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岩佐徹のOFF-MIKE

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やりたかったなあウインブルドン実況 自薦・厳選300?15/06/28

渇望 ウインブルドン実況~グランド・スラムならず~(2011.06.22 初出)

「やり残したことはないのか?」
「はい、ありません」

…フジテレビでアナウンサーを辞めるとき、総務局長と交わした会話です。
もちろん、やりたいことはまだたくさんありました。でも、辞めたいと思っているときに、
「いえ、実はいろいろありまして…」と言えば、「それなら、辞めるなんて言うな」と
説得されるに決まっていますから、言わなかっただけです。ハハハ。

「思い残すことはない」と言いきれる人生なんてごくごくまれな人しか送れないでしょう。
私のように、108どころか200も300も“煩悩”を抱えた人間にはとても望めません。
テニス・アナとして“やり残した”ことの一つは、グランド・スラム達成です。
1992年に初めて3大会の実況をしました。全米が終わったとき、アナウンサーとしての
“グランド・スラマー”になりたいものだと思いました。
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それには、ウインブルドンの実況をしなければいけません。しかし、“高い壁”でした。
放映権は長くNHKが持っていて、手放す気配はありません。オール・イングランド側も
“国営”放送・NHKのステータスがお気に入りだったようです。一度、プレゼンにまで
こぎつけたことがありますが、放映権料アップの“ダシ”に使われた感じでした。ハハハ。

WOWOWが「伝説は甦る」というシリーズを企画し、歴史に残る名勝負を放送したとき、
テニスを2本頼まれました。どちらもウインブルドンの決勝です。
1本は1980年のボルグvsマッケンロー、もう1本は1982年のコナーズvsマッケンロー。
解説をつけない“一人喋り”でした。資料はほとんどありません。
苦肉の策で、現地の実況を懸命に聴き、話の断片から情報らしきものを引き出しました。
苦しいけど楽しい作業でした。

しかし、私の夢はセンターコートを見下ろす放送席に座っての実況です。
果たせないまま、現役を終えることになりました。“やり残した”のです。

一ファンとして、今もときどき思い出す試合は男女1試合ずつあります。

1992 Wimbledon Gentlemen’s Singles Final
Andre Agassi d.Goran Ivanisevic 67/64/64/16/64


男子では1992年のアガシvsイバニセビッチです。
第12シードだったアガシは、QFでフルセットの末ベッカーを、SFではマッケンローを
ストレートで下して決勝に進出しました。
一方、第8シードのイバニセビッチは4回戦でレンドル、QFで第2シードのエドバーグ、
SFではサンプラスに勝っていました。
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強力サーブが売り物の“レフティ”イバニセビッチと“史上最高のリターナー”アガシ…
二人の対戦はプレースタイルも対照的でしたから、テニス・ファンの関心はきわめて
高いものがありました。
コートに登場した2人は、もちろん、ウインブルドンの“ドレス・コード”に従って
上下とも白一色、アガシは白いキャップをかぶっていました。
アガシがシャツを着替えるたび、センターコートには女性客の嬌声が…
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アガシは1987年に一度出た(1回戦敗退)あと、ウインブルドンを“敬遠”していました。
白以外のウエアを認めないというドレス・コードに腹を立てたわけではなく、その当時は
サーブ&ボレヤーに圧倒的に有利と言われていたことが大きな理由だと思います。
性格的にも、勝ち目のない勝負はしないのでしょう。
しかし、前年、久しぶりに出場してQFまで進んでいます。

世界中のテニス・ファンの熱い期待に応えて、22歳のアガシと20歳のイバニセビッチ…
2人の若者の対決は見ごたえがあるものになりました。
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当時のコーチ ニック・ボロッテリ(左)とGF ウエンディ・スチュアート

サーブからネットへの流れで主導権を握ろうとするイバニセビッチに対して、アガシは
得意のリターンから厳しい攻めで対抗しました。特に、高くキックする彼のセカンド・
サーブがかなり効果的だったと思います。
第1セットをタイブレークの末に取ったイバニセビッチが優位に立ったかに見えましたが、
第2セット第1ゲームをブレークしたアガシは、勢いに乗って2セットを連取し、形勢を
逆転します。

いつものイバニセビッチなら精神的に崩れる展開でしたが、この日の彼は違いました。
何に対しても決して腹を立てまい…と誓ったかのように、冷静さを保っていました。
ただし、途中でこんな場面がありました。
第4セット第1ゲームが終わってインタバルに入ったところで主審がイバニセビッチに
話し始めました。アシスタント・レフェリーも加わってなにかを説明をしています。
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実は、試合中のどこかでたまったフラストレーションを解放するために彼が発した
expletive…(悪態)がBBCのマイクに拾われ、全世界に流れました。
彼の国籍は複雑な民族・宗教の問題を抱えるユーゴから独立したばかりのクロアチアです。
公用語はクロアチア語ですが、ほかの、例えばセルビア語などともよく似ているようです。

審判席に着くとき、主審はある“メモ”をポケットに忍ばせていると言われています。
主だった国の言語で“悪い言葉”“放送禁止用語”が書かれているそうです。たとえば、
英語ならf**kほか実に多数…。ハハハ。
しかし、この試合の主審が持っていたメモにクロアチア語はなかったのでしょう。
ですから、警告は出ませんでした。

しかし、天網恢恢…世界のどこかで聴いていた、イバニセビッチの言葉を理解する人が
オール・イングランド・クラブに国際電話をかけてきたのです!
クロアチア人は国を挙げて応援していたはずですから、分離・独立に至る過程で摩擦が
あった“旧ユーゴ”のどこかから…でしょう。ハハハ。

動揺はあったはずですが、持ちこたえたイバニセビッチが第4セットを取り返してついに
2セット・オール、勝敗の決着はファイナル・セットに持ち越されます。
グランド・スラムの決勝は常にこうありたいですね。ハハハ。
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試合は、アガシがイバニセビッチを振り切ってウインブルドン初優勝を果たしました。
勝利の瞬間、ガールフレンドやコーチがいる陣営を振り返って信じられないという表情を
見せたアガシは両手で顔を覆い、そのまま、芝の上にうつ伏せになりました。
当時のアガシはアメリカ国内で“Image is everything”(イメージがすべてさ)をキャッチ
フレーズとするキャノンのCMキャラクターに起用されていました。
口の悪い人たちからは「あれは、CMで効果的に使えるように演技をしたに違いない」と
揶揄する声が上がっていました。まさかね。ハハハ。
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ちなみに、アガシのロン毛は2年後の1994年で終わりました。
1995年の全豪に出場するためメルボルンにやってきたアガシは坊主頭だったのです!
ずっと、新年早々、南半球まで出かけることを拒んでいたアガシを「なに言ってるんだ。
君が一番やりやすいサーフェスなんだから」と説得したのはクーリエやサンプラスでした。

1993 Wimbledon Ladies Singles Final
Stefi Graf d.Jana Novotna 76/16/64

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女子では、1993年のグラフvsノボトナが勝負の怖さとともに記憶に残っています。
何度か書いていますから、簡単に記すことにします。

1セット・オールからの第3セット・第5ゲームでグラフのサーブをブレークしたとき、
ノボトナは67/61/41 とすっかり流れをつかんでいました。いたはずです。ハハハ。
もちろん、スタンドの空気もテレビの前の我々も、ノボトナが勝つのだと思っていました。

ダブルフォルトでサーブを落として呆然とするグラフと勝利を確信した?ノボトナ

しかし、それからおよそ25分後、ヴィーナス・ローズウォーター・ディッシュ(女子優勝
トロフィー)を手に静かに微笑んでいたのはシュテフィ・グラフでした!!!
ケント公夫人の肩に顔を埋めてむせび泣いていた敗者・ノボトナの姿をテニス・ファンが
忘れることはないでしょう。
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持っているDVDは、ともにBBCの実況を同録したものです。
誰が、日本人の実況なんか! 悔しいじゃないですか。ハハハ。

うーん、それにしても、やりたかったなあ、ウインブルドンの実況…。
あとからテニスの実況を始めた若いアナが、私の生涯の願望を何の苦もなく達成するのを
目にするのは精神衛生上、とてもよくないことです。ハハハ。
by toruiwa2010 | 2015-06-28 08:55 | 自薦・厳選300? | Comments(4)
Commented by shin555 at 2015-06-28 10:48 x
この2試合はよく憶えています。
特に最後の写真(ケント公夫人とノボトナ)のシーンは忘れられません♪
実況が何を言っていたのかは全く憶えていませんが・・・(^-^)
もしも岩佐さんだったら絶対覚えているでしょうね。黙られていたはずですから。
Commented by toruiwa2010 at 2015-06-28 12:49
shin555サン、こんにちは。

この2試合は実況を始めた年と
その翌年でした。それ以前も
NHKで見ていましたが、当時は
それほど強い関心がなかったので
あまりハッキリとは覚えていません。

ノボトナ…私のことですから、たぶん、
黙っていたでしょうね。
Commented by pigu at 2015-06-30 20:03 x
岩佐さん、こんばんは。piguと申します。
私もこの2試合覚えています。
特にノボトナの方は、気付いたらノボトナがどんどんだめになっていった
のを覚えています。

もちろん、この2試合、岩佐さんの実況で見たいです。
併せて1998年のノボトナが3度目の正直で優勝した決勝
4度目の正直(?)でイバニセビッチが優勝した2001年の決勝も
セットで岩佐さんの実況で見られたらどんなに幸せでしょう。

1998年の女子の表彰式では、たしかNHKの実況のアナウンサーが
「ケント公夫人との約束」とかいうようなことを言っていたような。

ノボトナとイバニセビッチの悔しい試合をこんなにしっかり覚えている
岩佐さんですから、その後の栄光をどんな風に伝えてくださるのか、
想像が膨らみます。ウィンブルドンの数々の試合、岩佐さんの実況で
見られたらと心から思います。
Commented by toruiwa2010 at 2015-06-30 20:59
piguさん、こんばんは。

滅多に褒められないので、
照れますね。ハハハ。
ウインブルドンは「実況」の前に
放送席に座ってみたいです。
どんな気持ちになるのか想像も
出来ません。
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