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岩佐徹のOFF-MIKE

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懐かしい昭和のスター~元旦:「徹子の部屋」SPを見た~01/05

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01/01のツイート

「徹子の部屋」SPを録画で見る。
故人が多いが、昭和の大スターが続々登場する。
その時代を生きた者にとってはたまらない映像の
オンパレードだ。トップを飾るのは石原裕次郎…
局に残っていなかったというテープを三枝夫人が
持っていたそうだ。


ひところはよく見ていた番組だが、いつの間にか見なくなってしまった。
スターを迎えてのトーク番組ではフジテレビの「スター千一夜」が人気だった。
「スタ千に出たら一人前の芸能人」と言われるほどだった。
人気の理由の一つは、当時、スターの素顔が見られる番組が少なかったからだ。
スポーツ選手を中心に1960年代後半から10数本 聞き手をつとめさせられたが、
局の看板番組だったから、担当するたびに緊張したものだ。
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開局の1959年に旭化成の提供で始まったスタ千は22年半の長寿番組になった。
スタート当初は 放送作家・三木鮎郎がやわらかな口調で聞き手をつとめていたが、
その後、当時は若手俳優だった石坂浩二や関口宏が登場して評価を得ていた。
のちに司会者としても一流になっていった その基礎はスタ千にあったと言える。

「徹子の部屋」のスタートは1976年だからスタ千とかぶったのは5年ほどだ。
ゴールデンだったスタ千に対してこちらは昼間の番組だ。
黒柳徹子は嫌いではないのだが、どうも、ここ数年のインタビューぶりはメモに
頼りすぎの傾向があり、“誘導”の仕方も露骨になっているのでこの番組を見るのが
少なくなったのだと思う。普通は聞き手がゲストより低めにポジションをとるが、
黒柳の存在が大きくなった現在では“立ち位置”が逆になっている。
気にならない人にはどうでもいいことなのだろうが、私は気になる。ハハハ。
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ただし、元旦に放送されたこのスペシャルは相手が超ビッグだからその抵抗感が
まったくなかった。むしろ、この世界で長い経歴を誇る彼女の交際範囲の広さや
人柄が生かされ、ゲストとの間に流れる空気感がとてもよかった。
その“空気感”は黒柳が作っている。スタッフが事前に話せること、話せないこと、
話したいことを十分リサーチしてあるとはいえ、スムーズに会話が運び、いい話を
引き出せるのはそのせいだ。
テクニックではなく、たぶん、黒柳は“投げやすいキャッチャー”なのだと思う。

石原裕次郎は昭和が生んだケタ違いのスーパー・スターだった。
「太陽の季節」、「狂った果実」、「錆びたナイフ」、「嵐を呼ぶ男」…高校生のころ、
彼が出た映画は全部見た。
アナウンサー研修の一環で一度だけインタビューしたことがある。のだ。
音楽番組の収録の合間を縫って話を聞いた。わなわなと膝が震えていた記憶しか
残っていない。ハハハ。

カラオケは生涯で2,3回しか行ったことがないし、行ってもほとんど歌わない。
キーが合わないし、音痴だから。
どうしても歌わなければいけない状況になったら、歌った“かもしれない”のが
裕次郎の唄でよく聞いたヒット曲「胸の振り子」だ。
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♪煙草のけむりも もつれるおもい
胸の振り子がつぶやく やさしきその名…

番組の中でも裕ちゃんは平気でタバコを吸っていた。
深みのある声で少しはにかみながら、映画にデビューしたころのこと、奥さんの
北原三枝とのなれそめなどを話す顔に煙がかかるとき、この曲を思い出した。

大病で入院していた慶応病院の屋上からファンに手を振る姿が生中継された。
フジテレビはクレーン車まで出した。そんなスターはこれからも出ないだろう。

裕次郎、長嶋茂雄と並ぶ“昭和の顔”トリオの一人は美空ひばりだ。
専門家の多くが歌のうまさを絶賛する。妻が指摘するまで私は気づかなかった。
そう思って聴き始めて、本当にうまいのだと知った。不明が恥ずかしい。ハハハ。
黒柳とは初対面だったようだが、ざっくばらんな話をしていた。30代ぐらいまでは
“傲慢”と言われることが多かったが、このときの雰囲気は良かった。
何度も“おふくろ”の話をしていた。“一卵性母子”と呼ばれるほど仲が良かった。
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森光子が「3時のあなた」の司会に起用された1回目のゲストが彼女だった。
最後に歌を歌った。手違いで1,2小節こぼれた。母親ともつれるようにスタジオを
出ていきながら「こんなこと、初めてねえ」と話していた。スタジオには森さんに
敬意を表わすために、私を含め大勢の関係者がいたが、全員がその場に凍り付いた。
ハハハ。

ひばり、江利チエミ、雪村いづみ…元祖3人娘はまさに同世代だ。
まったく同じ時代の空気の中でスターの座に上りつめた3人だが、惜しいことに
2人はあまりにも早く逝った。特にひばりは“枯れて”からの唄を聞きたかった。

森繁久彌…座談の名手だけにもっと面白い話が聞けたはずだ。間と言い、言葉の
チョイスと言い、絶妙だねこの人は。
森繁の芝居はセリフだけでなく、女優のお尻を“さらっと”触るなど、アドリブが
多いと聞いていたが、そう思って映画を見るとそれがよく分かっておかしかった。
若いころ欠かさず見た「社長シリーズ」は館内を笑いの渦に巻き込んでいたっけ。
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奇才・久世光彦が森繁の話をまとめた聞き書き、「大遺言書」も傑作だった。一時は、
そのコラムを読むだけのために週刊新潮を買ったものだ。
流れを汲んでいた小沢昭一も年末に亡くなった。
日常生活の中で起きた些細なことでも面白おかしく聞かせる、話術が巧みな人が
どんどんいなくなるのはさみしいね。

渥美清と倍賞千恵子…ファンにとっては最高に嬉しいお年玉になったと思う。
高倉健と吉永小百合は今なお現役で活躍中のスターだ。吉永は単独出演のものと
高倉と一緒だったものと2本放送されたが、どちらもいい感じだった。中年以上に
“サユリスト”が多い理由が少しだけ分かる気がした。
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嵐寛寿郎、丹波哲郎…話は面白かったが、なぜ、この二人が選ばれたのか?
長嶋も王貞治もこの番組に出ていたはずだ。ほかにも視聴者が見たいと思う大物の
テープは残っていたはずだが。
“チョイス”に不満は残るものの、正月にいいものを見せてもらった。この日は
ビデオの間をつなぐことだけだった黒柳が終始涙ぐんで話していたのが印象的だ。
きっと、思い出すことが山ほどあるのだろう。勘三郎の葬儀のときの映像見ると、
足元がおぼつかなくなっていた。たまたまならいいが、気がかりだ。
放送史の生き証人には、健康を維持してぜひ10000回を達成してほしいと思う。
by toruiwa2010 | 2013-01-05 09:50 | 放送全般 | Comments(6)
Commented by 老・ましゃこ at 2013-01-05 20:04 x
石原裕次郎さんの病院屋上の場面、今でも記憶に鮮やかです。
生還して手を振る姿に人々が喜ぶ姿!その人気の凄さ!に
正直驚いたというのが当時の感想でしたが、
それがきっかけで、石原裕次郎という人に興味を持ち、特に歌声が好きになりました♪
メロディーラインがいいなと思い、「赤いハンカチ」や「恋の街札幌」などを
カセットテープでよく聴いたことを思い出しました。
「胸の振り子」は知りませんでしたので、YOUTUBEで聴いてきました♪
さらりとした雰囲気の中、情景や胸の内が想像されて素敵な曲ですネ。
Commented by toruiwa2010 at 2013-01-05 20:19
老・ましゃこサン、こんばんは。

ついでですから、「粋な別れ」もどうぞ。
いい曲ですよ。
Commented by 老・ましゃこ at 2013-01-05 22:42 x
たびたび失礼します…こんばんは♪
YOUTUBEで聴きました…「粋な別れ」 
歌詞がクールで!歌声が優しい!です。
命…季節…恋…何れも別れるのは切なくジーンときました。
Commented by toruiwa2010 at 2013-01-06 06:59
老・ましゃこサン、裕次郎は年齢を増すにつれて
歌に味が出たように思います。
Commented by ひろ☆はっぴ at 2013-01-06 15:45 x
黒柳徹子という方は見事なスポーツ音痴だそうでして、王さんに向かってポジションを(聞く必要ないはずですが)聞こうとして言葉が出なかったので「係りは何ですか?」と聞いたそうですね。これじゃSPには出せませんよ。他のスポーツ選手に対するやり取りもこんな調子です。無理して呼ばなくてもいいのに、と思います。
Commented by toruiwa2010 at 2013-01-06 16:06
ひろ☆はっぴサン、

係りは?…いやいや、それこそ聞きたかったなあ。
ハハハ。
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