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岩佐徹のOFF-MIKE

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WCメンバー発表!~岡田武史&北沢豪を思い出した~14/05/13

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05/12のツイート

日本代表が決まった。
FWの大久保を”サプライズ”とする報道もあるが、
実績あるベテランは頼りになると思う。故障上がりの
長谷部が少し心配だ。一部に“闘莉王待望論”が
あったようだが選ばれなかったね。
どっちにしろ主力はほぼ不動なんだろう。

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開幕まで1ヶ月。
日本以外にも。ブラジル、イタリア、スペイン、オランダ、イングランド、フランス…
見たいチームはたくさんありますが、とても全試合を追いきれるものではありませんから、
ライブ観戦は的を絞らざるを得ません。
日本時間・午前1時にキックオフする試合や日本人投手が先発するMLBと重なる試合は
ビデオ収録してあとで見ることになります。
それでも決勝を迎えるころには疲労が重なっていることでしょう。“毎日が日曜日”の
私でもそうですから、サラリーマンや学生は大変だなあ。ハハハ。

日本代表には自分たちの能力を限界まで見せてほしいと思います。それ以上は望みません。
そのメンバーが発表されました。
あれこれ言って見ても、“ザッケローニのチーム”であることに変わりはないのですから、
大きなサプライズがなかったのは当然かもしれませんね。
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1998年6月2日、スイス・ローザンヌ。

「…外れるのは、えー、市川、えー、カズ…三浦カズ、それから北沢、3選手です。
(市川は)チームのために、残すのは得策じゃないと判断して。カズと北沢に関しては
僕の判断で帰しました」

日本が初めて出場したフランス・ワールドカップの開幕直前、最終キャンプに参加した
選手の中から“落とした選手”の名前を岡田武史監督が発表したときの衝撃は忘れません。
“キング・カズ”が落選したからだけではありません。いろいろなことを考えたからです。

日本中のサポーターから非難の声が上がるのを覚悟の上で、苦渋の決断をした岡田さんの
胸中も思いました。1992年のユーロのときから彼を知っていたからです。
解説をしてもらったとき「頭のいい人だなあ」と感心しましたし、NHKでの解説を聞いた
加茂周代表監督(当時)が「岡ちゃんはええなあ」と言っているのも聞きましたが、まさか
それからわずか3年後、代表チームのコーチになるとは想像もしませんでした。

しかも、98ワールドカップの予選中に更迭された加茂さんの後任に指名されました。
あれよあれよという感じでした。本人も戸惑いがあったことでしょう。そんな中で
誰を選び、だれを落としても批判される最終メンバーの選考はプレッシャーがあったと
思います。ぶっきらぼうに感情を見せずに落選メンバーの名前を告げたのは、それしか
やりようがなかったからでしょう。

キャンプ地から日本に戻った三浦と北沢の態度は下を向くことなく、毅然としていて、
実に見事でした。悔しさをにじませながらも、恨み言を口にしませんでした。
プライドを持ったアスリートの“生きざま”を見せてもらいました。

2004年6月15日、ポルトガル・リスボン。

ユーロ2004の4日目でした。
この日、私たちリスボン班はお休みでした。スタッフや解説者たちがプールに行ったり、
買い物、洗濯など、たまっていることの処理に追われている一方、私は、部屋にこもって
翌日 担当するロシアvsポルトガルのための準備をしたあと、夕方、プロデューサーと
落ち合ってホテル近くのレストランに食事に行きました。
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注文を終え、ビールが来て「おつかれさま」と乾杯したところで彼の携帯が鳴りました。
こういうときの携帯でいいことがあったためしはありません。ハハハ。
店の外でしばらく話していた彼が戻ってきて「ちょっと、問題が起きました。スタッフが
パリで乗り継ぎに失敗しました。ホテルにもどって処理をしてきます」と言うのです。
だいぶ時間がたってから戻ってきた彼の話はこうでした。

この日、解説者の北沢豪さんがリスボンに到着する予定でした。しかし、マネジャーが
「パリで接続便に乗り遅れた」と伝えてきたのです。
到着が1日遅れても放送には問題はありませんが、空港に迎えに行っているスタッフへの
連絡や代わりの飛行機の手配のためにプロデューサーはホテルに帰ったのです。

聞けば、“時間的に間に合わなかった”のではなく、待合室にいたにもかかわらずパリから
リスボンに飛ぶ便の搭乗アナウンスを“聞きそこなった”というのです。
大の大人が2人いて、聞きそこなうか?ハハハ。
…当然、そんな疑問が頭に浮かびます。そして、すぐに「ははーん」と思いました。

98ワールドカップのとき、開催地・パリを目の前にして日本に帰された北沢さんにとって、
パリは“特別な思い入れ”のある街なんです。日本を出る前から“仕込んで”いたのか、
それとも、パリで接続便を待っている間に“ひらめいた”のかは知りませんが、きっと、
まあ、そういうことなんでしょう。ハハハ。
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翌日、北沢さんは颯爽とリスボンに姿を見せました。もちろん、“もの分かり”がいい
私たちは何食わぬ顔で出迎えました。上機嫌で解説もしてくれましたし、彼にとって
いろんな意味で忘れがたいいい旅になったことでしょう。ただし、だからと言って、
「うまいことWOWOWをだましてやった」とは思わないように。ハハハ。

さて、4年に1度の大会の開幕が迫っているのに、例によって事前の情報収集をまったく
やっていません。これで本当に楽しめるのか…少々不安もありますが、これから始めても
付け焼刃じゃ役に立たないでしょう。このまま、“手ぶら”で行くことにします。ハハハ。
by toruiwa2010 | 2014-05-13 08:34 | サッカー | Comments(0)
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