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岩佐徹のOFF-MIKE

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石巻・女川・名取…~2年ぶり4度目の旅~16/05/20

おととい、2年ぶりで東北に日帰りの旅をしてきました。
震災の年の5月に初めて訪れてから4回目です。
「来てくれるだけでありがたい」とおっしゃる地元の方もいますが、駆け足で被災地を
めぐることにどんな意味があるのかと自問しながらの旅です。

行くところはいつも同じです。
地震発生から数時間、テレビで見た映像の中で特に衝撃的だったのが、かなり大きな船が
木の葉のように翻弄されていた石巻の海と、黒い津波が瞬く間に家や畑を蹂躙するように
走って行った名取・閖上(ゆりあげ)地区です。被害がもっと大きかったところはほかにも
あったでしょうが、私の目に焼き付いたこの映像はいつまでも消えなかったのです。

実際には、初めて石巻をおとずれたときに「女川はもっとひどい」と聞いて足を延ばし、
以後ずっと石巻経由で女川に行っています。
3月か4月に行きたかったのですが、せっかく行くのだから天気がいいときに…と思って
予報とにらめっこをするうちに5月になってしまいました。
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朝6時半に家を出ました。素晴らしい天気でした。
大宮から新幹線に乗って仙台へ。仙石線で石巻まで行き、そこからは石巻線に乗り換えて
女川を目指します。2年前は仙台~石巻はバス、そこから石巻線で電車とバスを乗り継いで
行きました。仙石線、石巻線ともに1年ほど前に全面復旧したようです。旅する者には
とても便利になりました。地元の人たちにとっても大事な“足”なのでしょうが、乗客は
ビックリするほど少ないです。採算が取れるのだろうかと心配です。
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ニュースで知っていましたが、女川駅の立派さに驚きました。2年前は人影もまばらな
終点・女川でバスを降りて心細い思いをしたのが嘘のようです。
駅前に出ると広い“メインストリート”がまっすぐ海に向かって伸びていました。
元日の朝、太陽がこの道の先に昇るように設計されていると聞きました。
この駅は以前より少し内陸に寄っているそうですが、港との位置関係(特に高さ)を
見くらべると、津波の破壊力がこんなところまで及んだのかと驚くばかりです。
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両側に食事どころや土産物店が並んでいますが、訪れる人の数が圧倒的に少ないです。
経営的に成り立つのかと、これも心配です。
女川に籍を置く船が獲った魚を提供しているという“明神丸”さんののれんをくぐって
77年の生涯で初めて“マグロのづけ丼”をいただきました。

この町の“目に見える”復興に接すると気持ちは少し晴れます。
「還暦以上は口を出すな」という人生の先輩たちの“思い切り”と「自分たちが…」と
積極的に町づくりに取り組んだ若者のチームワークが見事に実を結んだのでしょう。

壊滅状態だった港の周辺や周りの高台で土地のかさ上げや宅地の造成が進んでいますが、
実際に家が建ち始めるのはまだ先のようです。プラン通りに人が戻り、本当の意味で町が
復興すまで長い時間を必要としているのです。若い人たちの忍耐が望まれます。
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毎回、町立病院の駐車場から海を眺めます。高台にありますが、それでも1階の病室は
水につかったそうです。この町を襲った津波は港に近づくにつれて高さを増し、20㍍にも
達したと言われています。初めて訪れたとき、横倒しになっている何棟もの建物を見て
津波の威力に“畏怖”を覚えました。
5年が経過して、倒れていたビルはすべて撤去され、交番だけが被災の遺構として
残されることになっているそうです。
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石巻に戻り、日和山公園に行きました。発生時、多くの市民が逃げた場所です。
タクシーで行くとき、町の住人たちはどんな思いでこの坂を駆け上がったのだろうかと
いつも思うほどかなり急な坂道の上にあります。
この町も復興が進んでいるのが分かります。5年たってもここまでか…とは思いますが。
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電車で松島海岸に向かいました。この旅には私なりに“鎮魂”の意味を込めていますから
これまでは“観光”をしなかったのですが、電車の路線図を見ているときに松島海岸駅が
あったので時間がとれたら寄って見ようと思っていたのです。
石巻から45分、仙台から40分…ちょうど真ん中ですね。
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港から眺めるだけのつもりでしたが、いざとなると「せっかくだから」という思いに負け、
40分後に出る便で湾内を一周することにしました。
流れ出たものでこの海もかなり汚れたようですが、今は静かさを取り戻しています。
ほとんどをデッキで過ごし、風に吹かれながら日本三景を楽しませてもらいました。
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仙台を経由して名取まで行きました。
毎回、手を合わせる日和山神社は高さが6~7㍍です。津波はここを超えて行きました。
周辺の土地はカサ上げが進んでいるようですが、まだ住宅の建設は行われていません。
ほど近い海の様子も、住んでいた地域も大きく様変わりしました。かつての住民たちが
ここに戻っても日々の暮らしは震災以前とまるで違ったものになるでしょう。
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近くに慰霊のモニュメントが建てられていました。
塔のてっぺんの高さは8.4㍍…この地を通過したときの津波の高さだそうです。
900名を超える地域の犠牲者の名前が記念碑に刻まれています。
改めて黙とうしました。

今もまだ、仮設住宅で暮らす人が5万人を超えると言います。
東北の復興は道半ばです。ここまでの5年も長かったでしょうが、これからの
年月はもっと長く感じるかもしれません。被災地のみなさんのご苦労は我々の
想像を超えていると思います。
それだけに、女川の店先で見かけた熊本地震の被災地への募金を呼びかける
張り紙にハッとしました。
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仙台駅構内の「はち」でハンバーグをいただき(おいしかった)、18時21分発の
新幹線で帰京しました。家に着いたのはちょうど9時…14時間半の旅でした。
去年、時期をうかがっているうちにタイミングを逃がした分も含め、2年越しの
“責め”を果たした気分です。

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by toruiwa2010 | 2016-05-20 08:43 | 旅に出る食べに行く | Comments(2)
Commented by 赤ぽん at 2016-05-20 14:24 x
岩佐さん、こんにちは。

私も先日福島を巡ってきました。行くたびに常に私も簡単に巡ってくるだけの
ことに、どんな意味があるのかと心の中で自問することがあります。
しかし石巻でも南三陸でも「来てくれること、忘れられてないこと」が大事だと
おっしゃっていた地元の方の言葉を胸に回っています。

復興の足音が聞こえる場所、まだまだの所、そして以外に人のいないこと…
巡る都度に変わっていく景色と、変わってしまった(であろう)「人々」の
かつての姿を想像しながらの旅になります。
Commented by toruiwa2010 at 2016-05-20 14:47
赤ぽんサン、こんにちは。

復興が進んでいるように見えて
人の話し声や動きが少ないと
ぬくもりが生まれませんね。
まだまだ長い道のりです。

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