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岩佐徹のOFF-MIKE

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ビッグ・レッド・マシーンがいた~MLBの球宴から~15/07/16

1978年4月6日、私はシンシナティのリバーフロント・スタジアムにいました。
パンチョ伊東さんと並んで立った外野のフィールドは人工芝でした。
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建て直されてすっかり様変わりした昨日のリバーフロントに懐かしい顔がありました。
MLBオールスター・ゲームの試合前、華やかなセレモニーの中で レッズの歴史に名前を
きざんだ選手として呼び出された4人のうち3人、ベンチ、モーガン、そしてローズが
37年前に初めてメジャーを実況した開幕戦に先発していた選手だったのです。
“Big Red Machine”と呼ばれた強力打線の中心的メンバーです。
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ほかに、グリフィ、フォスター、ドリーセン、コンセプシオン、ジェロニモがいました。
1塁手のドリーセンがペレスに代わることがあるぐらいでほぼ不動のメンバーでしたから
今でも思い出せます。ピッチャーはトム・シーバーで監督はスパーキー・アンダーソン。
いったい、このうち何人が殿堂に入っているでしょう?面倒なので調べませんが。ハハハ。

当時のスタジアムは完全な円形で高いスタンドがグランドと客席を取り囲んでいました。
音が外に抜けにくい構造になっていて、アストロズの先頭打者・プールがライトに大きな
フライを打ったときもインパクトの音は“ゴツン”と、鈍い音に聞こえました。
“カキーン”と聞こえる日本の球場に慣れていた私はとてもホームランになるとは思わず、
“あれよあれよ”と戸惑っている感じがもろに出た、情けない描写しかできませんでした。
メジャーの試合のテンポなどに慣れておきたかったので早めに日本を出発し、フロリダで
オープン戦を3試合ほど見ていたのに。 恥多きわが実況史に残る“汚点”の一つです。
ハハハ。

おそらくそれが現地からメジャーの試合を実況した最初の試合だったでしょう。
相手のアストロズの先発は203センチ! 雲をつく巨漢エース、JRリチャードでした。
あまりにも大きいため、味方の野手たちもキャンプの打撃練習でJRが投げるときは打席を
譲り合ったそうです。「だって、フォロースルーのとき、昼に何を食ったかが分かるほど
顔が近くに来るんだもの」。ハハハ。

エース同士の投げ合いでしたが、乱打戦になり、たしか、雨も降ったりして予定していた
ニューヨーク行きの飛行機に乗れなかった記憶があります。

この年の開幕シリーズはニューヨークのあとボルチモア、ダラス、ヒューストンなどを
回っただけでした。
新しいコンテンツとして局が力を入れたMLBの中継でしたが、視聴率は低迷しました。
てこ入れのため 翌年はすべての試合を現地から中継することになり、私は球宴をはさんで
ほぼ1年をアメリカで過ごすことになりました。
年老いたベンチ、モーガン、ローズを見ながら、37年前を思い出していました。
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ブーイングもあったようですが、ピート・ローズを迎えた球場の歓声は凄かったですね。
監督在任中、野球賭博にかかわるという不祥事を起こした結果、野球界を永久追放され、
野球の殿堂にも入れません。犯した罪の大きさを考えたら当然です。
しかし、現役時代の彼は、“チャーリー・ハッスル”というニックネームで知られ、常に
100%の力でプレーをする選手として子供にも愛された選手でした。
必要もないのにセカンドやサードベースめがけて遠くからダイビングする彼にファンは
拍手を送ったものです。

翌年だったと思いますが、キャンプでインタビューしたとき、通訳なしで聞くことになり、
始める前に「下手な英語ですみません」と言うと「No problem.Me,neither」…
「大丈夫。僕もうまくないから」とリラックスさせてくれたことを鮮やかに思い出します。
そのほかのやり取りは何ひとつ覚えていないのに。ハハハ。
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通算4256安打はこのままなかったことにするには大きすぎる数字です。
スポーツ界に限らず、アメリカ社会には“赦す”文化があると思っています。
難しいでしょうが、いつの日か彼にも赦される日が来ることを願います。

おまけ:ユーモアの精神
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球宴直前の試合で頭にデッドボールを受けた
マリナーズのカノーにアストロズのアイバー。
「おい、大丈夫か?これが何本か分かるか?」

どんなときもユーモアを忘れない。
この“精神が”好きだ。
by toruiwa2010 | 2015-07-16 09:15 | メジャー&野球全般 | Comments(6)
Commented by マオパパ at 2015-07-16 09:52 x
岩佐さん、おはようございます。岩佐さんとパンチョさんのツーショット、懐かしい。大リーグアワーが私のメジャー熱を加速させました。残念ながら、今では熱が冷め、ほとんど選手がわからなくなっておりますが、当時の選手名は鮮明に覚えています。ローズも好きでしたが、ドジャースファンだったので、やはりガーヴィーが一番好きでした。
1978年はヤンキースとドジャースのワールドシリーズでしたね。ドジャースが77年に続いて敗れましたが、ウェルチの活躍が印象に残っています。
当時、メジャーリーグの放送は画期的なことでした。今さらですが、フジテレビと岩佐さんに感謝しています。
Commented by toruiwa2010 at 2015-07-16 10:03
マオパパさん、こんにちは。

私も今はそれほど熱心なファンでは
なくなっています。見ることが多い
ヤンキースぐらいしか知りません。
底流に流れているものを知っていれば
十分楽しめます。
Commented by デルボンバー at 2015-07-16 12:41 x
岩佐さんこんにちは。そんなに数字が悪かったなんて意外でした。当時小学生でしたが、まわりのスポーツ好きの友人たちはみんな視てましたがねぇ。幸運にも日米野球でうちの地方にレッズが来てくれまして、ベンチのHRが頭の上を飛び越して行ったのは一生の思い出です。
Commented by toruiwa2010 at 2015-07-16 13:19
デルボンバーさん、こんにちは。

日本人選手が一人もいなかったのですから
無理もありません。
ベンチのホームランはライナーが多く
フォスターのは高く上がる傾向がありましたね。
Commented by モリパー at 2015-07-16 15:45 x
こんにちは。懐かしく憧れの選手名が並んでいますね。今ほどメジャーの情報がなかった頃でも、そらでスタメン全員の名前が言えるほどのメンバーですね。私はフォスターが好きでした。細身のしなやかな身体からすごい打球を飛ばしてました。来日した時、確か後楽園で特大ホームランを打ったことを覚えています。
Commented by toruiwa2010 at 2015-07-16 15:56
モリパーさん、こんにちは。

ああのころのレッズ、ドジャース、ヤンキースは
まさに不動のメンバーでしたからね。
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