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岩佐徹のOFF-MIKE

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自薦・厳選300?負け惜しみではなく…14/10/18

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なりたいと思わなかった五輪アナ (2008.08.23 初出 )

「いやあ、岩佐君、大変だったよ」
…1976年の夏のことです。民放の代表として参加したモントリオール・オリンピックから
帰国した先輩アナウンサーが話し出しました。
以下は、部分的に私の記憶が間違っている可能性もあると思って読んでください。ハハハ。

このとき、民放からモントリオールに派遣されたアナウンサーは 二人だけでした。
この先輩とテレビ朝日のMアナウンサーでした。私の同期生ですから、入社14年目…
それなりに経験を積んでいるうまいアナウンサーだったと思います。
先輩の話は、メンバーの中で最年少のMアナが1日の終わりに毎日開かれた“反省会”で
“国営放送”のベテランたちから “ダメ出し”をされていたというものでした。

腹が立ったのか落ち込んだのかは分かりませんが、Mアナは「私は日本に帰ります」と訴え、
先輩は“立場”もあって、それをなだめるのが“大変だった”のです。
“やっぱり”と思いましたそれまでに聞いていた話からも想像できることだったからです。

1972年のミュンヘン・オリンピックに、民放は日本テレビ・越智、TBS・渡辺、フジテレビ・
小篠という豪華なアナウンサーを送り込みました。このときは、NHKとは別でしたが、
モントリオールのときは“合同”で実況をしたのです。
放映権料の高騰などがあって、NHKと民放が“ジャパン・コンソーシアム”(JC)を作って
中継するようになったのは1998年の長野オリンピックからだったと記憶しています。

私がフジテレビでアナウンサーをしていたのは1982年1月末まででした。
経験15年でしたから、そのままアナウンサーを続けていれば、“オリンピック・アナ”に
なれたかもしれません。しかし、チャンスがあっても、“命令”ではなく“打診”だったら
間違いなく断っていただろうと思います。その理由のひとつはMアナの件でした。
プライドが強い私のことですから、同じシチュエーションに追い込まれたら、どんなに
説得されても“バイバイ”することが目に見えているからです。ハハハ。
しかも、充分な準備をしないと不安になるタイプですから、今日はソフトボール、明日は
水泳というスケジュールで仕事をこなすことは無理だったでしょう。
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今回のオリンピックのテレビ放送を見ていて、気になることがありました。
NHKの工藤、テレビ朝日の森下両アナが“目立つ位置”を若手アナに譲っていたのでは
ないか、ということです。
セーリング(ヨット)の中継を見たとき、地味な種目なのによく勉強していて素晴らしいと
思ったのがきっかけでした。たぶん、担当したのは森下アナだろうとチェックしていると、
彼が書いたコラムにたどり着きました。2004年のアテネ大会後にこう書いていたのです。

「(過去の大会で恵まれた仕事をさせてもらったので)今回はもう少し目立たないところで、
ほかのアナウンサーたちのサポート役に回れれば、などと考えていました」
…前回、すでにそう考えていたのなら、今回はますますその思いは強かったと思われます。
「優しいなあ」「偉いなあ」と思う部分もありますが、私としては少々“疑問”が残ります。

私自身は、“現役時代”に、「いつも、自分ばかりがいい思いをしてはいけない。今回は
若い人にチャンスをあげよう」と考えたことはありませんでした。
“おいしい仕事”をしたければ、自分で勝ち取れ、という考え方です。
“自分勝手”、“意地悪なやつ”というソシリは覚悟しています。ハハハ。
「それでは、若手が育たないではないか?」と非難されることも避けられないでしょう。
しかし、一方で、こんな考え方もあると思うのです。
オリンピックは“育てる場”なのか?視聴者には“ベスト”を提供するべきではないのか?
…微妙なところですね。ハハハ。

今回、“目玉種目”を担当したアナウンサーの平均年齢は、これまでで一番若かったのでは
ないかと思います。みんな、よく勉強していました。私が同じ年齢のときには、とても
できなかっただろうと思う実況をしていました。すごいです。
ただし、仕方がないのでしょうが、ほとんどすべてのアナウンサーが“日本がらみ”の
試合になると“絶叫中継”になっていました。
北島の見事な連覇やボルトの圧倒的な速さなどは、森下アナや工藤アナのベテランらしい
落ち着いた実況で聞きたかった、と思ったのは私だけではないはずです。
“Warm Heart,Cool Tongue”(気持ちは熱く、しゃべりは冷静に)…私の造語です。たぶん、
言うほど簡単ではないのでしょう。「経験のないヤツは黙っとれ」ですかね。ハハハ。

なお、今大会で私が最も素晴らしいと感じたセーリングの実況はやはり森下アナでした。
解説者が感心している様子が分かりました。さすがです。
最年長(?)のNHK・工藤アナにも期待したのですが、今回は“絶叫”が目立ちました。
若手に引きずられてしまったのでしょうか?
私の中では、アナウンサーのMVPは森下アナで決定です。ハハハ。
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もうひとつ気になったのは、いかにも、“私がアナウンサーだから”のものです。
年齢的に見ても、すべてのアナウンサーが、いま、あぶらが乗っています。まして、
代表としてオリンピックに派遣されるほどですから、滑舌に問題があるアナウンサーは
いないでしょう。いない、はずです。いないよね。いたらおかしいわ。ハハハ。
…なのに、オリンピックでは重要な単語である“金メダル”と“銀メダル”の発音を
言い分けられないアナウンサーがいました。“ギン”と“キン”が紛らわしかったのです。
何気なく聞いていて、「えっ?」と思わず、振り向いてしまうことがしばしばでした。

“ギター”や“義理人情”などという単語なら、発音が甘くても、無意識のうちに文脈や
状況で“補足”しますから聞き間違えはしません。
しかし、“金メダル”と“銀メダル”の間には、“補足”が入り込む余地がないのです。
アナウンサーたちが、“普通に”発音していたことは間違いありません。しかし、今後は
不自然なぐらいに“ギ”を強調した発音をしなければいけないのではないでしょうか。
なんともこまかい話で恐縮ですが。ハハハ。

3位決定戦の行方はまだ分かりませんが、野球は残念な結果になりました。
全力を尽くしたことに疑問の余地はないものの、批判は免れないでしょう。
キャプテン・宮本の談話が胸を打ちました。
「(アテネに続き)キャプテンを2度やらせてもらい、責任を感じています。
思いの強いチームが金メダルを獲ると思っていました。最後の打球を捕る(韓国のライトの)
姿を見て、思いを感じました」

“思い”が弱かったとは思いません。しかし、女子ソフトやサッカーの選手たちが見せた
“執念”や“必死さ”には及ばなかった気がします。
試合後の握手の場面で韓国の選手・首脳陣が星野監督に充分な敬意を示している姿には
感銘を受けました。

“敬意”と言えば、レースの30分前に出場を指示されて1600㍍・リレーに出た為末にも
拍手を送りたいと思いました。専門は400㍍障害、しかも準備不足…当然のように結果は
彼にとって“最悪”でした。しかし、インタビューのあとスタンドを上がっていく途中で
表彰式の国歌(たぶん イタリア)を耳にしたとき、その場に立ち止まっていました。
終わると、短く拍手をして再び静かに歩き始めました。
思うように行かなかったオリンピック…しかし、とるべき態度は忘れていなかった為末に
感動しました。
宮本、為末、ともにいい指導者になるでしょうね。
by toruiwa2010 | 2014-10-18 08:05 | 自薦・厳選300? | Comments(0)
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