアップダウンの激しい1年を送った。
シアトル時代はC、ヤンキースに移ってからの活躍はA…トータルの評価はBだ。

“激動の1年”はすでに去年から始まっていたと言っていいだろう。

2011年6月10日をイチローがどんな思いで過ごしたか。
シーズン半ばに、自分の意志ではなく監督の指示で欠場することになった日だ。
例年になく好調な滑り出しだったのに5月に入ると急ブレーキがかかり .210しか
打てなかった。2三振したある日の彼の表情は“心ここにあらず”に見えた。
この試合のあと、監督に呼ばれて休養を告げられた。
このときのイチローは、5月1日から“欠場”する前日までの35試合の打率が
.189 (143打数27安打) だったことを思うと、監督の決断は当然だ。
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効果は歴然だった。
戦列に復帰すると11試合連続安打、47打数20安打、4割2分6厘と打ちまくった。
しかし、長続きせず、連続試合安打中にマークした2割7分9厘に再び届くことは
ないままシーズンを終え、10年続いていたシーズン200安打の記録も止まった。

私には200安打への異常なこだわりがバッティングを狂わせたのだと見えた。
単純には言えないが、最後の35試合でフォアボールが4個(シーズン:39個)…
終盤の彼がどれだけヒットをほしがっていたかが分かる。
同じ期間の21三振もシーズン全体の数字(69)にくらべてバランスが悪すぎる。
その結果、出塁率は.310…トップバッターとしてはみじめな数字に終わった。

去年の通信簿には「200安打できなかったのは“朗報”かもしれない」と書いた。
“呪縛”から解放され、本来のイチローに戻る可能性が十分だと思ったからだ。
プライドの高い彼のことだから、200本安打が途切れた次の年にものすごいことを
やってのけるのではないかと、ずっと考えていた。だから、シーズン終了の時点で
2012年はかなりいい結果を出しそうな気がしていた。
もっと言えば、記録が途切れたことを大きな区切りとして、優勝のチャンスがある
ビッグ・チームに移ってワールド・チャンピオンを目指してほしいと願っていた。
サッカーの長友がインテルに、香川がマンUに移ったように。
個人記録としてはとてつもなく立派なものを残したのだから、まだ力があるうちに
野球人としての“高み”を制覇してこそ男じゃないかと。


2011年オフ、ウェッジ監督がイチローの打順を変える可能性を明かした。
「まだ何番を打たせるか決めていない。彼にもそのことを理解してもらいたい。
ベストの9人を正しい打順で使って できるだけ多く点が取れるようにしたい。
1番イチローがいいと思えばそうするし3番がいいと思えば…」と。

イチローを3番に…という話はこれまでにもあった。マリナーズの打線を見れば
当然の議論だ。しかし、歴代監督は実行に踏み切れなかった。“証拠”はないが、
イチローが嫌がったのだと思う。
“休養”も“3番”も打席数の減少につながり200安打達成が難しくなるからだ。

記録が途切れたのは 本人はもちろん、ファンにとっても痛恨の出来事だっただろう。
しかし、ものは考えようだ。
イチローの存在がマリナーズの中でも“きわめて特別”ではなくなった。
“特別”ではあっても…。
それは必ずしも不幸を意味しない。監督と“イチロー”の関係が 監督と“普通の
主力選手”の関係になるからだ。つまり、監督が扱いやすくなったわけだ。
チームには大きなプラスだ。
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そして、3番に座るイチローが変わることへの期待もあった。
1番を打っているときの仕事は塁に出ることだった。今度は走者を返すのが仕事だ。
“連続”が切れたことに加えて、打席数が減ることで200安打への強いこだわりは
減るはずだからフォアボールも増えるのではないか。
満塁のときの4割9厘をはじめ 得点圏打率のいい彼が打席に立つときファンの
楽しみは大幅にアップする。
“吹っ切れた”イチローはすごいことをやるかもしれないとひそかに思っていた。

ただし、不安な材料もあった。
去年のイチローは“衰え”が忍び寄っていることを露呈していた。
走・攻・守のあらゆる場面での 数センチ、数ミリずつの誤差が積み重なると成績も
下がっていく。悲しいかな、節制や鍛錬でカバーすることはできない。

そんな不安はあっても、2012年シーズンが始まるときは、それを大きく上回る
期待感があった。
年間を通して3番を打つとして.320 20-25HR 100打点 をクリアしてほしい…
それが開幕時に私が考えたイチローの“ノルマ”だった。
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日本での開幕シリーズ 2試合を楽しんでプレーしていた。
「自分が打てなくてもチームが勝てば嬉しい、という気持にはなれない」と
語ったことがある男に笑顔があった。幸先よし。ハハハ。

まずまずのスタートかと思っていやが、5月に入って間もなく彼のバットからは
快音が聞かれなくなった。出塁率も悪かったし打点も伸びなかった。
5月最後の試合は休養を命じられた。52試合、2割7分1厘、1HR 17打点だった。


06/02のツイート

開幕54試合目でウエッジ監督が認めた。
イチローの3番は失敗だったと。
うまく行くと思ったが案外だった。
ヒットが出ない、チャンスで打てない、HRも
出ない…ないないづくしは“3番だから”とは
思えない。1番でもここまで3-0だ。衰えか?


1試合休んでラインナップに戻ったイチローに監督は“3番落第”の判断を下した。
トップに戻った2試合目で2打席連続ホームランを放ったときは、ウエッジ監督も
キツネにつままれた思いだったに違いない。「なんで、今?」ハハハ。
ただし、「僕の場所だと思う」と語る住み慣れたトップに戻って、気分的にはかなり
すっきりしたはずなのに、思ったほど調子は上がらなかった。

上がらないどころか、久しぶりに1番に戻った最初の15試合はまったく打てず
通算打率は2割5分5厘まで落ちた。しかも、フォアボールはゼロだったから、
この間の打率と出塁率が同じ(.205)という“世にも奇妙な”結果になった。
このころのイチローからはグラウンドで覇気を感じなかった。NHKでたまに聞く
主音声ではヒットを打つたびに「さすがだ」とほめまくっていた。
ダメなところをダメと言わないから誤った選手像がファンの中に植えつけられる。
選手にもファンにも不幸なことだ。

つづく・・・
by toruiwa2010 | 2012-11-13 08:53 | メジャー&野球全般 | Comments(0)
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