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岩佐徹のOFF-MIKE

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鉱石ラジオからpod castまで 自薦・厳選300? 15/07/26

我がラジオ・デイズ ( 2010.02.08 初出 )

子供のころ、“鉱石ラジオ”を作ったことがあります。
記憶があやふやですが、売られているキットを買って来て組み立てれば
簡単に作れて、しかも、ちゃんと聴こえました。
中波を聴くにはそれで十分だったのでしょう。
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もちろん、NHKしかない時代です。
大人も子供も、タンスの上などに置かれたラジオから流れてくるドラマや
歌謡曲に耳を傾けたものです。もっとも、それは戦後のことで、戦争中は
「大本営発表」しか記憶にありません。ほかの放送もあったはずですが、
どうしても思い出せません。

小学生時代の「三太物語」、「鐘の鳴る丘」、「赤胴鈴之助」にはじまって、
中学に入ってからの「君の名は」まで、毎回、放送の時間にはラジオの前に
座っていたものです。当時は、ほかに娯楽がなかったのです。ハハハ。

クイズ番組の草分け的な「話の泉」や「二十の扉」もよく聴きました。
高橋圭三アナの司会で人気だった「話の泉」はそのときどきの話題から問題が
出され、正解が出たところでトークを展開していく番組でした。
クイズそのものよりも、話芸の達者な徳川夢声、詩人・サトウ・ハチロー、
映画監督・山本嘉次郎ら回答者が繰り広げる、ユーモアに富んだトークが
メインでした。

「二十の扉」は完全なクイズ番組でした。
詳しいことまでは覚えていないのですが、“動物”、“植物”、“鉱物”という
三つのジャンルから問題が出され、回答者達は、「それは○○ですか?」と
質問を重ねていき、20問までに正解を見つけるという形式だったと思います。
たとえば、求める答えが“ホウレン草”だとすると、司会の藤倉修一アナが
「それは植物です」と告げてクイズがスタートします。
回答者は「それは木ですか?」、「それは花ですか?」、「それは草ですか」…と
範囲を狭めていって答えを見つけるのです。
あまりにも単純な仕組みですから、今ならよほど演出に工夫を凝らさなければ
ワン・クール(3か月)で終わってしまうでしょう。ハハハ。

このころのラジオはかなり大きなもので、持ち運びなどは出来ませんでした。
しかし、高校生になるころには“トランジスタ・ラジオ”と呼ばれる小型の
ラジオが普及し、私たちは家の外でもラジオを聴けるようになったのです。
初めは高かったと記憶しますが、量産が進んで値段が下がると、家の中に
幾つものラジオが転がっていました。
今となると、真空管式の昔のラジオがなつかしいです。ハハハ。
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大学に進んだあとはほとんどラジオを聴くことはなかったような気がします。
ただし、2年のときにラジオ関東(現・ラジオ日本)に出演した経験があります。
たぶん、予定していた人が来られなくなったのでしょう。先輩の紹介でまわり
回って私のところに依頼が来たのだと思います。

「好きなレコードを1枚持ってきてほしい」ということだったので、手持ちの
レコードの中からお気に入りだったベニー・グッドマンのLPを抱えて、当時は
麻布狸穴にあったスタジオに行きました。
番組では、DJの好みもあって「Sing,sing,sing」をかけ、大学での専攻は何か、
勉強以外では何をやっているか、など当たり前のことを聞かれ、30分程度で
終了した記憶があります。

3年の時には、ニッポン放送のアナウンサー試験を受けました!
1次音声テストは身分を証明するものを一切求められないことを先輩から聞いて
“度胸だめし”のつもりで受けたのです。早稲田からは、フジテレビに同期入社
することになる露木茂も来ていました。考えることはみんな同じです。ハハハ。

社会人になってからラジオを聴くのはタクシーに乗ったときぐらいでした。

夏場過ぎぐらいに医者から昼寝を勧められていました。
「眠らなくてもいい。午後の時間帯に1時間ほど、身体を横にするように」と。
しかし、そのときはラジオを聴くという発想はありませんでした。
ところが、11月にぎっくり腰になり、3-4日安静にしたときには、なぜか
「そうだ、ラジオを聴いてみよう」と思い、久しぶりにじっくり聴きました。
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たまたま、小島慶子の「キラ☆キラ」の面白い日に当たってしまい、これまでの
彼女のイメージとのギャップにやられて、その後も聴いています。
最近は、ポッド・キャストで聴くことを“覚え”ました。

先日、大竹まことの「ゴールデン・ラジオ」をチェックしていると、ゲストに
作家・大江健三郎が呼ばれていました。
大変申し訳ないことに、“大江は死んだ”とばかり思っていました。
「この大江健三郎は、そういう名前の芸人か何かだろう」と…。ひどい。ハハハ。
もちろん、ご存命です。そして、番組に登場した大江は元気に最新作「水死」に
ついて語っていました。

1950年代半ば、石原慎太郎、開高健、大江健三郎と、若い作家たちが立て続けに
芥川賞を受けたころ、文学界は元気がありました。
彼らの受賞作は読んだはずですが、石原の「太陽の季節」以外は、内容の記憶が
ハッキリしません。そのころから、“単純なことを回りくどい言い方で描写する”
純文学は苦手だったのかもしれません。村上春樹を受け付けなかった下地はこのころ
作られていたのでしょう。ハハハ。

大江健三郎をゲストに迎えるに当たって、大竹は作品を“途中まで”にしろ、読んで
いたようで感心しました。当然のことですが、なかなか出来ないことだと思います。
もっとも、読んでおかないと、話の接点がなかったでしょうが。

どうでもいいことですが、この放送を聴いたとき、久々に“入れ歯が鳴る”音を耳に
した気がしました。大江健三郎さま、重ね重ねのご無礼、平にご容赦を。ハハハ。
by toruiwa2010 | 2015-07-26 08:39 | 自薦・厳選300? | Comments(4)
Commented by ヱビスの黒生 at 2015-07-26 12:36 x
岩佐さん、こんにちは。

中学生や高校生のころは短波のラジオで海外の放送局を聴いてベリカードをもらったりしてましたが、最近はもっぱらAM、特にニッポン放送ばかり聞いてます。じっくり聴くというよりはBGM代わりですね。
スマホやパソコンのradikoができてホント便利になりました。

Commented by toruiwa2010 at 2015-07-26 13:41
ヱビスの黒生サン、こんにちは。

短波の海外放送・・・シャーっという音が
懐かしいですね。」はるかに日本のみなさん」などと
始まってました。
Commented by ひろ☆はっぴ at 2015-07-26 13:42 x
便りがないのはいい便り、という意味の英語の諺がありますが、有名人の場合は「訃報は無いけど、あの人は今…」みたいな感じでしょうか(;´Д`A
ラジオといえば、テレビの画面を見ながらラジオの実況を聴くということをたまにやります。北の富士さんがラジオの解説のときなどにオススメします。今日は北の富士・藤井コンビがテレビの実況ですね。
Commented by toruiwa2010 at 2015-07-26 14:09
ひろ☆はっぴサン、こんにちは。

藤井アナは今場所唯一の正面ですね。
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