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岩佐徹のOFF-MIKE

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自薦・厳選300?お前なんかクビだ!14/11/01

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ワールド・シリーズはジャイアンツの優勝で幕を閉じました。
今日の記事は、あと一歩のところで敗れたKCロイヤルズと
その監督、ネッド・ヨストにからむ話です。

You’re fired ( 2008.09.26 初出 )


15日、ナショナル・リーグのミルウォーキー・ブリュワーズがヨスト監督を解任しました。
“貯金”が16、ワイルド・カードでのプレーオフ出場のチャンスもあり、閉幕までわずか
12ゲームしか残っていない時点だっただけに、アメリカ球界をざわめかせました。
8月末には5.5ゲーム差で首位だったにもかかわらず、9月に入ってから負け、前日までの
フィリーズ4連戦をスウィープされたことでオーナーがシビレを切らしたようです。

「タイミングに驚いたよ。ビジネスはそういうものだけど、ちょっとおかしいね。
たった2週間、悪かっただけなのに」がヨスト“前”監督の談話です。
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メジャーのトレードや解任・解雇が突然やってくることは今ではよく知られています。
かなり前に書いたまま、日の目を見ることなく手元に残っている原稿が見つかりました。
監督解任の舞台裏は昔も今も大して変わらないはずです。
新エントリーとして披露させていただきます。ハハハ。

1981年9月6日の午後、カンザス・シティーのロイヤルズ・スタジアムの関係者入り口に
サンディーとマークのマイケル姉弟がいました。二人は、ヤンキースの監督、ジーン・
マイケルの子供たちで、この街の大学に通っていました。この日行われる、ロイヤルズと
ヤンキース4連戦の最後の試合を観戦に来ていたのです。

そこを通りかかったのはナンシー・ハウザーでした。彼女には、彼らの様子から、二人が
まだ父親の解任を知らないのだと分かり「どうやら私が教えてあげなきゃいけないようね」
と思ったそうです。
9日前に前任者が解任され、ロイヤルズの監督になったばかりの彼女の夫、ディック・
ハウザーとマイケルは、ビリー・マーチンの下でヤンキースのベース・コーチをつとめた
間柄だったのです。

“マイケル解任”は時間の問題と見られていましたから、子供たちにも、それほど大きな
“サプライズ”ではなかったようですが、ニュースを伝えられた場所と時間は“ショック”
だったに違いありません。
今後の生活のことを心配する二人にナンシーは「大丈夫、ジョージ(スタインンブレナー・
オーナー)がちゃんとしてくれるわよ」と付け加えました。
監督はクビになってもヤンキースとの契約は翌年まで残っていて、組織の中の別の仕事に
つくことは充分に可能だったのです。

事実、マイケルの後任に指名されたボブ・レモンも、1979シーズン途中に監督を解任され、
カリフォルニアで西海岸担当のスカウトをしていました。厳しいと言われた男でしたが、
スタインブレナーはアフター・ケアをするオーナーだったのです。
そして、このときのレモンは、カリフォルニアからオーナーの事業の本拠地・フロリダに
呼びつけられ、「もう一度、やってみるかね」、「ボスはあなたですよ」という簡単な会話で
公認への就任が決まり、その足でカンザス・シティーに向かったのですから驚きます。

マイケルがいずれ解任されると言われていたのには、もちろん、理由がありました。
しかし、成績不振ではありません。ストがあった影響で2シーズン制を採用したこの年、
前期は優勝、後期も、この時点でふたつ勝ち越してトップと3ゲーム差の2位でしたから、
文句のない成績だったのです。
実は8月の末、マイケルは遠征先のシカゴでなじみの記者を集めて一席ぶっていました。
「オーナーにあれこれと口を挟まれ、私の作戦・用兵を批判されるのはもううんざりだ。
ある程度、予想はしていたが、これほどとは思わなかった。
今日、電話で“クビにしたいなら、しなさい。待つことはない”と言ってやったんだ」
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…これでクビにならなかったら、そのほうが不思議でしょう。ハハハ。
冷却期間をおいたあと、スタインブレナーは「なあ、“悪かった”とひとこと言ってくれ。
そうしたら、水に流すから」と口説きましたが、マイケルは「思ったことを言っただけ。
その気はありません」と突っぱねたために解任となったのです。

翌日の地元紙には、「アメリカン・リーグの監督たちにメモを回したほうがいいだろう」と
書かれていました。
この年、ア・リーグで解任された3人の監督が“ニュース”を聞いたのがすべてカンザス・
シティーだったことを指してのジョークです。1972年に、ロイヤルズ監督だったレモンが
解任されたのもこの街だったことを思うと、このジョークは妙な説得力を持っていますね。
ハハハ。

ナンシーが笑いながら言いました。
「ディック(彼女の夫:ハウザー)も随分忙しい人ね。3日前に久しぶりでジーンに会ったかと
思ったら、今日はレモンさん(1978年、ヤンキースで監督とコーチの関係)が後任として
やって来るというし、来週はオークランドでマーチンさん(1978年途中まで、ヤンキースで
監督とコーチ:このときにはアスレチックス監督)が待っているんですもの」

今回の解任は当然“ショック療法”を狙ったものでしょう。
3塁ベース・コーチのスベウムが監督代理をつとめるようになって、どう変わったか?
16日以後、ブリュワーズはいきなり1勝4敗、“負け癖”は治っていません。ハハハ。
…と思ったら、そこから4連勝。現在は、ワイルド・カードでのプレーオフ出場を争う
レースでメッツとトップ・タイです。すべては、明日からの残り3試合にかかっています。

2008年、ヨストを解任したブリュワーズは中地区2位で
プレーオフに進出しましたが、ディビジョン・シリーズで
フィリーズに敗れました。

マイケルからレモンにスイッチした1981年のヤンキースは
逆転でリーグ優勝しましたが、ワールド・シリーズでは
ドジャースに敗れました。

by toruiwa2010 | 2014-11-01 07:32 | 自薦・厳選300? | Comments(0)
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