ブログトップ | ログイン

岩佐徹のOFF-MIKE

toruiwa.exblog.jp

実況、ドラマなど放送全般、映画、スポーツ全般、 旅、食、友 etc

あいつがいなきゃなあ・・・自薦・厳選300?15/09/13

めぐり合わせということ( 2010.02.25 初出 )

終戦直後、世界の水泳界に彗星のごとく飛び出してきて次々に世界記録を
塗り替えて、あっと言わせたのは去年亡くなった古橋広之進だった。
しかし、1948年のロンドン・オリンピックに日本が参加できなかったため、
彼のオリンピックでの最高成績は1952ヘルシンキでの400M・8位だった。
d0164636_8172268.jpg










古橋の日本大学でチームメイトだったのが橋爪四郎だ。
ひとつ、どこかで運命の歯車が違った噛み方をしていたら、橋爪の名前が
世界に知れ渡っていたかもしれない。
生年月日が古橋と4日違いだった橋爪は400Mでも1500Mでも、前半は
リードするのに、中盤から終盤にかけて、必ず古橋に逆転を許し、常に
2位に甘んじることになった。
小学生だった私は、レースのたびに、ラジオにかじりついて応援したが、
「橋爪にも一度は勝たせたい」という思いはかなわなかった。

橋爪はヘルシンキの1500Mで銀メダルを獲ったが、“めぐり合わせは”、
ときに残酷だ。

同じスイマーでは山中毅の名前を思い出す。
1956年メルボルン・オリンピックの400・1500の2種目で銀を獲った。
ともにオーストラリアのマレー・ローズに敗れた。
4年後のメキシコでも400Mでローズに金をさらわれた。

同じ1968年には、ボクシングのバンタム級でもファイティング原田が
オーストラリアのライオネル・ローズに世界タイトルを奪われた。
日本人がオーストラリアの二人のローズにやられた…と言われたものだ。
d0164636_8165482.jpg






王貞治はまぎれもない日本のスーパー・スターだが、長嶋茂雄の存在が
彼にNo2の位置を強いた。給料も最後まで“長嶋以下”に抑えられた。
高卒・大卒の条件はそのままに、仮に王が5年でも早く登場していたら
今以上の、とんでもないヒーローになっていたことだろう。
d0164636_8163816.jpg






浅田真央には二つのめぐり合わせがからみついているように思えてならない。
ひとつは、年齢制限でトリノ・オリンピックに出られなかったこと。
もうひとつは、同時期にとんでもないライバル、キム・ヨナがいたことだ。

しかし、ここで勝つことが“真のチャンピオン”の証にもなる。
十分に努力しているに違いない人に「がんばれ」などと気安く言うのは避けよう。
しかし、これだけは言いたい。

思い切り楽しめ。そして、悔いのないように跳べ!

人気ブログランキングへ

⇑ 面白かったらクリックしてください。

by toruiwa2010 | 2015-09-13 08:19 | 自薦・厳選300? | Comments(0)
名前
URL
画像認証
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。