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岩佐徹のOFF-MIKE

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2014鎮魂の旅~三陸鉄道・田老町・女川・閖上~14/06/02

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東北に慌ただしい旅をしてきました。
震災のあと続けている旅ですが、例年と違ったのは一泊したことです。
1日目のコースは 新宿-大宮-盛岡-宮古-田老-久慈-八戸―仙台です。
家を出てから仙台に着くまで12時間ちょっと…その間、トータル10時間弱、電車と
バスに揺られていたことになります。さすがに疲れました。ハハハ。

出発したのは30日です。
ええ、全国的に猛暑になった金曜日です。とんでもない日を選んでしまいました。

東北新幹線“はやぶさ”で盛岡へ。
ここからは長距離高速バスに乗りました。
2時間15分、緑の濃い山あいの道を行きます。乗客は私を入れて3人でした。途中で
乗り降りした人が3人いたものの、料金2030円x3+αで果してガソリン代が出るのかと
心配してしまいました。

道中、最近は噂も聞こえてこないあの人のポスターを何回も見ました。小沢一郎です。
そうか岩手だものなあ、と思いました。名前の横に「生活を守る」と書かれていました。
今はもっとほかに守らなければいけないものがありそうですね。ハハハ。
ほぼ匹敵する数の安倍総理のポスターも散在する農家の壁に貼られていました。こちらは
おなじみの「日本をとりもどす」のコピーとともに。本当に取り戻せているのかどうかと、
ひとり、突っ込みを入れつつ居眠りすることもなく宮古に到着。

ここに来た目的は4月に復旧した三陸鉄道に乗ることでした。
北と南がありますが、今回は距離の長い北リアス線を選びました。
次の電車が1時間後に来るならば、被害がひどかった田老町の状況を見たかったのですが、
あいにく、私が乗る電車のあとは2時間、待つことになるのであきらめていました。

しかし、バスの中でいろいろ検討しているうちにアイディアが浮かんでいました。
客待ちのタクシーの運転手さんに「田老町までどのくらいかかりますか?」とたずねると、
「20分ぐらい」という答えでした。
そのとき、12時55分でした。1時15分に次の電車が宮古を出るまで20分あります。
電車が4っつ目の田老町に着くのは34分です。20分で行けるなら、電車が来るまでの
19分間で、少し町の様子が見られる…そう判断して、タクシーに乗り込みました。

宮古駅前を出発してすぐ45号線に入ります。
坂道にさしかかってまもなく、“津波がここまで来た”ことを示す看板が見えました。
運転手さんの話だと、田老町は高台への移転がスムーズに進んでおらす、町を出る人も
多いそうです。45号線の両側に新築の家がたくさん建っていましたが、「ほとんど田老町の
人たちですよ」ということでした。

田老町の手前では明治時代の大津波の到達を記録したものを目にしました。
この町は1800年代から何度も大きな津波を経験しているのです。

今回は高さ10㍍、“万里の長城”と呼ばれる堤防を乗り越えた津波が町を襲い、181人が
犠牲になったそうです。
いま、従来のものよりさらに高い、14.7㍍の防潮堤の建設が進んでいます。堤防の上には
海外からの見学者の姿もありました。
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近くまで行く時間はありませんでしたが、遠く、高台で宅地造成工事が行われていました。
移転は来年の秋になるという話でした。その横に見える建物は東日本大震災の遺構として
保存されることになった“たろう観光ホテル”です。

予定通り、三陸鉄道に乗り、久慈を目指します。
リアス式海岸を眺めながら行くのかと思いましたが、トンネルの連続で、景色はほとんど
見られませんでした。観光が目的ではありませんからいいのですが、正直に書くならば、
「南リアス線を選ぶべきだったか」とちょっと後悔したのは事実です。ハハハ。
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津波をもろに受けて壊滅的だった島越、田野畑を通過します。
車内アナウンスもあり、ここでは乗客がどよめきました。電車の中にも東南アジア系の
団体客がいました。彼らにとっても他人ごとではないのでしょう。
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久慈から在来線で八戸に出て新幹線で仙台へは6時半に到着。
NAVIさまさまです。10年前なら、今ごろ、まだどこかウロウロしていることでしょう。
ハハハ。

ホテルに紹介してもらった店でおいしい魚を食べました。注文した生ビールをはやばやと
飲み干してしまい、気の弱い私は勧められるままに日本酒をヒヤでいただきました。
“乾坤一”という銘柄でしたが、なかなかおいしかったので、調子に乗って2杯も!
そのせいか、カードで払うつもりだったのに、うっかり現金で払ってしまいました。
翌日の“トラブル”の発端です。

泊まったのは、仙台に着いてから探したコンフォート・ホテル仙台西です。
電話で聞いた通り歩いて行くと、それ“らしき”文字が目に入りました。しかし、1階に
フロントっぽいものが見えず、地下へ降りるエスカレーターしかありません。しかも、
そこはパチンコ屋です。「へえ、「多角経営なんだ。地下にフロントがあって上階の客室に
エレベーターで上がるんだ」と勝手に決めて降りていきました。やっぱり、フロントは
見当たりません。景品交換所の愛想のいいお兄さんに「フロントはどこに?」と聞くと、
「えーと、いったん、外に出て、右隣のビルに入り口があります」と教えてくれました!

私が迷いこんだのは“コンサート・ホール”だったのです。笑えますか?
“コンフォート・ホテル”と“コンサート・ホール”…似てるじゃないですか。ハハハ。

翌日は、石巻から女川と、いつものコースを行き、復興の様子を見ました。
石巻駅周辺はだいぶ活気が出ていました。駅前の、ひそかに“銀座通り”と呼んでいる
商店街には震災の傷跡が見えません。
しかし、石巻からの電車も浦宿からはバスで代行運転している女川は相変わらずでした。
がれきは除去され、土地の整備も進んでいるようですが、人の気配がありません。
港周辺には店舗以外は建てられないようですから、仕方がないのでしょう。
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まだ、横倒しになったままの建物がありました。漁業関係者がシケのときに泊まる設備に
利用していたというビルと警察の建物です。鉄筋のビルがこのような倒れ方をするのは
珍しいらしく、専門家たちからぜひ残してほしいと言われているのだそうです。
各地で、さまざまな建築物を震災の遺構として残したいという意見と、悲しい思い出に
つながるから撤去しようという意見が対立していると聞きます。人の思いはそれぞれ…。

人それぞれと言えば、ホテルで見たNHKの番組(30日)で防潮堤を取り上げていましたね。
岩手、宮城、福島…400㌔に及ぶ沿岸に約600か所、高さ10㍍を越える巨大な防潮堤を
建設する計画があります。総費用は1兆円!
100年に一度来るかどうかという大津波、もしかすると来ないかもしれない大津波のために
そんなものを作る必要があるのかなど、議論が噴出していますが、宮城県知事は「100年後、
200年後の県民の生命を守るという使命が私にはある」と言います。

そうだなあ。これだけの被害が出た以上、二度とこんな犠牲を出さないようにするのが
知事の使命だよなあ…と思います。
しかし、一方で、今を生きている人々が「日々、当り前のように眺めてきた海の代わりに
灰色のコンクリートの壁を目の前にして生きるのは切ない」と訴えるのを聞けば、これも
よく分かります。難しいですね。

費用対効果の問題もあります。
気仙沼のある地域では、人が住むことがなくなり、守るのは農地と国道“だけ”なのに、
226億円をかけて防潮堤を作ることに異論が出ていると紹介していました。
考えれば考えるほど厄介な問題ばかりです。政府・行政の動きが鈍いといつも思いますが、
どちらかに決めれば傷つく人たちがいる。それも、すでに十分傷ついている人たちが。
第三者には、軽々しく立ち入れません。

毎年訪れているところを全部回りたいのに、現金が乏しくなっていて、この日の行動は
こまめに計算しながら進める羽目になりました。
時間も節約したいので、石巻と女川の往復にはタクシーを使いたかったのですが、金額を
聞いてあきらめ、行きは電車を利用しました。

最後にどうしても行きたい名取・閖上(ゆりあげ)地区の日和山神社はタクシー以外に移動の
手段がありません。そして、いくらぐらいかかったか記憶がありません。帰京の新幹線に
乗る前に軽くウドンでも食べたいと思っていましたから5000円は残しておかないと、と
考えていました。6時47分発のバスで石巻に向かいましたから、朝も前夜、コンビニで
買った菓子パンを食べただけだったのでお腹もすいていたのです。名取までの電車賃も
差し引くと、タクシーに使えるのは4000円あるかどうかです。

仙台に戻ったところでタクシー会社に電話をして、名取駅から神社まで往復すると料金は
どれぐらいかと聞くと、4000円前後だという返事でした。きわめて微妙。ハハハ。
思いついて、「神社までの距離が近い駅はほかにありますか?」と尋ねると「美田園駅が
少し近いかも」と言われました。

即決でそこまで行くことにしました。PASMOが使えると分かったときは大金を拾った
ような気分でした。ハハハ。
美田園駅にはタクシーはいないと聞いていたので、発車間際のホームから、さっき料金を
問い合わせたところに「12時6分に着く電車に乗るから来てほしい」と頼みました。
待っていたタクシーに乗り込んで「どれぐらいかかりますかね?」と聞くと運転手さんは
「4000円弱じゃないかな。大丈夫。私も腹をくくってきたから」と答えました。
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言っている意味がよく分からないまま、メーターとにらめっこで、怪しくなったら駅に
Uターンしようと決めて出発しました。
簡素な神社が小高い丘の上に立っています。ここに立つと、あの津波が襲ってきた海も、
家や田畑を飲み込んでまるで龍のように走って行った津波を食い止める役目を果たした
東部道路も見通せます。去年と余り状況は変わっていませんね。

駅に戻ると料金は3000円を切っていました。
帰り道で分かったのですが、運転手さんの“腹をくくる”とは4000円を越えたら自分で
払うつもり…ということでした。
前夜、食事をした店の大将に「仙台にはよく?」と、帰り際に聞かれ、「いえ、震災のあと、
年に一度、ちょっとだけお金を落としに来るんです」と言うと、頭を下げて「ありがとう
ございます」と言っていました。
運転手さんも同じ気持ちで“自腹”覚悟で迎えに来てくれたのです。
目頭が熱くなりました。

個人差はあっても、東北の人は口数が少ないです。
しかし、東京から…と言うと、例外なく喜んでくれます。
私にできることはこれぐらいしかありません。
これからも、この旅を続けます。
風化とか忘れるとかは考えられません。

by toruiwa2010 | 2014-06-02 08:54 | 旅に出る食べに行く | Comments(8)
Commented by 岡本 豪 at 2014-06-02 12:31 x
岩佐さん、ご足労ありがとうございます。
学生時代過ごした仙台に、転勤で17年ぶりに暮らして2ヶ月経ちました。
閖上の日和山神社にも伺いましたが、現在の光景と、写真が掲げてあった以前の街並みとがどうしても結びつかず困惑した覚えがありますね。
暑いなか、おつかれさまでした。またおいでくださいませ。
Commented by じゅんじ at 2014-06-02 12:32 x
岩佐さん、こんにちは。

テレビでしか現地のことを知ることが出来ない私たちには大変貴重なお話でした。
「普通」に戻ることでさえどれだけ大変な事なのかは実家が西宮なのでわかります、
それでもなお被災地を訪れる方たちを
喜んで迎えてくれることに強さを感じます

あらためて今私に出来ることは何かあるのか、と思い出させていただきました。
Commented by toruiwa2010 at 2014-06-02 12:35
岡本 豪さん、こんにちは。

私が行くところがたまたまそうなのでしょうが、
人が生活している”匂い”が戻っていないことに
胸が痛みます。
Commented by reiko71 at 2014-06-02 12:37 x
私も、思わず眼がしら熱くなりました。
防潮堤のことなど、おっしゃる通り真っ二つに意見が分かれ、どちらを取っても傷つく人々がいる。。本当に現地の方々の思いを思うと、私のように、東京でのほほんと暮らしている外野から、余計なことは言えないな、という思いを強くします。
是非是非、毎年旅を続けてくださいませ。
及ばずながら、私も私で出来ることを続けたいと思います。



Commented by toruiwa2010 at 2014-06-02 12:39
じゅんじサン、こんにちは。

震災以来、ずっと思っていますが、東北でない
地域で起きていたら、国民がもっと大声を
出していたはずです。
東北の人たちの我慢強さが行政の動きの
鈍さを招いているように思えてなりません。
Commented by toruiwa2010 at 2014-06-02 12:40
reiko71サン、こんにちは。

年齢的に涙もろくなっているのは事実ですが、
毎年、タクシーの運転手さんと少し話すだけで
胸が詰まりることがあります。
Commented by 赤ぽん at 2014-06-02 14:54 x
岩佐さん、こんにちは。

“年に一度の被災地訪問”、私も超微力ながら続けております。
今年は3月に小名浜・塩屋崎方面の福島から北茨城を廻ってきました。
今年は車で行きましたが、現地で到着後すぐと、帰り間際にガソリン給油し
小名浜の市場近くで海鮮丼の食事と、近くの立寄り湯(日帰り湯)に寄って
遅くに帰宅しました。
立寄り湯は某有名温泉街ですが福島の風評のせいか、客足はそれほど
伸びていないとのことでした。
塩屋崎の灯台近くの海辺には、震災1年後の石巻や気仙沼のような
被災した建物がまだいくつか残っていました。

貧乏な訪問ですが、地元の人々とのふれあいからその地で少しでもお金を使って
2年前、1年前よりちょっとでも笑顔が増えたかな?!と思えるような
訪問を岩佐さん同様、私も続けようと思っております。
Commented by toruiwa2010 at 2014-06-02 16:43
赤ぽんサン、こんにちは。

福島は別の形で足を運ぶことにしています。
続けることが大事ですね。
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