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岩佐徹のOFF-MIKE

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実況、ドラマなど放送全般、映画、スポーツ全般、 旅、食、友 etc

12年が過ぎて…~9.11:忘れることはない~13/09/11

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9月11日…3月11日と並んで忘れることはできない日です。
今から12年前のこの日、私は国連本部ビルに近いミレニアム・ホテルにいました。
2機の旅客機が相次いで世界貿易センター(WTC)に突っ込んだ午前8時45分ごろは
フロントでチェックアウトをしていました。火曜日でした。日曜日に全米オープン・
テニスが終わり、自由行動の月曜日をはさんでこの日 帰国する予定だったのです。

ロビーには大勢の人がいてざわめいていました。しかし、すでに“そのこと”を
知っている雰囲気ではありませんでした。
集合時間が9時半でしたから、9時を過ぎるころからスタッフやコメンタリーが
一人、二人とロビーに降りてきました。
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その一人、WOWOW技術部のY君が、手にしたデジカメの画面を見ながら近づき、
「大変な事故ですねえ」と、部屋の窓から撮ったという画像を差し出しました。
ツイン・タワーのひとつから煙が上がっていました。
部屋で荷造りをしていて ふと外を見たとき、煙を上げるビルが目に入ったそうです。
CNNは「小型機が衝突した」と報じていたと言います。

WTCで何かが起きたことを私はその画像を見て初めて知りました。
周囲にいる人たちの口からも“airplane”という言葉が出るようになっていました。
あくまで“小型機”という話で、この段階から“これはテロだ”と気づいた人は、
マスコミも含めて、一人もいなかったのではないでしょうか。

やがて渋滞が始まりました。その影響で、手配してあったミニバンが来ません。
このままだと予定の便に乗り遅れる可能性があると思い、プロデューサーのT君に
声をかけて、私たちはタクシーに分乗してケネディー空港に向かうことにしました。
最初にタクシーを捕まえた私は解説者の柳恵詩郎さん、タイムキーパーのHさんと
乗り込みました。二人がすぐ近くにいたからです。

走り出してすぐに、柳さんが「あっ、カバン!」と声を上げました。
いつも持っているアタッシェケースをホテルの前の路上に置き忘れたというのです。
私が「急いで 急いで」とせかしたからです。後ろの窓から振り返ると“カバン”は
そこにあり、スタッフがその周りにいるのが遠目に見えました。
ブロックを一回りして戻っていると渋滞がひどくなるばかりと思い、「大丈夫ですよ。
みんないましたから、誰かが持ってきてくれますよ」とまったく確信がない言葉で
柳さんを説き伏せて、そのまま空港に向かいました。無責任。ハハハ。

クイーンズボロ・ブリッジでは警察官が出て検問の準備をしていました。
ぎりぎりでかわしてJFKを目指すタクシーの窓から灰色の煙を噴き上げるWTCが
見えます。日ごろ見ない光景に息をのみました。
空港に着きましたが、あとに続くはずのスタッフは誰一人として到着しません。
スタッフだけではなく、私たちが通過した直後に、マンハッタンにつながっている
トンネルも橋も閉鎖され、出入りが禁止になったのです。
荷物をチェックインするときに係の女性が「ついてたわね。ユーたちが最後よ」と
声をかけてくれました。いつも混雑しているコンコースがひっそりしています。
待合室の窓から見えるビルから立ち上る煙はますます量を増し、全体が煙の幕に
包まれていました。テレビもない場所に待機している私たちは、この時点でも、
まだ、“テロ”という言葉を聞いていませんでした。
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やがて、ビルにぶつかったのが“2機”だという情報が流れてきました。
「事故じゃない」と思ったのはそのときです。
通りかかったガードマンに聞くと、「Twin Tower had completely collapsed…
「二つのビルが完全に崩壊した」という答えが返ってきました。
少し離れたところまでテレビを見に行くと、見慣れたキャスターや専門家らしき
人たちがきわめて深刻な顔で話し合っていました。そこに映っていたのは、やはり、
煙に包まれたビルの姿でした。CNNは“AMERICA UNDER ATTACK”のCGを
画面に出し続けていました。「アメリカ、攻撃さる」…簡潔ですが、十分でした。
やがて、空港ビルが全面閉鎖されることになり、私達にも建物の外に出るようにと
指示が出ました。
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搭乗予定だった全日空の手配でホリデーインに着くと、私たちにあてがわれたのは
一部屋だけでした。解説者の柳恵誌郎さんと私はいいとして、問題はHさんでした。
女性というだけでなく、彼女はこのとき“妊娠2ヶ月”だったのです!
“3人で一部屋”はありえません。
おぼつかない英語でフロントに食い下がりましたが、「ほかに部屋はないんだ。
これでダメと言うなら、ほかを当たってくれ」と取り合ってくれません。
仕方なく、対策はあとで考えることにしてチェックインしました。

テレビの世界で仕事をしているHさんが状況を理解して、キングサイズ・ベッドの
「端と端ならいいですよ」と言ってくれました。エクストラベッドを入れてもらい、
私がそこに寝ることで“問題”を解決しました。私が最年長ですが、この3人なら、
WOWOWに一番近い私が“譲る”以外の選択肢はなかったのです。ハハハ。

放送のコーディネートをしてくれたオフィスを通して仲間の安否を探りました。
混乱の中、ホテルの前で別れたあとのスタッフの“消息”は不明だったのです。
解説者の遠藤愛さん、Sアナ、Mディレクターはロングアイランドのホテルに、
残りのYチーフ・プロデューサー以下8人のスタッフはバラバラになったあと
偶然合流して空港近くのラマダホテルに入っていることが分かりました。

ホテルの中のレストランで簡単な夕食を済ませました。Yと電話で話したとき、
「会社から、出張規定は無視していいと言われているから、いいワインを飲んで
下さい」と言われていましたが、ほとんど飲まないメンバーが3人そろったのは
まことにもったいない話でした。ハハハ。

あとはテレビに釘付けでした。
寝るまでの時間はもちろん、エキストラベッドに“ついてきた”らしいダニに
食われて目が覚めた夜中にはロビーに下りて朝まで見続けました。
情報が錯綜し、ニューヨーク全体が混乱の中にある、という印象でした。
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ただし、どの局を見ても、キャスターたちは不安をあおるような、けたたましい、
あるいは、甲高い声を出すこともなく、落ち着いたトーンで情報を伝えていました。
緊急事態であればあるほど、心がけなければいけない、大事なことです。
さすがはテレビの先進国だと感心しました。同時に、もし、日本でこれほどの事件・
事故が起きたとき、こういう放送ができるのだろうかと心配になりました。

現場へ向かう警察や消防の車両に、立ち止まって拍手を送る市民の映像が繰り返し
流れていました。“人種のるつぼ”と言われ、さまざまな意見を持つ人々で構成され、
しばしば、強い批判の対象になることも多い国ですが、いざというときに見せる
“結束の強さ”には目を見張ります。

翌日、アメリカ人の多くはチェックアウトしたため、一部屋ずつ確保できました。
もう1泊したあとの13日になってJALもANAも飛ぶらしいという情報が入り、
大急ぎで空港に行きましたが、この日飛んだのはJALだけで6人が帰国しました。
ANAは飛ばないと分かったときはがっくりしましたが、幸いなことに、この日から、
仲間のいるホテルに合流できました。無事なのは分かっていましたが、直接、顔を
見たときのほっとした気持ちを昨日のことのように思い出します。

翌日も、チェックアウトして空港まで行きましたが、飛行機は飛びませんでした。
滑走路の閉鎖が解除されない、使用機が到着していないなど、理由はいろいろです。
荷物を引っぱってホテルに引き返す日々が続き、激しく疲れました。もっとも、
あせる気持ちはなくて、このままだと、おおむに持って出た高血圧の薬がもうすぐ
なくなるなあというのが唯一の心配でした。

4日目の夜、待望のニュースが入りました。「明日は間違いなく飛ぶ」。
残ったメンバーは近くの焼肉屋に出かけて行き、盛大に食べまくりました。

結局、4日間、ニューヨークに足止めされたことになります。
不便な思いはしましたが、私たちは生命が危険にさらされたわけではありません。
帰国が4日遅れただけのことなのに、この年はいつまでも妙な疲れが残りました。
翌年、会場に着いてすぐメインスタジアムの屋上に上がりました。
いつもマンハッタンの南に見えていたWTCビルがないことを改めて確認したとき、
“喪失感”は深いものがありました。

そこで起きたことの大きさを考えるとなかなかグラウンド・ゼロに足が向かず、
訪れたのは「この大会を最後に実況を引退しよう」と決めて日本を出た2005年の
USオープン終盤でした。


あの日から12年の歳月が流れました。
そのときHさんのおなかにいた“りょうせい”クンは
先日、11歳の誕生日を迎えたそうです。
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by toruiwa2010 | 2013-09-11 08:20 | 岩佐徹的考察 | Comments(6)
Commented by Yumi at 2013-09-11 13:08 x
もしまだマンハッタンに残っていらしたら中継されていた可能性もあったのではないでしょうか。私の人生が変わった日でもありますが、当時と今を比べて良くなったと思うのはスマートフォンとSNSぐらい。世の中は相変わらずで嘆きたくなることが多すぎです。

直接の知人・友人には犠牲者がいませんでしたが、息子の婚約者、兄弟、息子、友人が犠牲になったという友達や知人がいます。あの近くで働いていた人でWTCから飛び降りる人たちを見てトラウマになっていた知人もいました。私自身も壊れてしまい、仕事も失いました。でも今は幸せを感じて生きています。

先日シリア攻撃反対デモで出会った女性はソマリアへ戦いに行った元兵士。「911は1日だけだった、でもイラクやアフガンでは、毎日、毎日、多くの命が犠牲になってるのよ!毎日よ!」まだ耳から離れません。

魔法のランプがあるならば、憎しみと争いがこの世から消えることを願いたいです。
Commented by toruiwa2010 at 2013-09-11 14:13
Yumiさん、こんにちは。

そうですね。大会中だったら放送席にいたでしょうね。
それを考えたことは一度もありません。
もう一日前だったら、スタッフの誰かがWTCに
行っていたかもしれない、と考えたことはありますが。

あなたも深刻なダメージがあったんですね。
今の活動と深くかかわっているのだろうなと
拝察します。

”シリア”は何とかいい方向に進みそうですね。
私などがとやかく言っても仕方がありませんが、
少し肩の力を抜くことを覚えましょう。今のままでは
また”壊れて”しまいます。
Commented by shin555 at 2013-09-11 20:24 x
その夜、ニュースにチャンネルを合わせたときに飛び込んできた映像は忘れられません。
嫁さんと二人、声も出ずにずっと見続けていました。
5年前にやっとグラウンドゼロへ行きましたが、やはり声が出ませんでした。
Commented by Yumi at 2013-09-12 01:29 x
お気遣いありがとうございます。息抜きの仕方を学びました。年は取るものですね(笑) でも我がヤンキースのせいで、肩の力どころか腰の力も抜けそうです(>_<)
Commented by toruiwa2010 at 2013-09-12 07:20
shin555サン、おはようございます。

地球のどこにいても、受けた衝撃の大きさは
そんなに違わなかったということですね。
Commented by toruiwa2010 at 2013-09-12 07:23
Yumiさん、おはようございます。

肩の力どころか腰の力も抜けそうです・・・まったく。
まあ、あれだけけが人が出てはねえ。
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