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岩佐徹のOFF-MIKE

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名取・石巻・女川…~2年ぶり被災地への旅~13/0325

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先週、東北の被災地を訪ねました。
2011年5月以来ですから、1年10か月ぶりです。

去年も行くつもりでしたが、各種報道で復興が遅々として
進んでいないことを知っていたために、北に向かうことを
ためらってしまいました。

被災地は縦に長く、広いですから闇くもに出かけても仕方が
ないと思い、2年前と同じところを回ることにしました。
そもそも、この3地区に行こうと決めたのは、震災発生時に
テレビで見た名取の住宅や田畑を飲み込み、猛烈な速さで
走っていく津波の光景や、襲って来た津波に木の葉のように
漁船が翻弄される港の光景が目に焼き付いていたからです。
交通機関がやられて、行けるところも限られていたために、
上記の3か所になったのです。

名取・閖上

仙台で在来線に乗り換えて名取までは15分ほどです。
駅周辺はそれほど大きな被害を受けませんでした。
ほんの数キロ離れたところを走る東部有料道路があの津波を
食い止めてくれたからです。
駅前でタクシーを捕まえて「2年前にこんな場所に行った。
同じころに連れて行ってくれませんか」と頼みました。
2年前と同じ場所の写真を撮って比べたかったのです。
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実際は、記憶が怪しく、運転手さんも要領を得ないため、
連れていかれたのは全く違う場所でした。
しかし、海が近い閖上(ゆりあげ)地区の日和山神社から
眺めた光景は2年前とほとんど変わりませんでした。
がれきが取り除かれた替わりに生い茂っている雑草が
時間の経過を物語っていました。

神社は40段ほどの石段の上にありました。
高さはおそらく7~8メートルでしょうが、あの日の津波は
あっという間に小さなお社を押し流したそうです。
津波の高さは軽く10メートルを超えていたことになります。
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新しく祀られたお社に向かって手を合わせました。
正直に書くと、新聞やテレビで特集を組んでいるとき以外は
ややもすると震災のことを忘れている自分がいます。
「どこかで“他人のこと”なのだろうか」と思っていましたが、
石段を上がるとき、思いがけず鼻の奥がツーンとしました。
やはり、そう簡単にあの衝撃を、恐怖を、被災者の苦しみを
忘れられるものではないのです。

周辺に新しく建てられたと思える家はありませんでした。
2~3メートル、“土盛り”をしないといけないのですから、
簡単な話ではありません。
駅に向かうとき、荒れた土地に黄色い建物がありました。
運転手さんによると、それは老人ホームで、入居者が
60人ぐらい亡くなったということです。数字には感情が
こもっていませんが、建物を目の前にして聞くと、冷静な
気持ちではいられませんでした。

石巻から女川へ

仙台に戻り、駅前からの高速バスで石巻に向かいます。
石巻駅周辺は2年前より人の気配を多く感じました。
港までは直線にして2キロぐらいですが、駅のあたりでも
胸ぐらいまで水が来たそうです。
タクシーで女川に向かいましたが、石巻港に続く商店街は
かなり、立ち直っているように見えました。
2年前はどの店も海水をかぶって惨憺たる有様だったのに。
震災以前とは比べようもないのでしょうが、わずかな活気でも
少しホッとします。

運転手さんと道中、いろいろ話をしながら行きました。
家が高い所にあったために自分は被害を受けなかったが、
女川にいくたびに「頭が痛くなる」と話していました。
きつい東北弁で語られる言葉が胸に響きました。
たしかに、3階建てビルが横倒しになっていたり、屋上に
車が打ち上げられていたりした2年前の光景を思い出すと
うなずけるのです。

山に包まれているような女川町は、海べりから家が立ち並び、
奥へ奥へと延びています。その地形のせいで、押し寄せた
津波は水かさを増して海から離れた町まで届いたようです。
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2年ぶりの女川町はがれきや壊れた建物の撤去と整地作業は
進んでいるようでしたが、かつてここに住んでいた人らしき
姿はほとんど見られませんでした。
町立病院の駐車場から見下ろすと、整備が進んでいるだけに
人が生活している“匂い”がしないことに息をのみます。
石巻から、車でおよそ20分です。わずかな距離の差ですが、
被害の差はとてつもなく大きかったようです。
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この駐車場は高さが10数メートルありますが、襲った津波は
18メートル近くあり、とめてあった車が流されたそうですから、
いくら土盛りをしても追いつきません。再び、この町で人々が
生活を営むのは相当に難しいのかもしれません。

石巻に戻って日和山公園に行きました。震災のとき、多くの
住民が避難した小高い丘の上にあり、四方が見渡せます。
ここも、整備は進んでいますが、“生活”が戻っているという
印象はありませんでした。
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交通費と食事代ぐらいしかお金を使っていませんし、私などが
東北に足を運ぶことが何の足しになるのか分かりません。
女川に行くとき、運転手さんがこんな話をしていました。
「震災の3ヶ月ほどあとに名古屋から来た老夫婦を乗せた。
東北に行くことが観光気分のように見えないかと心配していた。
実際に見て初めて分かることもある。その印象をぜひ周囲の人に
話してもらえば東北の人間として嬉しい」…

2年前も、今回も、“後ろめたい”思いは私にもありましたから、
お二人の気持ちがよく分かりました。
写真やテレビの映像だけでは分からないことが、現地に行くと
よく分かります。“10メートルの津波”だけで浮かぶイメージは
限られていますが、閖上の日和山神社や女川町立病院の駐車場で
「津波はここを軽々と越えていった」と聞くと、その恐ろしさが
実感できるのです。

何ができるわけではありません。
名取、女川、石巻…多くの人が命を落とした場所に向かって手を
合わせるだけでした。それでも何もしないよりはいいかと…。
by toruiwa2010 | 2013-03-25 09:03 | blog | Comments(8)
Commented by S_NISHIKAWA at 2013-03-25 18:39 x
岩佐さん
私も今年に入って一度石巻へ行きました。
亡くなった方々に手を合わせ、1つだけ覚えているお経をあげること以外、何か出来るわけではありませんでした。
Commented by toruiwa2010 at 2013-03-25 23:16
S_NISHIKAWAサン、こんばんは。

「見たことを伝えてください」と言われたことで
救われた思いでした。何かできないものですかね。
Commented by reiko71 at 2013-03-26 14:28 x
私は一昨年の8月11日に岩手県大槌町、昨年の同日は気仙沼で、Light Up Nipponという、被災地に花火を上げるイベントのボランティアで伺いました。特に一昨年は、まだまだ津波や火災の爪痕が生々しく、ようやく再開したコンビニの中にすら、ぶんぶんハエが入ってきておりました。ボランティアと言っても、やらせていただいたのは立ち入り禁止地区での車の誘導でしたが、印象にのこっているのは、目の前をゆっくり通っていく車の中の方々が、皆さん静かにお辞儀をして下さっているのが見え、こちらも思わず深々と頭をなんども下げてご挨拶したことでした。
昨年の気仙沼では、子供たちも町の人々も、皆明るく迎えてくださいましたが、大きな漁船が奥まった住宅地にまだ取り残され、放置されていたり、そのわずか100mほど山側に立つ民家は、全くの無傷なのに、という現実を見て、なんとも言えない気持ちになりました。

今年も、もし可能なら何かお手伝いに伺えればと考えています。
それは、いずれの地でも訪れる機会があれば行き、経済活動の一助にでもなれることなのかもしれませんが。
Commented by toruiwa2010 at 2013-03-26 14:40
reiko71さん、こんにちは。

ボランティア・・・できるといいんですが、
足手まといになりそうでためらいます。

10歳若ければ、しゃべることでやれることが
ありそうなんですがね。
Commented by reiko71 at 2013-03-26 15:28 x
岩佐さん、足手まといだなんてとんでもないですよ。
私が参加したのはこんなイベントでした。ご参考までに。
http://lightupnippon.jp/light/documentary.php

行ってみたら、現地での仕切りの悪さや右往左往もありましたが、まずは花火を安全に上げる事(これはプロの花火師さんたちの仕事)、あとは、現地の人々たちとも交流し、参加する自分たちも花火を一緒に楽しんで、多少なりとも現地にお金を落とすこと。昨年からはこんな気持ちで参加しています。

でも、ボランティア参加より何よりも心の片隅にでもいいから、いつも忘れないでいることが、きっと一番大事なことなんですよね。
Commented by toruiwa2010 at 2013-03-26 15:38
reiko71 さん、情報 ありがとうございます。

気持ちが動きますが、考えどころですね。
一応健康ですが、体調を維持するためには
いろいろ条件があるので、それを求めながら
ボランティアをするのはかえって迷惑をかけます。
考えどころですね。
Commented by chibita at 2013-03-26 21:55 x
岩佐さんこんばんは。
私は同じ東北に住みながら、まだ一度も被災地に行った事はありません。何かしたいと思いつつ勇気と時間と余裕がないまま今にいたります。
私の母は震災直後、73才で被災地に炊き出しに行きました。
自分は半日以上食べる暇もなかったけど、行って良かったと言ってました!すごいパワーだと尊敬しました。

岩佐さんのこの日記を読んで誰かが「きっかけ」を見つけ、
今後、何かの形で人それぞれ、自分に合った事をすればいいと思います。思うだけでもいいと思いますし。
(うまく言えませんが…)

俳優の福島カツシゲさんのブログがとてもいいんですよ。
震災直後がらずーっと被災地に入ってボランティアをなさっているんですが、とにかく面白いし明るいんですよ。
その体験をお芝居にして今全国をまわっています。

人それぞれですよね。

岩佐さんのこの日記を読んで、なんだか嬉しかったです。

あ、岩佐さんの「ハハハ」、私は大好きですからね!








Commented by toruiwa2010 at 2013-03-26 22:04
chibitaさん、こんばんは。

ありがとうございます。
人それぞれ・・・ですね。
ボランティアも大事ですが、何よりも
国が本腰を入れて取り組むことだと思います。
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