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岩佐徹のOFF-MIKE

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1996QF…史上に残る激戦 自薦・厳選300? 15/09/06 

Sampras vs Corretja !! ( 2010.09.08 初出 ) 

ロッド・レーバーもボルグ、マッケンロー、コナーズも、現役時代をほとんど知りません。
少なくとも、そのプレーを“語る”ほどには。
そんな私にとっての史上最高のプレーヤー(GOAT=Greatest of All Time)は、今でもピート・
サンプラスです。「フェデラーじゃないか」と考える人が大勢いることも知っていますが、
ここで、その論争を蒸し返す気はありません。あしからず。ハハハ。
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1990年に19歳でUS Open優勝のあと、ランキングを駆け足で上がっていたころでさえ
「無個性で面白くない」と言われていました。
確かに、コートで感情を見せることはなく、「余計なことは言わない。ラケットに語らせる」
というスタイルのサンプラスは、刺激を求めるマスコミにとっては“記事にならない”
選手だったかもしれません。
当時のアメリカは、コナーズ、マッケンロー、そしてアガシと派手な言動で人気を集める
選手が続いたあとでしたから、仕方がない面もあったでしょう。

サンプラスが初めて“人間らしさ”を見せたのは95年全豪のQF(vs Courier)でした。
私にとっても、強く記憶に残る10本に入る試合です。詳しいことは全豪のときに。ハハハ。

ゆるぎないNo1プレーヤーになったあとももう一つだった人気が実力に追いついたのは
1996年全米のあとでした。壮絶だったQF、語り草になったコレチャ戦が大きな要素に
なったことは間違いありません。

試合の初めから体調が悪そうに見えました。
第1セットはタイブレークで取ったものの、第2-3セットはいずれも5-5から2ゲームを
連取されるという普段のサンプラスからは考えにくい“疲れる展開”でした。
第4セットを取り返して2セット・オール。

第5セットは懸命にコレチャについていきますが、試合が進むにつれて疲れの色が見え、
少しでも長いラリーのあとは顔がゆがみます。
4-5のあとのインタバルではバスルーム・ブレークを取りました。
結局、両者ともにサーブをキープしてタイブレークに入りました。

コレチャのバックがネットにかかり、いきなりミニブレーク、1-0とサンプラスがリード。
しかし、すぐにコレチャがサンプラスのセカンド・サーブを読みきって追いつきます。1-1。
このとき、突然、サンプラスがコート後方の壁に近づいていきました。
胃の中のものをもどしたのです!!テニスの試合中には、めったに見られないシーンです。
いかにも苦しそうでなかなかサーブに入れずタイム・オーバーによる警告を取られますが、
どうすることもできません。
時間をかけて打ったのは“なでるような”サーブでしたが、それでもコレチャのエラーで
サンプラスの2-1になりました。
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体がきついサンプラスはポイントを短くするためにきわどいコースをつきます。
5ポイント目にそれが功を奏して、再び3-2とミニブレーク・アップです。
しかし、エラーも出ます。フォアがネット。仕方がないでしょう。3-3。
足取り重くエンドを替えるサンプラスにスタンディング・オベーションが後押しします。
苦しげな表情で腰を折り曲げ、放ったサーブは196キロのエース!
4-4のあと、フォアのクロスでまたミニブレークです。5-4。
しかし、コレチャは次のポイントでパスのコースを読んで切り返し、5-5にしました。
一進一退、まさにシーソー・ゲームでした。
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1ポイントごとにからだが二つ折りになるサンプラス…見ているだけで息が詰まりました。
6-5でつかんだマッチ・ポイントで渾身の力をこめた得意のフォアの切り返しはネット!
このあたり、ポイントが終わるたびにラケットを杖代わりに立っているのがやっとでした。
チェンジ・エンドのあとフォアの逆クロスで今度はコレチャにマッチ・ポイントがきます。

ベースラインにいたら勝ち目はないと見たのか、懸命にネットに出ます。
そのサンプラスのボレーに追いついたコレチャがしっかり狙いを定めて打ったフォアの
クロス・パスは、抜けるか、悪くてもラケットをはじくと思いました。
しかし、反射的に飛びついたサンプラスのラケットがこのボールを捕らえたのです。
7-7。
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もう、サンプラスは強いサーブは打てません。弱々しいファースト・サーブがフォルト。
しかし、ここで私たちはとんでもない光景を目にすることになりました。
コレチャがサンプラスのトス・アップと同時にコートの中に一歩踏み出しました。狙いは
“リターンからネット・ダッシュ”だったのでしょう。しかし…。
思い切ってワイドをついたセカンド・サーブがサイド・ラインをとらえたのです。
144キロのサービス・エース! 8-7でサンプラスに再びマッチ・ポイント。

テニス史に残るドラマチックな試合の幕切れは実にあっけないものでした。
コレチャのサーブが2本ともサービス・ラインをわずかに越えるフォルトだったのです。
彼にとってはわずか三つ目のダブル・フォルトがこんなところで出るとは!
コート上に座り込むコレチャ。
勝ったサンプラスも両手を上に上げることもできないほど疲れ果てていました。
そのまま関係者に支えられるように、ラケット・バッグを持たずにコートを去りました。
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76(5) 57 57 64 76(7)…トータル・ポイントは188-187でコレチャのほうが多かったのです。
先日書いた当時の恋人、デライナと抱き合った彼はその耳元で囁きました。
「ティムがいたからだよ。彼がいてくれたんだ」とささやいたそうです。
ティム・ガリクソンはこの年に亡くなった彼のコーチでした。

本来、試合に備えて体調をきちんと整えることは選手の義務です。
その意味では、立っているのもやっとというところまで疲れてしまったサンプラスには、
それなりの責任があると言わなければなりません。
しかし、「いつやめてもおかしくない」と誰もが思うような状態だったのになんとか勝利を
もぎ取ろうともがくサンプラスの姿に“鬼気迫る”ものがあったのも事実です。
そして、今も語り継がれるほど感動的な試合になったのは、相手がグスタボ・クエルテン、
パット・ラフターなどとと並ぶ“ナイス・ガイ“、アレックス・コレチャがだったことが
大きかったと思います。
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午後の早い時間に強い日差しの中で始まった試合が4時間9分後に終わったとき、
日は西に傾いていました。
1996US Open QF…これからも、センターコートが映るたびによみがえることでしょう。
あの試合を見られたのはテニス・ファンとして、実況者として“冥利”に尽きます。

*サンプラスはこのあと、SFでイバニセビッチ、
決勝でチャンを破って優勝しました。


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by toruiwa2010 | 2015-09-06 08:35 | 自薦・厳選300? | Comments(3)
Commented by Haru at 2015-09-06 14:19 x
岩佐さん、こんにちは。

サンプラス、大好きでした。
彼のテニスが好きでしたし、人柄も誠実な感じがしましたし。確かに派手さはありませんでしたが、無個性だと思った事はありませんでした。
サンプラスの試合で聞こえる “ Go Pete ! ”と叫ぶ少年の声が、強く印象に残っています。
Commented by toruiwa2010 at 2015-09-06 18:00
Haruさん、こんにちは。 サンプラスは1990年代の後半からは 人気がありました。好きな選手でした。
Commented at 2015-09-21 02:52 x
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