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岩佐徹のOFF-MIKE

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“あの日”を忘れない~東日本大震災からまる5年~16/03/11

私は“そのとき”、ベッドに横になっていました。
医師の勧めで昼寝を習慣にしていたのです。
眠りこんでいたので、どんなふうに始まったかは覚えていません。
気づいたときには身体がゆっくりと横に揺れていました。

もうおさまるだろう、そう長くは続かないさと、そのままの態勢で
待ちましたが、揺れはなかなかおさまらず、長く同じ強さを保って
揺れ続けました。それまでの人生で最も強く感じる揺れでした。
本棚から本が崩れ落ちました。

「これはいつもと違うぞ。やばいんじゃないか」と思いました。
少しオーバーに言えば“生命の危険”をどこかで感じていました。
そんな経験も初めてのことです。
急いで着替えをしてリビングに行ったとき、まだ揺れていました。
たぶん、揺れの長さも人生で一番長いものだったでしょう。
妻はバスタブに水を張り始め、玄関のドアを開けていました。
強い地震が起きたときの彼女のルーティンです。
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テレビは速報・特番に切り替えられ、ヘルメットをかぶり、緊張した
表情のキャスターたちが「落ち着いて」を繰り返していました。
震度5強だった東京でもかなり慌てたのですから、それ以上の強震に
見舞われた地域の人たちの恐怖は想像の域を超えています。

テレビが伝える情報は 初め、各地の地震による被害が中心でしたが、
やがて、“原発”と“津波”に移って行ったと記憶します。
特に 津波の可能性が濃厚になって行きました。しかし、あれほどの
規模のものになるとは、この時点では誰も予想していませんでした。
それこそ“未曾有”、“想定外”だったのですから。

それからあと、目に飛び込んできたのは想像を絶する映像でした。
いくつかの映像が強く印象に残っています。
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仙台市近くの名取地区を“黒い龍”のように走って行った津波。
気仙沼港で押し寄せる津波に木の葉のように翻弄される漁船。
福島原発から上がる白い煙。
気仙沼で夜空を焦がしていた炎。
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夕方5時になって総理大臣・菅直人が会見しました。
思えば、民主党政権でしたね。同意してもらえないかもしれませんが、
“菅総理”のときにこの大震災が起きたことは東北の人たちにとって
大きな不幸だったと強く思ったことを思い出します。
民主党のほかの総理だったら、自民党政権だったらどうなっていたかは
誰にも分かりませんが、少なくとも“初動”が違った気がするのです。

東京では、交通機関がマヒする中、徒歩で家路につく人たちが 推計で
数百万人いたそうです。私の友人もいました。革靴だったので長距離を
歩くのは困難で、自転車を買ったと言っていました。
大きな混乱は起きなかったし、後日、道路沿いの商店が飲み物などを
提供した話が報じられました。
どんなときでも規律・秩序を守る日本人らしいエピソードです。

2011年3月11日午後2時46分
震源;仙台市東方沖 マグ二チュード9.0
死者・行方不明者:18,455人
建物の全壊・半壊:400,243戸
避難者(ピーク時):47万人以上


有史以来、最大・最悪の自然災害だったことを示す数字です。
原発による放射能汚染や避難先での病死などをふくめれば、この数字は
数割増しになるのでしょう。中でも心が痛むのは震災後の体調の悪化や
自殺による“震災関連死”が3407人(去年9月末)、一人暮らしで誰にも
看取られずに亡くなった“孤独死”が202人(警察庁)といった数字です。
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これまでの5年間で26兆円を超える復興予算がつぎ込まれています。
…にしては、復興の歩みが遅い。
原発の安全性が確保されているとは思いません。汚染された土地の除染、
住民の後遺症への不安、農産物への風評被害、…出口は見えていません。

今だに避難生活を強いられている人が17万人にのぼると言います。
住宅を再建するにも土地をかさ上げしてから…ですから時間がかかるのは
仕方がない部分もあるのでしょう。しかし、日本人のメンタリティや日本の
国力があれば、もっと復興のスピードが上がってもいいはずじゃないかと、
もどかしさ、腹立たしさが抑えきれません。

何よりも足りないのは“ハート”だと思います。
マスコミもこの1週間は多くの時間を割いて報道しますが、もっと日常的に
“いま”を伝えることが必要です。
安倍総理は昨日、今後5年間を“復興創生”期間に充てると話しました。
東北の人々の胸に届くことを祈ります。

あの日から丸5年。
毎年、観光抜き、“鎮魂”の気持ちを込めて東北に出かけているのですが、
去年は時期を探っているうちにタイミングを逃がしてしまいました。
今年は、できるだけ早い機会に出かけたいと思っています。

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by toruiwa2010 | 2016-03-11 09:05 | 岩佐徹的考察 | Comments(5)
Commented by 赤ぽん at 2016-03-11 10:28 x
岩佐さん、こんにちは。

去年気仙沼に行った際、ホテルの近くのまだプレハブで営業している飲み屋で
偶然隣にいた水産加工工場経営の方とその友人の方々と一緒に飲む機会がありました。
苦手に思ってた”ほや”の話をすると、「気仙沼に来たらほやを食べないと!」といって
ご馳走してくれました。結構新鮮なものは美味しかったですw
その際復興支援金が終了して、若い人も減り、今後の方が大変で心配だと
いう話をされていたのが心に響きました。

3.11近辺にのみ取り上げられるのではなく、普段から地道に、でも決してマスコミも
我々も忘れないことが大切。

南三陸町の合同庁舎の周りを囲むように、かさ上げ用の土を盛る光景が、一体どんな未来を見据えているのだろう・・・と思った昨年の旅でした。
(今年は福島へ向かう予定です)
Commented by toruiwa2010 at 2016-03-11 10:38
赤ぽんサン、こんにちは。

いま、テレビではカンニング竹山が
福島を旅しています。
もともと、プライベートで定期的に
出かけているそうです。今年は、
話を聞いた「ノンストップ」が
カメラを出したようです。
きっかけも動機も、何でもいいと思います。
今日は朝から。いろいろなエピソードを
読んだり、見たりしてうるっとしています。
Commented by at 2016-03-11 22:58 x
岩佐さん、お久しぶりです。
小生も勤務中は多忙でしたが、帰宅してから黙祷を致しました・・。

改めてやりきれない思いで一杯ですが、犠牲者の方々の御冥福と被災地の皆様方の御多幸を祈るばかりです・・。

暴論かも知れませんが、オリンピックの誘致が日本にとって良かったのか?との意見が周囲や友人達にも多いですね。

被災地復興の為の予算や人員がないがしろにされないのか・・という不安。

被災地の方々や国民の希望や夢に繋がるのなら、良いのかも知れませんが・・・。
Commented by toruiwa2010 at 2016-03-12 07:40
巽さん、おはようございます。

被災地への思いとオリンピックは
別物として考えたいと思っています。
うしろ向きよろ前を向きたい。
オリンピックの予算を復興に…
という考え方をすると、すべてのことに
消極的になりそうな気がします。
それは被災者のみなさんも望んでいないと
思います。
Commented by at 2016-03-12 09:40 x
岩佐さん、おはようございます。
仰る通り、一理ありますね・・。

国立競技場の問題含め、健全な運営と、真の日本の未来の為、
被災地の方々の明るい希望と復興の象徴になる事を願ってやみません・・。
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