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岩佐徹のOFF-MIKE

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テニスからサッカーへ~歓迎 過密スケジュール~14/06/05

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今年の全仏は一度見ただけです。
前哨戦の出来があまりよくなかったと聞いたナダルが気になって4回戦のラヨビッチ戦を
少しだけ見ました。ほとんど問題がなさそうなので第2セットの序盤でやめましたが。
ハハハ。

そんなことより、全仏のラウンドがここまでくると、毎年、思い出すことがあります。
「あのころは充実していて楽しかったなあ」と。

最後は残念な形で袂を分かつことになりましたが、WOWOWには感謝しています。
マイクから離れて8年以上も過ぎたポンコツにもかかわらず、再び実況の世界に戻して
くれましたし、かなり“おいしい”仕事をさせてもらいましたから。ハハハ。

取り上げるのは、競技そのものは“マイナー”かもしれませんが、試合や大会はどれも
世界最高レベルですから、実況者としてはたまらんのです。
しかも、地上波のアナではありえないような密度の濃いスケジュールにも恵まれました。

1992年にはラスベガスでタイソンのボクシング、そのあと、オーストリア、スロベニア、
フィンランドとヨーロッパを転々としつつ、アイスホッケー世界選手権を実況しました。
私の海外出張の中で3番目に長い56日間でした。

97年はカナダ・オンタリオで女子ゴルフ、アメリカ・ニューヨーク郊外で男子ゴルフの
メジャーを実況したあと、全米オープン・テニスを担当しました。47日間でした。
日数は短かったですが、楽しかったのは1999年の5月です。
全仏オープン開幕前日、パリから1泊でイタリアに飛びました。中田英寿のペルージャが
セリエA残留を、ACミランがスクデットを賭けた試合を実況するためです。
放送を終えたあとローマまで車を走らせ、翌朝一番の飛行機でパリに戻って初日の午後の
試合を実況しました。忙しかったですが、ワクワクする仕事でした。

ほかに、心が躍ったのは1996年、2000年。2002年、2004年の夏でした。
なんだかわかりますか?

96、2000,04は全仏オープンのパリからそのまま、ロンドン、ブリュッセル、リスボンに
移ってサッカーのユーロを、2002年は全仏のあとワールド・カップを実況しました。
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96年は忘れがたいです。
PCは始めていましたが、まだ値段がかなり高かったノート型には手が出ず、海外に出ると
情報取集はとても難しい状況でした。東京にいる間は何とかなりましたが、私はユーロが
始まる3週間前には日本を出てしまいます。テニスの実況があるからです。
全仏が終わって私がロンドンに入るのはユーロ開幕から4日目ですから、テニスの実況と
並行してサッカーの情報も集めておかなければいけません。

WOWOWが世話になっているニューヨークの会社に頼んで、サッカー関係のニュースを
プリントしてパリのホテルにファックスしてもらうことにしました。
テニスの仕事が終わってホテルに戻ると、毎晩、フロントがうんざりした顔で紙の束を
渡してくれたものです。用紙がなくなることを示す赤いインクがいつも見えていました。
ハハハ。

2000年も、全仏を終えてブリュッセルに着いたとき、すでにユーロは始まっていましたが、
その頃にはノートPCを持ち歩くようになっていましたから、準備も万端でした。

2002ワールド・カップもテニスの期間中に開幕していました。
このときは、控室でサッカーの放送を流すと集中できないので、プロデューサーに頼んで
“禁止”にしてもらいました。アナウンサーにもスタッフにもサッカー好きが多かった
ですから恨まれたと思います。しかも、WOWOWの部屋では禁止でも薄い壁をへだてた
隣のテレビ東京はフリーでしたから、歓声が聞こえてくるのです。地獄でした。ったく。
ハハハ。

帰国したのは6月11日でした。5月31日から始まっていたワールド・カップの熱気は
日本国中を覆っていてユーロのときにはなかった“出遅れ感”を痛いほど感じました。
この3大会を思えば、日程がずれていたせいで、開幕前に現地入りできたユーロ2004は
天国みたいでした。
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薄い紫色のジャカランダが咲くポルトガル・リスボンは最高でした。
1月に前立腺がんが見つかり、秋に手術することが決まっていましたし、さまざまな理由で
「サッカー実況はこれを最後にしよう」と覚悟して臨んだ大会です。
気候も食事も最高だし、同行した解説者や制作スタッフ、担当カードも文句なしでした。
サッカーの実況者として最後に担当したQFのギリシャvsフランスがあくびが出そうな
凡戦だったこと、いつもは決勝まで担当するのに、大会中に帰国したことを除いて。ハハハ。

経験のない人には“過密”に見えるかもしれないスケジュールでも、本人は違います。
クォリティの高いイベントを立て続けに担当するのは“冥利”に尽きます。こんなときは
アドレナリンが勢いよく流れて疲れなど感じないものです。
疲れるどころか、一つのイベントが終わった夜のホテルで、使った資料を丸めて部屋の
隅のゴミ箱に叩き込むときの爽快感はたまりません。ハハハ。

間もなく開幕するワールド・カップには何人のアナウンサーが関わるのか知りませんが、
いまごろ、期待と興奮で高揚していることでしょう。
体調に気を付けて、悔いの残らない実況をしてほしいものです。
えーと、大会中、突っ込むことがあると思いますが、あしからず。ハハハ。
by toruiwa2010 | 2014-06-05 07:06 | サッカー | Comments(6)
Commented by 梶田哲二 at 2014-06-05 14:14 x
岩佐さん、こんにちは。初めてコメントさせていただきました。80になる母と毎日こちらのブログを楽しませていただいてます。
母と何年も前から疑問に思っていた事があります。佐さん、WOWOWの試聴料金はお支払いしてませんよね?理由はWOWOWの実況アナウンサーだった方がまさか一般人と同じように毎月支払うなんてありえない。当然WOWOW持ちに決まってる。WOWOWはそれくらいやらなかんって私が思ってるだけなのですが…
無礼な質問だと思われましたら、削除して下さい。
Commented by toruiwa2010 at 2014-06-05 15:06
梶田哲二さん、こんにちは。

80歳のお母さんに刺激が強すぎないことを祈ります。
ハハハ。

WOWOWには今はもちろん、在籍中も
ちゃんと払ってました。どういう考え方なのか
分かりませんが。ハハハ。
Commented by ヤップンヤン at 2014-06-05 17:52 x
今年もゴールデンウィークならぬスポーツのゴールデンマンスの6月がやってきました。今年はW杯が加わるので、うれしい悲鳴です。岩佐さんもWOWOW時代のように過密日程のテレビ観戦になりそうですね(笑)。
Commented by toruiwa2010 at 2014-06-05 18:37
ヤップンヤンさん、こんばんは。

うまく調整しないと体を壊しそうです。
今日はまず早寝して明日02時からの
田中の登板にそなえます。
Commented by デルボンバー at 2014-06-05 23:52 x
スポーツニュースを視ていたら、あのドンジマーが亡くなったとのこと.........。ちょうどフジが大リーグ中継を始めた頃は、ボストンの監督をやってましたよね。78年のシーズンはヤンキースにまさかの大逆転負け。十数年後、その宿敵のコーチになったときはちょっとびっくりしました。R.I.P......。
Commented by toruiwa2010 at 2014-06-06 02:07
デルボンバーさん、おはようございます。
ジマーはヨギ・ベラと同じように愛されるタイプの
男でしたね。
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