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岩佐徹のOFF-MIKE

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精神的幼さということ~体罰と指導について考えてみる~02/04

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01/30のツイート

女子柔道で監督の暴力・パワハラ告訴:
ロンドンで外国人監督の目の前でも
行われたとなると、救いようがない。
桜宮高校もこのケースも度を越えて
いるところがあるね。
長距離、球技など女子アスリートと
男性監督の関係は男性の場合より
上下関係が露骨だからなあ。


さてと。桜宮高校&女子柔道…この問題は難しい。
いや、考え方が難しいのではなく、今、世間の空気は一つの方向に激しい勢いで
流れているから、その流れと違うことを言うのはとても“難しい”という意味だ。
最近、昔からの常連さんは“引き気味”のようだ(ハハハ)が、このエントリーには
もっと違和感があるかもしれない。覚悟の上で書いていく。

もちろん、この女子柔道の件については、聞いた瞬間に「これはout」だと感じた。
選手に手を上げる行動はロンドン・オリンピックのとき、外国人監督の目の前でも
行われていたと言う。救いようがない。
桜宮高校の件も“30~40発”が事実と知ってからはやはり論外だと思った。
度を越えたもの、つまり単なる“暴力”でしかないものを容認する気はない。
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桜宮高校バスケ部キャプテンの自殺が明るみに出たあと、「“体罰”と愛のムチ
~微妙な話題だがあえて…~」を書いた。( http://bit.ly/VIx0ce )
関心が強いテーマだから、この日のアクセスは今年初めて1000件を超えた。
記事の中で、高校バレー取材の経験も書いたが、その後も長い間 スポーツの現場を
見てきた中で監督が選手を平手打ちする、ボールをぶつける、棒でたたく、蹴る…
そんなシーンはたくさんあった。高校生・中学生だけでなくプロ野球でも。
特に、長距離、ボール競技などでの女性アスリートと男性監督の間はどうしても
“上下”の関係が露骨になるから、見ていて気分のいいものではなかった。

いい例が、東京オリンピックで金メダルを獲った女子バレーボールだ。
大松博文監督に率いられた“東洋の魔女”たちだったが、その練習ぶりを見たら
今の世論なら「大松を殺せ!」「人でなし!」の大合唱になったことは間違いない。
宿敵・ソビエト(現・ロシア)に勝つには「徹底的に拾うしか方法はない」と考えた
“鬼の大松”は猛烈に選手をしごいて“回転レシーブ”を完成させた。
打ち込まれてくるボールを片手でレシーブし、そのまま体を回転させて起き上がる、
それまでにはなかったテクニックだった。

ネットの端に置かれた審判台の上に立ち、控え選手やコーチが手渡しするボールを
大松はスパイクの要領で選手に叩きつけていた。初め、拾ってはすぐ立ち上がり、
次のレシーブ態勢が取れた選手も疲れがたまってくると、構えが遅れるようになる。
捕れないことを承知で大松はボールを選手めがけて容赦なく打ち込んでいった。
途中から動けなかった選手の足、胸、背中、顔…ボールは無防備な体を叩き続けた。

多少の加減をしても、男の力で打たれたボールの威力は相当なものだったはずだ。
至近距離からだもの。 目的は「体にしみこませる」ことだ。
この間、聞くに堪えない罵声も飛ぶ。第三者が見れば、明らかな暴力だった。
伝聞ではなく、当時、バレーボールを取材した者なら誰もが知っている事実だ。
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ところが、先日、「ミヤネ屋」に電話出演した評論家・玉木正之は、「スポーツは
楽しむことが基本だ」、「昔は体罰なんて当たり前だった…は違うと思わなければ
いけない」と、相変わらずの観念論を述べたあと、こう言った。

「東京オリンピックのときの大松やレスリングの
八田監督などは手を上げることはあったと思うが、
何十発も叩いたり、シナイでたたくなどは考えられない」。


…そう、当時12歳だった玉木少年は上記のことなど、何も知らないのだ。
それとも、「それは暴力でも体罰でもない」と理由をつけて主張できるのだろうか?
八田一朗は“名物監督”として、大会の前後、マスコミが頻繁に取り上げていた。
猛獣とのにらめっこ、時差対策として、体育館に布団を敷き、あかりをつけたまま
寝かせるなど、独特の精神鍛錬を実践していた。

最も有名だったのは“剃毛(ていもう)”だ。
試合や練習の内容が悪い選手には、“体中の”毛を剃らせる罰を与えたのだ!
彼が警告として発したフレーズ「剃るぞ」にマスコミが飛びつき、彼のキャッチ
フレーズにもなっていた。これだって今の“基準”なら立派な体罰じゃないか。

玉木…どうも気に入らん。
Wikipediaには「私が日本で初めてスポーツライターと名乗った」と言っていると
書かれている。笑止千万だ。一回り以上違うからかもしれないが、取材の現場で
彼の姿を見た記憶は一切ない。日本でスポーツ評論家を名乗っている連中の中に
こう言った手合いをたくさん見受ける。“観念”だけで語るのは勘弁してほしい。

言われているように、欧米では体罰や暴力がスポーツの場に持ち込まれることは
皆無とは言わないが、考えにくい。日本では当たり前になっている。なぜか。
“国民性”と無関係ではないと思う。特に、“精神面の幼さ”と。
ドラフト会議を前にして、花巻東・大谷翔平が「メジャーに行く」と発言したとき、
「やめた方がいい」と書いた。理由の一つがそれだった。

言葉が適切かどうか分からないが、残念ながら、日本人の18歳は精神面の幼さが
否定できない。通訳や食事について不安を口にしていたのは家族だったようだが、
それは心配させる要素が大谷にあるからだろう。そんな状態でアメリカに行っても
野球どころではなかろう、と思ったのだ。

断るまでもなく、“幼い”は“劣っている”と同じではない。
勉強したわけではないから印象でしかないが、欧米人の子供たちの精神面は年齢が
低いところからかなり急なカーブで成長するのに対し、日本人の場合はゆっくりと
上昇カーブを描くのだと思う。それは成長過程の環境が違うからだ。

幼いときから寝室を別にし、学校やコミュニティで意見を言う機会が多い欧米の
子供たちは早くから自主自立の精神を身につけていく。Dignity(尊厳)も。
日本では文化的・社会的な環境の違いから、どうしても自主自立は遅れる。つまり、
自分で考え、行動するようになるのが遅くなるのだ。
親、兄や姉、教師、職場の上司、監督・コーチ…生活・仕事の現場や部活動の場で
自分より“上位・優位”にある者の指示で動くのが普通のこととして育っていく。
こうして、日本人は100年単位の時間をかけて、家庭や職場をはじめ、あらゆる
コミュニティに“上下の関係”を持ち込むことを当然と考えるようになった。
指導の場で罵声が飛び、力の行使が生まれた背景の一つだ。

さらに、個人の“尊厳”という点でも、日本と欧米では考え方に差がある気がする。
海外で生活したことはないが、仕事を通じて彼らのプライドの高さ、自分の尊厳を
傷つけられたときの“反発”の強さに驚いた経験は数えきれないほどある。
日本人なら「ま、いいか」で終わるが、自分の立場や主張をはっきりさせるまで
決して退かない。見事なものだ。これぞまさに国民性の違い…つまり、成長過程で
受ける、家庭や学校での教育に差があるのだと思う。
殴られる、理不尽な叱られ方をする…相手が監督やコーチであっても、欧米では
どちらも、そのまま通ることはないだろう。監督・教師と選手・生徒の間に上下の
関係がないからだ。

長い年月の間に出来上がったものだから、簡単にはなおらない。家庭と学校が
同じ方向を見ながら、子供の教育を考え直し、実践していく必要がある。それは
途方もなく遠い道のりになる。「国民性を変える」という話だもの。

今回の件では、さも、「私は正しい」と言わんばかりの顔で「本来、スポーツは
楽しむためのもの」論をずいぶん聞く。それなら同好会でやればすむこと。
全国大会に出たい、オリンピックで勝ちたい…なら、そんな“ヤワ”なことでは
夢は達成できない。少なくとも今の上位・優位者“依存”の体質が改まらない限り。

厳しい指導といわゆる“体罰”は紙一重だと思う。
「うまくなれるなら平手1発ぐらい問題ない」と考える本人や親も多いはずだが、
世論は「ダメダメ。全部認めない」だから始末が悪い。
どうしても“全面禁止”にしたいなら方法はある。簡単だ。
オリンピックや世界選手権には行かないと決める、中学から大学まで、全国大会や
県大会的なものを廃止するのさ。そうすれば、監督は叩いたり叱ったりしてまで
選手を、チームを強くする必要はなくなる。そして、“識者”が言う、スポーツが
本来の“楽しむもの”に戻るんだ。ハハハ。
by toruiwa2010 | 2013-02-04 09:59 | スポーツ全般 | Comments(12)
Commented by S_NISHIKAWA at 2013-02-04 10:27 x
おはようございます。
私は岩佐さん仰るとおりだと思います。
一番怖いのは、他の問題を含め、「今、世間の空気は一つの方向に激しい勢いで流れているから、その流れと違うことを言うのはとても“難しい”」という雰囲気です。
Commented by toruiwa2010 at 2013-02-04 10:37
S_NISHIKAWAさん、こんにちは。

ありがとうございます。
付和雷同型世論形成・・・ですね。
それこそ正義、それ以外は悪、という空気が怖いです。
Commented by デルボンバー at 2013-02-04 12:34 x
手を出したり、罵詈雑言浴びせたりしなくても緊張感持たせる事は出来るんじゃないですかね。女子バレーでもつい最近の柳本さんあたりまではけっこうどぎついこと言ってましたよねぇ。
Commented by toruiwa2010 at 2013-02-04 12:50
デルボンバーさん、こんにちは。

長くなったので書きませんでしたが、
自主自立の精神を身につけた子供たちは
自分で菅挙げ行動できますから、厳しい声も
体罰も要りませんが、日本人の場合、おっしゃるようなことは
難しい気がします。
Commented by えそらいろ at 2013-02-04 13:42 x
こんにちは。難しいですね。
家庭のしつけにおいても、我が子に手を上げるのはいけないという風潮ですから、この流れは仕方ないのかなと思います。

練習の中での”しごき”と、怒られたり殴られたりするのが怖いから頑張るのとは違う、と思いたいですが、岩佐さんが何度もおっしゃられているように線引きはできないのでしょうね。
そこは、指導者と選手・生徒との間の信頼関係が、きちんと築かれているかどうかにかかっているのかもしれません。
指導者は、精神的に幼い部分があるとしてもまず、選手や生徒を1人の人間として尊重した上で行動して欲しいなと思います。
Commented by toruiwa2010 at 2013-02-04 14:03
えそらいろサン、こんにちは。

いまは、線引きさえ許さないという流れになってますから
どうにもなりませんね。私が言いたいのは書いたことがすべてです。
Commented by 瀬戸の生ガキ at 2013-02-04 22:48 x
精神的に幼いのは確かだと思います。でも「幼子」じゃないことも確かなんですよね。
この騒動 子供たちもちゃんと見聞きしてるだろうし、都合のよいことだけをスポイルしなきゃいいと願ってます。

度を越えることも、一方方向だけの風潮も同じくらいの危うさだと感じてます。

トップレベルにおいても女子は難しいと痛感したのは、柔道の謝罪会見で「友達じゃないんだよと線をひく意味もあった」と。
だからって暴力はないですけど、距離感をはかるのが難しいのも事実だと思いました。
Commented by つなっぴー@リヤド at 2013-02-05 04:16 x
>日本人は100年単位の時間をかけて、家庭や職場をはじめ、あらゆるコミュニティに“上下の関係”を持ち込むことを当然と考えるようになった。

欧米との比較論、唸りました。去年長男が生まれて、できるだけ欧米型のマインドを刷り込みたいと考えてますが、日本で育てる限りは、環境的に難しいかもしれませんね。それに、かく言う私自身が、無意識に「日本型」を刷り込まれていますし。

ps:ドバイも仕事です。。
Commented by toruiwa2010 at 2013-02-05 07:24
瀬戸の生ガキさん、おはようございます。

距離感を図る…つまり互いの信頼関係と
どこで線を引くか、ですが、結局、当面は
すべてダメの線を目指すことになるのでしょうね。
Commented by toruiwa2010 at 2013-02-05 07:27
つなっぴー@リヤドサンお忙しいのですね。
やがて、そんな日々を懐かしく思い出すようになります。

帰国子女を何人か知っていますが、考え方が
日本生まれ日本育ちとは違います。
下手をすると自己主張が強くなりがちですが、
それ以外は、素晴らしいと思って見ています。
Commented by スノゥリリィ at 2013-02-07 02:04 x
岩佐さんこんばんは。
今は運動会の順位をつけるのも、やめる動きがあるのだとか?
運動神経も良くなく身体も小さかった私としては、当時もそうなら有り難い話ですが
何か違和感を覚えます。
個人を尊重というより、腫れ物に触るような教育しか出来なくなってしまったのですね。

そして確かに外国の知り合いの話を聞くと、ほんの小学生くらいの子でも
自分の意見をちゃんと主張する事が出来るようです。
Commented by toruiwa2010 at 2013-02-07 07:44
スノゥリリィサン、おはようございます。

自分の主張をはっきりさせたいとき、誇りを
傷つけられたときの欧米人の「激しさ」には
ビックリすることがよくありました。
そのように育った子供たちを相手にすると、
対応もおのずから違ったものになりますね。
日本では、時に力を使ってでも指導しないと
ダメという風潮・土壌ができていると感じます。
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