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岩佐徹のOFF-MIKE

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TOKYO2020決定!~素直に喜びたい~13/09/09

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09/08のツイート

2020オリンピックは東京に決まった。
素直に嬉しい。誰もが心から喜べる環境の
中での決定でないのは残念だが、きっと
「やってよかったね」となる。
そう信じてほしい。そして、メディアも国民も
震災を、被災者を、原発を忘れないことだ。
両立はできるはずだ。

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半世紀以上前、64年のオリンピック開催地が東京に決まったときの記憶はない。
1950年代の後半だから日本はまだ敗戦の痛手からの復興途上だったはずだ。
国中がわいたに違いないのだが、断片的な記憶しかない。
たとえば、高速道路が整備され、東海道新幹線が開通した。
羽田線ができて羽田空港から河田町の局舎まで「今日は13分で帰って来た」と
車両部の若いバイク・ライダーが興奮していたのを思い出す。
そう、あのころの東京は街中が舞い上がって、一種の“躁”状態だった。

1964年10月10日。
前夜の東京は土砂降りだったが、朝にはすっかり上がり上空は絵に描いたような
“日本晴れ”だった。
開閉会式の入場券ははがきによる抽選でしか手に入らなかったが、運よく開会式の
抽選に当たった。そして、開幕が近づいたころ、新聞社の役員をしていた父が
「おい、もらったけど、要るか?」と言って開閉会式の入場券を見せた。
当然、もらった。ハハハ。

さらに、大会が始まったあと、配属されていた「オリンピック放送実施本部」で
さまざまな入場券の抽選会があり、そこでも閉会式のチケットを手に入れた。
おかげで、開会式も閉会式も夫婦そろって見ることが出来た。席は別々だったが。
そのころは、“持っていた”んだね。ハハハ。

フジテレビ入社2年目の新米アナはメダリストへのインタビューやニュース原稿を
読むぐらいしか仕事がなかったから、胸躍るような選手の入場行進も、坂井義則が
聖火を掲げてホームストレートを美しいフォームで走るところも、閉会式の最後に
派手に打ち上げられた美しい花火も存分に楽しむことができた。

列島が興奮する中で大会は幕を閉じた。大成功だったし、敗戦後わずか19年で
それをやってのけた日本を世界は称えてくれた。
為替レートが1ドル=360円、海外旅行がまだ少なかった時代に多くの外国人が
訪れて日本を知ったし、日本人も外国を知るいい機会になった。

スポーツも飛躍的に盛んに行われるようになった。それまで“日陰”の存在だった
レスリングや重量挙げなどにも国民の目が向くようになった。
中でも象徴的だったのはサッカーだ。
当時はマイナー・スポーツだったが、Jリーグの前身、日本リーグが1965年に
立ち上げられたのもオリンピックと無縁ではないはずだ。現在の“隆盛”を見ると、
創設のころの西が丘競技場などが懐かしく思い出される。閑古鳥が啼いていた。
スタンドで実況する声が選手に聞こえるんじゃないかと心配したほどだ。ハハハ。

外国で行われるオリンピックでさえ人々の関心は高い。時差があっても気にせずに
テレビの前で応援する。まして、肌に触れる感覚で見られる地元での開催となれば
興奮も関心もけた外れに高まるはずだ。2002WCでも経験しが、国がひとつになる
感覚は貴重だと思う。
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激戦と伝えられていた招致レースを勝ち抜いて東京に決まったことを喜びたい。
56年ぶりのオリンピック開催を巡ってはさまざまな意見があった。
多くは、大震災があって、原発事故の収集もままならない中でオリンピックに
大金を投じている場合ではない…だった。

私の思いは“福島は福島として対応しつつ、オリンピックは来てほしい”だった。
“経済効果”はせいぜい大会までの話だが、子供たちの目をスポーツに向けさせる
キッカケになることは長いスパンで将来の日本に大きな財産になるからだ。
まさに、今回の招致運動の基本理念、“Sport for Tomorrow”だ。
よって、福島があるからオリンピックはノーという議論には反対だった。
何かというと、福島や被災者を前面に出すもの言いは、もしかすると、相手に
失礼かもしれないし、あまり好きじゃない。


先日のブログにこう書いた。

すでにボールはIOC委員に渡っています。
どこにそのボールが投げられるかを静かに待ちましょう。


…ボールは“東京”に戻ってきた。
これから東京がやらなければいけないのはこのボールを“生かす”ことだ。
安全は自分が責任を持つ」と言い切った安倍首相はその言葉を忘れないでほしい。

そして、決まったのだから、ここからは国民が力を合わせてTOKYO2020を
成功させたいものだ。
私? 7年後は82歳だから、生きているかどうかも分からない。健康に気をつかい、
なんとか“その日”を元気に迎えたいと思う。辛口も健在だといいけど。ハハハ。
by toruiwa2010 | 2013-09-09 05:23 | 岩佐徹的考察 | Comments(6)
Commented by リエコ at 2013-09-09 13:56 x
岩佐さん、こんにちは。
日本でオリンピックが行われるなんて、すごいですねぇ。
前のオリンピックを知らないので、どんなに沸き立つのか未知数すぎてワクワクします‼
我が子はオリンピックの時には10歳‼
何かしら参加してみたいものです。

2度味わえる人は、いろんな想いがあるでしょうねぇ。

これと同時に復興にも熱が入ると期待しています‼
Commented by reiko71 at 2013-09-09 14:35 x
"…ボールは“東京”に戻ってきた。
これから東京がやらなければいけないのはこのボールを“生かす”ことだ。
安全は自分が責任を持つ」と言い切った安倍首相はその言葉を忘れないでほしい。"

まさにおっしゃるとおりだと思います。

私は未だに釈然としないまま、決定を素直に喜べないでいますが、
決まったからには、妙に見栄を張るのではなく、今の日本の経済状況と、国民に負担をかけない予算組で、見事に国民も世界中の選手や来日するお客様たちを満足させられる大会にする、そのための努力をいつ始めるか、”今でしょ!”←若干恥ずかしい気持ちで言ってみるのであります。

何よりも、安倍総理には、ご自分の言動には、国を挙げて責任をとっていかなくてはならない。
今後は世界中が、貴方が嘘つきかそうでないか、いや、日本という国がそうであるかないか、注目し続けられるんだということを忘れないで。
Commented by toruiwa2010 at 2013-09-09 14:36
リエコさん、こんにちは。

きっと、日本中が沸き返ると思います。
皮肉や嫌味でなく、決まるまでは
反対していた人たちも騒ぐはずです。ハハハ。
Commented by toruiwa2010 at 2013-09-09 14:39
reiko71さん、こんにちは。

おっしゃる通りです。
安倍総理が大見得を切ったことを
忘れないように、毎日、あのコメントの部分を
流し続けるのも一案ですね。ハハハ。
Commented by reiko71 at 2013-09-09 14:40 x
PS:そして岩佐さん、岩佐さんには、そりゃキッチリ見届けていただかにゃーならんでしょう?(^^)
Commented by toruiwa2010 at 2013-09-09 15:00
reiko71さん、ありがとうございます。

やんちゃな年寄りを目指します。ハハハ。
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