ブログトップ | ログイン

岩佐徹のOFF-MIKE

toruiwa.exblog.jp

実況、ドラマなど放送全般、映画、スポーツ全般、 旅、食、友 etc

自薦・厳選300?犬筥…読めるかな?14/07/26

d0164636_79514.jpg
おすこやかに( 2007.03.20 初出 )

人の記憶はいったい何歳ぐらいまでさかのぼるのでしょうか?
断片的なものは別にして、私がはっきりと思い出せるのは、6歳の夏の午後です。
昭和20年8月15日、道路わきで近所の大人たちが深刻な顔つきで話していました。
“玉音放送”…日本がポツダム宣言を受け入れて、無条件降伏することを国民に告げる
天皇陛下のお声をラジオで聞いてきた人たちだったのです。

3歳年下の妻の記憶はもっと幼いときにさかのぼります。
彼女が3歳だった昭和19年、第2次世界戦争の末期でした。食べ物を手に入れるために
母親が雛人形を手放すことにしたときのことを覚えているというのです。妻の推測では、
子供たちのために最後まで残してあったものだろうということです。

当時 東京に住んでいた人たちはアメリカ軍による空襲を逃れるために、親戚を頼って
地方に身を寄せました。“縁故疎開”です。
当面の安全は確保しましたが、食べ物の調達は大変でした。特に、夫を戦地に送ったあと、
子供を抱える母親は切ない思いをいやと言うほど経験したはずです。農家は米や野菜を
譲るときに現金を受け取らず、モノとの交換を求めました。“物々(ぶつぶつ)交換”です。

疎開先の群馬で米などと交換に農家に渡った雛人形の中に犬筥(いぬばこ)があったことを
妻はしっかり記憶していると言います。
犬筥への“傾倒”は最近のことだと思っていただけに、それを聞いてビックリしました。
d0164636_793649.jpg
そんな妻が2週間かけて製作した犬筥が完成しました。
いまでは「筥」を「箱」と書くことも多いようです。
犬は多産かつ安産であることが知られています。厚生労働大臣が泣いて喜ぶことでしょう。
ハハハ。

昔はひな人形と一緒に飾られていました。今でもそうする人はいるでしょうが。
産室や、生まれた子供の枕元に飾って、安産や子供の無事な成長を祈ったのです。
紙を固めて作られています。張子ですね。中は空洞…というか、胴体の中ほどで上下に
分かれる箱状のもので、お守りなどの小物を入れるようになっています。
妻は、遠い昔、母親の手の中にあった犬筥の形の面白さや不思議さに惹かれたそうです。

雛人形めぐりにはかなりつき合わされますが(ハハハ)、とうとう製作にまで乗り出すとは!
いろんな種類の紙粘土を試した挙句に一番ぴったり来たのは近くの文房具屋さんで買った
“ありふれた”ものだったそうです。ハハハ。

形は犬ですが、顔は“人面”なのがこの人形の特徴です。
図画工作の時間がもっとも苦手だった私は特に人の顔を描くことができませんでした。
もともと美大に行くのが夢だった妻にはどうってことはないのでしょう。なかなかいい
できばえだと思います。欲目だと言われそうですが、年月が過ぎて、“時代”が加わると
その昔の匠たちの手になるものにも見劣りしなくなることでしょう。ハハハ。

この作品が岩佐家の門を出ることはありませんが、友人の“出産祝い”にはぜひ、犬筥を
贈りたいと考えています。

“記憶”に戻りますが、遠い昔のことはともかく、最近は昨日の晩御飯が何だったのか、
思い出せないことが多くなっています。ハハハ。
ナンプレで必死に脳を鍛えていますが、間に合うのでしょうか?
by toruiwa2010 | 2014-07-26 07:09 | 自薦・厳選300? | Comments(2)
Commented by 老・ましゃこ at 2014-07-27 15:25 x
戦争、疎開を挟んで様々な体験をなさって来られ、
折々の思い出、特に子供の頃の思い出にまつわるお話は
しみじみとして伝わってきます。
奥さまの犬筥制作のこだわりなどのお話も
こしらえてゆくときの真剣な気持ちや真心を感じました。
私もナントカ形にできればと思って拙い作品作りに
それこそ「燃える」時があるのですが、
こだわるエネルギーって本当に大事だなぁと、改めて感じました。
Commented by toruiwa2010 at 2014-07-27 15:40
老・ましゃこサン、こんにちは。

昭和13年に生まれました。
幼さのせいで、戦中・戦後の
記憶がぼやけているのは
幸いだったかもしれない…と
ときどき思うことがあります。

作品作りにとりかかったときの
妻の打ち込み方は”すごい”です。
名前
URL
画像認証
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。