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岩佐徹のOFF-MIKE

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昭和の名曲「神田川」 自薦/厳選300?15/11/23

…カタカタ鳴った ( 2008.11.26 初出 )

♪貴方は もう忘れたかしら
赤い手拭い マフラーにして
二人で行った 横丁の風呂屋
「一緒に出ようね」って言ったのに
いつも私が 待たされた
洗い髪が芯まで冷えて
小さな石鹸 カタカタ鳴った
貴方は 私の身体を抱いて
「冷たいね」って 言ったのよ
(「神田川」 作詞:喜多條忠 / 唄:かぐや姫)

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私たちの世代の者にとって、「神田川」は決して忘れることのない名曲です。
効果的にバイオリンを使った絶妙なイントロが始まると、たちまち当時のことが鮮やかに
思い出されます。
発売は1973年だそうですから、日本は安定した経済成長期に入ろうかという頃です。
私はフジテレビに入社して5年目、同時に結婚5年目を迎えたところでしたから、まだ、
仕事を含めた人生の将来図がしっかりとは描けていませんでした。
そんなときに、一日に何度となく聴いたこの曲…遠い思い出につながる曲は人それぞれに
あるでしょうが、「神田川」はその代表格と言っていいと思います。

先週末に読んだ朝日新聞(be on Saturday)の記事で、作詞の依頼を受けた喜多條忠の
頭に浮かんだのは“5年前”の風景だったことを知りました。早稲田大学の学生時代に、
当時の彼女と住んだ、神田川沿いに建つ高田馬場の下宿のことです。
「神田川」を聴いたときに私が脳裏に浮かべる“思い出の風景”もこれとよく似ています。

喜多條があの詞を書いたころ、新婚の私たちは世田谷区上北沢に住んでいました。
6畳と4畳半の二部屋にトイレと簡単なキッチンがついているだけの、当時としてはごく
ありふれた木造のアパート、“奥山荘”でした。風呂はなく、京王線をはさんだ反対側の
銭湯、“北沢湯”にお世話になりました。
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不規則な勤務でしたから、夜遅くに帰宅し、小さな玄関で洗面用具を受け取り、上着だけ
普段着に着替えて踏み切りを渡って行ったこともしばしばです。
早く帰れた日や休日は妻と一緒に行きました。入り口で左右に別れるとき、出る時間を
決めていたように記憶しています。「赤い手拭いをマフラーに…」などしませんでしたが、
冬場の夜遅いときには、ぬれたタオルが凍ってしまうことがありました。ハハハ。

神田川は少し離れていましたが、玉川上水が近くを流れていましたから、この歌を聴くと
自然に新婚の頃を思い出すのです。。
そう言えば、「プロ野球ニュース」で帰宅が深夜になったときアパートのすぐそばにあった
教会の横で何度もやったことをお詫びしなければ…。
安アパートで真夜中にトイレの水を流すことをためらったからですが、今、考えたら、
“ためらう”べきは“立ち○ン”のほうでした。ハハハ。

ちなみに、南こうせつは喜多條から電話でこの詞を伝えられたとき、すぐにメロディーが
浮かんだそうです。
「手元にあったスーパーの折り込み広告の裏に歌詞を書きとめたんです。
最初からメロディーがついていたように、書きながら歌ってた。憑依(ひょうい)あるいは
トランス状態だった」と語っています。
結局、喜多條が詞を書き始めてから曲が完成するまで1時間ほどだったのだそうです。

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by toruiwa2010 | 2015-11-28 09:00 | 自薦・厳選300? | Comments(0)
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