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岩佐徹のOFF-MIKE

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列島が震撼したM9.0~東日本大震災から2年が過ぎた~03/11

SNSの功罪

あの地震は2分半から3分は続いたと思う。揺れの強さは72年の人生で初めて
経験したものだったし、長さも最長だった。怖さを今も体が記憶している。
東京でそうだったのだから、東北地方の人が味わった恐怖は想像を超えている。
人的被害という点では発生が昼間だったのは幸いだったと思う。テレビで仙台市
近郊の田園地帯をかなりのスピードで走っていった津波の映像を見るにつけても、
これが夜だったらと考えるだけで身震いしたことを思い出す。
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東京・杉並:本棚から本が崩れ落ちた。
妻はすぐにバスタブに水を張り始めた。
玄関のドアを開けた。私は昼寝中だった。
すぐおさまるだろうと思ったが、72年の人生で
これだけ長い地震は経験がない。
怖いと思ったのも初めてだ。
NHKのアナもあわて気味だ。
posted at 14:56:33


記録を見ると発生から10分後に最初のツイートを投稿している。
情報を発信する、求める…TLがものすごい勢いで流れていた。そういう時代だし、
役に立つこともあるのだが、かなり錯綜していた。身の周りで起きている現象を
知らせるべくツイートするのはいいが、場所と、できれば時間を添えたい。それで
初めて意味のある情報になると、このとき思った。

ツイッターは有効な情報伝達手段だ。しかし、落とし穴もある。
情報の中には信用できないものも多かった。
「東京都台東区XXX 1-11-7 …社内サーバールームで、ラックが倒壊した。
腹部を潰され、血が流れている。痛い、誰か助けて」、「阪神淡路大地震のときは
3時間後に大きな余震があった」など、かなり悪質な書き込みがあった。
信じた人がRTで拡散した。こういう“病んでいる”としか思えない愉快犯には
つくづく呆れる。

そんな中で当時日本ハムにいたダルビッシュ有がとった行動には感心した。
オープン戦に備えて東京でトレーニングしていた彼は地震の直後からツイートを
始めたが、その文面には何もできない“もどかしさ”がにじんでいた。
そのうち、ツイッター上のつぶやきをRTし始めた。情報が有意義だと判断して
“拡散”をはかったのだ。当時でも、彼には22万人のフォロワーがいたから、
意味がある情報を広めることはフォロワーが多い自分の使命だと考えたのだろう。
隠れたファインプレーだったと思う。

たまたまTLで見たのだが、チュートリアル・徳井、AKB48/篠田…30万人以上の
フォロワーを持つタレントさん達が自発的に同様の貢献していた。ツイッターを
やっている多くの著名人が様々な形で今回の事態に対応していた。この大災害を
国全体が共有している感じだった。
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3日目だったと思うが、サンドウィッチマン・伊達が電話でテレビに出ていた。
「連絡がつかず心配している人がたくさんいる。ぜひ避難している人たちの顔を
写してあげてほしい」と話した。目からうろこだった。
家族の消息を知るために急きょツイッターを始めた人もいる。みんな、のどから
手が出るほど情報がほしいのだ。インタビューなどで、話している人だけでなく、
回りの人の顔も写す…離れ離れになっている家族や心配している友人・知人にも
確認ができる。簡単、かつ、テレビしかできないことだ。

時間の経過とともに各地を襲った津波の映像がテレビで流されるようになった。
日没後、自衛隊のヘリから撮った気仙沼市内の火災などとともに、ただただ息を
のんで見つめるだけだった。
夜になって、大部分が停電したままの被災地で闇が不安を増幅することを恐れたが、
日本人の良さが発揮された。この壊滅的な状況の中でも秩序を守る姿勢は海外から
高く称賛された。実際には、水の買い占めや心無い風評被害などいろいろあった
ようだが、被害の大きさを考えれば、その範囲で収まってほっとした。

叩かれたテレビ報道

テレビの報道はかなり叩かれていた。
誤読やお粗末な質問など、キャスターと呼ばれる人たちの力量のなさ、取材者の
被災者への接し方など基本的なことに始まり、“御用学者”の起用や偏った情報など、
報道のあり方が激しく非難を浴びた。

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カメラマンも記者もすべてが無礼な人間ばかりではないと信じたい。
現役時代、事件・事故の取材で家族・遺族にマイクを向けるとき、「ご心痛のところ
申し訳ありません」とお詫びしながらやったものだ。先輩のやり方を見ならった
ものだが、後輩たちにも伝わったはずだ。
しかし、生ならそのまま電波に乗るが、ビデオだと編集でその部分をカットされ、
放送を見ると、断りもなく、いきなりカメラやマイクを向けたように見えてしまう。

途中から、避難所の建物に入る前に「お許しを得て、入らせていただきます」と
言うようにしている局もあった。ビデオ・ライブを問わずに。
各局が抗議を受けて、デスクから現場に指示したのではないかと見る。これなら、
見るほうのストレスも減る。
飛行機事故の多かったころ、何度も取材に駆り出されたが、遺体安置場所などから
中継するときは、リポート後、そちらの方向に一礼するようにしていた。
パフォーマンスと言われても、形で表さないと、見る人には気持ちが伝わらない。
いずれにしても、“遺族”にしつこく付きまとう形の取材には疑問がある。
本当に必要かどうかを徹底的に考えてみるべきだ。
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報道姿勢を批判する声の中には、“同じ映像を何度も流すな”があった。
行き過ぎがあることは否定しないが、面白がってやっているわけではないはずだ。
津波の発生は午後3時半前後だった。最初に放送された映像を見た人にとっては、
それ以後は“2度目、3度目”だが、2度目の放送で初めて見る人もいる。
夜になって初めて見る人もいる。人々がある情報に初めて接する時間には時差が
あるのだ。朝のワイドショーで、同じニュースを短いサイクルで繰り返すのも
同じ理由による。

メディアにとっても想定外の災害だったから、混乱し取材も手探りだったのだろう。
事態が少し落ち着いてからはともかく、当初は、“よくやってくれた”と書かれて
いるのをほとんど見かけなかった。最近、“メディア・スクラム”とよく言われるが、
このときはバッシングする側も同じように徒党を組んでいるような印象があった。
“付和雷同”する、やじうま気分で煽る…ネットの悪しき特徴だだ。
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「正確な情報・知識はネットからしか得られない」という意見もあった。
言われても仕方がない部分もあると思う。ツイッターやフェースブックで知った
記事や動画を見て、なぜこの手の情報がマスメディアには出てこないのだろうかと
疑問に思うことがしばしばあった。怠慢なのか、無視しているのか…
マスコミ不信からネット依存に走る人の多くは 大手メディアの報道が自分たちの
疑問に答えてくれないことに不満を覚え、隠しているのではないかと疑いを持ち、
次第にそれが増幅して行くのだと思う。そのことは、よく理解できた。

一方で、ネット上にあふれた情報の中に怪しげなものが多かったのも事実だ。
サイト主が不明、検証されているか否かが不明、初出がどこの誰なのかが不明…
にもかかわらず、ツイッターやフェースブックでは、それらすべてが“事実”で
あるかのごとく無秩序に拡散されていることが多く、見ていて恐怖を覚えた。
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典型的な一例が3日目の総理会見中、フジテレビの放送に流れた“不要音”…
菅総理の言葉にかぶさって、女性の「ああ、笑えてきた」などの声が聞こえた件だ。
ネットでこのことを知ったときはすでに「犯人はA(実名)アナ」説が確立していて
猛烈な勢いでリツイートされていた。「まさか」とは思いつつ、動画で確認すると、
すぐに疑問がわいた。彼女の声が入る環境はなかったし、どう考えても、出先の
中継現場から紛れ込んだものだと分かるのだ。後日、「濡れ衣は可哀相…~「笑えて
きたわ」事件の顛末~」( http://bit.ly/govwvN )を書いてAアナを“弁護”したが、
ときすでに遅く、彼女の“名誉”は失われたままになった。
SNSの怖さだ。
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民主党政権・菅首相だった不幸

2万人にせまる死者・行方不明者が出た大災害からの復興が大変なのは分かるが、
歩みの遅さは見ていて歯がゆい限りだ。
民主党が政権の座について間もない時期だったことが大きな理由だったと思うし、
東北の人々にとっては不幸なことだった。いろいろ問題はあるが、多くの修羅場を
経験している自民党の方がうまく対応できたたのではないかと思った。
民主党政権の対応が後手に回り、打った手の多くがちぐはぐだった。
例えば…

この災害発生の日、菅総理の会見は夕方5時になってようやく行われた。それも、
おそらく官僚が用意しただろう原稿を読み上げただけだった。血の通った言葉を
発することができないのかと、ものすごく腹が立った。
同じ日、ホワイトハウスでオバマ大統領も会見の冒頭で地震と津波に触れていた。
やはりメモを見ながらだったが、話す言葉に感情がうかがえ、気持ちが伝わった。
緊急時、リーダーに求められるのは こういうことなのではないのか。
どこか“他人事”のように話した菅直人には失望を禁じ得ず、自分の国で未曽有の
大災害が起きたというのに、ほかに言うことはないのかと情けなく思った。
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しかも、翌日早朝には福島第一原発にヘリコプターで乗り込んでいた。
とんちんかんの極みだし、“魂胆”が丸見えだった。
現地の視察は専門家に任せて本部で指揮をとるのが総理の仕事だろうに。
総理に限らず、国会議員などが行けば現地はその対応に追われて本来の仕事が滞る。
現地に行けば分かることもあるだろうが、受け入れ側には迷惑な話なんだ。
ことほど左様に、政権トップの落ち着きのなさは目を覆うばかりだった。

ものすごく仕事をしているように“見えた”のは官房長官・枝野幸男だった。
政府のスポークスマンとして不眠不休で会見に臨んでいた。“出ずっぱり”状態を
見かねてツイッター上にはedano_neroというハッシュタグができていたほどだ。
ただし、原発で爆発が起きたあとも、情報が出てくるスピードも遅ければ、量も
驚くほど少なく、住民たちはどうすればいいかの判断ができなかった。
枝野は会見のたびに、誠実そうな顔で「ただちに健康に被害があるとは言えない
状況です」と、“しれっと”言い続けたものだ。顔から“バツの悪さ”は感じられず、
国民はすっかりだまされた。初めのうち、私の中で評価が上がったが、その後は
落ちていくばかりだった。
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言葉数が多い割に目に見える形の成果を挙げないまま民主党は政権から去った。
今更だが、あれだけの事態に1党で対応することには無理があったのだ。一時的に
政治休戦して党派を超えた態勢を作らなければいけなかった。ときの総理大臣が
そんな、強いイニシアチブをとれるリーダーではなかったのは被災地だけでなく、
日本全体にとって不幸なことだったと思う。

そして、発生直後から思っていたことだが、東北の人たちの我慢強さにはほとほと
頭が下がる。極端なことを言えば“暴動”が起きてもおかしくない対応の悪さにも
じっと耐えていた。ほかの地域で起きていたら、政府の動きもあれほどスローでは
なかったのではないか。

遅々たる復興への歩み

原発そのものをどうするかという大きな問題にはなかなか結論が出ないだろう。
行方不明者もまだ2000人以上いるし、除染が遅々として進んでいない、放射性
廃棄物の中間貯蔵施設建設、住宅、港や鉄道の整備、避難住民の帰宅、雇用…
やらなければいけないことは山ほどある。前政権が残したものだが、自民党にも
責任はある。“東北の復興なくして…”などのお題目は不要だから目に見える成果を
出して被災者たちが元気になれるようにしてあげてほしい。

3月11日…あれから丸2年が過ぎた。
朝のテレビで、追悼式典に出席した女性が語った言葉が胸に迫った。

「去年も出席しましたが、1年たった気がしない」・・・
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by toruiwa2010 | 2013-03-11 08:17 | 岩佐徹的考察 | Comments(4)
Commented by eita3 at 2013-03-11 08:50 x
3/10は東京大空襲、
3/11が東北大震災、
3/20は地下鉄サリン事件…

3月は災害月なんですね…
Commented by toruiwa2010 at 2013-03-11 09:44
eita3サン、おはようございます。

たしかにそうですね。
Commented by 赤ぽん at 2013-03-12 10:11 x
岩佐さん、こんにちは。

いつも記事に“毒”があるから注意!と書かれているように、時に
言われなき?炎上もあるでしょうがw・・・それはともかく、

この記事に書かれていることにほとんど同意です。
ここ数年読ませていただいていることのまとめでしょうが、
よくまとまっていて解りやすく、また当時の状況を鮮明に思い出せました・・・
しかし、この忘れていること、そして3・11“に”だけ思い出すのではなく
常日頃から、そして日常の“備えと政治に対する意識”が大切なことだと
改めて認識いたしました。マスコミの対応とネットとの関係性も・・・

最後の数行、胸にきますね。

Commented by toruiwa2010 at 2013-03-13 12:53
赤ぽんサン、こんにちは。

たしかに、そのときだけになりがちですね。
いわれなき…字が違います。きをつけましょう。ハハハ。
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