ブログトップ | ログイン

岩佐徹のOFF-MIKE

toruiwa.exblog.jp

実況、ドラマなど放送全般、映画、スポーツ全般、 旅、食、友 etc

自薦・厳選300? フジテレビ“遊軍”14/10/05

d0164636_6452596.jpg1着2着はどうでもいい! ( 2008.08.19 初出 )

オリンピックをこれほど“たっぷり”見るのは初めてかもしれません。
子供のころからスポーツを見るのは大好きでしたから、1954年に遅ればせながら我が家に
テレビが来て以来、熱心に見てはいたはずです。しかし、“衛星中継”以前は今ほど放送が
ありませんでした。
小野喬が体操の個人総合で優勝したメルボルン(1956)、はだしのアベベがアッピア街道の
石畳の上を哲学者のような顔で黙々と走って金メダルを獲ったローマ(1960)あたりからは
はっきりとした記憶が残っています。

東京オリンピックからは、仕事として、スポーツ・アナとして見ることになりました。
入社2年目の私は、フジテレビがネット局を総動員した“オリンピック放送実施本部”に組み込まれ、目の回るような2週間あまりを過ごしました。
d0164636_6445049.jpg
前日の大雨が嘘のように、スッキリした秋晴れの中で迎えた開会式でスタートした大会は
スムーズに進みました。日本勢は、たしか、重量あげの三宅義信に始まって、お家芸の
レスリング、体操、柔道で金メダルを積み上げ、女子バレーが完璧な強さで優勝しました。

実施本部の中には“遊軍”と呼ばれる部署があり、社内の“切れ者”が集まっていました。
私の2年先輩になる日枝久氏(現・フジテレビ会長)もその一人です。このグループのおもな
仕事は、選手やその関係者をスタジオに連れてくることでした。
いまのように、メダリストが各局のスタジオをぐるぐる回る時代ではなく、言ってみれば、
“奪い合い”、“早い者勝ち”だったのです。どの“線”をたどっていけば有利か、どこで
コンタクトし、どのルートでスタジオに運ぶか…知恵の出し合いでした。

この大会、“かつてはお家芸だった”水泳で日本はメダルが獲れないまま、競泳の最終日を
迎えました。しかし、最後のレースになった男子800メートル・リレーでプレッシャーを
はねのけて3位に食い込んだのです。当然、テレビ各局はメンバーを奪い合いました。
勝ったのはフジテレビの遊軍でした。どんな手を使ったのか、詳細は知りません。しかし、
他局のスタッフにさとられることなく選手を会場から連れ出すために、遊軍が選んだのが
なんと厨房を抜けるルートだったと聞いたときは“あっぱれ”だと思いました。
メダリストがスタジオに到着したとき私たちは拍手で迎えましたが、遊軍のメンバーにも
“Good Job”と賞賛することを忘れませんでした。ハハハ。

そして、アナウンサーとしての私は、このレースを実況した、敬愛する関西テレビの先輩、
故・松本暢章アナが750メートルを折り返したあたりで発した「1着2着はどうでもいい。
日の丸が上がる。日章旗が上がる」(正確ではありませんが)のフレーズが忘れられません。
“応援放送”は自分がやるのはもちろん、他人がやるのを聞くのも苦手です。しかし、
このときのこの言葉は心に残りました。日本人みんなの気持ちと完全に“シンクロ”して
いたからだと思います。

私の中では、歴史に残る素晴らしい実況なんですが、正確なフレーズがどうだったかを
探ろうとして検索しても思わしい結果が得られませんでした。
かわりに、ある音楽家がこんなことを書いていました。

<<<私は基本的にはオリンピックが嫌いである。東京オリンピックは大学3年だったが、
TVで見たのは水泳の最後、800メートルメドレーだったかな。
1着2着はアメリカ、オーストラリアで、日本は水泳では初めてで最後のメダルが取れるか
どうかでNHKアナウンサーのばかげた絶叫「1着2着はどうでもいい、頑張れ日本!」
をよく覚えている。なんとかドイツを破って3着に入って大騒ぎ。バカバカしい。
だいたいオリンピックなんてメチャクチャのウソで塗りこめた壮大なインチキイベント。>>>

…まず、アナウンサーはNHKではありません。そして、水泳に800のメドレーリレーが
あるのかな? 勉強しなおしていらっしゃい、と言っておきましょう。まあ、音楽家じゃしょうがないですけど。ハハハ。


そして、昨日、“美と力”を見せたエレナ・イシンバエワ
d0164636_6504712.jpg
by toruiwa2010 | 2014-10-05 06:50 | 自薦・厳選300? | Comments(2)
Commented by 赤ぽん at 2014-10-08 13:01 x
岩佐さん、こんにちは。

昨日NHKで10分間でしたが東京五輪サッカー日本対アルゼンチン戦が
放映され、おそらく史上最古?!の実際のテレビでオンエアされた
日本代表戦を見ました。アナと解説者のついたテレビ放送の実況は言葉使いも
古めかしく(当時は普通だったのでしょうが)「〇〇で“ございます”」とか
「“よく”防ぎました」の“よく”が何回か出現、聞いたことの無い“スワープ”
や“ドッチング”という言葉で左ウイングの杉山の動きをアナが説明。
GKの“フィスティング”はもうこの時には使われていましたね。
また、アナは解説者に説明させる時にプレー中は呼び捨ての選手名を
「今の小城“くん”の動きは?」など君付けでした。
(アナと解説者が誰かの説明はありませんでした)

なにかと面白い映像でフルバージョンを見たくなりましたね。
そしてこの頃から岩佐さんも仕事をされていたのかと思うと時代を感じましたw
Commented by toruiwa2010 at 2014-10-08 13:15
赤ぽんサン、こんにちは。

私は東京五輪のサッカーを見た記憶がありません。
昭和30年代初めに大学選手権をラジオで聞いた
覚えはあります。古色蒼然…、ハハハ。
名前
URL
画像認証
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。