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岩佐徹のOFF-MIKE

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近頃“早熟”なスポーツ・アナ~岩佐徹的アナウンス論102~12/12/15

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ご推察の通りです。プライドだけは高い男ですから、若いころは本当に生意気で
先輩の評判もよくありませんでした。
「誰かに教えてもらったり、誰かの真似をしたりしたことはありません」などと
公言して、系列局同業者達の顰蹙を買ったものです。
かっこつけて言ったのではなく、本当にそう思っていたのです。
ある意味“可愛い”(イタイ?)のですが、当人は気づくはずもありません。
「こいつ、テングになってやがる」と思われていたことでしょう。ハハハ。
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2489「オリンピック・アナの通信簿~オリンピックをふりかえる6~」に
書きましたが、例えば、バンクーバー・オリンピックに各局から送り出された
アナウンサーの中で、一番、がんばったのはテレビ朝日の進藤潤耶アナだった
と思います。33歳、ようやく入社12年目に入ったところでした。

ロンドンのコンソーシアムの最年少・西岡孝洋(フジテレビ)アナは36歳でした。
一昔前なら“パシリ”だったでしょうが、第一線で活躍しました。

今のスポーツ・アナは、私達の時代よりはるかに早く実戦に投入されるため、
その成長もくらべものにならないほど早くなっています。
進藤アナや西岡アナはそのいい例でしょう。
育て方がうまい…という話ではありません。素材のよさはあるでしょうが、
年を追って、若手アナの成長が早くなっているのには理由があります。
それはアナウンスに限らず、あらゆる分野に共通していると思います。

サッカーに例を取れば、“マラドーナの5人抜き”という伝説的なプレーが
ありました。当時は、そのすごさに目を見張ったものです。
しかし、今、ビデオで見ると、それほどすごいとは思いません。あの程度の
テクニックを持ったプレーヤーはメッシを筆頭に世界に数多くいるはずです。
今年の9月、ブンデス・リーガで宇佐美貴史が見せたドリブルからシュートまでの
流れを見ると、個人的にはマラドーナよりはるかにレベルが上だったと思います。

それは決してマラドーナの選手としての素晴らしさを損なうものではありません。
彼のドリブル・テクニックを真似て、子供のころから同じようなプレーを心がけ、
身につければ、彼を上回るプレーヤーに育っても少しも不思議ではないでしょう。

私が好きな映画の世界でも、同じことが言えます。
撮影のテクニック、映像のマジックや斬新な演出法は、後に続く映画人が継承し、
それを改良してひとつ上のレベルに上げていきます。その積み重ねが今の映画に
集約されて30-40年前とは比較にならない楽しさを私たちにもたらしているのです。
もちろん、古い映画にはそれなりの良さが否定されることはないし、先人が残した
功績は映画史にしっかりと記録されています。
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アナウンスも同じです。
私が「実況に関しては誰の世話にもならなかった」などと胸を張ったのはもちろん
とんでもない“勘違い”だったのです。
子供のころから、NHKラジオでスポーツ中継を聴いていました。
知らず知らず、どんな場面でどんな言葉を使って、どんな描写をするかについての
知識が脳の中に蓄積されていたのです。“無意識の訓練”は、プロになってからは、
もっと中身の濃いものになっていたはずです。

はっきりと、学ぼう、真似ようとは思っていなくても意識下で先輩たちの実況から、
自分に向くもの向かないものを取捨選択していたのです。
「世話にならなかった」などとは、口が裂けても言えないのです。ハハハ。

私たちは、スタート地点に立った時点で、20年前の先輩より進んだ知識や技術を
持っていました。それは先人たちのおかげです。
私より20年前後遅れてアナウンサーになった森下桂吉(テレビ朝日)や三宅正治
(フジテレビ)アナは私たちから多くの“財産”を受け継いで実況人生をスタート
しました。ダメダメ。否定はできないんだってば。ハハハ。
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現在20代、30代の若手アナは、さらに進んだ地点からスタートを切っています。
それを考えたら、“早熟”はむしろ当然なのかもしれません。
まるで“尺取虫”のようです。歩みが遅いように見えても、決して後退することも
停滞することもなく、常に少しずつ前進を続けます。

若い人の実況を聞いていて「えっ、まだ10年目?」、「自分が40歳のときの自分は
こんな放送は出来ていなかった」とびっくりしたり感心したりすることが多いです。
15年ほど前のことですが、一緒に仕事をした元NHKの島村アナとニューヨークや
パリのレストランで、よく“実況談義”をしました。
そんなとき、「今の若手は“達者”だよねえ」と言い合ったものです。
使う言葉、解説者とのやり取り、盛り上げ方…少しずつ変化しますが、基本的な
“型”はすでに出来上がっています。そこに、味付けをしていけばいいのですから、
達者になるはずです。

ただし、言うまでもないことですが、“達者=うまい”ではありません。
なんとなく形になっているのが“達者”であって、視聴者の邪魔にならず、感動を
共有できるアナウンスが“うまい”…でしょうか。
両者を分けるのが何か?は難しいです。私は“ハート”だと思っていますが。

何を言いたいか?
今の若手アナたちのレベルが上がっているのは事実です。
しかし、視聴者の耳も肥えています。少し達者に実況できているからと言って
決して安心してはならない、ということです。
そして、できることなら無意味な“絶叫”を競い合うのではなく、的確で視聴者の
共感が得られるような描写と内容とで勝負してほしいものです。
彼らがその気になれば、そんなに難しいことではありません。だって、“基礎”は
できているのですから。
by toruiwa2010 | 2012-12-15 09:02 | 岩佐徹的アナウンス論 | Comments(2)
Commented by デルボンバー at 2012-12-15 19:21 x
どんな分野でも言えることですよね。小手先のテクニックはだけ素晴らしくても、何かが足りない…。歴史が積み重ねられていくと、“教科書”が増えていくので、どうしても形から入っていってしまって、それが手段ではなく、目的になってしまうという…。
Commented by toruiwa2010 at 2012-12-15 19:59
デルボンバーさん、こんばんは。

初めはどうしても真似から入りますね。
そこで基礎を作って、そこから自分の型を
模索するわけです。
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