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岩佐徹のOFF-MIKE

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宮根誠司part 2~岩佐徹的アナウンス論100~12/12/08

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この数ヶ月間を見ると“アナウンス論”から寄り道している感じがありますが、
過去に書いたアナウンサー&アナウンスにかかわる記事をここにまとめたいという
思惑があるからです。ご容赦ください。
この記事が100本目になります。我ながらよくぞ頑張りました。
できるだけ年内にこの傾向に歯止めをかけ、1月からは新しいシリーズに移ろうと
考えています。もう少しご辛抱を。ハハハ。

宮根誠司については「アナウンス論91」でも書きましたが、今日は“続編”です。

「Mrサンデー」のMCとして東京での本格的活動を始めたのは2010年の春でした。
不思議なキャラクターの持主です。なかなかいいなと思うときがあるかと思えば、
これはなんだ?と首をかしげるときもあります。そのせいか、目論見ほど(たぶん)
仕事は回ってきていないようです。私の評価もまだ定まっていません。
諸事情があって“2010年春”を選んだのでしょうが、印象としては、もう少し、
“助走”の時間をとった方がよかったのではないかと思います。

イメージはじゃがいも…どうでしょうか?
ほっこりと温かくて、マッシュポテトのように“ツブシ”がききそう。ハハハ。
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くどいようですが、なぜ、「ミヤネ屋」とほぼ同じ趣向の「Mrサンデー」のような
番組を出発点に選んだのかがいまだに分かりません。
満を持しての東京進出なら“別の宮根”を見せるべきだったと思います。
それでも彼が出たことによって視聴率が上がればよかったのでしょうが、今でも
10%前後で、伊藤アナが仕切っていた前番組と少しも変わりません。

91にも書いた通り、やわらかい関西弁を使ってテレビに登場し、成功を収めたのは、
今東光、高坂正尭、高田好胤といった“文化人”たちでした。続いて、少しずつ、
芸人・芸能人たちが上京するようになりました。“草分け”的な存在は、笑福亭仁鶴、
桂三枝あたりでしょうか。

彼らが成功すると、“二匹目”、“三匹目”のどじょうを狙って我も我もと、東京に
集まってきました。中には、テレビで働く私たちでさえ名前を聞いたことがない
タレントもいました。ものの見事に“進出”に失敗した2人の芸人さんが脳裏に
よみがえります。月亭八方とぜんじろうです。

私はまったく違和感がありませんが、一般的に言うと、東京人は関西弁を聞くと、
“しつこさ”や“品のなさ”を感じてなんとなく抵抗があるようです。
では、その抵抗を突破して“こてこて”の関西弁を話しながら東京で“成功”した
芸人・タレントたちの秘密は何か?
難しいですが、どこかに“可愛さ”を持った人が多かったように思います。
ほっしゃん。などがその典型でしょう。

八方は同じタイプだと思いましたが、うまくいかず、さっさとUターンしました。
己を知る。ハハハ。“上岡竜太郎の一番弟子”が売りだったぜんじろうは、まったく
通用せず、あっという間に消えて行きました。今どこに?

宮根は、どちらかといえば、“ごつごつ”していて“野暮ったい”顔をしています。
しかし、“人懐っこい”部分が可愛さにつながるかもしれません。
たぶん普通の関東人だったら、彼の第一印象は、「少し“べたつく”けど、なかなか
面白いなあ」といったところではないでしょうか。
“関西のみのもんた”と言われていたそうですが、そこまで押しつけがましくは
ないと思います。ハハハ。
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「Mrサンデー」は宮根らしさが出ていませんでした。
これでは意味がないと、すぐに見なくなりましたが、「ミヤネ屋」は見続けました。
「知りたがり」が始まってからは、微妙な関係になりました。「知りたがり」から
見始めて、苦手な某女性アナのコーナーでチャンネルを変えます。ハハハ。

見ているうちに少し評価が変わっていきました。
前に前にと“しゃしゃり出る”タイプではないし、ユーモアのセンスもいいので、
基本的な“好感度”はあるのですが、案外、“アドリブ”がきかないところや、政治・
経済など、テーマによっては知識不足を露呈する場面を見て「“ええ奴や”だけでは
厳しいぞ」と思うようになったのです。
知識があろうがなかろうが(ハハハ)、また、どんなテーマであろうが、自信満々で
かなり強引に仕切っていく辛坊やみのもんたとの差を感じました。

“悲観的”な話が多くなりましたが、明るい材料がないわけではありません。
徳光和夫が地上波から“撤退”し始めています。みのや小倉智昭は少し“時代”が
ずれてきています。先にフリーになった元日テレの福澤朗や羽鳥慎一もそれほど
幅広くは起用されていません。島田紳助が戻ってくることはないでしょう。
バラエティーを仕切る司会者については需要と供給のバランスが悪いのです。
そういう意味では“追い風”が吹いていると言っていいでしょう。
驚いたことに、フジテレビの選挙特番の司会を安藤優子と組んでやるそうです。
“勝負”に出たなあ、という感じです。きちんとこなせば評価が上がるでしょう。
安藤とどう渡り合うのか見ものですね。本番中にもめなきゃいいけど。ハハハ。
by toruiwa2010 | 2012-12-08 08:43 | 岩佐徹的アナウンス論 | Comments(2)
Commented by しぐま at 2012-12-08 19:29 x
昭和50年代から60年代初頭あたりまでは、
全国ネットのクイズやバラエティ番組の司会に使える、
関西のタレントは、せいぜい、
桂三枝さんと西川きよしさんに限られたと言えます。
この記事で岩佐さんが名前を挙げませんでしたが、
桂文珍さんは、昭和56年初頭に、
夜7時台の全国ネットのクイズ番組のメイン司会を任されながら、
関東地区の視聴率が3パーセント程度しか取れず、
3か月で打ち切りと苦杯をなめ、
昭和58年には、前年からスタートした関西ローカルの、
文珍さん司会のクイズ番組が、
日曜お昼の全国ネット枠に進出しながら、
これも関東での視聴率が振るいませんでした。
生粋の関西人タレントが、全国ネット番組の司会で結果を出すためには、
相当のキャリアや努力、苦労が必要なのは、
今も同じなのでしょうかね。
Commented by toruiwa2010 at 2012-12-08 19:52
しぐまサン、こんばんは。

私は私の持っている材料で書くだけです。
これからもそうです。
お詳しいことに感心しますが、ご自分で
ブログを始めることを勧めます。きっと
読む人は多いと思います。
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