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岩佐徹のOFF-MIKE

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実況、ドラマなど放送全般、映画、スポーツ全般、 旅、食、友 etc

自薦・厳選300?バンクーバーを振り返る9 14/02/23

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スポーツ実況は専門だったし、“談義”が好きですから
何度も書いてきました。自分のことは棚に上げて…。
はじめにお断りしますが、ご存知の方はご存知のように
NHK・刈屋アナには厳しいです。
ファンの方は読まないほうがいいと思います。ハハハ。
名指しで批判する以上、反論は覚悟しています。
ただし、感情的なもの、非論理的なものはお断りします。

また、一部は2週間前の記述とだぶります。削ると
分かりにくくなると思い、そのままにしました。
では…。


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わが“刈屋富士雄論” 先輩同業者から贈る言葉 (2010.04.02 初出)

<<<刈屋富士雄アナが男子体操の金メダルを伝えていました。
大相撲でおなじみの優しい口調のアナウンサーです。彼のアナウンスに興奮を覚え
感動した視聴者も大勢いらっしゃると思います。
しかし、私の好みで言えば、すこし、「しゃべりすぎ」でした。
(中略)
周りの騒ぎに流されてしまったように聞こえました。
特に、最後の冨田の演技が始まっている時の冨田が冨田であることを証明すれば、
日本は勝ちます」と、フィニッシュに入るところでの「伸身の新月面が描く放物線は、
栄光への架け橋だ」には大きな疑問があります。
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「ああ、黙った方がいいのになあ」と思いました。
私だったら、演技の前に「普通の演技ができれば、金メダルは確実です」、フィニッシュに
入る直前には「さあ、フィニッシュです」の一言だけ、着地のあとは歓声がおさまるまで
黙ったでしょう。これはテレビの前で見ているからの話で、その場にいたら同じことを
していたかもしれませんが。
そして、どちらがいいかは、人によって違うはずです。そこはもう「好み」ですからね。
ただ、「アナウンサーはしゃべることが仕事」ですが、WOWOWに来てからの私は
「黙ることも大事だ」と考えてやってきましたからこういう感想を持ったのでしょう。

…2004年アテネ・オリンピックのとき、旧ブログに書いた「気持ちいいッ!」の1節です。 

さらに、もうネット上には残っていないのですが、別のところで、その“続き”として、
こう書いています。(帰国直後の大相撲千秋楽で刈屋アナは正面を担当していました)

結びの一番、朝青龍と魁皇戦で立会いの一言を聞いた時には思わず笑ってしまいました。 
12勝をあげ、すでに優勝を決めていた魁皇ですが、次の場所で“つな”を狙うためには、
もう一番勝っておきたいところでした。
それを踏まえて、これも事前に用意されたに違いない一言が立会いの一瞬にあわせて
放たれました。「13勝での優勝は、ツナ取りへの架け橋だ」!!
見事な確信犯。ハハハ。
同時に、これで彼は、登場するたびに何か気のきいたことを言わなければいけないという
ラビリンス(迷宮)に踏みこんでしまいました。あーあ大変だ。

…フジテレビ時代はあまり考えずに実況をしていましたが、WOWOWに移ってからは、
「スポーツの感動はプレーそのものの中にある。その感動は視聴者と“共有すべきもの”
であって、放送席が横取りしてはいけない」と考えて放送に臨むことを心がけました。
グランド・スラムの決勝、ユーロの決勝などで勝敗が決した瞬間にも、ノドもとまで
来ているフレーズを飲み込み、「○○、優勝!」、「○○が勝ちました」にとどめ、あとは
音声さんに歓声のボリュームを上げてもらうようにしていました。ときには、解説者を
手で制して…。
どんなに大きな大会でも、よほどのことがない限り、最初の一言は「テニス(サッカー)・
ファンのみなさんこんにちは」で始めました。

“黙る勇気”、“しゃべりすぎに注意”、“言葉を用意しない”…それが、私の実況の
コンセプトだったのです。
ですから、よくしゃべる、しかも、“言葉で飾る”ことが多い刈屋アナの実況が好きじゃ
ないのは自然のことかもしれません。
たしかに「栄光への架け橋」「ツナ取りへの架け橋」は「…キスをしました」とともに、
ファンの喝采を浴びたようです。“うるさい”私でさえ、今回の「撃ち返しました」には
うまい!と思ったほどですから。ハハハ。

気をつけなければいけないのは、この手のアナウンスには“麻薬”にとても似たところが
あることです。視聴者にほめられ、なんどもメディアに取り上げられると「次はもっと
“受ける”ことを」と考えるようになります。
“ラビリンス”だし、“アリ地獄”だし、“麻薬”です。
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今回、刈屋アナの実況を聴いて「思ったとおりだ。迷路に入り込んでしまったなあ」と
思いました。ひとつは、女子シングル決勝でキム・ヨナの演技中に露呈しました。
“用意した”言葉をしゃべり始めたのですが、無残な失敗に終わっています。

「今、19歳のキム・ヨナはカナダに来たときは15歳。才能がありながら、
非常にシャイで、スケートがあまり面白くなさそうな少女だったそうです。
それが、カナダに来てこの4年間で、自尊心があって、明るく前向きに
スケートを楽しめる女性に成長した○○(最後の数音が聞きとれず)
その成長の…キム・ヨナの成長の記録を描いたのがこの4分間のフリーの
プログラムです」

アナウンサーは次から次に流れるように言葉をつむぎ出す…と思うでしょうが、
これだけのコメントをアドリブで言うことは考えられません。
用意したメモを読んだはずです。箇条書きだった可能性があります。
ですから、前半部分で“スケートがあまり面白くなさそうな少女”などという
日本語として成り立たないフレーズになってしまいました。
そこで焦ったのでしょうか、メモの字面を追うのが精一杯でした。
最後の2行は、目が泳いだのか“読み直し”ています。

オリンピック・チャンピオンになる可能性が濃厚だったキム・ヨナの演技にあわせて
後世まで語り継がれるコメントを残そうと考えたのかもしれませんが、多くの視聴者は
せっかくの名演技を楽しむことができず、“置いてきぼり”を食いました。
私は怒りを覚えました。“至福のとき”を奪われたのですから当然です。
スポーツ観戦を通じて得られる感動を放送席が“横取り”した典型的な例です。

彼は、安藤美姫のときにも同じような失敗をしています。
父親を亡くした話のあとに、こんなコメントをつけたのです。
「大好きだったお父さんとひきかえに出会ったのがフィギュアでした」
「“ひきかえ”って」と思いました。用意したコメントなのに、言葉が無神経です。

最終組6人のうち、滑走前に曲の紹介が終わっていたのは2人だけでした。
フラットのときなどは話が長引き、演技が始まったあとも「パガニーニの主題による
狂詩曲」がこぼれて、静かな曲調で始まる音楽にかぶってしまいました。
一般の方は気づかないかもしれませんが、実況アナとしては完全な“失敗”です。
100メートル決勝のピストルが鳴るとき、グランド・スラム決勝のマッチ・ポイントで
トスが上がるとき、マスターズのウイニング・パットのときにしゃべるバカがいるか、
という話です。
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彼は、「栄光への架け橋だ」のときに私が懸念した“アリ地獄”に落ちたと見ます。
あの快感が忘れられないのでしょう。
実況の中に、事前に用意したコメントを話すことが目立つようになったのは、サッカーの
山本アナあたりからだと思います。それ以前のアナもやらなかったわけではありませんが。

こういう放送がなぜダメか?
“実況者がその場にいる”感じが薄れてしまうからです。
放送席に座る前に作れる、極論すれば、自宅のリビングでも作れてしまうコメントは
聞いていても中身が薄っぺらです。
しかし、スポーツ・マスコミが“名実況”などと持ち上げると若いアナまでが同じ方向を
目指してしまうのではないかと危惧してしまいます。
その傾向は、すでに出てきています。
私はその状況を“作文コンクール”と呼んでいます。ハハハ。

以前は、圧倒的な人気だったようですが、このブログへの書き込みやツイートには
少しずつ“批判的な”意見も聞かれるようになりました。
意外に思いつつも、スポーツ実況は限りなく“原点”に近いところに戻ってほしいと
願っている私には嬉しい現象です。
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刈屋アナはシューズの紐が切れた織田選手へのインタビューでも叩かれていました。

(おつかれさまでした?)← 聞こえないが、常識的にそんな言葉をかけたと思われる
織田「ありがとうございました」
刈屋「いやあでも、最後 すごい歓声がですね あと押ししてくれましたよね?」
織田「そうですねほんとに温かいお客さんに囲まれて すごい あのー 力強く 最後は
終わることが出来ました」(笑顔があった)
刈屋「どこが切れたんですか? ちょっと、見せてもらっていいですか? ええ」
織田「靴ひもが、(うん)あのう…」
刈屋「これ切れたんですね?」
織田「いや、前から切れてて(うん)、あの試合前だったんで(うん)、変えるよりも、
感覚がちょっと 狂っちゃうんで 切れたとこをくくってやってたんですけど、そこの
部分がまた、 あのう…、トリプルフリップやった時に切れちゃって」
刈屋「じゃあその時に感覚を感じてたんだ?」
織田「それで」
刈屋「それでループの失敗になったんだ?」(かぶせるように)
織田「そうですね。あの、曲げたときにちょっとランディングで支えきれなくて
(うん)、ちょっと、すべてあの靴ひもがほどけてしまったんで、ちょっと最後まで
すべることが できませんでした。」
刈屋「じゃ途中は切れたのを分かりながらやってたんですね?」
織田「あのう…、フリップ終わってからループ跳ぶまでは…。ループ跳べば、あとは
スピンとあれなんでいけるかなあと思ったんですけど、でも、ちょっと、あの全部
ほどけちゃたんで、ちょっとすべれなかった・・・」
刈屋「どうでした、ひもを直してる時の気持ちというのは?」
織田「もう自分の責任以外ないですね」(苦笑まじり)
刈屋「ちょっと悔いが残りますねえ、これねえ」
織田(少し涙ぐむみ、なんとか答えようとする。「ふーっ」…と大きな息をつく)
刈屋「いけると思ったんだよね?でもね?」
織田「そうすね」(泣きそうだという予感があって、少しあせった感じ)
刈屋「4回転をやめようと思ったのはいつですか?」
織田「えっと4回転はちょっと…」(言葉につまり、ティッシュを使い「ふーっ」と)
刈屋「いいですよ、無理しなくて」
(しばらく、泣くのを我慢しようと努力、「ふーっ」と大きく息を何度もつく)
「4回転はちょっと」からアナの一言をはさんで、再び話し出すまで23秒)
織田「4回転は…ちょっと、朝の練習で調子も悪かったので、自分で決めて、やっぱり
今日調整できる、チョット実力が、やっぱり…練習から出来ていなかったので、それも
自分の責任かと思います」(嗚咽をこらえる)
刈屋「初めてのオリンピック、どうですか?」
織田「そですね。やっぱり前の選手の歓声を聞いてちょっと、やっぱり足がすくんで
しまって、まだまだだなあというのをすごい感じました」
刈屋「またこの経験を生かしてください」
織田「ありがとうございます」
刈屋「おつかれさまでした」
織田「ありがとうございました」

「織田を泣かせた」、「無神経な質問をしている」と非難する人が大勢いました。
私はNHKのHPで聞いてみましたが、何箇所か“タメ口”になったところ以外は
そんなに“ひどい”とは思いませんでした。
ただし、もともと人から話を引き出すのはうまくないようです。
大相撲で北の富士とのやり取りを聞いていると、あまり相性がよくありません。
呼吸が合っていないのです。殊勲インタビューや優勝力士へのインタビューも
ほかの人に比べて劣っていると思います。

今回の出来事で、似たような状況下でのインタビューを思い出しました。

'98年長野オリンピックでのスピードスケート、堀井学のインタビューです。
彼は、清水より先に世界のヒノキ舞台に飛び出し、'96年ワールド・カップをはじめ
数々の優勝実績を持っていましたが、当時開発されたばかりのスラップ・スケート
(ブレードのかかとの部分が、シューズから離れるようになっているもの)への
取り組みが遅れ、早めにうまく適応した選手たちに、次々に抜かれていく中で、
このオリンピックを迎えていました。
500メートルで13位と敗れ、「気持ちを入れ替えてがんばります」と言っていた
1,000メートルでも完敗でした。その1,000メートルのあとのインタビューです。

S:堀井さん、このような厳しい状況のなかで話を聞くのを許してください。
 つらいと思う。ねえ。
 どうでした、きょうは?
H:えー・・・(話そうとするが涙)
S:つらいねえ?
 オリンピックの難しさを・・・
 あなたもそうだし、ウォザースプーンも負けた・・・
 そういう感じってあります? 難しかった?
H:そうですね・・・この日本開催の・・・(懸命に言葉を捜すが見つからない)
S:プレッシャーがあった?
H:エッ。いえ。大声援の中で、期待にこたえられなかったっていうのがすごく、
 くやしいですね。
S:でも、だれもあなたを責める人はいないと思います。
H:はい。
S:つらかったと思います。
H:たくさんの・・・この日本開催の長野オリンピックで・・・
 たくさんの子供たちにオリンピックのすばらしさは、
 僕自身伝えることは出来たんじゃないかと思います。はい。
S:まだ、滑り続けるでしょう?
H:え、はい。このくやしさをバネにがんばります。
S:どうも有難うございました。どうぞユックリ休んでください。
H:どうも有難うございました。

SとあるのはNHKのベテラン、島村俊治アナウンサーです。
時間にして1分46秒、とても難しいインタビューだったと思います。普通ならマイクを
向ける状況ではない選手を対象にしているのですから。
文字だけでは分かりにくいでしょうが、まるで“激痛”に耐えているかのような表情で、
一語一語、腹の底からしぼり出すように話す堀井選手の言葉や、話し方は彼の人間性を
表していて聞いていた私も涙があふれました。

島村アナも、言葉遣いがぞんざいになったところがありますが、全体として、選手との
距離感が感じられるインタビューになっていました。そこに大きな差があります。
私は、日本の放送史に残る素晴らしいインタビューだと思っています。
つらい立場の相手への気遣いが視聴者に伝わるかどうかは、結局のところ、聞き手の
人間性、ということになるのかもしれません。

…できるだけ整理して論理的に書いたつもりですが、ファンの方が読むには“きつかった”
かもしれません。重箱の隅をつついている、と感じた方も多いでしょう。
大多数のファンは細かなことを気にせず、彼が実況中に言う“優しい”コメントに胸を
揺さぶられて好きになったのでしょうから。
しかし、実況に求められる重要なポイントがあるから“重箱の隅”をつついたのだと
理解してください。

刈屋アナには面識もありませんし、個人的な恨みもつらみもありません。
万が一にも、彼がこんなブログを読むことはないでしょうが、ぜひ、スポーツ・アナの
あるべき姿に戻ってほしいのです。
その場にいる者だけが感じられることを、用意した、あるいは、飾った言葉ではなく、
胸に浮かんだ言葉ですかっと素直に話してほしいと切に願います。
すでに指導的な立場にもなっているのでしょうから、責任は大きいのです。
このスタイルを“よし”として、真似する若手がますます増えたりしたら一般の視聴者に
とっては“最悪”です。
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そういえば、昨夜の「“みんなで選ぶベストシーン”を一挙大公開」…
最後は葛西のジャンプで締めくくったのだが、妙なことがあった。
2本目、スタート台に座る葛西の後ろ姿にかぶせたフレーズ、
「葛西、悲願のオリンピックのメダルは日本ジャンプ陣の悲願です」が
カットされていた。
スタートしたあとの「七度目の挑戦。悲運のエースからメダリストへ!
金メダルへのテークオフ!」はそのままだったが、カットの理由は何だ?
クサいと思ったか。

実況は確かテレビ東京のアナウンサーだった。
自分の局のアナならカットしたか? しないよなあ。ハハハ。

by toruiwa2010 | 2014-02-23 07:19 | 自薦・厳選300? | Comments(0)
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