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岩佐徹のOFF-MIKE

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生まれたタイミング? 自薦・厳選300? 16/03/21

めぐり合わせということ
~あいつがいなきゃなあ~ ( 2010.02.25 初出 )

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終戦直後、世界の水泳界に彗星のごとく飛び出してきて次々に世界記録を
塗り替えて、あっと言わせたのは去年亡くなった古橋広之進だった。
打ちのめされていた日本人はこの笑顔にどれだけ勇気をもらったことか。
しかし、1948年のロンドン・オリンピックに日本が参加できなかったため、
古橋のオリンピックでの最高成績はヘルシンキでの400M・8位だった。
彼のピークは1947年-50年で、1952年には下降線を描いていたのだ。
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古橋の日大でチームメイトだったのが橋爪四郎だ。
ひとつ、どこかで運命の歯車が違った噛み方をしていたら、橋爪の名前が
世界に知れ渡っていたかもしれない。
生年月日が古橋と4日違いだった橋爪は400Mでも1500Mでも、前半は
リードするのに、中盤から終盤にかけて、必ず古橋に逆転を許し、常に
2位に甘んじることになった。
小学生だった私は、レースのたびに、ラジオにかじりついて応援したが
「橋爪にも一度は勝たせたい」という願いはかなわなかった。

橋爪はヘルシンキの1500Mで銀メダルを獲ったが、“めぐり合わせは”、
ときに残酷だ。

同じスイマーでは山中毅の名前を思い出す。
1956年メルボルン・オリンピックの400・1500の2種目で銀を獲った。
甘んじた…というべきか。
ともにオーストラリアのマレー・ローズに敗れた。
4年後のローマでも400Mでローズに金をさらわれた。

同じ1968年には、ボクシングのバンタム級でもファイティング原田が
オーストラリアのライオネル・ローズに世界タイトルを奪われた。
日本人がオーストラリアの二人のローズにやられた…と言われたものだ。
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王貞治はまぎれもない日本のスーパー・スターだが、長嶋茂雄の存在が
彼にNo2の位置を強いた。大巨人軍の方針によって、給料も最後まで
“長嶋以下”に抑えられた。
高卒・大卒の条件はそのままに、仮に王が5年でも早く登場していたら
とんでもないヒーローになっていたことだろう。

浅田真央には二つのめぐり合わせがからみついているように思えてならない。
ひとつは、年齢制限でトリノ・オリンピックに出られなかったこと。
もうひとつは、同時期にとんでもないライバル、キム・ヨナがいたことだ。
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しかし、ここで勝つことは“真のチャンピオン”の証にもなる。
十分に努力しているに違いない人に「がんばれ」などと気安く言うのは避けよう。
ただ、これだけは言いたい。

思い切り楽しめ。そして、悔いのないように跳べ!


“タイミング”書き足し

昨日、人がトップに立てるかどうかについて
タイミングが大きく作用することを書きました。
更新のあと、二つのことで同じ感想を持ちました。
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本田真凜が世界フィギュア・ジュニアで優勝!
朝日の記事によれば…12月にジュニア・グランプリ
ファイナルを制したスルツカヤが欠場していた。
加えてSPで首位のフェディチキナもケガでFSを
棄権したそうです。“ツキ”があったわけです。

本田自身が会心の演技をしたからこその優勝ですが、
やはり“タイミング”がぴったりだったのでしょう。

夜、録画してあった映画「ジャスティス」を見ました。
型破りですが正義感の強い弁護士に扮した若き日の
アル・パチーノが素晴らしい演技を見せていました。
「オスカーに値するなあ」と思って検索してみると…
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Alas!
公開された1979年、候補にはなっていました。
しかし、最優秀は獲れませんでした。
助演も含めてノミネート5回目でもダメでした。
さらって行ったのはダスティン・ホフマンでした。
「クレイマー、クレイマー」、よかったもんなあ。
これも、“タイミング”、“めぐり合わせ”ですね。

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by toruiwa2010 | 2016-03-21 08:45 | 自薦・厳選300? | Comments(0)
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