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岩佐徹のOFF-MIKE

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「さらばWOWOW」を書いた日~あれから10年がすぎた~15/09/14

ようやく男子決勝が始まったようです。
ニューヨークは9月13日の夕方です。10年前の今日のこともよく思い出します。

9月11日に予定通り閉幕したため、“予備日”だった12日は自由行動日になりました。
若い人たちは11日の深夜からマンハッタンで思い切り羽根を伸ばしていたはずですが、
私たちはおとなしいものです。さすがに朝はゆっくりしましたが、昼前にホテルを出て
マンハッタンの南、サウス・ストリート・シーポートに行きました。

イースト・リバーにかかる一番南の橋、ブルックリン・ブリッジに近い波止場です。
ボードウォークの一角に腰を下ろし、潮風に吹かれて、日本から持参したジェフリー・
アーチャーの“Sons of Fortune”「運命の息子」の残りを読んで時間をつぶしました。
試合に向けて準備をすることも風邪を引かないように神経を遣うことも必要がなくなり、
グランド・スラムの出張で一番気楽な時間です。やった人しか分からないでしょうが。
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軽いランチのあと、また読書の続きです。少し、目が疲れると川を眺めます。
雲ひとつない快晴でした。川面を渡る風が心地よく、ゆったりした気分でした。
頭に浮かんだのは、それまでの日々のことでした。WOWOWで過ごした実況人生には
満足感がありました。
67歳の誕生日が目前でした。多くのアナウンサー同期生が“老後”を送っている中で、
いい仕事、いい仲間に恵まれて長く、長く、実況を楽しめたのは幸せなことでした。
なぜか一言多いために先輩たちからにらまれていたフジテレビ時代にくらべ、“望まれて”
仕事をする喜びを味わうことができました。

“最後”と決めていた試合(男子決勝:フェデラーvsアガシ)が内容のあるものだったこと、
不満の残らない実況ができたことなど、ポジティブな余韻に浸りながら過ごしました。
夜は二人の友人と食事をし、ホテルに帰ってからは原稿の最終チェックです。
視聴者にもスタッフにも私なりの“挨拶”をしなければと、少しずつ、書いていました。

どの時点で“更新”するかについても慎重に検討しました。
解説の遠藤愛さんは1日早く帰国していました。デリケートな神経の持ち主でしたから、
日本に着いた彼女が寝る前には目に触れないようにしよう、ニューヨーク最後の一夜を
楽しんだスタッフを白けさせないために、彼らが日本に着くまでは知られないように…と、
あれこれ考えました。
その結果、出発の朝、全員がチェックアウトのために部屋を出たころ合いを見計らって
“send”のボタンをクリックしました。
タイトルは「さらば、WOWOW」としました。

さらばWOWOW 2005年9月13日(ニューヨーク) → http://bit.ly/ctjaSg

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“作戦”は成功し、誰も気づかぬまま成田で解散となりました。
ただし、自分が考えたほどいい作戦だったのかどうかは“微妙”です。

日本を出る前に、会社には「私の気持ちは変わらない」と伝えてありました。
大会中、何も反応がなかったので会社の考えも変わらないのだ、それでは仕方がない…と
判断したのですが、会社が何も言わなかったのは、大会が終わってから話そうと思って
いたのかもしれません。

また、「さらば、WOWOW」は愛情をこめたつもりだったのですが、“最後通告”だと
受け取られてしまった可能性があります。
スタッフに話さなかったのは、余計な気を遣わせまいとした私なりの“親心”でしたが、
「水くさい」、「裏切られた」と思われてしまったようです。“不徳”もここまで来ると、
救いようがありません。気配りも親心もジョークも人と感覚がずれているのです。ハハハ。

帰国した夜、我が家にWOWOWの後輩が一人やってきました。思いもかけない訪問に
「帰ってくれ」とも言えず(ハハハ)上がってもらいました。
「電話やメールではなく直接『お疲れさまでした』と言いたかった」そうです。
飛行機でほとんど眠れなかったために、かなり疲労を感じていたのですが、身にしみる
嬉しい言葉でした。「いろいろなことを教えていただきました」と語る彼の眼が赤いのに
気づいて、こちらも目頭が熱くなってしまいました。

もう一人の仲間が決勝の前、主だった人たちに、「おそらく今日が最後の実況になる」と
連絡してくれたこともあとで知りました。

こういった、支持してくれる仲間がいたことを考えても、“浅慮”でした。
健康状態を考えると、あと3年、70歳までは続けてもよかったと、今にして思います。
帰国後、ゆっくり時間をかけて交渉することもできたし、別れのブログも時間をかけて
書いていれば、関係者の反発を買うこともなく、別の展開になった可能性もあります。
計算に計算を重ねた挙句の“計算違い”…。
一貫して私の人生はそんな感じでしたから、何を言っても「今更…」という話ですが。

この記事には私のブログ歴の中で“最多記録”となる167件のコメントが寄せられました。
身に余る言葉、温かい言葉が並んでいました。
そして、「やめてくれてよかった」「この日を待っていた」など、ありがちな嫌味コメントが
一つもなかったのは“奇跡”でした。このコメントは私の宝物です。
その後に起きた“ブログ消滅”事件でこのコメントも消えてしまったたことがあります。
たまたま保存していた方のご好意で一部は取り戻せたのですが、146~167のコメントは
行方不明のままなのが残念です。

あの原稿を“send”した日から10 年の時が流れました。

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by toruiwa2010 | 2015-09-14 09:14 | 岩佐徹的考察 | Comments(6)
Commented by 花みさき at 2015-09-14 16:01 x
岩佐さん、こんにちは。
今更ですが、お疲れ様でした。
今朝は、フェデラーを応援してました。
やはりグランドスラムは別物ですね。
Commented by toruiwa2010 at 2015-09-14 16:36
花みさきサン、こんばんは。

フェデラー、惜しかったですね。
6試合失セットゼロ・・・彼にとっては
最後のチャンスだったかもしれません。
Commented by shin555 at 2015-09-14 20:06 x
さらば、WOWOWからもう10年ですか!
どんどん増えていく温かいコメントを自分のことのように嬉しい気持ちで読んでいました。
そしてフェデラー♪
彼に最後のチャンスはいったいどれだけあるんでしょうか(^-^)
とまたしても思わされました。
Commented by toruiwa2010 at 2015-09-14 22:01
shin555さん、こんばんは。

10年、あっという間です。

Commented by 梶田哲二 at 2015-09-14 23:00 x
岩佐さん、こんばんは。


このWOWOWの後輩が家に来た話、何回も同じ事言ってしまいますが、私が岩佐さんの記事の中で1番大好きな記事です。本当にいい話だと思います。ちなみに次に好きな記事はカルガモです(笑)
Commented by toruiwa2010 at 2015-09-15 06:35
梶田哲二さん、おはようございます。

次がカルガモ…ですか。
軽くがっかり。いえいえ、お気遣いなく。
ハハハ。
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