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岩佐徹のOFF-MIKE

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ユーロ:いろいろ思い出す 自薦・厳選300? 16/06/04

ユーロ・メモワール( 2004.06.11 初出 )

水曜日にリスボンに入りました。暑いです。30度を超えていて、しかも湿度がパリより
はるかに高い感じがします。
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サッカーの準備は遅々として進みません。ユーロに関してはUEFAのホーム・ページから、
「マスメディア専用のインフォメーション・サービス」に行くと、いい情報を得られます。
また、今回は、WOWOWが、あるデータ提供会社と契約して情報をもらうようにしました。
しかし、厄介なことに、なかなかひとつのソースだけで必要な情報をすべて得るわけには
行かないのです。

典型的なのは身長です。どの資料にも年齢については必ず書いてあり、丁寧に誕生日まで
記入してあるものもあります。ところが、身長が書いてあるものは極めて少ないのです。
私は、年齢同様に身長も大事な情報としてお伝えすることが多いので困ります。
結局は、自分で普段 頼りにしているサイトに行って探し出すしかありません。

私は、パソコンでワードを使って、国ごとの情報をひとつにまとめる作業をしています。
日本にいるときは、妻のパソコンと2台を机の上に並べ、一方をインターネットにつなぎ、
もう一方でワードを開いていましたから効率もよかったのですが、こちらに来てしまうと
それはできません。全仏が終わったあとも2日間滞在したパリでは、晩御飯以外、一歩も
外に出ることなく懸命にこのまとめの作業をやりました。

おかげで“ベース”はできました。これから少しずつ現地ならではの情報を集めることに
なりますが、滞在するホテルのネット環境は、ワイヤレスLANという優れものが備わって
いたので助かります。もっとも、セッティングするのにパソコンやネットの事情に詳しい
吉雄プロデューサーとオランダ人コーディネーター、エドワードが大奮闘してくれましたが。
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さて、96、2000に続いて3回目のユーロの開幕が目前です。テニスの間は、どうしても
そちらに集中して、サッカーまで気持ちが回りませんでしたが、さすがにここまで来ると
ワクワクしますね。空港からホテルに向かう途中、メイン会場のひとつであるジョゼ・
アルバラーデの横を通りましたが、カラフルで見事なものでした。
このスタジアム名、なんとかならんかなあ。私、ここで3試合実況するらしいんですが、
ジョルジュ・アンドラーデと何度か言い間違ってしまいそうですよ。ハハハ。

開幕が近づいたのに、なぜか想いは過去の大会に飛んでしまいます。

ユーロ96のときには無我夢中で取り組んだ記憶があります。
私は全仏テニスが終わってから現地に入りました。14日間のテニスの13日目にユーロは
開幕していました。最終日の翌日、やはりパリから回ることになったプロデューサーと
ロンドンに飛びました。柄沢アナと八塚浩さんにも手伝ってもらっての3班態勢でした。

実況に入るまえに、1966年ワールド・カップ優勝メンバーの一人、ボビー・ムーア経営の
サッカー・カフェから中継をやって肩慣らしをしました。
そして、最初の試合がイングランド対スコットランドの大一番でした。
その試合で、今も語り草になっている伝説のゴールを見たのです。
それは「あんな奴をチームに入れて大丈夫か」と開幕前は評判の悪かったポール・ガスコインの
スーパー・ゴールでした。
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左後方から来たパスを左脚で止め、右脚できれいに決めました。
私の13年間のサッカー実況の中でも、トップにランクしたいきれいなゴールです。
イギリスのファンもマスコミもこのゴールで一気にガッザを「神」扱いに変わりました。
現金なものです。ハハハ。

その舞台だったウエンブリーにとって、この大会は改修工事を控えた最後の大仕事でした。
へたな野次は飛ばせない、また、スーツでも着ていないと居心地が悪いような、伝統の
においをぷんぷん振りまく競技場でしたね。ここで、決勝を含む5試合しゃべれたことが、
私には大きな誇りであり、勲章となっています。

決勝トーナメントに入ってからは、0-0からのPK戦が多くなりました。各国の緊張感が
伝わりましたが、ファンやテレビにとってはあまり有り難いものではありませんでした。
決勝は、伏兵・チェコと強豪・ドイツの対戦になりました。チェコが先制しましたが、
後半途中から投入されたドイツのビアホフがヘッドで同点ゴールを叩き出して延長へ。
しかし、そこでふたたびビアホフがゴールデン・ゴールを決めてドイツ優勝。

帰りのエレベーターで一緒にになったフリットに「どうでしたか?」と聞くと、ちょっと
クビをかしげて、「そうね、またPKじゃなくてよかったんじゃない?」と答えてくれました。
グループ・リーグ最終戦でダーク・ホースにも名前があがっていなかったチェコが決勝
トーナメントに進出し、代わりにイタリアが涙をのんだことも強烈に印象に残っています。
それは、セリエを放送していたWOWOWも涙をのんだことを意味しています。ハハハ。

さらに、そのチェコがポルトガルとベスト4の座を賭けて戦った試合でポボルスキーが
ビトール・バイアの頭越しに決めたループシュートの美しさ!!

このときは代表チーム監督の加茂周さんがメイン、田島幸三さん、富樫洋一さんに加えて、
岡田武史さんにもお手伝いいただきました。加茂さんは早くから、「岡ちゃんはええで」と
言っていましたが、まさか、それからわずか2年後のワールド・カップでJAPANを率いる
ことになるとはまったく考えてもみませんでした。

2000年のときも、96と同じタイミングでベルギーに入り、二日後には実況をしていました。
なんと人使いの荒い会社でしょうか。

このときは3試合目にイングランド対ドイツというビッグ・マッチを担当しました。
シャルルロアという小さな街を舞台にしたこの対戦は、大会前から大変な試合になると
言われていました。事実、試合の前夜には、滞在していたブリュッセル市内でいざこざが
あったようです。当日、街に入ると上半身裸の両国のサポーターたちが、まだ陽が高い
うちからパラソルの下でジョッキを傾けていました。本当に悪質なフーリガンは、母国や、
ベルギーの港でチェックして出さないとうに、あるいは入れないようにしていると聞いて
いましたが、見た目も恐ろしげな連中の集団は精神衛生上いいものではありませんでした。
ハハハ。

試合そのものは、元気のないドイツに対して、イングランドが、ベテラン、シアラーの
活躍でしっかり勝ち、場内での騒ぎもなく終わりました。
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この大会のハイライトはグループCの最終戦、スペイン対ユーゴスラビアでした。
3-2とリードされたスペイン。負ければ、もう一試合の結果次第では、グループリーグで
敗退の窮地でした。
ロスタイムに入って、メンディエタのPKで同点。
直後にアルフォンソがドラマチックな勝ち越しゴール!!きれいに振りぬっかれた白い
シューズの鮮やかさが今も目に焼きついています。
そのスペインのエース、ラウルがPKに失敗したことでSFに進んだフランスはここでも
ポルトガルのディフェンダー、アベル・ザビエルの“まさか”のハンドでゴールデン・
ゴールに結びつくPKを得ました。

こうして、「黄金時代」の選手を抱える両国を下したフランスは、イタリアを相手にした
決勝でも、ぎりぎりで追いつき、最後は、ピレスからゴール前で待ち受けるトレセゲに
渡って逆転勝ち、98ワールド・カップに続いてビッグ・トーナメントを制したのでした。
PKを“ふかして”天を仰ぐラウル、スローで見るとほんのわずかですが確かに出ていた
ザビエルの手、「ハンド」の判定に猛烈に抗議していたポルトガルの選手たち、そして、
たまたまですが、「ゴール前にはトレセゲ」と言ったとたん、彼にクロスが入って試合が、
そしてトーナメントが終わった満足感…どれも忘れることはできません。

そして、65歳で迎えたユーロ2004、何度か、「現地には行けないかも知れない」と覚悟を
決めたことがあっただけに、今、リスボンの猛列な暑さの中で、「よくぞ、来たものだ」と
しみじみ思っています。来た以上は、与えられた6試合を思う存分楽しみたいものです。

では。

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by toruiwa2010 | 2016-06-04 08:22 | 自薦・厳選300? | Comments(0)
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